学位論文要旨



No 113043
著者(漢字) 戚,涛
著者(英字)
著者(カナ) チー,タオ
標題(和) 未知外乱中における海洋構造物の軌道制御に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 113043
報告番号 甲13043
学位授与日 1997.10.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4009号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 鈴木,英之
内容要旨 1はじめに

 陸上で建造された構造物を海上、海底の設置地点まで、運搬、設置、組立を行う作業は、全ての海洋構造物の建設過程において、不可欠な作業である。海洋石油開発における様々な海上、海中作業の事例としては、陸で建造した海洋構造物を設置海域まで曳航または輸送する作業、TLPなどの係留システムを海底に設置する作業、TLPやジャケット、重力式の固定構造のデッキなどを基礎構造にメーティングする作業、海底生産システムの設置、組立、メンテナンス作業等が挙げられる。最近の海洋開発の動向である大水深化に伴い、ダイバー、クレーンバージやROVなど従来型作業手段に頼らずに、構造物に自航装置を持たせ、海上、海中で、アクティブ制御手法を用いて、建設作業を自動化する方法「1」「2」が提案されている。これは、今後の深海開発においては一層と重要になる不可欠な技術と考えられる。

 海中で行う作業においては、流速、流向は水深、地形など地域的な条件によって変化する複雑な海流や潮流など流れが主たる外乱となる。想定される作業を行う時間と領域において多くの場合には、流れが定常或は準定常と認められるが、計測手段等技術や経済的な制限により、海中作業に十分な流れの情報が得られにくいのが現状である「3」「4」。また、開発水深が大水深化に伴い、構造物が大型化、長大化して柔軟化は避けられない情況がある。今後の海洋構造物の設置作業においても、構造全体の弾性応答を考慮しなければならないと予想されている。

 以上の背景から、本研究では、柔軟構造物を含む多自由度系に対する流れなど外乱を未知とする未知外乱学習制御手法に関する基礎的な研究を行い、未知準定常流れ環境中における海洋作業を自動化する技術の開発を試みた「2」。さらに、制御手法の収束性を証明した上で、現行の構造物を参考に、柔軟構造物を含む2基の検証モデルを設計し、制御手法を検証する数値シミュレーションを実施し、さらにセンサとアクチュエータシステムを含んだ未知流れ環境中における自動運搬、設置、組立作業実験システムを構築し、水槽実験を行った。

2本研究における学習制御手法

 未知流れの中における柔軟海洋構造物の弾性応答及び軌道制御問題は多自由度系の未知外乱学習制御問題に一般化することができる。その数学モデルは、

 

 で表すことができる。ここに、Tは構造物に作用する制御力ベクトル、X、はそれぞれ各自由度における変位、速度、加速度ベクトル行列である。Ftrue(X,,,V)は構造物の真の運動方程式である。一方、F(X,,,V)をモデル誤差が含まれているが、知り得ることができる運動方程式とする。Vは外乱、本研究では流れの速度ベクトルとする。また、Xdをそれぞれ目標軌道の変位、速度、加速度ベクトルとする。本論文では、記述上の便宜のため、Z=(X,,)を用いる。

 Fig.1に本研究における学習制御のアルゴリズムを示す。制御系は構造物を同じ目標軌道に繰り返し追従させるものであり、誤差が含まれているモデルに基づき、外乱が未知である場合には、学習機能のないフィードバック制御のみでは、目標軌道に追従することができない場合である。

 n-1回目の時刻tにおいて、制御力Tn-1による制御の結果、目標との間に誤差Zd-Zn-1が残っていたとする。そこで、反復法に基づく目標との誤差を修正する制御力をとする。n回目の同じ時刻tに、そのをフィードフォワード制御力として、フィードバック制御力とともに出力する。

 

 このように併用することによって、誤差を減少させることが可能となる。繰り返し追従することによって、制御力が逐次修正され、最後に目標を追従する望ましい制御力に収束することができる。

 本制御手法の収束性についての詳細は本文に示すが、その収束条件から、外乱が時間的に緩やかに変化する場合には、モデル誤差は比較的大きくなるが、この場合についてもゲインを多少上げることにより、制御系を収束させることができることがわかる。

 さて、n回目のフィードバック制御力を、

 

 と記述する。Kは各自由度の変位と速度に関するフィードバックゲインのマトリクスであり、原則的にはフィードバックゲインであれば、何でもよいが、本研究では、最適制御則によるものを用いた。

 また、フィードフォワード制御力に関しては、ニュートン法の逐次近似手法に基づいで、次のように構成する。

 

 即ち、n回目のフィードフォワード制御力はn-1回目の全制御力とn-1回目のフィードフォワード制御力からの修正項の和になる。ここに、n-1回目のフィードフォワード制御力修正項は、反復法の逐次近似法則によって

 

 とするが、誤差が含まれているモデルしか知り得ず、外乱が未知である場合には、(5)式中のを正確に求めることができない。そこで

 

 と仮定し、F(Zd,0)を(5)式に代入して、を近似的に求めることができ、この場合について収束性の条件を明示することができる。

3学習制御手法の検証

 以上に提案した学習制御理論を検証するために、Fig.2に示されるように、形状や性質の異なる海洋構造物を流速、流向を未知とする流れの環境中で、自動運搬、設置、組立の作業を模擬した海中作業を想定したシミュレーションと実験を実施した。水中の任意位置から運搬してきた下部柔軟構造物を、海底に設置されたドッキングターゲットにドッキングさせる(ステップ1)。続いて、上部立体剛性構造物を、設置終了後の柔軟構造物の上面に配置されたドッキングターゲットにドッキングさせる(ステップ2)作業を考える。

 図に示した実験用模型は、はじめに述べた現存の海洋構造物を参照し、スケール比を1:100と想定した柔軟構造物と立体剛性構造物をモデル化したものである。柔軟構造物は、空中重量約12.0kg、外形1.5m×0.5mであり、実機に換算すると外形150m×50m、空中重量12,000t、振動の最低固有周期約100秒という非常に大型の柔軟構造物となる。立体構造物は、空中重量約13.5kg一辺0.5mの立方体であり、実機に換算すると50.0m、空中重量13,500tの構造物となる。

 それぞれの検証モデルについて運動方程式の定式化を行い、制御系を設計して数値シミュレーションで制御系の動作を確認した上で、水槽実験を行った。実験は東京大学船舶海洋工学科にある水槽で行った。実験のセットアップはFig.3に示す。実験では、流れ発生装置により水槽中に流れを発生させた。

 このような流れの中で、超音波位置計測システムと姿勢計測システムTCM2により、実験模型の位置と姿勢を検出しつつ、複数のスラスターをアクチュエータとして、本学習制御手法により実験を行った。流れの情報に頼らずに、軌道、姿勢、弾性応答を制御しながら、現行の実機精度に相当するドッキングの精度±5mm以内で、目標地点にドッキングさせることができた。

 柔軟構造物の各剛体モジュールの軌道追従の様子を、Fig.4に示す。立体構造物の重心の軌道追従の様子はFig.5に示す。各構造物は約6、7回の学習後に目標にドッキングすることができ、学習制御系の機能が検証された。

 Fig.6とFig.7に柔軟構造物に配置された各スラスターの出力と立体構造物の各方向における制御力をそれぞれ示す。学習制御系のアルゴリズムにより、繰り返し目標軌道を追従するごとに制御力を逐次修正しており、スラスター一基あたりの最大出力は0.2N(実機に換算すると20tfとなる)を超えずにトラキングできていることが分かった。この時、流れの最大瞬間流速の計測値は約0.07m/secであり、実機に換算すると、0.7m/sec約1.4ノットとなる。

4結論

 本研究において、現行の海洋構造物を海上、海底の設置地点に運搬、設置、組立を行う作業を自動化するために、未知外乱を学習する多自由度系の制御手法を提案した。さらに、制御系の収束性を証明した上で、潮流など未知準定常外乱中における柔軟構造物を含む海洋構造物の応答及び軌道制御への応用が可能であることを示した。検証モデルを用いた数値シミュレーションと水槽実験による検証結果から、次のような結論が得られた。

 (1)本研究で提案した、未知外乱を学習する制御手法については、

 ・構造物の動特性に関する既知の情報を生かせる。

 ・構造物の動特性に関する不確実性、非線系などモデル誤差が許容される。

 ・柔軟構造物など多自由度系に対応できる。

 ・外乱が時間的に緩やかに変動する準定常の場合にも対応できる。

 という特徴があり、多自由度非線形系に対する新たな制御手法を構築した。

 (2)水槽実験からは、

 ・本手法は時間的に緩やかに変動する流れに対しても、有効であることを実際に示した。

 ・高い再現性があることが確認できた。

 ・作業対象となる構造物に対するモデルリングには、ある程度の誤差が許されるため、複雑な作業対象には、特に有効な手段であることが示せた。

 以上より、本手法は今後の海洋開発、利用、保全などの分野において非常に重要な技術になると考えられる。

 (3)本手法は、学習機能を持ち、作業現場における流れを計測する必要がなく、制御アルゴリズムが制御の過程で検出することができる。さらに、構造物を予め中性浮力化にすることにより制御に必要とするパワーをさらに小さくすることが可能で、母船に頼らずに、作業を完全に自動的に効率良く行うことが可能となると考えられる。また、目標軌道に沿って繰り返し作業を行う場合には特に有効であると考えられる。

主要参考文献:(1)H.Suzuki,K.Yoshida and Tao Qi,"Learning Tracking Control of Ocean Structure Under Unknown Disturbance",1996 OMAE-Volume VI,Subsea Technology ASME 1996.(2)K.Watanabe,H.Suzuki K. Yoshida,"Automatic Installation of Flexible Underwater Structures Using active Control",OMAE 1997-Vol.I-B,Offshore Technology ASME 1997(3)日本造船学会海洋工学委員会設計分科会、"海洋構造物の設計ガイド-自然環境条件-その3"、日本造船が学会誌第671号(昭和60年5月)(4)石油公団技術部編"海洋工学ハンドブック第2部海洋構造物の解析と設計第1章自然環境"、1994年Fig.1:Learning Control MethodFig.2:Underwater Docking Operation,SequenceFig.3:Experimental SetupFig.4-1:Trajectory Observed by Transmitter on Each ModuleIn STEP1,in X-Direction,CASE1,in ExperimentFig.4-2:Trajectory Observed by Transmitter on Each ModuleIn STEP1,in Y-Direction,CASE1,in ExperimentFig.4-3:Trajectory Observed by Transmitter on Each ModuleIn STEP1,in Z-Direction,CASE1,in ExperimentFig.5-1:Thruster Outputs & Actuator Force in X-DirectionIn STEP1,CASE1,in ExperimentFig.5-2:Thruster Outputs & Actuator Force in Y-DirectionIn STEP1,CASE1,in ExperimentFig.5-3:Thruster Outputs & Actuator Force in Z-DirectionIn STEP1,CASE1,in ExperimentFig.6-1:Tracking Results of C.G.of the Upper Structure in STEP2X-DirectionFig.6-2:Tracking Results of C.G. of the Upper Structure in STEP2Y-DirectionFig.6-3:Tracking Results of C.G.of the Upper Structure in STEP2Z-DirectionFig.7-1:Components of Learning ControllerIn STEP2,X-DirectionFig.7-2:Components of Learning ControllerIn STEP2,Y-DirectionFig.7-3:Components of Learning ControllerIn STEP2,Z-Direction
審査要旨

 海洋開発において重要であり、かつ様々な困難を伴う作業に、機器や構造物を海中や海底上において設置したり組み立てを行う作業がある。従来これらの作業はクレーン船などにより海面から機器や構造物を吊り下げ、ダイバーの介添えのもとに位置決めを行い設置する方法により行われてきた。しかしながら、対象となる水深が深くなると海面から吊り下げた構造物の位置決めが難しくなる上に、ダイバーの作業が不可能になる。さらに静穏な海象を選んで実施される作業はコストの高いものとなる。典型的な例として、海洋石油の開発では石油生産の水深が1000mを超え、目標は2000mに向かいつつある。試掘については水深3000mの可能性も指摘される状況にある。このような水深において比較的小型の機器を海底上に設置する作業はダイバーレスという言葉の下に、遠隔操作による設置手法に移行しつつあり、従来人間が行っていた監視なども無人潜水艇で行っている。

 一方、機器や構造要素の設置と異なり、大型の構造物については設置コストを下げるため完成された構造物を一体で設置することが望ましい。陸上において建造された高さが400mを超える大型の固定式海洋構造物を設置海域まで運んで設置する作業が実際に行われている。構造を軽量化、柔軟化した大水深向けコンプライアント構造物や海底上のテンプレートなどの設置においても遠隔操作による一体設置技術の開発が必要となると考えられている。

 設置の際の弾性応答が十分管理できるならば、設置・組み立て作業のために構造物の有する余剰な強度を取り去り、より軽量化し一層合理化の進んだ構造物の可能性も考えられている。

 本論文は、柔軟な構造物の設置を想定して、構造応答を能動的に制御しつつ、あらかじめ決められた軌道に沿って運動させ、高い精度でドッキングを行う手法の基礎的な開発を行ったものである。とくに、大水深の海中に存在する流れ主たる外乱と捉え、繰り返し目標軌道をたどる過程でこの外乱を学習し、設置場所における流れの詳細を事前に計測することなく構造物の設置精度を確保する手法の開発を行った。まず、現在行われている海中機器の組み立てについて調査し、さらに大水深の海中に生じる流れについて考察し、ついで制御手法の開発を行い、シミュレーションにより制御手法の有効性を確認した上で、水槽実験により手法の有効性を実証したものである。

 制御手法に関しては、柔軟構造物を軌道に沿って運動させるため、剛体運動と弾性体としての弾性応答が連成した系となり、数学的には無限自由度系、工学的には多自由度系としての取扱いとなる。このため、制御系の設計上無視された弾性モードが制御系全体の安定性を損なわないように、限られた数のアクチュエータでいかに安定で応答特性のよい、全体的にバランスの取れた制御系を設計するかが重要となる。本研究では、フィードバック制御と学習型フードフォワード制御の併用により、構造物に加わる主たる外乱となる準定常的外乱を、目標軌道を繰り返したどる過程で学習し最終的に高い精度でドッキングする手法の開発を行った。本手法はいくつかの構造要素を順次ほぼ同一の軌道に沿って運び、構造全体を組み立てる場合にも有効である。学習型フードフォワード制御は基本的に前回軌道をたどったときの全制御力に、目標軌道へ追従させるための補正項を付け加えたものを次のフィードフォワード力とするという手法により制御力を改善して行くというものである。補正項は運動方程式を目標軌道回りでテイラー展開して、軌道を前回の軌道から目標軌道に修正するために必要な補正項を求めるものである。本手法はいわゆる繰り返し法という比較的単純なものであるが、安定条件については、真の運動方程式と制御の定式化に用いた誤差を含む運動方程式の差、フィードバック制御に用いるゲインから数学的に導き出しており、本手法の適用範囲が明らかにされている。また、この学習型フィードフォワード制御により主たる外乱を補償できるので、フィードバック制御を低ゲイン化することができ安定化につながっている。

 シミュレーションでは本手法の安定性についてモデル誤差の影響など様々な観点から検討を行い、本手法が十分ロバストであることを示し、実用性が十分に高いことを示した。さらに水槽実験により、より実際に近い条件下で手法の実証を行って本制御手法の有効性を示している。本研究は基礎的な研究であり、直接対応する実機はないが、現在設置の対象となっている構造物や部分構造の大きさが100mオーダーであることから、実機の1/100スケールに相当する実験模型を2機製作し実験を行っている。1つは空中重量約12.0kg外形1.5m×0.5mの平面状の模型で、一辺11cm空中重量1.5kgの立方体剛体モジュール8個を細い梁でつないだものである。面的な広がりを持ち、面内の剛性に比べ面外の剛性が低い実験模型である。実機に換算すると空中重量12,000t、振動の最低固有周期約100秒という大型の柔軟構造物に相当する。もう一つは剛な立体構造物で、空中重量約13.5kg一辺0.5mの立方体であり、実機に換算すると空中重量13,500tの構造物となる。

 実験ではLBL方式による超音波位置計測システムを用い、小型のスラスターを制御アクチュエータとして用いている。最大で12機の超音波発信器、10機のスラスターさらに姿勢センサーを実験模型に取り付けることが可能である。また、位置計測の際データの信頼性が低下することを避けるため、6個の受信機を水槽水面直下に配置し、6個の中から信頼性の高い3個の組合せを選択して模型の発する超音波を検出し、水槽底近くにある模型の変位、変形の計測を行うアルゴリズムを開発した。

 実験結果に関しては、外乱として水槽中に発生させた最大0.07m/secの潮流中で5mmの精度でドッキングを行うことが可能であった。この精度はスケール比100倍の実機を考える場合、現状要求される位置決め精度に達している。また、実験模型に取り付けたスラスター推力の最大値は0.2Nで、制御が効率の良いものであることが示された。学習は少ない繰り返し数で収束しており、本手法が有効であることが示された。

 本論文は、未知の準定常外乱の下で弾性構造物を目標軌道に追従させ、高い精度で目標にドッキングさせる学習制御手法の開発を行い、シミュレーションにより手法の基本特性を確認した。さらに、水槽実験を通じてより実際に近い状態で手法の有効性を示し、柔軟な海洋構造物の自動設置・組み立て技術の実用化への可能性と展望を示したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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