ビスマス層状構造強誘電体は、擬ペロブスカイト層とビスマス層が交互に積み重なった結晶構造をもつため各種物性に異方性が生じる。本論文は、「ビスマス層状構造強誘電性酸化物の電気的異方性」と題し、ビスマス層状構造強誘電体に現われる電気的異方性の起源を明らかにするため、ペロブスカイト層数の異なるいくつかの物質の単結晶を育成し、それらの誘電率、導電率、強誘電性など電気的物性の異方性を調べる事により結晶構造と電気的異方性の関連性を検討したものである。 本論文は全7章から構成される。第1章は緒論であり、本研究の背景、目的、および意義について述べている。 第2章では、PbBi4Ti4O15単結晶の電気的異方性について調べた結果を述べている。ビスマス層状構造強誘電体は、(Bi2O2)2+(Mm-1RmO3m+1)2-の一般式で表わされ、ここでMはPb,Biなど、RはTi,Nbなどを示し、mは2〜5の、c軸方向に沿った酸素8面体の積み重なり数である。m=4であるPbBi4Ti4O15(PBT)単結晶では、結晶a(b)軸方向の誘電率がc軸方向の誘電率よりキュリー温度(570℃)で約43倍という高いという異方性を示すことを見い出している。キュリーワイス温度は、a(b)軸方向では578℃、c軸方向では250℃と推定され、ビスマス層は、ペロブスカイト層に比べかなり低い温度から常誘電体的性質を示すことを明らかにしている。 直流導電率測定の結果、c軸方向の方がa(b)軸方向の方より導電率が1〜2桁低く活性化エネルギーが大きいという異方性が得られたことから、ビスマス層は電気伝導に対しては障壁(絶縁層)として働くことを明らかにしている。さらに強誘電性では、a(b)軸方向では約8Ccm-2の残留分極があるのに対し、c軸方向には自発分極成分がないことを見い出している。 第3章では、PbBi2Nb2O9単結晶の電気的性質について調べた結果を述べている。PBTと比べペロブスカイト層数が少ないm=2のPbBi2Nb2O9(PBN)でも、PBTと同様に電気物性に異方性がみられるが、いずれもPBTより小さいことを見い出している。強誘電性では、PBTと同様c軸方向には自発分極成分がなく、a(b)軸方向では抗電界が大きいことを見い出している。 第4章では、Pb2Bi4Ti5O18単結晶の電気的性質について述べている。PBTと比べペロブスカイト層数が一つ多いm=5のPb2Bi4Ti5O18(P2BT)単結晶では、誘電率の異方性はPBTより小さく、a(b)軸方向とともにc軸方向でも自発分極成分が存在することを明らかにしている。a(b)軸方向では、PBNやPBTよりも大きな残留分極と小さな抗電界を示すことを見い出している。 第5章では、第2章から第4章で得られた結果から、ビスマス系層状構造強誘電体の結晶構造と電気的性質の関係について考察した結果を述べている。ビスマス系層状構造強誘電体ではこれまでの結晶構造解析から、自発分極はほぼa(b)軸面内に平行に2次元的に存在し、ペロブスカイト層内の酸素8面体数mが偶数の場合、c軸方向では自発分極成分が打ち消し合うため見られなくなることが予測されている。本研究での単結晶を用いた強誘電性の測定により、この予測が実際に成立することが実験的に確認された。誘電率に関しては、本研究および報告されているデータから、酸素8面体数mが偶数の物質は奇数の物質よりも異方性が大きく、さらに、偶数の物質の間では、ペロブスカイト層数が多いものほど異方性が大きいことを明らかにしている。導電性に関しては、ペロブスカイト層がビスマス層よりも高い導電率を持ち、ペロブスカイト層数が増すとともに両方向ともに導電率が増大するが異方性には著しい差が生じないことを明らかにしている。 第6章では、Nb添加によるPbBi2Nb2O9単結晶の電気物性制御の結果を述べている。p型電子伝導を示すPBTのTi4+位置をNb5+で一部置換した単結晶の電気物性を測定した結果、無添加のPBT単結晶に比べa(b)軸、c軸方向共に導電率と誘電率が減少することを見い出した。これより、ペロブスカイト層に添加物を固溶させることがビスマス層状構造強誘電体の電気物性制御に有効であることを明らかにしている。 第7章では、本論文の成果を要約し結論を述べている。 以上本論文は、ビスマス層状構造強誘電体の種々の電気物性と結晶構造との相関を明らかにし、物性異方性の起源を考察している。その成果は、強誘電体に限らず層状結晶構造を持つ機能材料の設計指針を明確に示したものであり、これからの材料科学、結晶化学の進展に貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |