緒言 働くことを希望している精神分裂病患者は数多いが、彼らが就職して職業生活を続けていくには非常に困難が伴う。たとえ医療的・心理社会的リハビリテーションによって順調な回復がみられた患者でもそれは例外ではなく、就労準備段階にある患者の職業予後の見通しにも結びつくような、客観的な就労前評価法の開発が求められている。精神障害をもつ患者の職業能力を評価する上で重要な方法として、実際の職場かそれに類似した職場での行動評価と心理検査による評価がこれまでに挙げられている。前者については有用性がある程度実証されてきているが、そのような評価環境は現状では整わないことも多いという難点がある。その点、心理検査は比較的簡便に旋行でき、表面に表れた行動の背後にある心理的特性を明らかにする客観的な情報源の一つとなりうる。当然心理検査のみで就労準備段階にある精神分裂病患者の職業予後を予測することはできないが、心理検査による長期的な職業予後の予測がどの程度可能なのかを検証することは必要であると思われる。しかし、そのような研究はこれまでにない。そこで本研究では、デイホスピタルへの通院を終了して就労した精神分裂病患者を対象とし、心理検査結果とその後の長期間の職業予後との関連について検討した。 方法 対象は、1981年から1992年までに東京大学付属病院精神神経科デイホスピタルへの通院を終了して就労した精神分裂病患者(DSM-IIIまたはDSM-III-Rによる)67名のうち、心理検査の記録が得られた41名(男性18名、女性23名)であった。心理検査は、各患者の求職活動時期に施行された。デイホスピタル退所時の平均年齢は26.9歳(SD=4.7)、デイホスピタル入所前の平均入院期間と平均就労期間はそれぞれ3.5ヶ月(SD=5.8)と20.3ヶ月(SD=33.3)、デイホスピタルへの平均通所期間は22.4ヶ月(SD=14.5)、学歴は、高卒以下が14名(34.2%)、短大・専門学校卒までが13名(31.7%)、大卒までが14名(34.2%)であった。 職業予後の指標として、就労後1年間、3年間、5年間の就労期間率を用いた。これは主治医の協力でデイホスピタルが半年ごとに行っている予後調査の結果に基づいたものである。算出方法は、就労後1年間、3年間、5年間の中で雇用状態にあった日数の合計を、それぞれ365日、365×3日、365×5日で割るというものである。本研究における就労とは、一般事業所でのパートタイム雇用以上のものを指しているが、フォローアップ中に結婚した女性4名については、安定して家事労働に従事している期間も就労期間に含めた。対象者が主に就いていた職種は、ネクタイの値札付けなどの軽作業であった。 本研究で用いた心理検査は、職業評価の領域でよく用いられる内田クレペリン検査(以下、UK)、WAIS、職業興味テスト(以下、VIT)であった。UKでは、各患者の作業曲線の特徴を横田にしたがって数量化した。すなわち、平均作業量、初頭努力、作業曲線の動揺率、ミス率(以上は作業の前半後半ごとに算出)、および休憩効果率を求めた。WAISでは、FIQ、VIQ、PIQ、各下位検査得点に加え、IQ差(PIQ-VIQ)を用いた。VITでは、6つの職業領域に対する興味得点と、興味水準得点を用いた。そしてこれらの得点と就労期間率との関連について、Spearmanの順位相関係数を用いて分析を行った。 また、上述した対象の属性とデイホスピタル通所中の集団適応度についても就労期間率との関連を検討した。集団適応度は5段階の尺度であるが、本研究では4点以上のものを高適応群、3点以下を低適応群とした。そして、集団適応度および性別と、就労期間率との関連についてはWilcoxonの順位和検定を、その他の属性と就労期間率との関連についてはSpearmanの順位相関係数を用いて分析を行った。 結果 就労期間率の平均(SD)は、1年間が84.8(26.3)、3年間が79.0(27.0)、5年間が72.1(31.3)であった。順位和検定の結果、集団適応度が高い群の方が低い群よりデイホスピタル終了後1年間の就労期間率が有意に高かった(1年間就労期間率のMedian(range):高適応群100(66.6-100)、低適応群93.0(6.0-100)、Z=2.19;p<0.05)。