内容要旨 | | 上定義された代数多様体であって必ずしも固有(proper)でないものを開多様体と呼ぶものとする。開多様体を固有多様体の中の因子の補集合と見て、標準因子のかわりに「対数的標準因子」を考えることなどによって双有理分類論などの射影多様体に関する理論の開多様体版を考えることができ、対数的幾何学と呼ばれる。この論文では、(1)双有理写像を記述すること、(2)あたえられた多様体上の曲線(特に有理曲線)の数え上げ、という2つの問題の対数版について調べる。 まず、問題(1)については、Bir()が1次変換およびある2次変換で生成されるというNoether-Castelnuovoの定理をモデルとして、3次元のFano多様体や円錐曲線束の間の双有理写像に関する研究がFano,Iskovskih,Manin,Sarkisovらによって行われてきた。これを極小モデル理論の立場から見直し、射影的ファイバー空間の間の双有理写像を、「基本的リンク」とよばれる、極小モデル理論的に単純な双有理写像に分解しようというのが「Sarkisovプログラム」である([Sa],[C])。これの対数的な場合である対数的Sarkisovプログラムというものも研究されており([BM],[T])、対数的なファイバー空間の間の双有理写像を調べるのに役立つものと期待される。 対数的Sarkisovプログラムの出発点となるのが対数的Noether-Fano不等式と呼ばれるもので、対数的ファイバー空間の間の双有理写像が同型でないときに一方の超平面切断のもう一方への固有変換が大きな特異性を持つことなどを主張する(Theorem1.1)。 ここでは、このNoether-Fano不等式の「双有理対の幾何学」への応用として次のことを証明する(Theorem2.2): 定理1.Xを上のFano多様体で(X)=1であるもの、S∈|-KX|を非特異超曲面でPic(X)→Pic(S)が全射になるもの、X’をFano多様体で(X’)=1であるもの、:XX’を双有理写像とする。このとき、S’:=*SとしてKX’+S’は数値的に半正、またKX’+S’が数値的に自明ならばは同型である。 さらに、Pic(X)→Pic(S)が全射であるという条件を落とした場合に、非特異4次曲面SであってSをそれ自身にうつすの線形でない自己双有理写像が存在するようなものの例をあたえる。 また、対数的Sarkisovプログラムの適用の実例として、の自己同型をの自己双有理写像とみたとき対数的Sarkisovプログラムがどのような分解を与えるかを調べる(section3)。この場合、途中であらわれる曲面はすべてPicard数1のtoric Fano曲面で、からの双有理写像をえらんでおくと各リンクはアファイン1次変換またはde Jonquierre変換(x,y)→(x,y+xd)に対応している。この分解は、Autはアファイン1次変換とde Jonquierre変換で生成されるというJungの定理による分解と本質的に同じものである。 次に(2)についていうと、最近FanoおよびCalabi-Yau多様体上の曲線(特に有理曲線)の数え上げの研究が「物理学的」な方法によって大きく進展している。例えば「量子コホモロジー積の結合則」を使って上の各次数の有理曲線のなす集合の次数が得られ([KM])、「ミラー現象」によってのなかの5次超曲面上の各次数の有理曲線の数に関する予想が得られた([CdGP];この予想は[G]で数学的に確かめられている)。 これの開多様体版として、ここでは主に次の問題を考える:b3についてB∈を非特異b次曲線とし、C\Bがからの正則写像の像になっているような既約曲線Cを\Bのなかの特異アファイン直線と呼ぶことにする。(3-b)d個の点を一般の位置にとったとき、それらを通るd次の特異アファイン直線はいくつあるか。 まず、b=1,2の場合、\Bは対数的Fano曲面になっており、「量子コホモロジー積の結合則」に似た性質を使うことができる。結論は次のようになる(Theorem5.1,6.1)。 定理2.b=1または2、B⊂をb次非特異曲線とする。(3-b)d個の一般の位置にある点を通るd次特異アファイン直線の数をMd、(3-b)d-1個の一般の位置にある点およびあるB上の点を通るd次特異アファイン直線の数をmdとすると、 (1)Md=(degB)d.md. (2)(3-b)d3のとき 一方、b=3の場合はCalabi-Yau多様体の類似といえるが、今のところ「ミラー現象」のようなことは知られていない。ここではともかくもd8での計算を行なう(Chapter3)。 曲線C’⊂を特異アファイン直線とすると、C∩Bは一点Pからなる。Bは3次曲線だから変曲点を0とするような群の構造を入れることができるが、この群演算に関して3dP=0となっている。そこで、簡単にするために、点P∈Bをd=min{i|iは正の整数,3iP=0}が成り立つような点として、上のような曲線CであってC∩B={P}となるようなものの数ndを求めることを目標とする(ただし「重複度」を込めて数えるものとする)。 現在までに得られた結果は、以下のとおり:n1=n2=1,n3=3,n4=16,n5=113,n6=948,またある技術的な仮定のもとでn7=8974,n8=92840. これらの結果は\Bの非分岐3重被覆を用いる手法および特異アファイン直線の変形の解析により得られる。 Bが同次3次式F(X,Y,Z)=0で定義されているとすると、F(x,y,z)=1で定義されるアファイン3次曲面に含まれるd次特異アファイン直線の集合と\Bのなかのd次特異アファイン直線の集合の間に3対1対応が自然に定まる。アファイン曲面F(x,y,z)=1の閉包Y:F(X,Y,Z)=W3は非特異3次曲面なので、うまい収縮写像Y→をとることによってより次数の低い(ただし特異アファイン直線とは限らない)平面有理曲線の数え上げに帰着させることができる。この方法およびelliptic fibrationのEuler数を数える方法によりn4まではわかる(section7)。 次に、変形を使った方法について結果を述べると次のようになる。 定義1.e,a1,…,alを正の整数、bを負でない整数とする。d=d(e;(ai);b)=3e-ai-bとおく。Bを非特異3次曲線、P1,…,Pl,P∈Bを互いに異なる点で(d+b)P+aiPi〜eH|Bが成り立ち、かつe,(ai)の1以外の公約数gに対しては((d+b)/g)P+(ai/g)Pi〜(e/g)H|Bが成立しないものとする。Xを、からP,Piのblow-upによって得られる曲面、Ei,Eを例外曲線とし、Bの固有変換およびその上のPに対応する点を再びB,Pと書く。このとき、d>0ならばX上の曲線C〜eH-aiEi-bEであってC\Bが特異アファイン直線になりかつC∩B={P}であるようなものの数を(重複度を込めて数えて)n(e;(ai);b)とし、d=0ならばC〜eH-aiEi-bEであるような有理曲線Cの数をm(e;(ai);b)とする。 定理3.(Theorem8.5)曲線の特異点に関するある仮定のもとで、d=1のときn(e;((ai),1);b)=n(e;(ai);b)+(b+1)m(e;(ai);b+1)、d>1のときn(e;((ai),1);b)=n(e;(ai);b)+n(e;(ai);b+1)。 これを使ってn8まで得られる(section9)。 REFERENCES[BM]A.Bruno,K.Matsuki,Log Sarkisov program,preprint(1995)[C]A.Corti,Factoring birational maps of threefolds after Sarkisov,J.alg.geom.4(1995),223-254[CdGP]P.Candelas,X.C.de la Ossa,P.S.Green and L.Parkes,A pair of Calabi-Yau manifolds as an exactly soluble superconformal theory,Nucl.Phys.,B.359(1991),21-74[G]A.Givental,Equivariant Gromov-Witten invariants,Duke e-print,alg-geom/9603021(1996)[KM]M.Kontsevich and Yu.Manin,Gromov-Witten classes,quantum cohomology and enumerative geometry,Comm.Math.Phys.,164(1994)no.3,525-562[Sa] V.G.Sarkisov,Birational maps of standard fiberings,I.V.Kurchatov Institute of Atomic Energy preprint(1989)[T]N.Takahashi,Sarkisov program for log surfaces,Tokyo University master thesis(1995) |
