学位論文要旨



No 113069
著者(漢字) 北澤,雅志
著者(英字)
著者(カナ) キタザワ,マサシ
標題(和) ジェット中のハドロンの角度分布
標題(洋) The Angular Distribution of Hadrons in a Jet
報告番号 113069
報告番号 甲13069
学位授与日 1998.01.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3318号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒船,次郎
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 助教授 筒井,泉
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 講師 和田,純夫
 東京大学 教授 小林,富雄
内容要旨

 現在の高エネルギー物理に於いて、SU(3)C×SU(2)W×U(1)Yの対称性のSU(2)W×U(1)Y部分をヒッグス機構により自発的に破った"標準模型"が、深刻な矛盾無く実験を説明するものと考えられている。しかし、その模型に於いて重要な役割を担う、ヒッグス粒子は今だ発見されていない。それを含め、新しい物理を探すために、現在では巨大な加速器が建設され、また計画されている。しかし、実験のエネルギーが増大するにつれ、それにより生成される粒子の数も非常に大きなものとなる。その様な、高エネルギーに於けるハドロンの物理を記述するのは、標準模型に於いてはSU(3)C部分、Quantum Chromodynamics(QCD)と呼ばれる部分である。しかしこの部分は充分に理解されているとは言い難い。高エネルギーで我々が求める新しい物理が現れたとしても、QCDを有効に用いずにはそれを見逃してしまうこともあり得る。従って、多粒子の生成過程の理論的な理解は実験的にも重要な意味を持つ。

 相互作用のエネルギーが増大するに従い、QCDの有効結合定数は小さくなる。(漸近的自由)しかし、高エネルギーでcolor chargeを持った粒子が生成する時でも、その生成粒子は膨大な数のsoftな粒子、collinearな粒子を放出する。これにより摂動展開された断面積は発散してしまう。ハドロンの全断面積や大角度でのジェット生成の断面積など、virtual correctionと発散部分が打ち消しあうものもあるが、特定の運動量の粒子の数を数える場合など、多くの場合に於いて発散は打ち消されない。また、QCDの有効結合定数は、softやcollinearに放出された粒子に対しては、大きくなるのでそもそも摂動展開が適切では無くなる。その場合、個々のcolor chageを持ったpartonとしてよりも束縛状態であるハドロンとして考えるべきである。そのことから、摂動論が使えなくなるカットオフスケールQ0が理論に入って来るが、これは大体ハドロンのスケールの逆数と考えれば良く、QCDのmass scale ∧QCD程度の大きさとなる。

 通常の摂動展開が適切で無くなるので、それに代る手法が、ハドロンの多粒子生成に於いては必要となる。摂動展開が良くなくなるのは、softな粒子やcollinearな粒子が大きなlogを高次の項に於いても出すためで、従って全次数で考える事が必要となるからである。多粒子生成を考える際に非常に有用なものとして角度オーダリング(AO)がある。softなグルーオンが次々と放出される過程で、干渉効果により、放出角に制限がつくというものである。角度オーダリングを用いて大きなlogの足し上げを適切に行う手法としてModified Leading Log近似(MLLA)と呼ばれるものがある。これを用いてこの論文では計算がなされている。また、ハドロンを扱うには、quark、gluonのハドロンになる過程を説明する必要があるが、現在に於いてはこの過程を説明する事は出来ない。そこで、ハドロン化は早い時期に起こってしまい、結果としてハドロンの分布とquark、gluonの分布とが比例するという、Local Parton Hadron Duality(LPHD)を仮定する。ジェット中のハドロンの角度分布など、この手法で計算がなされ、実験とも良い一致を見せている。しかし、今のところ最低次の計算がなされているのみで、高次の項を入れる事により理論の正当性をより確かにする事ができるであろう。

 この論文の内容は大きく二つに分かれる。一つが"軽い"quark(masslessとみなす)についての事である。粒子密度のジェット軸からの角度分布は、放出角が小さい場合は、一次補正までで角度オーダリングがexactに成り立つ。大角度では角度オーダリングのみでは数えすぎで、に比例する項が補正として必要となる。(は多重度のanomalous dimension)この項を導いて、これによりLorentz Boostに対する不変性が回復することをみる。

 もう一つは"重い"quarkに関することである。massを持つquarkからの、softなgluon一つが放出される場合の最低次の断面積は、quarkおよびanti-quarkの方向では消えてしまう。これはデッドコーンとよばれるが、大角度に放出された寄与がこれを埋めるのでゼロにはならない。しかし、重いquark方向のハドロンジェットは、軽いquarkの場合に比べて押さえられる。また、この方向の寄与は質量に依存するので、b-quarkの場合と、c-quarkの場合とでは大きく異なる。従って双方のジェットを取り間違えることを防ぐ役にもたつと思われる。MLLA+LPHDの手法を用いて、この事を示す。

審査要旨

 現在の素粒子物理学では、核力などの強い相互作用は、量子色力学(QCD)という「クォークとグルオンのゲージ理論」で記述されると信じられている。しかし、QCDは摂動論が使えない物理過程が種々あり、ここで問題にされる高エネルギーの多重発生現象における、ジェット(中間子の束)の中のハドロンの角度分布もそのような現象である。

 この論文は9章からなり、1章から4章までは、この過程の理論計算の基礎となる計算技術のレビューである。第1章は論文の主旨と方針を述べた後、計算の基礎となる近似方法であるMLLA(MLLA=Modified Leading Log Approximation)を説明する。QCDでは、グルオンの放出確率を計算する際、漸近的自由性のため有効結合定数は高エネルギーで対数的に小さくなるが(〜1/log→0)、そのグルオンの終状態の位相体積を積分する時、親のグルオンと子のグルオンがなす角が小さい領域(collinear領域)で生じる対数的増加(d〜d/〜log)、とグルオンのエネルギーEがジェット全体に比べ小さい領域(soft領域)で生じる対数的増加(d〜dE/dE〜log)の積のため、グルオンを1つ放出する度に、位相体積が(log)2で増え、グルオン放出確率は(log)2〜logという増加する対数因子を持つ。同様に、グルオンをn個放出する確率は、d〜((log)2)n〜(log)nとなり、確率計算で、結合定数の高次の項は小さいとは言えない。そこでleading logを全て取り入れる計算(DLA=Double Log Approximation)、が開発され、さらにその次の補正項(next to leading log)まで取り入れた計算法が、ここでいうMLLAである。またこの第1章では、高エネルギーで発生した個々の粒子のエネルギーや角度の分布ではなく、発生粒子全体の作るエネルギーの流れに注目して、理論と実験の比較をする際に、多数のグルオンの作るエネルギーの流れが、中間子のエネルギーの流れに比例するという仮定(LPHD=Local Parton Hadron Dualityと呼ぶ)の説明も行っている。

 第2章〜第4章では、leading logの近似に必要なangular orderingの説明を行う。これは、多重発生のleading logの寄与は、「ジェット中の個々のグルオンをエネルギーEiがだんだん小さくなる順番、E1>E2>E3…に並べた時、夫々のグルオンがジェット方向となす角iもだんだん小さくなる、1>2>3‥」という条件を満たす積分領域から来るという定理であるが、限られた専門家を除いて一般にはそれほど知られていない定理なので詳しく述べられるている。

 第5章〜第6章は、この論文の主要部分の一つで、従来の計算で用いられるMLLAには、加えるべき補正項がある事を指摘し、それを計算している。leading log近似では、グルオンの角度とエネルギーがcollinearかつsoftな領域を取り入れたが、次のおオーダーでは(結合定数がlogで減少する事はもちろん取り入れるとして)

 1)collinerだがsoftではない領域と、

 2)softだが、collinerでない積分

 を取り入れる必要がある。しかし、従来は、1)は考慮されたが、2)が取り入れられていなかったのである。この論文では、2)を取り入れる。そのため、softだが、AOを満たさない領域を取り入れるのである。そして、そのためには、まず、グルオンのうち、最も大きな角度をなす二つの1,2について、12である領域を積分すれば十分であることを示した後、その積分実行した。

 その結果、従来発生角が大きい所で放射確率がLorentz boost不変性を破っていたが、この補正を加えることで、Lorentz boost不変性が回復する事も示された。この補正を加えることで首尾一貫したMLLAが得られることになった。

 第7章〜第8章では、質量の大きなクォーク(c,b,tクォーク)に対して、従来のleading logの計算では、ジェットの前方角度分布がゼロであった(これは、ジェットの前方では、この近似ではグルオンが縦て波成分しか持てないからである)のに対し、有限質量であることを考慮して補正項を計算すると、前方の分布のゼロが埋まることを示した。重いクォークのジェットの多重度を考える際に興味ある結果である。

 第9章は結論を述べている。

 本論文は、高エネルギー多重発生の解析に有力なMLLAで従来見落とされていた項がある事を指摘し、正しい補正を与えた。また、従来、重いクォークのジェットの前方に理論が予言したゼロが補正項によって埋められ、むしろ前方にピークがあることを示し実験と理論を近付けた。

 なお、本論文の第5章および第6章は、手島久三氏、および、木村久美子氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 このように、この論文は、高エネルギージェット中の多重発生粒子のエネルギーの流れを計算する事で、高エネルギー物理学に新しい知見を与えるものであり、また、著者の学力は博士(理学)にふさわしいものであると判断し、審査委員全員が合格と判定した。

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