3年間、5年間の就労期間率については有意差はなかった。また、性別による就労期間率の違いは見られなかった。 相関分析の結果、デイホスピタル終了後1年間の就労期間率と有意な関連のみられた変数は、教育レベルであった(rs=-0.33,p<0.05)。3年間就労期間率と有意な相関のみられた変数は、UKの前期ミス率(rs=-0.34,p<0.05)、WAISのPIQ(rs=0.38,p<0.05)、IQ差(rs=0.37,p<0.05)、組み合わせrs=0.45,p<0.01)であった。5年間就労率と有意な関連のみられた変数は、組み合わせ(rs=0.38,p<0.05)とデイホスピタルへの通所期間(rs=-0.41,p<0.05)であった。 考察 本研究では、心理検査の得点を含むいくつかの指標が、精神分裂病患者のその後の就労期間率と有意に関連することが示された。しかし、心理検査と就労期間率との関連の度合いは、3つの予後指標によって異なっていた。まず、デイホスピタル終了後1年間という短期間の就労期間率については、心理検査の予測力は乏しかった。その期間の就労期間率の平均が非常に高く、デイホスピタルでの成功体験が職業継続を動機づけていた可能性が、その背景として考えられた。また教育レベルが高いことが1年目の就労継続を阻害した可能性が示唆された。患者の多くは単純軽作業の仕事に就くが、教育レベルが高い場合、特に就労初期の段階にはそのような仕事に抵抗を感じやすいのかもしれない。 3年間就労期間率は、本研究において心理検査得点との関連が最もよくみられた予後指標であった。WAISでは、PIQ、IQ差、組み合わせに3年間就労期間率との有意な正の相関がみられた。先行研究によると、PIQの高い精神分裂病患者は陰性症状が少なく、情報の受信技能と処理技能が良好であることなどがいわれており、本研究の結果はそれらと一致したものといえる。また、精神分裂病患者ではPIQがVIQよりも低いことが知られている。本研究においてPIQがVIQよりも高い患者ほど職業予後が良好だったのは、そのような患者では精神分裂病に特徴的な認知的パターンが弱いためではないかと考えられた。組み合わせと就労期間率との相関については、この指標の得点の高さが示す知覚的体制能力の高さ、手先の作業の良好さ、課題解決の柔軟さなど、職場で必要とされる能力の高さが職業予後を良好にしている可能性が考えられた。組み合わせは5年間就労期間率とも有意な関連があり、職業予後の見通しをたてる上で重要な指標である可能性が示された。その他、精神分裂病患者が実際に就く仕事の多くが言語性よりも動作性の能力を必要とする単純軽作業であることも、これら3つの動作性関連の指標と就労期間率とが関連していた背景として考えられた。UKでは、前期ミス率の低さが3年間就労期間率の高さと関連し、焦りやすく作業が不正確になる傾向が、職業生活の継続を阻害する可能性が示された。 しかし心理検査は、5年間という長期間の職業予後の予測にはあまり有効ではなかった。WAISの組み合わせ以外に5年間の就労期間率と有意に関連していた変数は、デイホスピタルへの通所期間のみであった。障害が重いほどデイホスピタルを終了するのに時間がかかると思われることから、長期の職業予後については障害の重篤さの方が職業予後との関連をもつ可能性が考えられる。また長い間には他の様々な要因の影響が強まることも考慮すべきであろう。 本研究の限界として、本研究の対象が同時期にデイホスピタルを終了して就労した精神分裂病患者全体の3分の2にすぎないこと、また就労期間率が非常に高いという特殊性があることが挙げられる。後者については、年齢が若く、疾病の早い段階からリハビリテーションに導入されていること、両親との同居、デイホスピタル終了後もスタッフの適切なサポートを受けられたこと、就職当時の景気がよかったことなどが影響していると思われる。さらに、3つの就労期間率に重複期間があることも、より明確な関連を見いだすのを阻んだ可能性がある。しかし本研究では、精神分裂病患者がこれほど長期間職業生活を継続しうる可能性と、心理検査が職業予後とある程度関連する可能性とを示した。精神分裂病患者の職業予後を予測する要因についての研究はまだ非常に少なく、今後更なる研究が必要である。 |