学位論文要旨



No 113055
著者(漢字) 李,仁淑
著者(英字)
著者(カナ) イ,インスク
標題(和) ビスマス層状構造強誘電性酸化物の電気的異方性
標題(洋) Electrical Anisotropy of Bismuth Layer-Structured Ferroelectric Oxides
報告番号 113055
報告番号 甲13055
学位授与日 1997.11.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第4016号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 助教授 岸本,昭
内容要旨 Chapter 1.緒論

 ビスマス系層状構造強誘電体は、1942年に初めて合成され、1959年に強誘電性が発見されて以来、結晶構造解析や自発分極、固溶体系の誘電的性質など多くの研究が行われた。現在までに60種類以上の化合物が合成され、その大部分が強誘電性を持つことが知られている。ビスマス系層状構造強誘電体の一般式は、(Bi2O2)2+(Mm-1RmO3m+1)2-で表わされ、ここでMはPb,Bi,Ba,Ca,K,Srなど、RはTi,Nb,Ta,Feなど、mは2,3,4,5などで酸素8面体の積み重なり数である。ビスマス系層状構造強誘電体は、擬ペロブスカイト層(Mm-1RmO3m+1)2-とビスマス層(Bi2O2)2+がc軸方向に沿って交互に積み重なった結晶構造をもつため電気的物性に異方性が期待される。そのため、単結晶を用いて電気的異方性を研究することは大変重要であり、異方性材料の設計及び様々な応用(圧電センサ、FRAMなど)においても必要である。しかし、ビスマス系層状構造強誘電体はc面が壁開面であり、結晶軸によって結晶成長速度がかなり異なるので単結晶の育成が難しいため、単結晶を用いた物性研究は限られており、主として、多結晶体や粒子配向型セラミックスを対象として研究が行われていた。

 本研究は、ビスマス系層状構造強誘電体に現われる電気的異方性を明らかにするため、単結晶の報告のないPbBi4Ti4O15(P2BT)の単結晶を垂直温度勾配をつけた徐冷法により育成し、誘電率、導電率、複素インピーダンス、強誘電性などで電気的物性を評価し電気的異方性に重要な役割を果たしているビスマス層の本質について検討した。さらに結晶構造と電気物性との相関関係を体係化するため、PbBi4Ti4O15とペロブスカイト層数の異なるPbBi2Nb2O9(PBN)やPb2Bi4Ti5O15(P2BT)の単結晶を育成し、ペロブスカイト層数の違いと電気的異方性の関連性について考察した。また、ビスマス層状構造化合物の電気物性を制御するため、PbBi4Ti4O15にNbを添加した単結晶を育成し、電気的異方性に及ぼす添加物の効果について検討した。

Chapter 2.PbBi4Ti4O15単結晶の電気的異方性

 PBT単結晶の誘電率測定の結果、結晶a(b)軸方向の誘電率(a(b)=18300)が結晶c軸方向の誘電率(c=400)よりキュリー温度(570℃)で約43倍という高い異方性を示した。また多結晶体はその中間的な値を示した。このような単結晶での誘電性の異方性は、粒子配向型PBTセラミックスでの約4に比べて10倍以上大きい異方性が得られた結果になる。誘電率は分極の大きさによって決まるので、ビスマス層に平行なa(b)軸方向に自発分極成分をもち、c軸方向に自発分極成分を持たないため、単結晶で大きな誘電率の異方性が現われると考えられる。常誘電相領域で満たされるキュリーワイス法則(∝C0/(T-T0),T0:キュリーワイス温度、C0:キュリーワイス定数)から求めたキュリーワイス温度は、a(b)軸方向では578℃、c軸方向では250℃と推定され、c軸方向はかなり低い温度から常誘電体的性質を示した。直列の容量での合成容量は容量の低い方に支配されるのでc軸方向の低い容量はビスマス層の容量を反映したものとみられ、c軸方向の常誘電的性質はビスマス層が常誘電的性質を示すからと考えられる。また、キュリーワイス定数は両方向とも105オーダーであった。

 直流導電率測定の結果、a(b)軸方向の方がc軸方向の方より250℃では約20倍、導電性の増加する500℃では80倍程度の高い異方性を示し、多結晶体はその中間の値を示した。ビスマス層に垂直なc軸方向の導電率が低く、活性化エネルギーが大きいことからビスマス層は電気伝導の障壁(絶縁層)と考えられる。

 強誘電性の異方性を調べるため、D-Eヒステリシス曲線を測定した結果、a(b)軸方向では、約8Ccm-2の残留分極があるのに対し、c軸方向では殆ど0だった。ヒステリシス曲線の結果からPBTのc軸方向には自発分極がないことが確認された。

 PBT単結晶は誘電特性、導電特性、キュリーワイス温度および強誘電性等で大きな異方性を示した。誘電特性の異方性は、自発分極軸が結晶a(b)軸方向であること、導電特性の異方性は、ビスマス層が電気伝導の障壁として働くこと、キュリーワイス温度の異方性はビスマス層が常誘電的性質を示すことと考えられる。したがって、PBTの電気物性は本質的にビスマス層に強く影響され、大きい異方性が現われると考えられる。

Chapter 3.PbBi2Nb2O9単結晶の電気的性質

 PBTと比べペロブスカイト層数が2つ少ないPBNでも、PBTと同様に誘電性、導電性、及び強誘電性の異方性が現れた。しかし、いずれもPBTよりは小さい異方性を示した。誘電率の場合は、異方性が22であった。導電性は一桁の差があった。強誘電性は、抗電界が大きいため200℃でもa(b)軸方向の自発分極が大きく観察されなかった。

Chapter 4.Pb2Bi4Ti5O18単結晶の電気的性質

 PBTと比べペロブスカイト層の数の一つ多いP2BT単結晶では、誘電率は27と異方性が減少した。P2BTは酸素8面体mが奇数でありc軸方向にわずかな自発分極成分をもっているため、ペロブスカイト層数の多い割には異方性が小さくなったと考えられる。また導電率の異方性はPBTと比べあまりかわらなっかった。ペロブスカイト層が増えるにつれ、電気伝導の障害であるビスマス層の影響が少なくなっているためと考えられる。

Chapter 5.ビスマス系層状構造強誘電体の結晶構造と電気的性質との関係

 PBT(m=4,ペロブスカイト層数=3)、PBN(m=2,ペロブスカイト層数=1)、P2BT(m=5,ペロブスカイト層数=4)を比較すると、それらのキュリー温度での誘電率は、三つともa(b)軸方向がc軸方向より大きく、その異方性はPBNが22、P2BTが27とPBTの異方性43よりは小さかった。PBNの場合は、PBTと同じく酸素8面体数であるmが偶数であり、PBTよりペロブスカイト層が少ないためと考えられる。Newnhamらは、ビスマス系層状構造強誘電体の結晶構造解析から、自発分極はほぼa(b)軸面内に平行に2次元的に存在し、mが偶数のPBN(m=2)やPBT(m=4)ではc軸方向に自発分極成分は存在しないが、mが奇数のBi4Ti3O12(BT,m=3)やP2BT(m=5)ではc軸方向に自発分極が存在することを示唆している。P2BTの場合はPBTよりペロブスカイト層は多いが、酸素8面体数mが奇数であるためc軸方向にわずかな自発分極成分をもっているためペロブスカイト層数の多い割には異方性が小さくなったと考えられる。また、mが奇数の場合にc軸方向の自発分極が存在することは、D-Eヒステリシス曲線など実験的にも確認された。

 a(b)軸方向ではペロブスカイト層数が多くなるほど高い導電率を示した。いずれの物質においてもc軸方向の導電率はa(b)軸方向の導電率よりも1桁から2桁小さい値を示し、a(b)軸方向と同様にペロブスカイト層数とともに増大する傾向を示した。そのため導電率の異方性に著しい差はみられなかった。

 PBN,PBT,及びP2BT単結晶の強誘電性は、ヒステリシス曲線(履歴曲線)から求められ、a(b)軸方向とc軸方向では大きい異方性が見られた。またmが偶数のPBN(m=2)やPBT(m=4)ではc軸方向に自発分極はみられなかったが、mが奇数のBT(m=3)やP2BT(m=5)ではc軸方向に自発分極が存在することを確認した。P2BTの場合はPBNやPBTより大きな自発分極と小さい抗電界を示した。

Chapter 6.Nb添加によるPBTの電気物性制御

 ビスマス系層状構造強誘電体の大部分は高いキュリー温度をもち、室温での抗電界が大きいため、多結晶体では一般に高温分極処理が行われている。しかし、高温になると導電率が上がり、十分な高電界を印加することができない問題がある。そこで添加物による物性の制御を試みた。PBTのTi4+サイトにNb5+(donor)を添加した単結晶の電気物性を測定した結果、無添加のPBT単結晶に比べa(b)軸、c軸方向共に導電率が減少した。これよりNb添加は高温分極処理に有利な効果をもつことが分かった。また、donorを添加して導電性が減少することからPBTはp型伝導と考えられる。誘電率においては、無添加のPBTに比べて、キュリー温度でa(b)軸方向では1/48倍、c軸方向では1/26倍に誘電率が減少した。誘電性が減少することは、Nbを添加することによってPBTの相転移の際に起こる格子位置変位が小さくなっていると考えられる。これらよりビスマス系層状構造強誘電体のペロブスカイト層に添加物を固溶させることにより、導電性、誘電性などの物性を制御できることが示された。

Chapter 7.結論

 ビスマス層状構造強誘電体はその結晶構造から起因する大きい物性の異方性が期待され、様々な分野で研究が行われていたが、単結晶を用いた物性評価は限られていた。本研究ではまだ単結晶の物性の知られてないPbBi4Ti4O15を始め、ペロブスカイト層数の異なるPb2Bi4Ti5O15までの物性及び結晶構造と電気的物性(誘電性、導電性、強誘電性)との相関関係を明らかにした。

審査要旨

 ビスマス層状構造強誘電体は、擬ペロブスカイト層とビスマス層が交互に積み重なった結晶構造をもつため各種物性に異方性が生じる。本論文は、「ビスマス層状構造強誘電性酸化物の電気的異方性」と題し、ビスマス層状構造強誘電体に現われる電気的異方性の起源を明らかにするため、ペロブスカイト層数の異なるいくつかの物質の単結晶を育成し、それらの誘電率、導電率、強誘電性など電気的物性の異方性を調べる事により結晶構造と電気的異方性の関連性を検討したものである。

 本論文は全7章から構成される。第1章は緒論であり、本研究の背景、目的、および意義について述べている。

 第2章では、PbBi4Ti4O15単結晶の電気的異方性について調べた結果を述べている。ビスマス層状構造強誘電体は、(Bi2O2)2+(Mm-1RmO3m+1)2-の一般式で表わされ、ここでMはPb,Biなど、RはTi,Nbなどを示し、mは2〜5の、c軸方向に沿った酸素8面体の積み重なり数である。m=4であるPbBi4Ti4O15(PBT)単結晶では、結晶a(b)軸方向の誘電率がc軸方向の誘電率よりキュリー温度(570℃)で約43倍という高いという異方性を示すことを見い出している。キュリーワイス温度は、a(b)軸方向では578℃、c軸方向では250℃と推定され、ビスマス層は、ペロブスカイト層に比べかなり低い温度から常誘電体的性質を示すことを明らかにしている。

 直流導電率測定の結果、c軸方向の方がa(b)軸方向の方より導電率が1〜2桁低く活性化エネルギーが大きいという異方性が得られたことから、ビスマス層は電気伝導に対しては障壁(絶縁層)として働くことを明らかにしている。さらに強誘電性では、a(b)軸方向では約8Ccm-2の残留分極があるのに対し、c軸方向には自発分極成分がないことを見い出している。

 第3章では、PbBi2Nb2O9単結晶の電気的性質について調べた結果を述べている。PBTと比べペロブスカイト層数が少ないm=2のPbBi2Nb2O9(PBN)でも、PBTと同様に電気物性に異方性がみられるが、いずれもPBTより小さいことを見い出している。強誘電性では、PBTと同様c軸方向には自発分極成分がなく、a(b)軸方向では抗電界が大きいことを見い出している。

 第4章では、Pb2Bi4Ti5O18単結晶の電気的性質について述べている。PBTと比べペロブスカイト層数が一つ多いm=5のPb2Bi4Ti5O18(P2BT)単結晶では、誘電率の異方性はPBTより小さく、a(b)軸方向とともにc軸方向でも自発分極成分が存在することを明らかにしている。a(b)軸方向では、PBNやPBTよりも大きな残留分極と小さな抗電界を示すことを見い出している。

 第5章では、第2章から第4章で得られた結果から、ビスマス系層状構造強誘電体の結晶構造と電気的性質の関係について考察した結果を述べている。ビスマス系層状構造強誘電体ではこれまでの結晶構造解析から、自発分極はほぼa(b)軸面内に平行に2次元的に存在し、ペロブスカイト層内の酸素8面体数mが偶数の場合、c軸方向では自発分極成分が打ち消し合うため見られなくなることが予測されている。本研究での単結晶を用いた強誘電性の測定により、この予測が実際に成立することが実験的に確認された。誘電率に関しては、本研究および報告されているデータから、酸素8面体数mが偶数の物質は奇数の物質よりも異方性が大きく、さらに、偶数の物質の間では、ペロブスカイト層数が多いものほど異方性が大きいことを明らかにしている。導電性に関しては、ペロブスカイト層がビスマス層よりも高い導電率を持ち、ペロブスカイト層数が増すとともに両方向ともに導電率が増大するが異方性には著しい差が生じないことを明らかにしている。

 第6章では、Nb添加によるPbBi2Nb2O9単結晶の電気物性制御の結果を述べている。p型電子伝導を示すPBTのTi4+位置をNb5+で一部置換した単結晶の電気物性を測定した結果、無添加のPBT単結晶に比べa(b)軸、c軸方向共に導電率と誘電率が減少することを見い出した。これより、ペロブスカイト層に添加物を固溶させることがビスマス層状構造強誘電体の電気物性制御に有効であることを明らかにしている。

 第7章では、本論文の成果を要約し結論を述べている。

 以上本論文は、ビスマス層状構造強誘電体の種々の電気物性と結晶構造との相関を明らかにし、物性異方性の起源を考察している。その成果は、強誘電体に限らず層状結晶構造を持つ機能材料の設計指針を明確に示したものであり、これからの材料科学、結晶化学の進展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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