学位論文要旨



No 113052
著者(漢字) 高,英
著者(英字)
著者(カナ) カオ,イン
標題(和) 抗エイズウイルス活性を有する位置選択的硫酸化多糖オリゴ糖の合成
標題(洋) Synthesis of Regioselective Sulfated Poly-and Oligo-Saccharides with anti-HIV Activity
報告番号 113052
報告番号 甲13052
学位授与日 1997.11.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4013号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 干鯛,眞信
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 渡邉,正
 東京大学 教授 荒木,孝二
内容要旨

 エイズ(後天性免疫不全症候群)はHIVが宿主の免疫機構を破壊することによって、通常は無害の病原体の感染に対し、ヒトを無抵抗にさせる致命率の高い病気である。現在までにこの疾病に対し多方面から精力的に治療法の研究が行われているが、完治に至る治療法は見出されていない。AZT(アジドチミンジン)のような核酸系治療薬が患者に延命効果をもたらすとして臨床で認可されているが、耐性ウイルスの出現及び副作用のために、長期使用に問題がある。これまでに我々は高い抗エイズウイルス活性を有する硫酸化多糖と硫酸化アリキルオリゴ糖を研究してきた。中でもカードラン硫酸は米国においてPhase I/IIの臨床試験が実施されており、その有効性が確認されつつある。

 本論文では、カードラン硫酸の構造と抗エイズウイルス活性の関係を解明し、AZTの治療効果を改善し、高活性かつ低毒性な治療薬を得ること目的として、1)位置選択的カードンラン硫酸の合成及び抗エイズウイルス活性、2)AZTを導入した置換カードラン硫酸誘導体の合成とその抗エイズウイルス活性、3)硫酸化アルキルオリゴ糖-AZT誘導体の合成とその抗エイズウイルス活性について研究した成果を述べる。

1)位置選択的カードンラン硫酸の合成及び抗エイズウイルス活性

 硫酸基の導入位置の異なるカードラン硫酸を位置選択的に合成し、カードラン硫酸における硫酸基の位置と抗エイズウイルス活性及び抗凝血活性の関係を調べた。

 カードラン硫酸のすべての6位の水酸基と2位の一部の水酸基が硫酸化されたカードラン硫酸(62S)はScheme 1aで示す方法で合成した。分子量1万程度のカードラン硫酸を合成するために、硫酸化する前に、カードランを加水分解し、分子量(Mn)9.2x103のカードランを得た。硫酸化の条件及び結果はTable 1に示した。カードランのすべての4位の水酸基と2位の一部の水酸基を硫酸基で置換したカードラン硫酸(42S)及びカードランの6位と4位と2位を部分的に硫酸化したカードラン硫酸(642S)はScheme 1bで示したように位置選択的保護と脱保護により合成した。硫酸化条件及び脱保護により得られたカードラン硫酸(42Sと642S)の結果をTable 1に示した。

Scheme 1.Synthetic route of regioselective sulfated curdlan(CS)a)CS having sulfate groups at all C6 and partial C2 positions(62S),b)CS having sulfate groups at all C4 and partial C2 positions(42S),and at partial C6,C4 and C2 positons(642S).Table 1.Sulfation of Curdlan or 6-Pivaloyl Curdlan with SO3-pyridine and Depivaloylation in NaOH Solution.aaCudlan or 6-pvaloyl curdlan(1.0g)was sulfated in DMSO at room temperature.bSO3-pyridine complex was equivalent to glucose unit.cThe number of sulfate groups per sugar unit in curdlan sulfate was determined by elemtal analysis.dAssigned by combination of 13C NMR and elemental analysis.eDetermined by GPC.fDegree of pivaloylation.gCurdlan was used.hDegree of sulfation was negligibly small.iExisting but difficult to calculate.

 位置選択的に合成した硫酸基の位置の異なるカードラン硫酸(62Sと42Sと642S)の抗エイズウイルス活性と硫酸化度及び硫酸基の位置との相関をFigure 1Aに示した。硫酸化度1.3以上で、50%感染阻害濃度EC50=0.04-0.4g/mlの高い抗エイズウイルス活性を示し、抗エイズウイルス活性が硫酸基の位置に依存せず、硫酸化度に依存することが分かった。カードラン硫酸の抗凝血活性の結果はFigure 1Bに示した。三酸化硫黄ピリジン錯体を用いて合成したカードラン硫酸はピペリジン硫酸場合より高い抗凝血活性を示すことが報告されたが、本研究で三酸化硫黄ピリジン錯体を用いて合成したカードラン硫酸は分子量が低いので、低い抗凝血活性(AA=10-19unit/mg)を示した。一方、分子量が低いほど、抗凝血活性が線性的に減少する傾向が認められた。

Figure 1.(A) Dependence of the anti-HIV activity EC50 of curdlan sulfate both degree of sulfation and position of sulfate groups(●42S,■62S and ▲642S)and(B)dependence of the anticoagulant activity of curdlan sulfate both molecular weight and position of sulfate groups(●42S,■62S and ▲642S).
2)AZTを導入した置換カードラン硫酸誘導体の合成とその抗エイズウイルス活性

 HIV感染では無症状のキャリアーの血液にはごくわずかのHIVしか検出されないが、この間も免疫系の破壊が続き、HIVはリンパ節で複製すると推定されている。一方はカードラン硫酸は長期間リンパ節に蓄積されることが我々のこれまでの研究により明らかになった。本研究ではAZTとカードラン硫酸を結合させ、カードラン硫酸をキャリアーとし、AZTをリンパ節に運搬できる可能性を持つAZT導入カードラン硫酸を合成し、In vittroでその抗エイズウイルス活性と抗凝血活性の評価を行った。

Scheme 2 Synthetic route of AZT-curdlan sulfate

 AZTを導入したカードラン硫酸誘導体はScheme2で示したルートで合成した。まず、無水コハク酸とAZTを反応させることにより、コハク酸AZTエステルを合成した、合成したコハク酸AZT-エステルとカードランを反応させると、カードランにAZTを導入することができた、導入率は0.15から0.50程度であり、生成物の構造は13C-NMRにより決定した。最後に、硫酸化を行い、カードラン硫酸-AZT誘導体を合成した。

 AZT-カードラン硫酸誘導体の抗エイズウイルス活性は種々の濃度のAZT-カードラン硫酸誘導体と共に感染直後のHIV-1感染細胞と非感染細胞を炭酸ガスインキュベーター中37℃で5日間培養し、MTT法によって生存細胞数を測定することにより評価した(山梨医大)。Table 2に、AZTを導入したカードラン硫酸の抗エイズウイルス活性と細胞毒性を示した。AZT-カードラン硫酸誘導体のEC50は0.23-1.3g/mlの値を示した、In vitroではAZTはカードラン硫酸からリリースしていないと考えられるので、AZTの導入率が高くなると、AZT-カードラン硫酸誘導体の活性は低くなる傾向が認められた、カードラン硫酸としての活性は0.19-0.79g/mlの高い抗HIV活性を示した。また、カードラン硫酸の中にAZTを20%(mol/mol)導入しても、カードラン硫酸の活性の低下が見られないことが分かった。キャリアーとAZTとの間の結合の開裂は生体内での酵素分解によって起こることが期待されている。

Table 2.The Anti-HIV Activity of AZT-curdlan Sulfate DerivativeaDetermined by elemental analysis.bDegree of suhstitution of sulfate group to glucose a unit.cAnti-HIV activity;drug effective concentration for 50% inhibition of virus infection in 5-day HIV-infected MT-4 cell culture. dActivity of curdlan sulfate in AZT-curdlan sulfate derivate.eCytotoxic effect:drug concentration 50% cytotoxicity in 5-day MT-4 cell culture.fSelectivity index.gSubstitution of AZT to a glucose unit.hCurdlan sulfate having molecular weight of 7.9x104 as a reference.

 AZT-カードラン硫酸誘導体のCC50は1000g/ml以上の値を示し、AZTを50%導入しても、AZT-カードラン硫酸誘導体は細胞毒性を示さないことが分かった。

 AZT-カードラン硫酸誘導体の抗凝血活性をTable3に示した。AZTを導入したカードラン硫酸の抗凝血活性は16-18unit/mgであり、カードラン硫酸単独の場合とほぼ同じ活性を示した。AZTを導入してもカードラン硫酸誘導体の抗凝血活性が増加されないことが分かった。

Table 3.The Anticoagulant activity of AZT-curalan Sulfate DerivateaDetermined by elemental analysis.bDegree of substitution of sulfate group to glucose unit.cAnticoagulant activity;Commercial dextran sulfate having 21 unit/mg as reference.dSubstitution of AZT to glucose unit.
3)硫酸化アルキルオリゴ糖-AZT誘導体の合成とその抗エイズウイルス活性

 目的 我々は高い抗エイズウイルス活性と低い細胞毒性を持ちながら、硫酸化多糖に比べ抗凝血活性低いの硫酸化アルキルオリゴ糖を研究してきた。硫酸化ドデシルラミナリペンタオシドは動物実験により半減期が8時間で、血液中に長時間持続できることが報告されている。AZTは体内で持続時間が短いため(半減期1時間)、AZTの体内持続時間を延長するために、本研究でマルトオリゴ糖を出発物質として、硫酸化アルキルオリゴ糖-AZTの誘導体の合成を検討した。

 Scheme3で示したようにAZT-硫酸化アルキルマルトオリゴ糖を合成した。マルトオリゴ糖は酢酸カリウム存在下、無水酢酸中で環流し、-アセチル体が優先的に生成するようにアセチル化を行った、結果はTable 4で示した、生成物の/比は6.06と6.36であった。塩化鉄(III)を触媒とし、トルエン中n-ドデシルアルコールとパ-アセチルマルトオリゴ糖を反応させることにより、パ-アセチルマルトオリゴ糖にアルキル鎖を導入した。収率は35%、生成物の構造は1H-NMRにより確認した。これをメタノール中室温でナトリウムメトキシドで処理し、脱アセチル化体を得た。次にDMAP/DCCを触媒として用い、コハク酸AZTエステルとアルキルオリゴ糖を反応させ、アルキルオリゴ糖にAZTを導入した。最後に、硫酸化を行いAZT-硫酸化アルキルマルトオリゴ糖の誘導体を合成した。抗エイズウイルス活性の測定を行い、化学構造と生理活性の相関を調べた。

