学位論文要旨



No 113071
著者(漢字) 魚住,尚紀
著者(英字)
著者(カナ) ウオズミ,ナオノリ
標題(和) アレルギー反応と分娩における細胞質型ホスホリパーゼA2の重要な役割
標題(洋) Role of cytosolic phospholipase A2 in allergic response and parturition
報告番号 113071
報告番号 甲13071
学位授与日 1998.01.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1246号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 勝木,元也
内容要旨

 細胞質型ホスホリパーゼA2(cPLA2)は細胞内で機能するホスホリパーゼの一種で、sn-2位のアラキドン酸に基質特異性を有する。その機能は細胞内情報伝達系路に深く関わっていると考えられており、cPLA2は細胞外からの刺激により活性化され、細胞膜リン脂質よりアラキドン酸を遊離させる。アラキドン酸は、一連の反応によってプロスタグランジン(PG)・ロイコトリエン(LT)等の生理活性脂質に代謝され、同時に生じたリゾリン脂質の一部は血小板活性化因子(PAF)の前駆体となる。哺乳類においてPLA2活性を持つタンパク質は、主要なもので4種類(I型PLA2、II型PLA2、cPLA2、iPLA2)があり、その他、何種類かのPLA2活性が報告されている。そのため、通常の実験系を用いた場合、特定の現象に関してどのPLA2が機能した結果であるかを判断することは困難であり、従来のアンチセンスオリゴヌクレオチドや阻害剤を用いた実験の解釈には限界が存在した。発生工学の手法を用いて作製されたノックアウトマウスは、表現型として観察される現象の原因をその遺伝型に求めることができ、欠損させたタンパク質固有の機能を知る上で非常に有力な実験系である。cPLA2の細胞レベル、個体レベルにおける機能を明らかにするため、cPLA2欠損マウスを作製し、その表現型の解析を行った。

方法1.ターゲティングベクターの構築

 cPLA2のORF全長cDNAをプローブとして129/Svマウス由来ゲノムライブラリー(5×105 pfu)をスクリーニングし、24クローンのファージを得た。解析の結果6つのエクソンが同定され、そのうちの1つは、リパーゼモチーフを含む137塩基対のエクソンであった。このエクソンの一部41塩基対をネオマイシン耐性遺伝子に置換することで、cPLA2遺伝子の破壊を試みた。ターゲティングベクターは、上流、下流の相同配列として各4.1kbp、4.5kbpを持ち、さらにネガティブセレクションの目的でチミジンキナーゼ遺伝子を組み込んで作成した。

2.cPLA2欠損マウスの作成

 7×107個のE14-1マウスES細胞をcPLA2ターゲティングベクターで電気穿孔法により形質転換し、G418、FIAU両耐性クローン576コロニーを得た。これらをサザンブロットで遺伝型を解析した結果、3クローンが相同組み換え体であることが明らかとなった。このうち2クローンの細胞をC57BL/6Jマウス胚盤胞に注入し、それぞれのクローンのキメラマウスを作成した。キメラマウスをC57BL/6Jマウスと交配してF1ヘテロマウスを得、さらにF1マウス同士を交配してcPLA2欠損マウスを得た。

3.遺伝型のスクリーニング

 マウスの遺伝型は、PCR法によって決定した。尾より抽出したゲノムDNA50-100ngをテンプレートとし、野性型、組み換えの各アリル特異的配列をprimerに用いることで3種類の遺伝型(野性型、ヘテロ、cPLA2欠損)を判定した。一部のマウスについては、サザンブロット解析も行いPCRの結果と一致することを確認した。

4.cPLA2欠損の確認

 マウス脾臓より抽出したpolyA+RNAを用い、cPLA2のORF全長cDNAをプローブとしてノザンブロット解析を行った。タンパク質レベルでの欠損を確認するため、マウス脾臓より細胞質画分を調整し、ウェスタンブロット解析とPLA2活性の測定を行った。活性の測定は、2M[14C]アラキドノイルホスファチジルコリンを基質に用い、100mM Tris-HCl pH9.0、4mM CaCl2、1mg/mlウシ血清アルブミン存在下に行った。

