1イントロダクション 地球の表面にはプレートと呼ばれる厚さ約100kmの剛体で近似される板があり、このプレートの下には長い時間スケールでは対流層のように振舞うマントルがある。マントル中には多くの局所的な上昇域があり、その直上にある海洋底(海洋プレート)にホットスポットと呼ばれる海山を断続的に作り上げている。この海山の分布を調べると複数の長く平行な列を成していることから、ホットスポットはマントル中に固定されていて、プレートはその上を年間約数cmで移動していると考えられている。このホットスポットに対するプレートの運動を絶対運動と呼び、従来から球面上の有限回転としてモデル化されてきた。 しかし、最近になって一般公開された高精度衛星重力データによって海山列(ホットスポットトラック)の詳細な分布が分かるようになったが、これを見ると従来のプレートの絶対運動のモデルがホットスポットトラックを忠実に再現しているとは言えない。 本研究では、ホットスポットトラックを忠実に再現するプレートの絶対運動のモデルを構築し、これを用いて、プレートが剛体であるという仮定や、ホットスポットがマントル中に固定されているという仮定がどの程度妥当であるか、全地球的に検証する。 2ホットスポットの相対運動に関する従来の研究 Molnar and Stock(1987)は太平洋やアフリカプレートの既成の絶対運動のモデルと、地磁気の縞模様から得られるプレートの相対運動を用いてホットスポット間の相対運動を10〜20mm/yrと見積もった。 しかしActon and Gordon(1994)らは、未知のプレート境界の存在やプレートの相対運動の誤差の過小評価の可能性を指摘し、ホットスポット間の相対運動はさらに小さな値であることを示唆している。 Molnar and Stock(1987)の見積りではホットスポットトラックの位置の不確定性を一律に200kmと仮定しているが、その根拠については触れられていない。このことから、従来のプレートの絶対運動の誤差を過小評価していたことがホットスポットの相対運動を大きく見積もってしまった原因の1つである可能性があり、誤差が適正に見積もられたプレートの絶対運動のモデルが必要とされる。 3プレートの絶対運動のモデルを精密に求める新しい方法 本研究で開発された「多角形有限回転法」は、すべてのホットスポットトラックに忠実な絶対運動のモデルを作り上げることのできる新しい方法である。 まず、ある1つのプレート内において、現在活動的な海山(0 Ageの海山)の位置が既知で、長く活動している3本以上のホットスポットトラックについて、海山列の分布する範囲をそれぞれ決定する。(これが可能なプレートは太平洋プレートとアフリカプレートのみである)。もしこのプレートの内部でホットスポットが不動であれば、それぞれの範囲内に仮想的に存在する同じ年代の海山を"線"で結んだ"多角形"は年代によって形を変えないはずである。従ってこの多角形は、現在活動的な海山を結んだ多角形と等しい。球面上で、基準となる多角形の位置(たとえば0 Ageの位置)から任意の位置にある合同な多角形までの有限回転は幾何学的に計算できるので、求めた範囲内に存在するすべての合同な多角形に対し、有限回転のオイラー極が求められる。このように決められたオイラー極の分布はホットスポットトラックの太さに応じてばらつくが、このばらつきの程度を、このプレートの絶対運動のモデルの不確定性の範囲と見なすことができる。 アフリカプレート上のTristanやSt.Helenaのホットスポットが産する海山群は、巾500kmの広い範囲に散発的に分布するため、この方法はアフリカプレートにおいて特に有効である。 4結果 1、多角形有限回転法により、太平洋プレート及びアフリカプレートの2つのプレートにおいて、ホットスポットトラックの位置と年代に整合的でかつ、誤差の見積もられた絶対運動のモデルを構築できた。このことから少なくとも両プレート内においては、プレートの内部変形やホットスポット間の相対運動はこの解析では無視できるほど小さいことが示唆される。 2、太平洋プレートの約40Maにおけるプレート運動の方向の急激な変化は、太平洋プレートだけではなくアフリカプレートにも同期して存在する。変化の方向についても両プレートのリンクが見られる。 3、新しく得られた太平洋プレートとアフリカプレートの絶対運動の関係を調べるために、両者から既成のプレートの相対運動を介してインドプレートの絶対運動を計算し比較した。インドプレートには、太平洋プレート、アフリカプレートに次いで長く連続的なホットスポットトラックが存在する。この海山列と2つの理論的なホットスポットトラックとの位置と年代は、誤差の範囲で一致した。このことから、現在から約65Maまでの各プレートの内部変形やグローバルなホットスポット間の相対運動は有意なものとは言えない(図1)。 またアイスランドのホットスポットトラックにおいても、有意な相対運動は見られなかった。 4、太平洋及びアフリカプレートの新しい絶対運動のモデルから、既成のプレートの相対運動を用いて、北米プレート、南米プレート、インドプレート、南極プレート、ナスカプレート、グリーンランドプレートの現在から約65Maまでの高精度な絶対運動が新しく決められた。 5、ホットスポット系から見た自転軸の移動曲線も、新しい絶対運動のモデルを用いて決め直された。アフリカプレート上のホットスポット系から見た自転軸の移動曲線は、これとは独立に決められた太平洋プレート上のホットスポット系から見た自転軸の移動曲線と、誤差の範囲でほぼ一致した。両者を総合した自転軸の移動曲線を見ると、最近40Myrでは自転軸はあまり動いていないが、約40Maから約65Maの間に大きく動いていたことがわかる。 5議論 過去の研究で、ホットスポットの相対運動が有意な値(10〜20mm/yr)と計算された原因は、未知のプレート境界の存在などよりは、むしろ、プレートの絶対運動が正しく求められていなかったことによる。未知のプレート境界はたとえ存在するにしても、最近65Myrでは活動的ではなかったと言える。また別の研究から、インドプレート内部において小規模な圧縮変形をした証拠が認められているが、この変形量も過去65Myrでは十分小さかったことが示唆される。 太平洋プレートのHawaii-Emperor Chainの折れ曲がりに代表される約40Maのイベントは、アフリカプレートの絶対運動、各プレートの相対運動、そしてホットスポット系から見た自転軸の移動曲線にも見られるため、局所的なものではなく、グローバルなイベントである。しかしプレート運動と極移動の双方の解析でホットスポットの相対運動が有意に見られないことから、スーパープリュームやフラッシュイングイベントのようなマントル起源の現象ではなく、リソスフェア起源の現象であることが推定される。このイベントの有力な候補としては、インド大陸とユーラシア大陸の衝突の規模が約40Maでピークになり、これが地球上のプレート境界全体の再構成を促したことが挙げられる。 また最近のマントル対流の数値計算によると、上部マントルと下部マントルの粘性比が100程度になると1Gyrの時間スケールでホットスポット間の相対運動はほとんどなくなってしまうことが分かっている(フラッシュイングイベントが起こる場合を省く)。つまりこのホットスポットの不動性の程度から逆に、地球のマントルの粘性構造について重要な制約条件を与えることができる。 図1太平洋及びアフリカプレートの絶対運動から推定されるインドプレートのホットスポットトラック数字はすべてMa単位.緑色、赤、青色はそれぞれ、海山の年代、アフリカ及び太平洋プレートから予想される理論年代を示す. |