学位論文要旨



No 113075
著者(漢字) 窪田,敦之
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,アツシ
標題(和) 設計事例の説明と再利用のための設計情報モデル論
標題(洋)
報告番号 113075
報告番号 甲13075
学位授与日 1998.01.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4021号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 田浦,俊春
 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 大和,裕幸
内容要旨

 本論文は、設計活動を支援するための情報モデルについて論じるものである。

 設計においては多くの情報が参照され、また作成される。本研究では、このような、設計において参照され、また生成される情報を設計情報と呼ぶことにする。設計情報の例としては、資料や図面に記載される情報がある。これらは以後の設計事例においても有効利用できることも多いので、その再利用が望まれている。しかし、多くの研究が行なわれているにも関わらず、現状では十分な再利用は行なわれていない。その結果、同じような作業を繰り返すことや同じようなミスが再発するという無駄が生じている。本研究では、この点を問題として捉えている。

 設計情報の代表的な例は資料や図面に記載される情報であるが、それは言い換えれば部品寸法などの製品の属性に関する情報である。これらの情報を再利用するためには、属性情報だけでなく、それらが決定された根拠や経緯も知る必要がある。そこで、この根拠や経緯に関する情報も、設計情報として扱うことが重要となる。本研究では、前者をプロダクト情報、後者をプロセス情報と呼び、共に設計情報として扱うことにする。このように区分すると、プロセス情報はプロダクト情報の説明のための情報であるという関係が成り立つ。

 ところで、これまでにもプロダクト情報及びそれらを説明するプロセスに関する体系化やデータベース化は行なわれている。それにも関わらず、前述のようにプロダクト情報の十分な再利用は行なわれていない。この理由は、プロセス情報を扱う際に、これまで見逃されていた情報があったからと考えられる。そこで本研究では、この見逃されていた情報を捉えるために、説明とは何かという点から設計情報について考えている。

 従来の説明の捉え方は、例えば設計根拠に関する研究で扱われてきたように、主として意志決定の枠組で捉えるものであった。これは、プロダクト情報の妥当性を示すことが説明となるという考え方である。しかし本研究では、説明とは何かということを実際の設計事例の説明を元に考え、その結果、設計者の「視点」に関する情報がこれに加えて重要となるとの仮説を立てた。これは、設計者が設計の際に何を重要と考えていたかを示すことがプロダクト情報の重要な説明となる考え方である。

 本研究では、このように考えた上で、プロダクト情報の再利用のための設計情報モデルの提案をする。本研究で提案するモデルの特徴は、次の二点にある。

 ・プロダクト情報とプロセス情報を統合的に扱っている点

 ・プロダクト情報の「妥当性」と設計者の「視点」に関する情報を統一的に扱える形で設計情報をモデル化している点

 本論文ではまず、上記の特徴を備えた設計情報モデルを提案する。次に、計算機システムの試作及び実際の設計事例の登録を通じて、説明という観点から本モデルの有効性を示す。

 さらに、本モデルの応用の方法として、協同設計の支援の可能性について論じる。まず協同設計の支援として有効と考える概念として設計プロセス空間という考え方を提案する。そして、その有効性を前提として仮定した上で、本モデルが設計プロセス空間の構築に有効であることを、システムの試作と実際の設計事例の登録を通じて検証する。

 以下、本論文の内容を章の順に概説する。

 第1章では、研究の背景と研究の目的を述べる。本研究では、前述のように図面などの製品(プロダクト)の属性を表す情報をプロダクト情報と呼んでいる。このプロダクト情報を再利用するためには、そのプロダクトが設計された設計プロセスに関する情報(プロセス情報)が重要と考えている。これらの言葉の定義をこの章で行なう。

 すなわち、設計においては、設計者はなんらかの経緯や根拠に基づいてプロダクト情報を決定していくが、この過程を本論文では「プロセス」と呼ぶ。また、このプロセスに関する情報を、プロダクト情報との対比で「プロセス情報」と呼ぶ。このプロセスは、決定した内容を記述して外在化する作業と、設計者の内面的な思考から構成されると考えて、以下、前者を行為(プロセス)、後者を思考プロセスと呼ぶことにする。

 第2章では、プロセス情報をプロダクト情報の説明という観点から捉え、従来から扱われてきた意志決定型の枠組におけるプロセス情報だけではなく、次の二項目で示されるような枠組におけるプロセス情報の重要性を述べる。意志決定型の枠組は、設計の妥当性を述べるという考え方に基づく説明のためのものであり、ここで挙げる枠組は、設計者の視点を示すという考え方に基づく説明のためのものである。

 ・ある行為(A)の説明として、過去の多くの行為の中から、特定の行為(B)を示すこと

 ・特定の行為(B)を示すことが行為(A)の説明になることの、理由を示すこと

 続いて、これら二つの枠組に基づく説明のための情報を統合的に扱うための設計情報モデルを提案し、OMT技法に基づいて形式化した。このモデルの特徴は、前述のように、プロダクト情報とプロセス情報が統合的に扱えるという点と、プロセスユニットという枠組を用意することで設計の妥当性及び設計者の視点という二つの考え方に基づく情報を統合的に扱えるという点にある。

 第3章では、第2章で提案したモデルを利用した設計情報管理システムであるエンジニアリングヒストリベースの製作と実際の設計事例における設計情報の入力結果を元に、本研究で提案するモデルの適切さについて論じる。

 エンジニアリングヒストリベースとは、過去の設計事例を参考にしようとする場合に設計者が利用することを想定したシステムであり、図面などのプロダクト情報に関連して、その説明となるプロセス情報を得られることを目的としたものである。登録されたプロセス情報は、設計報告書や担当設計者へのインタビューを元に筆者が作成したものである。その内容を分析した結果、設計の妥当性を示すという考え方に基づく説明と設計者の視点を示すという考え方に基づく説明の量は、ほぼ同量であった。このことから、設計者の視点を示すという考え方に基づく説明がプロダクト情報の再利用に重要であるとの仮定が裏付けられたと言える。

 第4章では、協同設計の支援という観点から、第2章で提案したモデルを拡張する。本研究では、協同設計の形態として非同期・アイデア集積型というものの重要性に着目しており、この形態の協同設計を支援することを考えている。非同期型とは、グループを構成するメンバーが設計をする時間がずれているという形態であり、アイデア集積型とは、一つのタスクを複数の設計者が担当し、設計者たちが対等な立場で協力しながら設計を進めるという形態である。

 本章では、この支援のために設計プロセス空間という作業空間の概念を提案する。設計プロセス空間とは、前述した協同設計の形態において重要となる作業を、インタラクティブに実行することが可能な空間である。

 本研究では、設計プロセス空間の有効性は前提として仮定する。そして、第2章で提案した設計情報モデルを拡張したものが、設計プロセス空間の構築に有効であることを示すことにする。そのために、本章ではインタラクティブ性の実現のために仮想三次元空間を用いて設計プロセス空間を構築することを考え、この仮想空間の中に設計プロセスを可視化する方法及び可視化された設計プロセスとのインタラクションの方法を提案し、そのためのモデルの拡張を行なう。

 第4章では、第3章で拡張したモデルを用いた、2つのシステムについて述べる。これらは、それぞれWAKE Browser,WAKE Workbenchと呼ばれる。WAKE Browserは設計プロセスの追跡という観点から設計プロセス空間を実装したシステムであり、WAKE Workbenchは、設計情報の登録という観点から設計プロセス空間を実装したシステムである。

 WAKE Browserに関して、その作成と実際の設計事例における設計情報の入力結果を元に、第2章で提案した拡張前のモデルが設計プロセス空間の実現についての有効性を論じる。入力された設計情報は、エンジニアリングヒストリベースの際と同様、設計報告書や担当設計者へのインタビューを元に筆者が作成したものである。まず、可視化された情報の中でも、リンク情報が重要な役割を果たしていることが考えられれる。これは、WAKE Browserの使用上の体感から、設計プロセスの追跡においてリンク情報が可視化されていることが設計プロセス空間におけるインタラクティブな操作において重要であったと考えられるからである。また、これらの可視化された情報は第2章で提案したモデルにおいて表現されていたものであり、このことから第2章で提案したモデルは、設計プロセスの追跡という観点からの設計プロセス空間の構築に、基本的な点において有効であったことが言える。

 WAKE Workbenchに関して、その作成と、WAKE Workbenchを用いた筆者による実験的な設計を元に、第2章で提案した拡張前のモデルが設計プロセス空間の実現についての有効性を論じる。WAKE Workbenchでは、プロダクト情報間の関係をインタラクティブに操作することと、それに伴うプロセス情報の登録が可能となっている。プロダクト情報間の関係とは、具体的には部品とアセンブリからなる全体部分関係及び、部品と挙動情報との対応関係であり、この実験においては前者の関係が量において大半を占めた。この全体部分関係は、第2章で提案したモデルにおいて表現されていたものである。このことから、第2章で提案したモデルは、設計プロセスの登録という観点からの設計プロセス空間の構築に、基本的な点において有効であったことが言える。

 第5章では、本論文の結論と展望を述べる。まず、結論としては以下のことを述べる。

 ・本研究で提案する設計情報モデルは、「妥当性」に関する情報に加えて「視点」に関する情報を扱えるものであった。

 ・説明の際には、「視点」に関する情報は、「妥当性」に関する情報と同様に提供されており、設計者の認識としては同様の重要性を持っていた。

 ・設計プロセス空間の有効性を仮定すると、設計プロセスの追跡という観点からの設計プロセス空間の構築に、本研究で提案する設計情報モデルが有効であった。

 ・設計プロセス空間の有効性を仮定すると、インタラクティブな設計情報の編集と登録という観点から、本研究で提案する設計情報モデルが有効であると期待できる。

 また、展望として次の3点を今後の課題として述べる。

 ・プロダクト情報の説明は、設計の正当性や完全性を保証するものではないので、その面からの支援

 ・設計プロセスの登録の観点からの、モデルの有効性のさらなる議論

 ・設計プロセス空間を用いることで、事例情報の蓄積が可能になるが、その分析による設計プロセス空間自体の有効性の評価

審査要旨

 本論文は「設計事例の説明と再利用のための設計情報モデル論」と題し、5章よりなる。

 本論文の基礎となる考え方は、設計においては過去の事例を参照することが重要であって、とくに、設計事例を有効的に再利用するためには、図面や材質などのいわゆる設計対象に関する情報(本論文ではこれをプロダクト情報と称している)だけでなく、設計対象の構造や形状が決定に至るまでの経緯や根拠に関する情報(本論文ではこれをプロセス情報と称している)が重要であるというものである。従来からも、プロセス情報の重要性は指摘されており、すでにいくつかの研究がなされている。しかしながら、現実の問題として設計事例の再利用が十分に行なわれていないということは、従来の研究において見落とされていた情報があるのではないだろうかというのが本研究の動機である。そして、本論文では、設計事例の再利用のためのプロセス情報を、設計の説明という観点から捉え直すという立場をとっている。ものごとを説明するということはなにを述べることかということは既に哲学の分野においても議論されてきている問題であり、過去の事象を参照しながら因果論的に説明する方法と、未来の事象を意識しながら目的論的に説明する方法に大別する考え方が一般的である。本論文では、因果論的説明と目的論的説明の観点から従来のプロセス情報の取り扱い方を分析し、その結果、従来の研究は主として目的論的な説明の枠組みに類別されることを明らかにしている。そして、因果論的な説明の観点からのプロセス情報の取り扱い方を検討し、両論を総合的に取り扱う設計情報モデルを提案することを試み、これを計算機上にシステムとして実現し、モデルの妥当性と発展性を検証している。

 第1章では、本論文の背景と目的が述べられている。以後の議論を厳密に行なうために、プロセス情報やプロダクト情報が定義されている。

 第2章は、設計プロセス情報を因果論的説明と目的論的説明からとらえ、具体的な設計情報モデルを提案する章となっている。従来の研究が主眼を置いてきた目的論的説明だけでなく、因果論的説明の観点からもプロセス情報を取り扱うというのが本論文の特徴であるが、本論文では、設計対象の形状の決定等の設計行為の因果論的説明の意味することを更に掘り下げ、視点という概念を持ち込んでいる。それは、過去の設計行為と現在の設計行為を因果的に関連づけるものは、客観的なものではなく、設計者の意図に類するいわば主観的なものであるということである。すなわち、ある過去の設計行為と現在の設計行為の因果的な関係を説明に用いたということは、その説明の段階において、特定の関係に注目したという事実、すなわち、視点を定めるということが行なわれていたということに注目する必要があるという指摘である。したがって、プロセス情報としては、どうしてその因果関係に注目したのかという視点を定めた理由も重要となる。本章では、このような考え方のもとに設計情報モデルが構築されている。

 第3章では、前章で提案された設計情報モデルの妥当性を検証するために構築された計算機システムについて論じられている。本システムは、設計者が過去の設計事例を再利用する場合を想定し、それに必要な情報を簡単に取得するための仕組みを実現している。そして、実際の設計事例を本システムに記述してみることで、本論文の提案するところの設計情報モデルの妥当性についての検証が試みられている。その結果によると、設計の行為がある視点のもとに因果的に説明されたものと、目的論的に説明されたものが、ほぼ同数であったとされている。このことによって、本論文の提案する設計情報モデルの適切性が示されている。

 第4章では、本論文で提案されている設計情報モデルを協同設計の支援へ応用することを考え、具体的な方法論を考察している。協同設計では、複数の設計者が互いの考え方を理解することが重要であるので、上述の設計情報モデルの応用可能性が期待できる。本章では、協同設計支援のための枠組みを、パートナーの考えを理解するための設計プロセスの追跡のフェーズと、自らの考えをシステムに登録するフェーズに大別してとらえ、各々について、設計情報のモデルを検討し、計算機システムとして実現してみることで、協同設計支援の可能性を議論している。その結果、いくつかの前提のもとではあるが、本論文で提案されている設計情報モデルが、協同設計の支援という観点からも発展性があることが示されている。

 第5章は結論と展望である。プロセス情報を設計行為の観点からとらえるという発想のもとに議論した結果、従来の目的論的説明の枠組みに加えて、ある視点のものに因果論的にとらえるという考え方が仮説として導かれた。その考え方をもとに、具体的な設計情報モデルを構築し、さらに計算機システムを作成して事例分析を行なった結果、本論文の提案する設計情報モデルの有効性を示すことができたと結論づけられている。また、本設計情報モデルは協同設計を支援するための枠組みとしても応用可能であり、実用面からも期待されることが述べられている。

 以上を要するに、本論文は設計事例を再利用するための設計情報モデルに関する研究を行ない、とくに設計行為の説明という観点からの考察を行なうことによって、設計の経緯や根拠に関するプロセス情報についての理解を格段に進めたものであり、さらにその考えを設計事例のデータベースや協同設計の支援システムに実現して、実用的なシステムへの応用可能性を確認したものである。本論文は工学理論ならびに応用分野に対し、顕著な貢献が認められる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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