5.生理活性脂質産生量の比較

 9-14週齢の雌マウスに2mlの10%プロテオースペプトン水溶液を腹腔内投与し、4日後腹腔よりマクロファージを回収した。この細胞をカルシウムイオノフォアA23187(5M)または、リポポリサッカライド(LPS、1g/ml)で刺激し産生されるプロスタグランジンE2(PGE2)、システイニルロイコトリエン(Cys-LT)、PAFを定量した。PGE2とCys-LTはA23187で10分、LPSで12時間の刺激を行い、培養上清中の量を酵素抗体法で測定した。PAFはA23187で10分、LPSで30分の刺激を行い、細胞と培養上清を合わせてラジオレセプター結合法にて測定した。

6.アナフィラキシーモデル

 10-12週齢の雄マウスに100g卵白アルブミン(OVA)を1mg水酸化アルミニウムゲルと300g百日咳毒素と共に腹腔内投与し、OVAに対する感作を行った。18日後、麻酔し人工換気下で頚静脈よりOVA 500gを投与してアナフィラキシーショックを惹起した。気道内圧と流量を測定し、総肺抵抗を算出した。OVA投与20分後、気道内圧が刺激前の水準に低下したのを確認し、メサコリン(アセチルコリンアゴニスト)エアロゾルを吸入させ気道の反応性を検査した。

7.生殖機能

 妊娠日数を特定する目的で、交配は一回一晩とし、一週間以上間隔をあけて施行した。メスマウスの体重を一日一回測定し、その変化から妊娠を確認、同時に妊娠日数を特定した。一部のマウスには、妊娠18.5日にプロゲステロンレセプターアンタゴニスト(RU486)を15mg/kgで皮下投与し、分娩の誘発を行った。

結果と考察1.cPLA2欠損マウスの作成

 2クローンの相同組み換え細胞とも、キメラマウスにおいて生殖細胞に分化させることに成功し、cPLA2欠損マウスを作成することができた。cPLA2欠損マウスはメンデルの法則に従った割合で誕生し、正常に発育する。脾臓を用いたノザンブロット、ウェスタンブロットにより、cPLA2のmRNA、蛋白質レベルでの欠損を確認し、PLA2活性も0.2±0.1pmol/min・mg proteinでありほぼ検出限界レベルに低下していた(野性型マウスでは11.3±1.0pmol/min・mg protein、mean±S.E.M.、n=3)。生理活性脂質産生量では、腹腔マクロファージをA23187で刺激した際のPGE2、Cys-LT、PAFの産生は顕著に減少しており、LPSで刺激したときのPGE2の遅延型の産生もほとんど認められなかった。しかしながら、cPLA2欠損マウスには外見上の異常は認められず、病理組織像では腎において尿細管上皮細胞の中程度の空胞化を認めた(5匹中3匹、4.5カ月齢)が、血液像・血液生化学検査いずれにおいても野性型マウスと顕著な違いを認めなかった。10ヵ月齢の段階でも外見上の異常は認められなかった。

2.アナフィラキシーモデル

 OVAによって惹起される能動アナフィラキシーにおいて、cPLA2欠損マウスも野性型マウスと同様に15-20秒後より気道内圧の上昇が認められ、総肺抵抗においても2分を最大値とする気道収縮が認められた。最大抵抗値は、cPLA2欠損マウスの方が若干小さかったが、有為な差は認められなかった(cPLA2欠損マウス:184±27%、n=5、野性型マウス:251±37%、n=6、刺激前の抵抗値を100%とした)。総肺抵抗の回復はcPLA2欠損マウスの方が早く、10分でほぼ刺激前の水準に低下した(野性型マウスは約150%)。OVA静脈投与後5-7分の肺の組織切片を鏡険したところ、野性型マウスでのみ気道収縮、肺胞壁の肥厚が認められた。メサコリンエアロゾルの吸入に対し、野性型マウスは過敏に反応して0.15mg/mlの濃度で気道収縮をきたしたが、cPLA2欠損マウスでは同等の反応を得るために2.5mg/mlの濃度が必要であった。5-リポキシゲナーゼ欠損マウスにおいても同様の気道過敏性の消失が報告されており、喘息を初めとする気道過敏性を伴う呼吸器疾患において、cPLA2がLTの産生を介して重要な役割を果たしていることを示唆している。

3.生殖機能

 生殖機能の面では、オスマウスは正常であった。それに対し、cPLA2欠損メスマウスでは妊娠しコントロールマウスと同様の体重増加を示すが、通常の妊娠日数(19.5日)を過ぎても出産せず、子宮内胎児死亡をきたすことが多かった。19.5日の時点で帝王切開すると正常に発育した新生児が得られ、その後の発育も正常であった。また、cPLA2欠損マウスはRU486によって分娩を誘発させることができ、産まれたマウスは正常に発育した。プロスタグランジン受容体欠損マウスも同様の表現型を示すことが報告されており、cPLA2欠損メスマウスではの産生が低下していると推測され、その結果、分娩が遷延している可能性が示された。

結語

 cPLA2欠損マウスは即時型アレルギー反応の減弱と気道過敏性の消失だけでなく、分娩の発来に異常をきたしていることが明らかになった。cPLA2欠損マウスを材料にすることにより、生理的・病的状態におけるcPLA2とアラキドン酸カスケード、血小板活性化因子の果たす役割が明らかになると考えられる。また、抗炎症薬として開発が進められているcPLA2阻害剤の持つ潜在的副作用を予知することも可能になると考えられる。

審査要旨

 本研究は生理活性脂質の産生過程において重要な役割を果たしていると考えられる細胞質型ホスホリパーゼA2の生体内における機能を明らかにする目的で、発生工学の手法を用いた細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスの作製とその表現型の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスの作成に成功した。脾臓を材料としてmRNA、蛋白質レベルでの欠損を確認し、さらにホスホリパーゼA2活性の著明な低下を確認した。細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスはメンデルの法則に従った割合で誕生し、正常に発育することも明らかとなった。

 2.細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスには外見上の異常は認められず、病理組織像では腎において尿細管上皮細胞の中程度の空胞化を認めた(5匹中3匹、4.5カ月齢)が、血液像・血液生化学検査いずれにおいても野性型マウスと顕著な違いを認めなかった。10ヵ月齢の段階でも外見上の異常は認められなかった。

 3.生理活性脂質産生量を腹腔マクロファージを材料として測定したところ、カルシウムイオノフォアA23187で刺激した際のプロスタグランジンE2、システイニルロイコトリエン、血小板活性化因子の産生は顕著に減少していた。リポポリサッカライドで刺激したときのプロスタグランジンE2の遅延型の産生もほとんど認められなかった。

 4.卵白アルブミン投与により惹起される能動アナフィラキシーにおいて、細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスも野性型マウスと同様に15-20秒後より気道内圧の上昇が認められ、総肺抵抗においても2分を最大値とする気道収縮が認められた。最大抵抗値は、細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスの方が若干小さかったが、有為な差は認められなかった。総肺抵抗の回復は細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスの方が早く、10分でほぼ刺激前の水準に低下した。卵白アルブミン投与後5-7分の肺の組織切片を鏡険したところ、野性型マウスでのみ気道収縮、肺胞壁の肥厚が認められた。メサコリンエアロゾルの吸入に対し、野性型マウスは過敏に反応したが、細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスでは気道の過敏性は認められなかった。5-リポキシゲナーゼ欠損マウスにおいても同様の気道過敏性の消失が報告されており、喘息を初めとする気道過敏性を伴う呼吸器疾患において、細胞質型ホスホリパーゼA2がロイコトリエンの産生を介して重要な役割を果たしていることが示唆された。

 5.生殖機能の面では、オスマウスは正常であった。それに対し、細胞質型ホスホリパーゼA2欠損メスマウスでは妊娠し野性型マウスと同様の体重増加を示すが、通常の妊娠日数(19.5日)を過ぎても出産せず、子宮内胎児死亡をきたすことが多かった。19.5日の時点で帝王切開すると正常に発育した新生児が得られ、その後の発育も正常であった。また、細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスはプロゲステロンアンタゴニストによって分娩を誘発させることができ、産まれたマウスは正常に発育した。プロスタグランジン受容体欠損マウスも同様の表現型を示すことが報告されており、細胞質型ホスホリパーゼA2欠損メスマウスではプロスタグランジンの産生が低下していると推測され、その結果、分娩が遷延している可能性が示された。

 以上、本論文は発生工学の手法を用いて細胞質型ホスホリパーゼA2欠損マウスを作製して、その表現型の解析を行い、アレルギー反応と分娩において同酵素が重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究はこれまで個体レベルでは未知の点が多かった、細胞質型ホスホリパーゼA2の機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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