学位論文要旨



No 113062
著者(漢字) 石川,政彦
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,マサヒコ
標題(和) TEOS/O3系常圧熱CVDによるSiO2初期成膜過程に関する研究
標題(洋)
報告番号 113062
報告番号 甲13062
学位授与日 1997.12.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4018号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 助教授 大久保,達也
 大阪大学 助教授 江頭,靖幸
内容要旨

 LSIの層間絶縁膜形成プロセスであるO3-TEOS常圧熱CVDは、フロー形状を持ち段差被覆性に優れているため、多層配線化による段差増大に対応した平坦化技術の中心的な役割を果たしている。しかし本プロセスは「成膜形態・速度の下地依存性」という重要な技術課題を抱えているため、被覆すべき下地の種類と形状によっては、目的である段差の緻密且つ均一な埋め込み・平坦化が達成出来ないという問題がしばしば生じる。この課題の解決の鍵は成膜極初期の基板依存性を調べることであると考えられるので、本研究では金属・イオン化合物・酸化物などの様々な基板を用意し、初期の成膜形態・組成の変化を調べ、それらの基板上での成膜パターンを整理して初期成膜過程のモデル化を試みた。具体的には、常圧CVD装置を用いて成膜時間3秒・8秒などの極初期成膜を行い、成膜形状と表面組成の変化をそれぞれAFM・XPSを用いて観察した。その結果、アモルファスSiO2薄膜の形成過程に関する、次のような興味深い知見が得られた。

 まず、Si,Al2O3,CaF2の3種の基板上で、成膜初期に基板表面に凹凸が生じラフネス(Ra)が増大するが、その後成長が進むと共に最大値を経て、最終的にはAFMの分解能0.2nmまで平坦化するという共通の形態変化パターンが、AFM観察により見出された(Fig.1)。この形態変化は、他の基板上でも同様に起きると考えられる本プロセス特有の現象である。本成膜系に関しては成長表面のラフネスや膜中へのcavityの残留が初期表面や成膜条件に依存する現象が知られているが、上記の結果は成膜の極初期でのラフネスの形成と平坦化が観察された初めての例である。なお、凹凸を生じたSiO2膜の膜厚を表面組成変化(XPS)から評価して、表面ラフネスの大きさと比較した結果、本研究における初期成膜は全て連続膜であった。一方、基板の個性を反映した差異も見られた。成膜時間0秒から15秒までのSiO2平均成膜速度は3種の基板上でそれぞれ異なっており、水素終端シリコン上・シリコン熱酸化膜上での比較などにより知られる、本成膜系に特徴的な成膜速度の多様性が現れているものと理解された。また、凸部の数は成膜中変化しないものの、発生密度は基板により異なっていた。

 次に、AFMで観察された上記の3種の基板上の極めて扁平な凸部を、膜中に成膜速度の大きい部分が存在することによる錐体構造の形成(Fig.2)と考え、成長速度の速い凸部が成長速度の低い部分を覆ってゆくことにより自然に起こる平坦化過程のシミュレーションを行った(Fig.3)。その結果、観測されている凸部の数に対し、錐体の成長による自然な平坦化だけでは実験結果(Raの最大値とその後の急激なRaの減少の両方)を説明出来ず、表面流動による平坦化の効果が顕著であると考える必要のあることが明らかになった。これは、本成膜系がmサイズのトレンチ構造への成膜において表面流動によるフロー形状を示すこと、成膜初期の凹凸の曲率半径がトレンチ構造よりもかなり小さいために表面張力による駆動力も大きく、平坦化に必要な移動量も小さいことなどと良く整合するメカニズムである。また、凸部の発生密度が低いと凹凸のピークが高くなり(Al2O3基板)、凸部の発生密度が高くなると凹凸のピークは低くなる(Si,CaF2基板)という傾向も、シミュレーションによって良く理解出来た。

 その他、殆どの全ての基板上では緻密な核形状とほぼSiO2の組成を持つ膜が得られる一方で、CaF2上での巨大突起、NaCl上での巨大な隆起物など、特異な成膜形状に関する知見が得られた。

