学位論文要旨



No 113047
著者(漢字) 星,泉
著者(英字)
著者(カナ) ホシ,イズミ
標題(和) チベット語ラサ方言における述語の意味の記述的研究
標題(洋)
報告番号 113047
報告番号 甲13047
学位授与日 1997.10.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第183号
研究科 人文社会系研究科
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 湯川,恭敏
 東京大学 教授 上野,善道
 東京大学 教授 熊本,裕
 東京大学 教授 角田,太作
 東京大学 教授 江島,惠教
内容要旨

 本論文は、チベット語ラサ方言における文の必須の構成要素である述語を研究対象とし、各述語の意味を個別に分析、記述することを目的とする。

 本論文は四つの章からなる。第一章は序章、本文は第二章と第三章で、第四章は結論である。第二章では基本状態動詞からなる述語を扱い、第三章では本動詞と助動詞からなる述語を扱う。

 ここに取り上げる述語はチベット語ラサ方言においては、文の末尾に立ち、それだけで文を構成しうる独立性を持っている。述語は基本状態動詞からなるものと、本動詞と助動詞からなるものがある。本論文で扱う基本状態動詞からなる述語は、’yin、^ree、^yoo、^duu、^yoo^ree、’chun、’yonの七種類あり、本動詞と助動詞からなる述語は、非完了語幹-ki+’yin、非完了語幹-ki+^ree、非完了語幹-ki+^yoo、非完了語幹-ki+^duu,非完了語幹-ki+^yoo^ree、完了語幹-pa+’yin、完了語幹-pa+^ree、完了語幹+cun、完了語幹+son、完了語幹+^yoo、完了語幹+^duu、完了語幹+^yoo^ree、完了語幹+’yonの十三種類ある。この二十種類の述語はチベット語ラサ方言の述語の大半を占め、述語全体の中の中核をなすものである。

 これらの述語には、話し手の叙述対象に対する捉え方、事態に対する把握の仕方、叙述態度など、話し手の微妙な心理状態が投影されている。従って、述語の意味記述に際しては、話し手がの心理状態の側面からの考察が不可欠である。そうした話し手の心理状態そのものは直接観察することができないので、述語の意味特徴について仮説を立て、それに沿って、各述語を検証して行くという方法をとった。本論文で立てた仮説のうち多くはすでに先行研究によって提示されているが、筆者はまず先行研究の記述を通覧し、それらの記述を批判、検討しながら、問題の所在を明確にした。次にそれを基に、筆者自身の観点を加え、個々の述語の意味特徴をできるだけ偏りなく捉えるよう、仮説を設けた。これらの仮説に基づいて分析を行った結果、話し手の領域意識、話し手の事態との関わり及び事態の知覚の仕方、話し手の意志、完了したことと捉えるか否か、継続していることと捉えるか否かが、述語の使い分けの基準となっていることが明らかになった。

 本論文で複雑な様相を呈するチベット語ラサ方言の述語の意味を総合的に検証するという取り組みができたのは、先行研究の成果に負うところが大きい。しかし、先行研究はそれぞれ別個に行なわれ、従来の研究成果の批判、検証といった作業は、極限られた範囲でしか行なわれてこなかった。本論文は、これまでに日本、中国、アメリカから出た先行研究の研究成果を通覧し、批判、検証をした上で総合的な記述を目指した初めての試みである。

審査要旨

 星泉氏のこの論文は、現在チベット語ラサ方言の述語の20の形式について、先行研究の緻密な批判的研究と、チベット語話者たちの実際の場面における発話の観察や彼らの内省報告に基づき、それらの意味を詳細に記述したものである。通常よく知られている言語についての類似面での知識をもってしては到底理解できない特異性を有するチベット語の述語の意味的研究は、日本でも世界でもかなりの程度に進められてきているが、本論文は、膨大なデータを駆使して、これまでの研究が見落としてきた事実の指摘を多く含むものとなっている。また、先行研究が指摘している事実についても、自らの調査によってさらに深く検討し、その意味するところを明確にかつ厳密に規定している。このように、なかなか気がつかない事実の指摘を含む正確な事実認識によって、チベット語述語の諸形式の意味の研究を、従来の水準を明らかに越えて発展させたことは、大きな功績である。また、検討のプロセスも、全体として非常に緻密であり、その結論の大半は言語学的に納得の行くものとなっている。もちろん、若干の観察不足、論理展開上の問題点が存在することは否定できないが、大学院博士課程の段階でここまでこの面の研究水準を前進させた力量と努力は、賞賛に値するといってよい。

 従って、本論文は、博士(文学)学位論文にふさわしいものと判断する。

UTokyo Repositoryリンク