本研究は、大脳基底核内のドーパミンとセロトニン(5HT)の動態を調べたものである。ラット基底核内の尾条核と淡蒼球にU字型マイクロダイアリシスプローブを装着し、Ringer液を潅流し(流速2ml/分)、高感度の電気化学検出器を用いた高速液体クロマトグラフィーでドパミン、セロトニン、3,4-ジハイドロキシフェニール酢酸(DOPAC),ホモバニリン酸(HVA),5-ハイドロキシインドール酢酸(5-HIAA)の濃度を、静止時、高カリウム刺激時、チラミン刺激時に測定した。また、トリプトファン分解酵素であるトリプトファン側鎖酸化酵素I(TSOI)を用いて血中トリプトファンを選択的に枯渇させた条件での動態を観測した。その結果、表1及び以下に述べるような結果が得られた。 表1 尾状核の2つの領域でのドパミンとセロトニンの代謝の比較*ドパミン、セロトニン及びその代謝産物の組織内量は文献(Widman and Sperk,Brain Res.369,244-249(1986))より転載した。 (1)ドパミンの組織内量はその代謝産物の組織内量より多いが、透析液内に回収される量は代謝産物のほうが多い。また、セロトニンとその代謝産物5HIAAの組織内量は同程度であったが、透析液内の量は5HIAAの方が多い。これらの結果は、ドパミンやセロトニンなど伝達物質の多くはシナプス小胞に存在し、細胞外からの強力な取り込み機構が存在するためと考えられる。 (2)高カリウム刺激は透析液内のドパミンやセロトニンを上昇させたが、ドパミンやセロトニンの代謝産物の量は減少した。代謝産物の細胞内から細胞外への流出が脱分極によって抑制される可能性が考えられる。 (3)組織内のドパミン含量は尾状核・被殻の方が淡蒼球より高いが、組織内量あたりの透析液内の量の比は淡蒼球のほうが尾状核・被殻より高かった。同様な現象はドパミン代謝産物にも見られ、非刺激時、高カリウム刺激時、チラミン刺激時、いずれの場合も淡蒼球の方がその比が高かった。この結果は、ドパミンの代謝回転の程度が尾状核・被殻に比べて淡蒼球で高いことを示している。一方セロトニンは、組織内量は淡蒼球の方が高いが、組織内量あたりの透析液内の量の比は尾状核・被殻のほうが淡蒼球より高かった。 (4)チラミン刺激によって、ドパミンの透析液内の量が増加した。増加量は高カリウム刺激時よりも高く、特に尾状核・被殻でその傾向が大きかった。淡蒼球ではチラミン刺激と高カリウム刺激の影響の差はそれほど大きくなかった。逆にDOPACでは、淡蒼球でチラミン刺激の影響が顕著であった。セロトニンもチラミン刺激で透析液内の量が増加したが、ドパミンの場合とは逆に、その程度は高カリウム刺激による効果より小さかった。チラミンの効果は高カリウム刺激と同様、淡蒼球より尾状核・被殻で高かった。 (5)トリプトファン側鎖酸化酵素I(TSOI)腹腔投与2-3時間後、顕著なセロトニン及び5-HIAAの減少が観察された。この減少は淡蒼球で著しかった。一方、ドパミン,DOPACとHVA量の変化は顕著ではなかった。TSOI処置後にも、高カリウム刺激あるいはチラミン刺激による固有の変化が観測された。この結果は、ドパミン系の代謝がセロトニンの代謝と独立に行われていることを示している。 以上の様に、本研究はin vivoでのミクロダイアリシス法が伝達物質とその代謝産物の動態を研究するのに有用であることを示した。特に、ドパミン、セロトニン、その代謝産物の放出、代謝回転が線状体内の尾状核・被殻と淡蒼球で明確に異なることを明らかにした。この現象的な差異は、今後分子や構造など実体の差異を理解するときの基礎的な知見を提供するもので、学位の授与に値すると考えられる。 |