Fig.1成膜の進行に伴うSi,Al2O3,CaF2上での表面ラフネス変化Fig.3錐体構造シミュレーションに基づく成膜の進行に伴うRa変化(A2lO3上成膜に対応)
審査要旨

 本論文は、「TEOS/O3系常圧熱CVDによるSiO2初期成膜過程に関する研究」と題し、序章、終章を含め全7章より成っている。一般に、非晶質あるいは多結晶質膜の成長メカニズムの理解は、結晶性物質のエピタキシャル成長と比較して遅れている。特に、初期成長メカニズムに関する知見は乏しい。本論文は、半導体集積回路の層間絶縁膜形成プロセスであるO3-TEOS常圧熱CVDを例に、初期成膜過程を研究したものである。

 序章、第1章では、本論文の背景、研究の目的と方法に関してまとめている。TEOS/O3系CVDプロセスは、トレンチ、ビアホールなどと呼ばれるミクロな段差にあたかも液体が流れ込むような成膜が可能であるため、ますます凹凸度を増すシリコンデバイスの多層配線技術における中心的な役割を果たしている。しかし、「成膜形態・速度の下地依存性」を有しているため、下地の種類によっては、段差埋め込みが達成出来ないという問題を抱えている。この課題を解決するためには成膜極初期の基板依存性を調べることが必要であると考えた。物質が非晶質、圧力が常圧であること、数nm膜厚の観察の必要性から、観察手法としては、Atomic Force Microscopy(AFM)とX-ray Photoelectron Spectroscopy(XPS)を併用することが最善であると判断した。

 第2章は、成膜実験について述べた。具体的には、常圧CVD装置を用いて、金属・イオン化合物・酸化物など様々な基板に対して、成膜時間3秒・8秒などの極初期成膜を行っている。こうした短時間成膜を可能にするために、反応装置の応答を短縮する実験的工夫を行っている。

 第3章は、成膜過程のAFMによる観察について述べた。Si.Al2O3、CaF2の3種の基板上で、成膜初期に基板表面に凹凸が生じ、ラフネスが増大するが、その後成長が進むと共に最大値を経て、最終的にはAFMの分解能0.2nmまで平坦化するという共通の形態変化パターンが見出された。この形態変化は、他の基板上でも同様に起きる本プロセス特有の現象であると推測している。この結果は、成膜の極初期でのラフネスの形成と平坦化が観察された初めての例である。

 第4章は、成膜過程のXPSによる観察について述べた。凹凸を生じたSiO2膜の膜厚を表面組成変化から評価して、表面ラフネスの大きさと比較した結果、本研究における初期成膜は全て連続膜であった。一方、基板の個性を反映した差異も見られた。成膜時間0秒から15秒までのSiO2平均成膜速度は3種の基板上でそれぞれ異なっており、水素終端シリコン上・シリコン熱酸化膜上での比較などにより知られる、本成膜系に特徴的な成膜速度の多様性が現れているものと理解された。また、凸部の数は成膜中変化しないものの、発生密度は基板により異なっていた。

 第5章は、4章のAFM解析の結果と5章のXPS解析の結果を、成膜モデルによる解析結果と比較し、初期成膜機構に関して議論した。基板上の凸部を成膜速度の大きい部分が存在することによる錐体構造の形成と考えるモデルおよび界面張力による平坦化モデルの検討を行った。その結果、表面凹凸の成膜進行に伴う平坦化は表面流動の効果が顕著であると考える必要のあることを明らかにした。この結果は、本成膜系がミクロンサイズの溝構造への成膜において液体の流動に似た形状を示すこと、成膜初期の凹凸の曲率半径がトレンチ構造よりもかなり小さいために表面張力による駆動力も大きく、平坦化に必要な移動量も小さいことなどと良く整合するメカニズムである。

 終章では、本論文のまとめを行い、今後の課題に関して述べた。

 以上、要するに本論文は非晶質薄膜の常圧成長の極初期過程という、これまでほとんど研究されていなかった領域の測定手法を考案し、実施し、凹凸の成長とそれに続く平坦化という現象を見いだし、その物理像を提案したものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク