学位論文要旨



No 113050
著者(漢字) 原田,靖
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ヤスシ
標題(和) プレートの絶対運動、ホットスポット間の相対運動、極移動曲線に関する高精度グローバル解析
標題(洋) A Global Analysis of Absolute Plate Motions,Motion Between Hotspots,and Polar Wandering
報告番号 113050
報告番号 甲13050
学位授与日 1997.10.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3314号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,長
 東京大学 教授 井田,喜明
 東京大学 教授 瀬野,徹三
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 浜野,洋三
内容要旨 1イントロダクション

 地球の表面にはプレートと呼ばれる厚さ約100kmの剛体で近似される板があり、このプレートの下には長い時間スケールでは対流層のように振舞うマントルがある。マントル中には多くの局所的な上昇域があり、その直上にある海洋底(海洋プレート)にホットスポットと呼ばれる海山を断続的に作り上げている。この海山の分布を調べると複数の長く平行な列を成していることから、ホットスポットはマントル中に固定されていて、プレートはその上を年間約数cmで移動していると考えられている。このホットスポットに対するプレートの運動を絶対運動と呼び、従来から球面上の有限回転としてモデル化されてきた。

 しかし、最近になって一般公開された高精度衛星重力データによって海山列(ホットスポットトラック)の詳細な分布が分かるようになったが、これを見ると従来のプレートの絶対運動のモデルがホットスポットトラックを忠実に再現しているとは言えない。

 本研究では、ホットスポットトラックを忠実に再現するプレートの絶対運動のモデルを構築し、これを用いて、プレートが剛体であるという仮定や、ホットスポットがマントル中に固定されているという仮定がどの程度妥当であるか、全地球的に検証する。

2ホットスポットの相対運動に関する従来の研究

 Molnar and Stock(1987)は太平洋やアフリカプレートの既成の絶対運動のモデルと、地磁気の縞模様から得られるプレートの相対運動を用いてホットスポット間の相対運動を10〜20mm/yrと見積もった。

 しかしActon and Gordon(1994)らは、未知のプレート境界の存在やプレートの相対運動の誤差の過小評価の可能性を指摘し、ホットスポット間の相対運動はさらに小さな値であることを示唆している。

 Molnar and Stock(1987)の見積りではホットスポットトラックの位置の不確定性を一律に200kmと仮定しているが、その根拠については触れられていない。このことから、従来のプレートの絶対運動の誤差を過小評価していたことがホットスポットの相対運動を大きく見積もってしまった原因の1つである可能性があり、誤差が適正に見積もられたプレートの絶対運動のモデルが必要とされる。

3プレートの絶対運動のモデルを精密に求める新しい方法

 本研究で開発された「多角形有限回転法」は、すべてのホットスポットトラックに忠実な絶対運動のモデルを作り上げることのできる新しい方法である。

 まず、ある1つのプレート内において、現在活動的な海山(0 Ageの海山)の位置が既知で、長く活動している3本以上のホットスポットトラックについて、海山列の分布する範囲をそれぞれ決定する。(これが可能なプレートは太平洋プレートとアフリカプレートのみである)。もしこのプレートの内部でホットスポットが不動であれば、それぞれの範囲内に仮想的に存在する同じ年代の海山を"線"で結んだ"多角形"は年代によって形を変えないはずである。従ってこの多角形は、現在活動的な海山を結んだ多角形と等しい。球面上で、基準となる多角形の位置(たとえば0 Ageの位置)から任意の位置にある合同な多角形までの有限回転は幾何学的に計算できるので、求めた範囲内に存在するすべての合同な多角形に対し、有限回転のオイラー極が求められる。このように決められたオイラー極の分布はホットスポットトラックの太さに応じてばらつくが、このばらつきの程度を、このプレートの絶対運動のモデルの不確定性の範囲と見なすことができる。

 アフリカプレート上のTristanやSt.Helenaのホットスポットが産する海山群は、巾500kmの広い範囲に散発的に分布するため、この方法はアフリカプレートにおいて特に有効である。

4結果

 1、多角形有限回転法により、太平洋プレート及びアフリカプレートの2つのプレートにおいて、ホットスポットトラックの位置と年代に整合的でかつ、誤差の見積もられた絶対運動のモデルを構築できた。このことから少なくとも両プレート内においては、プレートの内部変形やホットスポット間の相対運動はこの解析では無視できるほど小さいことが示唆される。

