学位論文要旨



No 113065
著者(漢字) バスコ・フロルディヴィノ・デ・レオン
著者(英字) BASCO・Flordivino・de・Leon
著者(カナ) バスコ・フロルディヴィノ・デ・レオン
標題(和) t-Jモデルのg-on平均場理論
標題(洋) g-on Mean Field Theory of the t-J=Model
報告番号 113065
報告番号 甲13065
学位授与日 1997.12.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3317号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 教授 安藤,恒也
 東京大学 教授 生井澤,寛
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 助教授 永長,直人
内容要旨

 銅酸化物に於いて出現する高温超伝導(HTSC)の発現機構については強相関及び弱相関の立場からいろいろな研究が行なわれてきた。とくに前者に於いてはHTSCをドープされたモット絶縁体に於ける基底状態と考え、その状況をt-Jモデルによって明らかにしようとする研究が盛んに行われてきた。このモデルでは強相関効果によって2個の電子が決して同一格子点上には存在しないという2重占有排除の束縛条件をいかに取り扱うかが理論的な中心課題となる。この束縛条件をスレーブ・ボソンによって表現し、更にこれに対して分子場近似を適用して得られる相図は核磁気緩和の実験に見られるスピン・ギャップの現象に対する現時点でひとつの微視的説明となっている。この分子場近似に於いては電子の持つスピンと電荷の自由度はあたかも2つの独立な粒子、スピノンとホロン、として振舞うと仮定されており、前述のスピン・ギャップはフェルミ粒子であるスピノンの1重項の生成に起因するとされる。一方、この分子場解の周りのゆらぎはゲージ場として取扱うことが出来、それはボーズ粒子であるホロンの運動によって主に支配される輸送現象に本質的な影響を与えると考えられている。これがゲージ理論である。例えば温度に比例する電気抵抗はゲージ場によるホロンの散乱によるとされている。このようにt-Jモデルに対する分子場近似及びその周りのゆらぎを考察することによってHTSCのスピン励起及び輸送現象の大枠が理解されてきている。しかしこの理論的枠組には更に究明すべき問題がある。それはいろいろな研究から明らかになってきていることであるが、ゆらぎ、即ちゲージ場の効果が大きいということである。本論文の目的はこの大きなゲージ場の影響を考察することである。

 第1章序章で本研究の位置付けが紹介される。

 第2章では、ゲージ場についての従来のガウス近似を越える方法が提案される。それは局所的な磁場と考えられるゲージ場の振幅が時空間で一定の大きさ,||,を持つと仮定し、その大きさ今ドープ量,,と温度,T,の空間の各点で自由エネルギーを極小するという条件によって変分的に決定するというものである。この際、ゲージ場の大きさは一定であるがその向きは正負の方向,±||,に同等にゆらぎ、従って系全体としては時間反転対称性を保つと仮定される。更に大きさ,||,は粒子が持つ磁束の大きさに対応することからHaldaneの言うexclusion統計の大きさ,g,と関係付けられ、このexclusion統計(これに従う粒子をg-onとよぶ)に対する分布関数が知られていることにより自由エネルギーが評価されるのである。この際、||とgの関係について次の2つの場合を考えた;

 

 結果は図1に示したようにいずれの場合にも、低ドープ域ではスピノンをボーズ粒子とするスレーブ・フェルミオン状態(SF)が、又、高ドープ域ではスピノンをフェルミ粒子とするスレーブ・ボソン状態(SB)が安定化する。これは、各領域で数の多い粒子がボーズ粒子として振舞う方がボーズ凝縮によってエネルギーが下がるためである。とくに興味あることは(i)の場合には中間濃度に於いてスレーブ・ボソンでもスレーブ・フェルミオンでもない分数統計が実現するということである。図1の相図の次元(d)及びJ/tの値依存性も明らかにされた。

図1:T-平面での粒子の統計性。実線(破線)は場合(i)(場合(ii))に対応。

 この第2章で得られた結果はスピノン及びホロンは自由粒子として振舞うという仮定の下に得られた。とくにSFがの小さい広い領域で安定化することはスピノンのボーズ凝縮に起因している。しかし、2重占有排除の条件はボーズ粒子同志の間にhard coreの斥力が働いていることを意味しており、第2章の計算に於いてはボーズ凝縮を強調しすぎている。このことをより深く理解するために第3章に於いては、hard coreを持ったボーズ系の基底状態が考察された。この問題は古くから研究されたテーマである。1958年のBeliaevに始まり1959年のHugenholtz-Pinesらのグリーン関数を用いた研究に於いては運動量及びエネルギーが0の状態の自己エネルギーの非対角項,12(0),が有限であるとされ、これが理論の根幹であった。しかし1975年Nepomnyashchii-Nepomnyashchii(NN)は、赤外発散について最も危険な項の寄与を集め12(0)=0であることを示し、ボーズ粒子系の研究は振出しに戻った。しかもNN以後、このことについて目立った研究はなかった。本論文に於いてはこのNNによる重要な指摘に立脚し、相互作用するボソン系の理論を、グリーン関数に基づいて展開する。この理論は、3次元のみを対象としていた従来の研究と異なり、1次元及び2次元にも適用可能である。ボソンのグリーン関数は、12(0)=0の場合でも、低運動量の極限ではフォノン型のもので与えられることが、NNによって示されていた。本論文では、さらに、運動量の高い場合に自由粒子的なものへクロスオーバーすることをとりいれたグリーン関数が提案され、これに基づいて解析がなされる。まず、グリーン関数の極から決定される微視的音速と、粒子数変化に伴う化学ポテンシャルの変化として決定される熱力学的音速が同じであることが示される。これにより、基底状態の凝縮体密度およびエネルギーを決定する問題は、微分方程式を解くことに帰着し、その解が数値的に求められる。T=0に於ける励起状態にある粒子数の相対比を粒子数密度の関数として各次元について示したのが図2である。

図2:相互作用するボーズ粒子系に於ける、励起粒子の割合。横軸はボーズ粒子の(無次元化された)密度。

 一方、Huang(1995,1996)によれば、g-onはボソンとフェルミオンの混合物として記述できる。本論文では、このボソン部分に上記hard coreボソンの結果を適用することにより、g-onのhard core効果が近似的に取り扱われる。この結果が、今のt-Jモデルに適用され、基底状態エネルギーが変分パラメータであるの関数として、図3のように得られた。これより図1に対応する相図がT=0について図4のように求められた。Hard coreの効果が考慮された結果、分数統計の領域が拡大する可能性のあることが示された。HTSCの実験事実との対応の追究が今後の興味ある課題となる。

図3:Hard coreを考慮した場合(i)の基底状態エネルギー。横軸は統計パラメータで、各線は異なるホール濃度に対応。図4:統計パラメータの最適値のホール濃度依存性。基底状態における値を示す。

 以上の結果についてのまとめと議論が第4章で展開された。

審査要旨

 高温超伝導の発見以来、その発現のメカニズムを解明するために、いろいろな角度からの理論が考えられているが、未だ決定的な理論に至ってはいない。本論文では、理論的アプローチの1つとして強相関が重要であるという立場をとり、とくに2次元正方格子上のt-Jモデルと呼ばれているモデルを用いて、特異な状態が実現する可能性があるかどうか調べたものである。

 t-Jモデルは非常に単純な形をしているが、高温超伝導の本質的な部分を取り入れていると考えられている。このモデルでは強相関のため、同一格子上に上向きスピン、下向きスピンまたはホールのうちの1つの状態しか実現しないとしている。この拘束条件を表す1つの方法として、ホールがいるときの状態をボーズ粒子(スレーブボゾンと呼ばれる)がいる状態とみなして、平均場近似を行なうという理論的立場がある。しかしこのような平均場近似では、(1)元のモデルの持つU(1)対称性を持たない、(2)拘束条件が正しく入っていない、という2つの問題点がある。これらの問題を解消するためにゲージ場を導入するという手法が考えられているが、実際にはゲージ場の揺らぎが非常に大きいということが分かっており、出発点の平均場近似が怪しくなってくるという問題がある。

 本論文は、分数統計に従うg-onというものを用いてゲージ場の揺らぎを取り入れた新しい平均場近似解を求め、上記の問題を解消する理論を作ろうとしたものである。ゲージ場の効果は粒子に対する仮想的な磁場として取り入れることができる。さらにこの磁場を各粒子に集中させて磁束が粒子に付随するという近似を行なうと、粒子の統計性が変化してフェルミ粒子でもボーズ粒子でもないg-onと呼ばれるものになる。つまり強相関のために導入したスレーブボゾンと、スピンを持つフェルミ粒子が両方ともg-onとなる可能性がある。このような状態がt-Jモデルについて実現する可能性があるかどうかについて、本論文では平均場近似を用いて議論した。

 第1章が序、第2章ではg-onを用いた平均場近似の結果を示している。計算結果は予想に反し、t-Jモデルの現実的なパラメータ領域ではg-onが実現する領域が非常に小さいということが明らかになった。このことは、g-onを用いた手法ではゲージ場の揺らぎを十分取り入れることができないということを示している。理論上の欠点としては上記の(2)で問題にしたような拘束条件が正しく入っていないという点が考えられる。そこで第3章では、ボーズ粒子系のハードコアの拘束条件(同じ格子上に2つ以上のボーズ粒子が来れない)を考慮するということを行なった。相互作用の強いボーズ粒子系に対する今までの研究をうまく結合すると、ボーズ粒子系のグリーン関数を用いて基底状態のエネルギーを評価することができる。これを用いて第2章で得られた平均場近似のエネルギーを補正し、相図を作り直した。結果としては、g-onが実現する可能性のある領域は多少拡大した。しかし未だその領域は小さいというのが結論である。最終章の第4章はまとめと議論に当てられている。

 以上のように本論文では強相関に起因するゲージ場の揺らぎを、g-onの平均場という視点から考察しようとしたものである。結果としてはg-onの実現する領域は非常に小さく、この方法によってゲージ場の揺らぎが十分取り入れられたと考えることはできない。しかしこのような新しい立場でゲージ場の揺らぎを取り入れようという試みの第1歩として評価できるとの結論に達した。

 本研究は福山秀敏教授らとの共同研究であるが、論文提出者は理論の定式化、数値計算、結果の解釈など本質的な寄与をしていると認められる。よって審査員一同は本論文が博士(理学)の学位を授与できると認定した。

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