微生物を使って工業生産される多糖のカードランを硫酸化して得られるカードラン硫酸は、高い抗エイズウイルス活性を持ち、エイズ薬としての研究開発が進行中である。本論文は、位置選択的に硫酸基を導入したカードラン硫酸を合成し、その構造と抗エイズウイルス活性の関係を解明することを目的としている。更に、カードラン硫酸が有するウイルス存在組織への蓄積性を利用して、抗エイズ薬を運搬する医薬運搬システムを位置特異的硫酸化カードランから合成することを目的として研究を進めており、5章から成る。 第1章では、エイズ薬、中でも本研究で扱う硫酸化多糖・オリゴ糖から成る抗エイズウイルス剤につき、現状と概要がまとめられている。また、高分子化合物を利用する医薬運搬システムの概念が述べられている。 第2章では、3種の位置選択的に硫酸化したカードラン硫酸の合成法が記述されている。カードランを構成するグルコース単位の全部のC6および一部のC2が硫酸化されたカードラン硫酸(62S)、全部のC4および一部のC2が硫酸化されたカードラン硫酸(42S)、一部のC6、C4、およびC2が硫酸化されたカードラン硫酸(642S)が、それぞれ合成された。硫酸化多糖の構造は13C NMRや元素分析などで同定された。硫酸化度が1.3以上の場合、62S、42S、および642Sの3つ共、in vitroで50%感染阻害濃度EC50=0.04〜0.4mg/mlという高い抗エイズウイルス活性と低い細胞毒性を示し、活性は硫酸基の位置には依存しないことが分かった。また、エイズ薬としては副作用となる抗凝血活性については、これら位置選択的硫酸化カードランは、10〜19unit/mgという低い抗凝血活性しか示さなかった。この結果、高い抗エイズウイルス活性を持つ、位置選択的に硫酸化されたカードラン硫酸が合成された。 第3章では、カードラン硫酸が持っている、多くのエイズウイルスと感染細胞が集まっているリンパ組織へ蓄積される性質を利用して、カードラン硫酸をエイズ薬運搬体として用いる医薬運搬システムが研究された。エイズの臨床薬としてもっとも効果的なアジドチミジン(AZT)のC5’位を生体分解性のエステルスペーサーを介したサクシニル-AZTがまず作られた。サクシニル-AZTとカードラン硫酸のC6位を反応させて、サクシニルを介してAZTが結合した、AZT-カードラン硫酸誘導体が合成された。AZTの導入率はグルコース単位当り0.15〜0.50まで変えることが出来た。硫酸化度は1.3〜1.5と比較的高かった。得られたAZT-カードラン硫酸誘導体は、カードラン硫酸のみに基づく高い抗エイズウイルス活性をin vitroで示した。この化合物のジメチルスルホキシド溶液を冷所に21日および35日放置したところ、抗エイズウイルス活性はかなり増加した。同時に細胞毒性も増加した。これはAZT-カードラン硫酸誘導体のエステル結合が切れて、アジドチミジンが遊離したことを示唆しており、目的物が得られた。 第4章では、第二番目のエイズ薬として知られるジデオキシイノシン(DDI)を結合させた、DDI-カードラン硫酸が合成された。DDIは酸に弱いので、6-OHを残した位置選択的硫酸化カードランの42Sと642Sを合成しておき、それに5’-クロロアセチル-DDIを反応させる手法が取られた。DDI-カードラン硫酸も高い抗エイズウイルス活性(EC50=0.26〜0.89mg/ml)を示した。 第5章では、論文提出者の属する研究室で合成に成功した、高い抗エイズウイルス活性を示し血中持続性の長い硫酸化アルキルオリゴ糖に、アジドチミジンを結合させたアジドチミジン-硫酸化アルキルオリゴ糖誘導体が合成された。ラミナリペンタオースを出発原料としてアルキルラミナリペンタオシドがまず作られ、これを硫酸化して目的物のAZT-硫酸化アルキルラミナリペンタオシドが得られた。得られた化合物は、高い抗エイズウイルス活性と中程度ないし低い細胞毒性を示した。 以上のように、本研究は、精緻な化学合成法を用いて位置選択的に硫酸化された、高い抗エイズウイルス活性を示すカードラン硫酸を合成し、更に、エイズ薬のアジドチミジン、ジデオキシイノシンなどをこれら硫酸化多糖・オリゴ糖に結合させた、生分解性を有する医薬運搬システムを構築した。本研究の成果は、開発の急がれている新規エイズ薬の研究に大きく貢献するだろう。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |