学位論文要旨



No 113068
著者(漢字) デル・フィエロ・ラモン・スアン
著者(英字)
著者(カナ) デル・フィエロ・ラモン・スアン
標題(和) In vivoマイクロダイアリシスを用いたラット大脳基底核の各部位に於ける科学刺激に対する神経伝達物質の変動に関する研究
標題(洋) Regional Differences in Evoked Responses in the Rat Basal Ganglia : An In Vivo Microdialysis Study
報告番号 113068
報告番号 甲13068
学位授与日 1997.12.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1245号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 助教授 Saffen,David W.
 東京大学 助教授 土屋,尚之
内容要旨 I.緒言

 大脳基底核は大脳皮質の内側に存在する神経細胞の集合体を指し、尾条核、被殻、淡蒼球等を含み、運動の制御に重要な役割を果たしている。この基底核は数種類の神経伝達物質により制御を受け、それにより感覚運動や記憶等の高次の神経活動をコントロールしている事が知られている。

 このように重要な役割を担っている大脳基底核の研究は数多くなされているがin vivoにおける神経伝達物質の動態ならびに合成・分泌調節機構に関しては依然として不明な点が多く残されている。

 本研究は大脳基底核内の神経伝達物質の質的ならびに量的変動をマイクロダイアリシスの手法を用いてin vivoで行ったものである。まず内在する神経伝達物質のドーパミン(DA),セロトニン(5HT)ならびにそれらの代謝産物である3,4-ジハイドロキシフェニール酢酸(DOPAC),ホモバニリン酸(HVA),5-ハイドロキシインドール酢酸(5-HIAA)の定常状態における細胞外濃度を測定し、次に高カリウム(100mM)あるいはチラミン(50M)投与による刺激を与えた場合の神経伝達物質の変動に関して検討した。さらに、トリプトファン分解酵素であるトリプトファン側鎖酸化酵素I(TSOI)を用いて血中トリプトファンを選択的に枯渇させた場合にこれらの神経伝達物質がどのように変動するかを検討した。

II.材料と方法

 7-9週齢の雄性SD系ラット(体重240-300g)を用い、尾条核および淡蒼球にU字型マイクロダイアリシスプローブを装着し、12時間明暗交代の光周期(明期;8:00-20:00、暗期;20:00-8:00)に馴化させ、飼育を行った。

 マイクロダイアリシスプローブには連続的にRinger液(pH6.0)を潅流し(流速2ml/分)、高感度の電気化学検出器を用いた高速液体クロマトグラフィーで各種の神経伝達物質を連続測定した。これを定常状態における濃度とした。Ringer液にカリウム(100mM)あるいはチラミン(50M)を加えたものを60分間潅流し、30分毎に分取したものを高カリウムあるいは高チラミン処理試料とした(30分間の総透析液量60l)。その後、再びRinger液を60-90分間潅流して定常状態に戻した。同一ラットについて、この操作を3回繰り返して測定した。

 トリプトファン側鎖酸化酵素処理をする場合には、トリプトファン側鎖酸化酵素I(20単位を0.9%生理的食塩水3mlに溶かしたもの)を暗期の20:00-22:00の間に腹腔へ投与した後、10時間にわたって神経伝達物質およびその代謝産物を測定した。トリプトファン側鎖酸化酵素I投与後の高カリウムあるいはチラミン処理の影響を観察する場合は、トリプトファン側鎖酸化酵素Iを投与12時間後にカリウムあるいはチラミン含有Ringer液の潅流を開始した。

III.結果と考察

 表1に主要な結果をまとめた。ドパミン、5-HT量及びその代謝産物の尾条核・被殻および淡蒼球での量、同部位に挿入したカテーテル内の透析液中に回収された量、非刺激時、高カリウム刺激時、チラミン刺激時での透析液内の量の組織内量に対する比を示してある。

表1 尾状核の2つの領域でのドパミンとセロトニンの代謝の比較*ドパミン、5-HT量及びその代謝産物の組織内量は文献(Widman and Sperk,Brain Res.369,244-249(1986))より転載した。

 ドパミンの組織内量はその代謝産物DOPACやHVAの組織内量より多いが、透析液内に回収される量は代謝産物のほうが圧倒的に多かった。また、5HTとその代謝産物5HIAAの組織内量は同程度であったが、透析液内の量は5HIAAの方が圧倒的に多かった。これらの結果は、ドパミンや5HTなど伝達物質の大部分はシナプス小胞に存在するが代謝産物は細胞質中にのみ存在すると考えられること、細胞外からの強力な取り込み機構が伝達物質にのみ存在すると考えられること、以上2つの事実を反映していると考えられる。

 高カリウム刺激は透析液内のDAを上昇させDOPACとHVAの量を減少させた。これら上昇と減少の変化は量的には異なるものの鏡像関係にあった。高カリウム液を正常リンゲル液に戻すと、透析液内のDOPAC,HVAと5-HIAAの量は増加し、差し引きでも増加した。5HTも高カリウム刺激で増加し、5-HIAA量は高カリウム刺激で減少した。5-HIAAの場合は正常リンゲルに戻してからの増加が見られなかった。代謝産物の細胞内から細胞外への流出機構は明らかではないが、その流出が脱分極によって抑制される可能性が考えられる。

 組織内のドパミン含量は尾状核・被殻の方が淡蒼球より高いが、組織内量あたりの透析液内の量の比は淡蒼球のほうが尾状核・被殻より高かった。この傾向は高カリウム刺激時に顕著で、その比が8.4であった。同様な現象はドパミン代謝産物にも見られ、非刺激時、高カリウム刺激時、チラミン刺激時、いずれの場合も淡蒼球の方がその比が高かった。この結果は、ドパミンの代謝回転の程度が組織部位によって異なることを明確に示している。尾状核・被殻に比べて淡蒼球の方が、ドパミンの放出量が多い、ドパミンの取り込み速度が遅い、MAO活性が高い、遊離可能な小胞に存在するドパミンの割合が高いなど、色々な可能性が考えられる。一方5HTでは、組織内量は淡蒼球の方が高いが、組織内量あたりの透析液内の量の比は尾状核・被殻のほうが淡蒼球より高かった。ただし、その差の程度はドパミンの場合より小さく、5HIAAでは殆ど差が見られなかった。

 チラミン刺激によって、ドパミンの透析液内の量が増加した。増加量は高カリウム刺激時よりも高く、特に尾状核・被殻では高カリウム刺激時の7倍のドパミンの増加が見られた。一方、淡蒼球ではチラミン刺激と高カリウム刺激の影響の差はそれほど大きくなかった。逆にDOPACでは、淡蒼球でチラミン刺激の影響が顕著であった。チラミンはドパミンのシナプス小胞への取り込み、ドパミンの細胞外から細胞内への取り込み、MAO活性を阻害するといわれている。2つの部位で、これらの活性が異なる可能性が考えられる。5HTもチラミン刺激で透析液内の量が増加したが、ドパミンの場合とは逆に、その程度は高カリウム刺激による効果より小さかった。チラミンの効果は高カリウム刺激と同様、淡蒼球より尾状核・被殻で高かった。

 トリプトファン側鎖酸化酵素I(TSOI)腹腔投与2-3時間後、顕著な5-HT及び5-HIAAの減少が観察された。この減少は淡蒼球で著しかった。一方、DA,DOPACとHVA量の変化は顕著ではなかった。TSOI処置後にも、高カリウム刺激あるいはチラミン刺激による固有の変化が観測された。この結果は、ドパミン系の代謝が5HTの代謝と独立に行われていることを示している。

 以上の様に、本研究はin vivoでのミクロダイアリシス法が伝達物質とその代謝産物の動態をモニターするのに有用であることを示した。特に、ドパミン、5HT、その代謝産物の放出、代謝回転が線状体内の尾状核・被殻と淡蒼球で明確に異なることが明らかになった。この現象的な差異は、今後分子や構造など実体の差異を理解するときの基礎的な知見を提供すると考えられる。

審査要旨

 本研究は、大脳基底核内のドーパミンとセロトニン(5HT)の動態を調べたものである。ラット基底核内の尾条核と淡蒼球にU字型マイクロダイアリシスプローブを装着し、Ringer液を潅流し(流速2ml/分)、高感度の電気化学検出器を用いた高速液体クロマトグラフィーでドパミン、セロトニン、3,4-ジハイドロキシフェニール酢酸(DOPAC),ホモバニリン酸(HVA),5-ハイドロキシインドール酢酸(5-HIAA)の濃度を、静止時、高カリウム刺激時、チラミン刺激時に測定した。また、トリプトファン分解酵素であるトリプトファン側鎖酸化酵素I(TSOI)を用いて血中トリプトファンを選択的に枯渇させた条件での動態を観測した。その結果、表1及び以下に述べるような結果が得られた。

表1 尾状核の2つの領域でのドパミンとセロトニンの代謝の比較*ドパミン、セロトニン及びその代謝産物の組織内量は文献(Widman and Sperk,Brain Res.369,244-249(1986))より転載した。

 (1)ドパミンの組織内量はその代謝産物の組織内量より多いが、透析液内に回収される量は代謝産物のほうが多い。また、セロトニンとその代謝産物5HIAAの組織内量は同程度であったが、透析液内の量は5HIAAの方が多い。これらの結果は、ドパミンやセロトニンなど伝達物質の多くはシナプス小胞に存在し、細胞外からの強力な取り込み機構が存在するためと考えられる。

 (2)高カリウム刺激は透析液内のドパミンやセロトニンを上昇させたが、ドパミンやセロトニンの代謝産物の量は減少した。代謝産物の細胞内から細胞外への流出が脱分極によって抑制される可能性が考えられる。

 (3)組織内のドパミン含量は尾状核・被殻の方が淡蒼球より高いが、組織内量あたりの透析液内の量の比は淡蒼球のほうが尾状核・被殻より高かった。同様な現象はドパミン代謝産物にも見られ、非刺激時、高カリウム刺激時、チラミン刺激時、いずれの場合も淡蒼球の方がその比が高かった。この結果は、ドパミンの代謝回転の程度が尾状核・被殻に比べて淡蒼球で高いことを示している。一方セロトニンは、組織内量は淡蒼球の方が高いが、組織内量あたりの透析液内の量の比は尾状核・被殻のほうが淡蒼球より高かった。

 (4)チラミン刺激によって、ドパミンの透析液内の量が増加した。増加量は高カリウム刺激時よりも高く、特に尾状核・被殻でその傾向が大きかった。淡蒼球ではチラミン刺激と高カリウム刺激の影響の差はそれほど大きくなかった。逆にDOPACでは、淡蒼球でチラミン刺激の影響が顕著であった。セロトニンもチラミン刺激で透析液内の量が増加したが、ドパミンの場合とは逆に、その程度は高カリウム刺激による効果より小さかった。チラミンの効果は高カリウム刺激と同様、淡蒼球より尾状核・被殻で高かった。

 (5)トリプトファン側鎖酸化酵素I(TSOI)腹腔投与2-3時間後、顕著なセロトニン及び5-HIAAの減少が観察された。この減少は淡蒼球で著しかった。一方、ドパミン,DOPACとHVA量の変化は顕著ではなかった。TSOI処置後にも、高カリウム刺激あるいはチラミン刺激による固有の変化が観測された。この結果は、ドパミン系の代謝がセロトニンの代謝と独立に行われていることを示している。

 以上の様に、本研究はin vivoでのミクロダイアリシス法が伝達物質とその代謝産物の動態を研究するのに有用であることを示した。特に、ドパミン、セロトニン、その代謝産物の放出、代謝回転が線状体内の尾状核・被殻と淡蒼球で明確に異なることを明らかにした。この現象的な差異は、今後分子や構造など実体の差異を理解するときの基礎的な知見を提供するもので、学位の授与に値すると考えられる。

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