Table 4.Acetylation of Malto-oligosaccharidesaaReflux in acetic anhydride.b-and -mixture.cDeterminted by 1H NMRScheme3.Synthetic Route of Sulfated Alkyl Malto-oligosaccharides-AZT Derivative
審査要旨

 微生物を使って工業生産される多糖のカードランを硫酸化して得られるカードラン硫酸は、高い抗エイズウイルス活性を持ち、エイズ薬としての研究開発が進行中である。本論文は、位置選択的に硫酸基を導入したカードラン硫酸を合成し、その構造と抗エイズウイルス活性の関係を解明することを目的としている。更に、カードラン硫酸が有するウイルス存在組織への蓄積性を利用して、抗エイズ薬を運搬する医薬運搬システムを位置特異的硫酸化カードランから合成することを目的として研究を進めており、5章から成る。

 第1章では、エイズ薬、中でも本研究で扱う硫酸化多糖・オリゴ糖から成る抗エイズウイルス剤につき、現状と概要がまとめられている。また、高分子化合物を利用する医薬運搬システムの概念が述べられている。

 第2章では、3種の位置選択的に硫酸化したカードラン硫酸の合成法が記述されている。カードランを構成するグルコース単位の全部のC6および一部のC2が硫酸化されたカードラン硫酸(62S)、全部のC4および一部のC2が硫酸化されたカードラン硫酸(42S)、一部のC6、C4、およびC2が硫酸化されたカードラン硫酸(642S)が、それぞれ合成された。硫酸化多糖の構造は13C NMRや元素分析などで同定された。硫酸化度が1.3以上の場合、62S、42S、および642Sの3つ共、in vitroで50%感染阻害濃度EC50=0.04〜0.4mg/mlという高い抗エイズウイルス活性と低い細胞毒性を示し、活性は硫酸基の位置には依存しないことが分かった。また、エイズ薬としては副作用となる抗凝血活性については、これら位置選択的硫酸化カードランは、10〜19unit/mgという低い抗凝血活性しか示さなかった。この結果、高い抗エイズウイルス活性を持つ、位置選択的に硫酸化されたカードラン硫酸が合成された。

 第3章では、カードラン硫酸が持っている、多くのエイズウイルスと感染細胞が集まっているリンパ組織へ蓄積される性質を利用して、カードラン硫酸をエイズ薬運搬体として用いる医薬運搬システムが研究された。エイズの臨床薬としてもっとも効果的なアジドチミジン(AZT)のC5’位を生体分解性のエステルスペーサーを介したサクシニル-AZTがまず作られた。サクシニル-AZTとカードラン硫酸のC6位を反応させて、サクシニルを介してAZTが結合した、AZT-カードラン硫酸誘導体が合成された。AZTの導入率はグルコース単位当り0.15〜0.50まで変えることが出来た。硫酸化度は1.3〜1.5と比較的高かった。得られたAZT-カードラン硫酸誘導体は、カードラン硫酸のみに基づく高い抗エイズウイルス活性をin vitroで示した。この化合物のジメチルスルホキシド溶液を冷所に21日および35日放置したところ、抗エイズウイルス活性はかなり増加した。同時に細胞毒性も増加した。これはAZT-カードラン硫酸誘導体のエステル結合が切れて、アジドチミジンが遊離したことを示唆しており、目的物が得られた。

 第4章では、第二番目のエイズ薬として知られるジデオキシイノシン(DDI)を結合させた、DDI-カードラン硫酸が合成された。DDIは酸に弱いので、6-OHを残した位置選択的硫酸化カードランの42Sと642Sを合成しておき、それに5’-クロロアセチル-DDIを反応させる手法が取られた。DDI-カードラン硫酸も高い抗エイズウイルス活性(EC50=0.26〜0.89mg/ml)を示した。

 第5章では、論文提出者の属する研究室で合成に成功した、高い抗エイズウイルス活性を示し血中持続性の長い硫酸化アルキルオリゴ糖に、アジドチミジンを結合させたアジドチミジン-硫酸化アルキルオリゴ糖誘導体が合成された。ラミナリペンタオースを出発原料としてアルキルラミナリペンタオシドがまず作られ、これを硫酸化して目的物のAZT-硫酸化アルキルラミナリペンタオシドが得られた。得られた化合物は、高い抗エイズウイルス活性と中程度ないし低い細胞毒性を示した。

 以上のように、本研究は、精緻な化学合成法を用いて位置選択的に硫酸化された、高い抗エイズウイルス活性を示すカードラン硫酸を合成し、更に、エイズ薬のアジドチミジン、ジデオキシイノシンなどをこれら硫酸化多糖・オリゴ糖に結合させた、生分解性を有する医薬運搬システムを構築した。本研究の成果は、開発の急がれている新規エイズ薬の研究に大きく貢献するだろう。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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