 2、太平洋プレートの約40Maにおけるプレート運動の方向の急激な変化は、太平洋プレートだけではなくアフリカプレートにも同期して存在する。変化の方向についても両プレートのリンクが見られる。

 3、新しく得られた太平洋プレートとアフリカプレートの絶対運動の関係を調べるために、両者から既成のプレートの相対運動を介してインドプレートの絶対運動を計算し比較した。インドプレートには、太平洋プレート、アフリカプレートに次いで長く連続的なホットスポットトラックが存在する。この海山列と2つの理論的なホットスポットトラックとの位置と年代は、誤差の範囲で一致した。このことから、現在から約65Maまでの各プレートの内部変形やグローバルなホットスポット間の相対運動は有意なものとは言えない(図1)。

 またアイスランドのホットスポットトラックにおいても、有意な相対運動は見られなかった。

 4、太平洋及びアフリカプレートの新しい絶対運動のモデルから、既成のプレートの相対運動を用いて、北米プレート、南米プレート、インドプレート、南極プレート、ナスカプレート、グリーンランドプレートの現在から約65Maまでの高精度な絶対運動が新しく決められた。

 5、ホットスポット系から見た自転軸の移動曲線も、新しい絶対運動のモデルを用いて決め直された。アフリカプレート上のホットスポット系から見た自転軸の移動曲線は、これとは独立に決められた太平洋プレート上のホットスポット系から見た自転軸の移動曲線と、誤差の範囲でほぼ一致した。両者を総合した自転軸の移動曲線を見ると、最近40Myrでは自転軸はあまり動いていないが、約40Maから約65Maの間に大きく動いていたことがわかる。

5議論

 過去の研究で、ホットスポットの相対運動が有意な値(10〜20mm/yr)と計算された原因は、未知のプレート境界の存在などよりは、むしろ、プレートの絶対運動が正しく求められていなかったことによる。未知のプレート境界はたとえ存在するにしても、最近65Myrでは活動的ではなかったと言える。また別の研究から、インドプレート内部において小規模な圧縮変形をした証拠が認められているが、この変形量も過去65Myrでは十分小さかったことが示唆される。

 太平洋プレートのHawaii-Emperor Chainの折れ曲がりに代表される約40Maのイベントは、アフリカプレートの絶対運動、各プレートの相対運動、そしてホットスポット系から見た自転軸の移動曲線にも見られるため、局所的なものではなく、グローバルなイベントである。しかしプレート運動と極移動の双方の解析でホットスポットの相対運動が有意に見られないことから、スーパープリュームやフラッシュイングイベントのようなマントル起源の現象ではなく、リソスフェア起源の現象であることが推定される。このイベントの有力な候補としては、インド大陸とユーラシア大陸の衝突の規模が約40Maでピークになり、これが地球上のプレート境界全体の再構成を促したことが挙げられる。

 また最近のマントル対流の数値計算によると、上部マントルと下部マントルの粘性比が100程度になると1Gyrの時間スケールでホットスポット間の相対運動はほとんどなくなってしまうことが分かっている(フラッシュイングイベントが起こる場合を省く)。つまりこのホットスポットの不動性の程度から逆に、地球のマントルの粘性構造について重要な制約条件を与えることができる。

図1太平洋及びアフリカプレートの絶対運動から推定されるインドプレートのホットスポットトラック数字はすべてMa単位.緑色、赤、青色はそれぞれ、海山の年代、アフリカ及び太平洋プレートから予想される理論年代を示す.
審査要旨

