学位論文要旨



No 113051
著者(漢字) 大西,裕季
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,ユウキ
標題(和) ステロイド配糖体パボニニン-1とその類縁体の合成および脂質二重膜透過性亢進作用 : 糖の分子内配置との相関
標題(洋)
報告番号 113051
報告番号 甲13051
学位授与日 1997.10.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3315号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 助教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 小川,智也
内容要旨 [1]

 両親媒性構造を有する分子の示す抗菌性、溶血性などの様々な生理活性の多くは、細胞表層のリン脂質二重膜への結合とその膜透過性亢進により説明されている。特に両親媒性ペプチドについては、多くの報告例があり、膜結合時における疎水性および親水性アミノ酸残基の配向の重要性が検討されている。一方、ステロイド配糖体などのサポニンも親水性基に相当する糖鎖と疎水性ステロイド母核からなる両親媒性構造を有するが、これらの極性基配向の寄与に関する報告例はわずかである。そこで本研究では、こうしたステロイド配糖体類の膜作用における構造活性相関に関して知見を得ることを目的として、カレイ目ウシノシタ類の防御分泌液から単離されたパボニニン-1(1)をその構造的、生理活性的特徴から選定し、1および1の両親媒性配向の異なる配糖体(2-7)の合成を行った(Fig.1a,1b)。さらに、水溶性蛍光剤カルセインを封入したリン脂質リポソームを細胞膜のモデル系として用いて、ステロイド配糖体分子における両親媒性構造の配向と生体膜への作用との相関について検討した。

Fig.1a.Structures of pavoninin-1(1)and synthetic analogues(2,3)Fig.1b.Simplified saponin-type analogues(4-7)
[2]ステロイド配糖体の合成

 Pavoninin-1(1)の合成は、以下に示す方法で行った(Scheme1)。すなわち、ケノデオキシコール酸の側鎖を延長した8に官能基変換を行い、グリコシル化反応の受容体である9を合成した。グルコサミン等価体によるグリコシル化反応をスルホキシド糖10を用いて行った(Kahne法)ところ、目的とする-グリコシド体11が9に対して97%の収率で立体特異的に得られた。11からジヒドロパボニニン-1(2)とした後、糖のヒドロキシル基を保護することなしにPhSeClを用いて、4-フェニルセレネニル体12とし、続く酸化脱離により目的とするパボニニン-1(1)の合成を達成した。ステロイド配糖体3は、1の合成で得られた知見をもとに8から10段階で合成した。また、4および7の合成は、対応するジヒドロコレステロールからそれぞれ4段階、5および6は同じ原料からそれぞれ6段階で合成を行った。

aReagents and Conditions:(a)LiAIH4.THF.rt.92%;(b)TBDPSCI,imidazole,DMF,rt;(c)H2 Pd(OH)2/C,EtOH.rt.83%(two steps);(d)CICOOMe.pyr.CH2Cl2、0℃,95%;(e)10,Tf2O,DtBMP.CH2Cl2,then9,-78℃ to-20℃,97%:(f)HF.MeCN.rt.86%;(g)PDC.MS4A,CH2Cl2,rt.95%,(h)CH(OMe)3、CSA,MeOH.CH2Cl2,rt.93%:(i)LiAIH4.THF,rt,(j)Ac2O.pyr.CH2Cl2,rt,67%(two steps).(k)H2.Pd(OH)2/C.MeOH,rt.(l)AcOH.H2O.rt.91%(two steps);(m)PhSeCl,AcOEt.rt.30%,;(n)30%H2O2.THF,0℃,82%.
[3]各ステロイド配糖体類とリン脂質リポソームとの相互作用

 蛍光剤カルセインを内封した単層リポソームは、卵黄ホスファチジルコリン(egg PC)からコレステロール存在または非存在下で超音波照射法により調製した。上記で合成した各配糖体について、カルセインの漏出活性を調べた結果、pavoninin-1(1)、2および3は強い蛍光剤漏出活性を示し、4-7は弱い漏出活性がみられた(Fig.2a,b)。また、1、2、および3の活性は添加した配糖体([S]1)およびリン脂質([L])双方の濃度に依存性を示した。そこで、これら3種の脂質二重膜に対する作用機構を、結合等温線の作成により、結合過程と結合分子による膜透過性発現の過程との二段階に分けて解析を行った(Fig.3)。

Fig.2.Calcein leakage by action of seven glycosides on lipid bilayers;a:[L]=5.4M,b:[L]=2.9MFig.3.Binding isothems for three glycosides 1-3 to PC liposomes(a)and membrane permeabilizing ability of bound glycosides(b);[s]f:concentration of unbound glycosides,r:molar ratio of bound glycosides per lipid ●,■,▲:PC liposomes ○,□,△:PC liposomes with 20% cholesterol

 Fig.3aの原点方向への外挿から、ステロイド配糖体(1-3)の結合定数(Kapp)を、Fig.3bから膜透過活性(r50:カルセインを50%漏出させるリン脂質分子に対する相対膜結合分子数)をそれぞれ求めた(Table1)。これにより、パボニニン-1(1)は膜への結合能力が最も低く2、3の順に高くなった。これとは反対に、膜撹乱による蛍光剤透過活性は、r50において1が最も強く、2、3の順に弱くなった。また、コレステロール含有リポソームにおいても、これらはほぼ同様のKappおよびr50を与えた。一方、3と同じ両親媒性構造を有する7の蛍光剤漏出活性は他の4-6と同様に弱く、これらの活性は、20%および40%コレステロール含有リポソームで増強されなかった。また、比較的この中で強い活性を持つ5についてリン脂質濃度を変化させてみたが、有意な濃度依存性は示さなかった。

