本論文は、チベット語ラサ方言における文の必須の構成要素である述語を研究対象とし、各述語の意味を個別に分析、記述することを目的とする。 本論文は四つの章からなる。第一章は序章、本文は第二章と第三章で、第四章は結論である。第二章では基本状態動詞からなる述語を扱い、第三章では本動詞と助動詞からなる述語を扱う。 ここに取り上げる述語はチベット語ラサ方言においては、文の末尾に立ち、それだけで文を構成しうる独立性を持っている。述語は基本状態動詞からなるものと、本動詞と助動詞からなるものがある。本論文で扱う基本状態動詞からなる述語は、’yin、^ree、^yoo、^duu、^yoo^ree、’chun、’yonの七種類あり、本動詞と助動詞からなる述語は、非完了語幹-ki+’yin、非完了語幹-ki+^ree、非完了語幹-ki+^yoo、非完了語幹-ki+^duu,非完了語幹-ki+^yoo^ree、完了語幹-pa+’yin、完了語幹-pa+^ree、完了語幹+cun、完了語幹+son、完了語幹+^yoo、完了語幹+^duu、完了語幹+^yoo^ree、完了語幹+’yonの十三種類ある。この二十種類の述語はチベット語ラサ方言の述語の大半を占め、述語全体の中の中核をなすものである。 これらの述語には、話し手の叙述対象に対する捉え方、事態に対する把握の仕方、叙述態度など、話し手の微妙な心理状態が投影されている。従って、述語の意味記述に際しては、話し手がの心理状態の側面からの考察が不可欠である。そうした話し手の心理状態そのものは直接観察することができないので、述語の意味特徴について仮説を立て、それに沿って、各述語を検証して行くという方法をとった。本論文で立てた仮説のうち多くはすでに先行研究によって提示されているが、筆者はまず先行研究の記述を通覧し、それらの記述を批判、検討しながら、問題の所在を明確にした。次にそれを基に、筆者自身の観点を加え、個々の述語の意味特徴をできるだけ偏りなく捉えるよう、仮説を設けた。これらの仮説に基づいて分析を行った結果、話し手の領域意識、話し手の事態との関わり及び事態の知覚の仕方、話し手の意志、完了したことと捉えるか否か、継続していることと捉えるか否かが、述語の使い分けの基準となっていることが明らかになった。 本論文で複雑な様相を呈するチベット語ラサ方言の述語の意味を総合的に検証するという取り組みができたのは、先行研究の成果に負うところが大きい。しかし、先行研究はそれぞれ別個に行なわれ、従来の研究成果の批判、検証といった作業は、極限られた範囲でしか行なわれてこなかった。本論文は、これまでに日本、中国、アメリカから出た先行研究の研究成果を通覧し、批判、検証をした上で総合的な記述を目指した初めての試みである。 |