 地球の表面はプレートとよばれる剛体的に振る舞う固い板で覆われている。各プレートは互いに運動(プレート相対運動)していて、地球上で起こる活動は、そのほとんどがプレートの境界で起こっている。一方、地球深部に固定したマグマの活動によって生じた火山はホットスポットと呼ばれている。プレート運動に伴い、ホットスポット起源の火山は海洋底に海山列としてつらなり、その軌跡からは地球深部に対するプレートの運動(プレート絶対運動)を求めることができる。プレートテクトニクス誕生以来、このプレートの相対運動や絶対運動について数多くの研究が行われている。特に絶対運動はプレート運動の原動力を特定する上で重要な情報を与えるものであるが、これまでは海底の地磁気異常の縞模様から詳しく求められる相対運動に比べて時間精度が劣り、長い期間の平均的な運動しか分かっていなかった。本論文は、地球深部に固定したホットスポット座標に対するプレートの絶対運動を詳細に求める新しい方法を考案し、それを用いて、太平洋プレートに加えて、従来の方法では正確な運動が決められなかったアフリカプレートやインドプレートについてもその絶対運動を求め、世界中のホットスポットが数千万年にわたって相対運動がなく、およそ4千万年前のプレート運動の変動が全世界的にほぼ同時期に起こり、その変動の原因が大陸の衝突等の表層起源の現象であるという新しい結果を得ている。また本論文で求められた絶対運動は、今までに求められたものの中で最も精度が高いモデルである。

 本論文は7章と付録の章から構成される。第1章は序論であり、プレートテクトニクスの考え方とその理解に必要な言葉の説明がされている。さらにこの章ではプレートの相対運動と絶対運動の求め方について、従来の方法が説明され、それらの結果が示される。

 第2章は本論文で考案された多角形有限回転法と呼ばれる、ホットスポット列からプレート運動を求める新しい方法について述べられている。従来の方法では最も良く知られたハワイー天皇海山列のみを用いて太平洋プレートの絶対運動を求め、他の海山列の軌跡を当てはめることによって修正を加えてプレート運動を求めていたが、本論文では3つの海山列を同時に用いることによって、連続的なプレート運動の軌跡を求めることが可能となった。また、プレート運動の信頼度を定量的に求めることができた。

 第3章はこの新しい方法を適用して、太平洋プレートの絶対運動を求めている。この解析には、海底地形のデータだけでなく、最近公開された精密な重力データを使い、ハワイー天皇海山列、ルイビル海山列、イースター海山列の3本の海山列を用いることによって、プレート絶対運動の連続的な変動を求めている。この結果は太平洋プレート上にある他の海山列の軌跡も良く説明するものである。さらに多くの海山列から採集された岩石から決められた年代を用いて、プレートの動きに絶対年代のスケールを当てはめている。続く、第4章では、アフリカプレートについて同様の方法を適用して、その絶対運動を求めている。アフリカプレートは動きが小さく海山列の長さが短いために、これまでは精密なプレート運動は求められなかったが、本方法によって初めて精度の高いプレート運動が推定された。本方法を適用してプレート運動を求めるためには3本のホットスポット起源の海山列を必要とし、太平洋プレートとアフリカプレート以外のプレート絶対運動は直接求められない。しかし、プレート間の相対運動が知られていれば、あるプレートの絶対運動から相対運動を介して他のプレートの絶対運動を求めることが可能である。本論文第5章では、太平洋プレートとアフリカプレートの絶対運動から、その中間にあるインドプレートの絶対運動をそれぞれのプレート間の相対運動を用いて推定し、インドプレート上の海山列と比較している。この結果、3つのプレート上にあるホットスポットのすべてがほぼ8千万年の間、誤差の範囲内で殆ど動いていないことが結論された.従来同様な比較からホットスポット間の動きが見積もられていたが、これはこれまでの絶対運動の精度が良くなかったために生じた見かけのものであることが示唆されている。また、5章では他のプレートについても本論文で求められた二つのプレートの絶対運動とプレート間相対運動を用いて、世界中のプレートの絶対運動が求められている。

 第6章は考察の章であり、求められた絶対運動の精度、ホットスポット間の運動がない原因の考察、4千万年前に見られるプレート運動の折れ曲がりの世界的同時性、ホットスポット座標系に対する自転軸の動き、等について述べている。最後に、第7章は結論の章であり、上記の結果をまとめている。

 以上述べてきたように、本論文はプレートのホットスポット座標に対する絶対運動を求める新しい方法を考案し、その方法を用いて精度の高い絶対運動を求め、それに基づいて、プレート絶対運動の起源、ホットスポットの不動性、等の新しい知見を付け加え、地球の活動について重要な情報を得ることに成功している。このことから審査員一同は申請者が博士(理学)の学位を授与されるに値すると認定する。

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