[4]考察

 一般に、両親媒性分子による膜透過性亢進の発現は、脂質二重膜の外層側に外来分子が結合し、内層との面積の不均衡を生じることでその近傍の膜透過性が上昇するという作用機構で説明されている。本研究での外来分子に相当するのは配糖体の疎水性部分のステロイド母核であるので、結合分子による膜透過活性は、膜平面に対してステロイド平面がどのような配向で作用するかに相関があると考えられる。言い換えれば、ステロイド配糖体の膜透過性亢進は、脂質二重膜の外層側への作用面積の大きさに対応すると考えられる。

 比較的平らなステロイド平面を持つ1は、親水性基となる糖が疎水性基となるステロイド部分の中央に位置するため、一分子あたり脂質膜平面に対して平行に結合する結果、一分子あたりの作用面積が広くなることが考えられる。一方、糖を3位に持つ3のステロイド部分は、膜平面に対して、生体膜中に存在する3位に水酸基を持つコレステロールと同様な配向で作用することが可能となる。従って、1は作用面積の大きさに応じて分子あたりの膜揺動性が強くなる一方、結合の深度が浅いため膜結合能力は低下する。次に4-7についてであるが、4および6は、生体膜中のコレステロールに作用するサポニンによくみられる両親媒性構造を持つが、コレステロール含有リポソームに対しても有意な活性は観測されなかった。同様に、7の活性も3に比べて極めて弱い。4-7の配糖体に共通の特徴として、1-3と比べて非常に高い結晶性を持ち、水溶液中での存在形態の違いが理由の一つとして考えられる。特に、3および7の構造的な違いは、7位ケトンと26位アセトキシル基の存在であり、これらの極性基が膜結合時に影響を与えている可能性が高い。従って、ステロイド配糖体による膜への作用は、糖の配置のみに限らず、アグリコン部分も重要な役割を果たすと考えられる。生理活性を有する天然由来のステロイド配糖体類のアグリコン部分が適度に極性基で修飾されているという事実もこれを裏づけている。

Table 1aPC liposome bPC liposome contalning 20% cholesterol
審査要旨

 本論文は緒言、本論5章、実験の部、および付録からなり、魚類ミナミウシノシタが発する対捕食防御分泌液の活性主成分の一つであるステロイド配糖体、パボニニン-1(1)に関して、この化合物が示すサメ忌避作用その他の生理活性発現機構として推定される細胞膜透過性亢進における脂質二重膜上での分子挙動を、その化学構造に基づいて考察したものである。序論である緒言で研究の背景、および構造と活性の相関を調べるためにデザインした分子2、3の構造的根拠、本論第1章で一般的合成法構築を目指した天然物そのものの合成とこの知見を踏まえたデザイン分子の化学合成、同第2章でこれらを用いて脂質二重膜への透過性亢進作用を調べた結果と考察が述べられている。ここまでの知見を踏まえて新たにデザインされた基質分子4〜7の合成と膜への作用を調べた結果に関して第3章、第4章にてそれぞれ述べられており、結語である第5章は全内容の要約である。実験の部では行なった実験の具体的手順と合成各段階で得た生成物の分光学データが記され、読者による追試が可能となっており、印刷中の公表用論文の投稿原稿の写しが付録として添付されている。

 緒言では研究開始時での背景として、これまでに脂質二重膜透過性亢進作用の知られる天然物が主としてペプチド性化合物とサポニン(ステロイドまたはトリテルペン配糖体の総称)であり、前者が一般にリン脂質二重膜自体に作用するのに対して後者は膜に存在するコレステロールと複合体を作ることで作用を持つとされていること、これに対してパボニニン-1が化学構造的には後者に属するにも拘らず、作用機構は前者に近いことが示されていることが紹介されている。ここで古典的サポニンとパボニニン-1の作用機構の違いが、疎水性基であるステロイド部と親水性糖部分との分子内での空間的配置の違いに基づくとの作業仮説を立て、後者とはこの空間配置のみが異なる分子構造を合成標的としてデザインしている。これにより本論文に記された研究の位置付けと新規性の範囲が明確になっている。

 113051f01.gif

 本論第1章で述べられている胆汁酸の一つとグルコース誘導体からの天然物の合成では、両者を結合した際に示された予想以上に高い立体選択性と、この後ステロイド部に二重結合を導入する手法の有効性が、新規な有機化学的知見として得られている。第2章では、やはり前章で合成が述べられているデザイン分子が細胞膜モデルとしてのリポソームに対して、平行して調べた天然物合成品より強い膜結合度を示したことに基づき、予想した膜内分子配向を持つと結論した一方、当初の予想に反して後者同様膜内コレステロールに依存しない透過性亢進活性を有することが示されており、この結果に関する詳細な考察がなされている。これを踏まえ、古典的サポニンにさらに構造が近い分子のデザインと合成に関して第3章で述べられ、これらの化学構造から予想される膜への作用が見られなかった結果とこれに対する考察が第4章で述べられている。結論として、本研究の主題である二重膜への活性発現には、当初想定した両親媒性構造の空間的配置に加えて、膜への結合部分であるステロイド部位に未解明の構造要求性が存在することを提唱している。

 以上本論文の研究内容はペプチド性化合物に比べて有機合成が要求されるが故にこれまで詳細には調べられていないステロイド配糖体の脂質二重膜に対する透過性亢進機構に関して、新規な重要知見を提供しかつ今後の研究への指針を与えており、関連研究分野に大きく貢献するものと判断される。なお、本論文に記された実験と考察は全て論文提出者が主体となって行なったものであり、その寄与は十分である。

 よって、本論文提出者である大西裕季は、博士(理学)の学位を授与される資格があるものと認める。

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