学位論文要旨



No 113060
著者(漢字) 古尾谷,知浩
著者(英字)
著者(カナ) フルオヤ,トモヒロ
標題(和) 律令制下における天皇の家産制的機構の研究
標題(洋)
報告番号 113060
報告番号 甲13060
学位授与日 1997.12.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第186号
研究科 人文社会系研究科
専攻 日本文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,信
 東京大学 教授 五味,文彦
 東京大学 助教授 大津,透
 東京大学 教授 石上,英一
 東京大学 助教授 山口,英男
内容要旨

 本稿では、日本の律令国家がその支配を正当化するためにどのように天皇の人格を媒介として支配を行う機構すなわち家産制的機構を構想したのかということを明らかにすることを目的とし、素材として、中央財政機構を対象とする。

 第一部「家産制的財政機構」では、まず律令国家の財政機構には出給の際太政官符を要し、官僚機構を媒介に財政行為を行う大蔵省などの官僚制的財政機構と、「奉口勅索物」の形で直接天皇の意志を奉って財政行為を行う中務省・宮内省被管の家産制的機構の二元的な構造があったことを示す。その上で後者について、特に内蔵寮を取り上げ、出給手続、出給費目、財政基盤について検討を加え、天皇の人格を媒介として国家の統合を図るという機能を有していたことを明らかにした。

 次に第二部「一般財政機構と天皇」では、太政官-大蔵省系列の官僚制的財政機構について、貢納物を中央のクラに上げて政府のストックにする時点や、これをクラから出して再分配する時点の手続き、つまり所有のあり方を転化させる際の政務について検討する。その結果として、カギの管理、出給命令伝達方式、出納立会制の各側面にわたって、奈良時代にはこれら一般の財政機構もその事務遂行の正当性の根拠を天皇の人格が介在することに依存していたが、平安時代初期の改変を経て、十世紀には一応天皇からは自律的に太政官を中心に財政運営を行うことができるようになったことを明らかにした。

 最後に終章で、本論で述べたことを踏まえて天皇の家産制的機構の歴史的展開を追う。日本の古代国家が律令制を導入した時の構想として、官僚制的支配のみならず、家産制的支配のあり方も律令の中に組み込まれていた。しかし、八世紀の実態としては官僚制的機構も天皇の人格に依存する側面を払拭できず、家産制的機構の機能も臨時、個別的であり、制度的に確立していなかった。これが平安初期の儀式の整備に伴って制度化され、また蔵人所の機能拡充に伴って、この下に編成されるようになる。そして十世紀には蔵人を通じて天皇に直結し、天皇の人格を媒介に職務を行う蔵人方の政務が確立し、一般官僚機構の側も天皇の人格に依存せずに太政官を中心に業務を遂行する官方として再編成される。この十世紀に確立した蔵人方と官方の体制が以後の国制の基本となるのである。

 以上のように歴史的展開をたどることにより、日本古代国家は中国から官僚制を合理的な支配を行うためのものとして継受する一方で、支配を正当化するためにこの律令法の中に天皇の人格に基づく支配を行うための機関やその機能を組み入れていたことを示し、さらにこの家産制的機構は奈良・平安時代を通じて再生産され続けたことを明らかにした。

審査要旨

 古尾谷知浩氏の論文『律令制下における天皇の家産制的機構の研究』は、日本古代の律令官僚制の中に、法による非人格的な官僚制的支配と天皇の人格を媒介とする伝統的な家産制的支配とが、二元的に並存したあり方を明らかにした研究成果である。

 研究の特徴は、家産制的機構が律令国家機構の下に組み込まれたとする従来の通説的見解を批判しつつ、8世紀から10紀頃にかけての古代官僚制のもとで天皇との人格的結び付きに依存した家産制的財政機構が機能していたことを指摘し、律令官僚制の中に家産制的原理が並存したことを解明した点、およびこうした支配構造の特質とその変化について実証的検討の上に独自の視角から一貫した見通しを提示した点にある。とくに、家産制的財政機構である内蔵寮が太政官を媒介としないで天皇の人格的意思に直結した出納体制をもっていたことを明らかにし、さらに8世紀の一般財政機構において、クラのカギは天皇が直接保管し、財政事務の場でも天皇と直結する性格をもつ中務省が大きな役割を果たしていたことを明確にした部分は、10世紀以降の機構変化への追跡と合わせて新しい研究成果と評価できる。

 日本の古代官僚制を家産官僚制とみる説に対する批判にはさらに論旨の補強が望まれ、また古尾谷氏の所与の枠組み内で家産制的原理の検証が進められるという論述形式が気になるものの、内容的には、家産制的財政機構についての史料的検討を着実に前進させて新知見を提供し、かつ全体として古代官僚制の構造について一定の明快な見通しを提示した構成は評価されよう。個別分散化して総合的な視野に欠けるといわれる最近の日本古代史研究に対して、本論文は、今後の研究に一つの基礎をもたらす有益な研究成果ということができるであろう。

 よって、本論文は博士(文学)の学位を授与するのにふさわしい論文であると判断する。

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