審査要旨 | | 論文提出者高橋宣能は開代数多様体論における問題を研究した。 ここではC上定義された代数多様体であって必ずしも固有(proper)でないものを開代数多様体と呼ぶものとする。開代数多様体を固有代数多様体の中の因子の補集合と見て、標準因子のかわりに「対数的標準因子」を考えることなどによって、双有理分類論などの射影多様体に関する理論の開多様体版を考えることができ、対数的幾何学と呼ばれる。この論文では、(1)森ファイバー空間の間の双有理写像を記述すること、(2)あたえられた多様体上の曲線(特に有理曲線)を数え上げる、という2つの問題の対数版について研究した。 (1)射影平面の双有理変換群が1次変換およびある種の2次変換で生成されるというNoether-Castelnuovoの定理をモデルとして、3次元のFano多様体や円錐曲線束の間の双有理写像に関する研究がFano,Iskovskih,Manin,Sarkisovらによって行われてきた。これを極小モデル理論の立場から見直し、森ファイバー空間の間の双有理写像を、「基本的リンク」とよばれる、極小モデル理論的に単純な双有理写像に分解しようというのが「Sarkisovプログラム」である。ここでは、これの対数的な場合である対数的Sarkisovプログラムというもの研究した。 まず、対数的Sarkisovプログラムの出発点となる対数的Noether-Fano不等式と呼ばれるものを証明した。そこでは、対数的森ファイバー空間の間の双有理写像が同型でないときに、一方の超平面切断のもう一方への固有変換が大きな特異性を持つことを証明した。 次にその応用として、次のことを証明した:Xを4次元以上のFano多様体でピカール数が1になるものとし、Sを滑らかな反標準因子とする。X’をもう一つのFano多様体でピカール数が1になるものとし、fをXからX’への双有理写像とする。S’をSの像とする。このとき、K(X’)+S’は数値的に半正になり、しかもこれが数値的に自明ならばfは同型になる。 さらに、Xの次元が3のときにはこれが成り立たない反例を構成した。 対数的Sarkisovプログラムの適用の実例として、射影平面の自己同型をアフィン平面の自己双有理写像とみたとき対数的Sarkisovプログラムがどのような分解を与えるかを調べた。この場合、途中であらわれる曲面はすべてピカール数が1のトーリック曲面で、各リンクはアフィン1次変換またはde Jonquierre変換に対応していることがわかった。すなわち、Jungの定理と本質的に同じものが示された。 (2)最近FanoおよびCalabi-Yau多様体上の曲線(特に有理曲線)の数え上げの研究が「物理学的」な方法によって大きく進展している。例えば「量子コホモロジー積の結合則」を使って射影平面上の各次数の有理曲線のなす集合の次数が得られり、「ミラー現象」によって3次元の5次超曲面上の各次数の有理曲線の数に関する予想が得られたりした。 これの開多様体版を研究した。射影平面上の3次以下の滑らかな曲線Bを与える。Bの補集合上に乗っているアフィン直線の像を特異アフィン直線と呼ぶことにするが、B上の点をいくつか一般の位置に固定したとき、それらを通るd次の特異アフィン直線はいくつあるか? まず、Bの次数が1または2の場合には、この補集合は対数的Fano曲面になっており、「量子コホモロジー積の結合則」に似た性質を使うことができる。結論として特異アフィン直線の本数をdで表すことに成功した。さらにBの次数が3の場合には、退化族の計算は困難を極めたが、これを克服してdが8までの値を計算することができた。 よって、論文提出者高橋宣能は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。 |