本論文は、設計活動を支援するための情報モデルについて論じるものである。 設計においては多くの情報が参照され、また作成される。本研究では、このような、設計において参照され、また生成される情報を設計情報と呼ぶことにする。設計情報の例としては、資料や図面に記載される情報がある。これらは以後の設計事例においても有効利用できることも多いので、その再利用が望まれている。しかし、多くの研究が行なわれているにも関わらず、現状では十分な再利用は行なわれていない。その結果、同じような作業を繰り返すことや同じようなミスが再発するという無駄が生じている。本研究では、この点を問題として捉えている。 設計情報の代表的な例は資料や図面に記載される情報であるが、それは言い換えれば部品寸法などの製品の属性に関する情報である。これらの情報を再利用するためには、属性情報だけでなく、それらが決定された根拠や経緯も知る必要がある。そこで、この根拠や経緯に関する情報も、設計情報として扱うことが重要となる。本研究では、前者をプロダクト情報、後者をプロセス情報と呼び、共に設計情報として扱うことにする。このように区分すると、プロセス情報はプロダクト情報の説明のための情報であるという関係が成り立つ。 ところで、これまでにもプロダクト情報及びそれらを説明するプロセスに関する体系化やデータベース化は行なわれている。それにも関わらず、前述のようにプロダクト情報の十分な再利用は行なわれていない。この理由は、プロセス情報を扱う際に、これまで見逃されていた情報があったからと考えられる。そこで本研究では、この見逃されていた情報を捉えるために、説明とは何かという点から設計情報について考えている。 従来の説明の捉え方は、例えば設計根拠に関する研究で扱われてきたように、主として意志決定の枠組で捉えるものであった。これは、プロダクト情報の妥当性を示すことが説明となるという考え方である。しかし本研究では、説明とは何かということを実際の設計事例の説明を元に考え、その結果、設計者の「視点」に関する情報がこれに加えて重要となるとの仮説を立てた。これは、設計者が設計の際に何を重要と考えていたかを示すことがプロダクト情報の重要な説明となる考え方である。 本研究では、このように考えた上で、プロダクト情報の再利用のための設計情報モデルの提案をする。本研究で提案するモデルの特徴は、次の二点にある。 ・プロダクト情報とプロセス情報を統合的に扱っている点 ・プロダクト情報の「妥当性」と設計者の「視点」に関する情報を統一的に扱える形で設計情報をモデル化している点 本論文ではまず、上記の特徴を備えた設計情報モデルを提案する。次に、計算機システムの試作及び実際の設計事例の登録を通じて、説明という観点から本モデルの有効性を示す。 さらに、本モデルの応用の方法として、協同設計の支援の可能性について論じる。まず協同設計の支援として有効と考える概念として設計プロセス空間という考え方を提案する。そして、その有効性を前提として仮定した上で、本モデルが設計プロセス空間の構築に有効であることを、システムの試作と実際の設計事例の登録を通じて検証する。 以下、本論文の内容を章の順に概説する。 第1章では、研究の背景と研究の目的を述べる。本研究では、前述のように図面などの製品(プロダクト)の属性を表す情報をプロダクト情報と呼んでいる。このプロダクト情報を再利用するためには、そのプロダクトが設計された設計プロセスに関する情報(プロセス情報)が重要と考えている。これらの言葉の定義をこの章で行なう。 すなわち、設計においては、設計者はなんらかの経緯や根拠に基づいてプロダクト情報を決定していくが、この過程を本論文では「プロセス」と呼ぶ。また、このプロセスに関する情報を、プロダクト情報との対比で「プロセス情報」と呼ぶ。このプロセスは、決定した内容を記述して外在化する作業と、設計者の内面的な思考から構成されると考えて、以下、前者を行為(プロセス)、後者を思考プロセスと呼ぶことにする。 第2章では、プロセス情報をプロダクト情報の説明という観点から捉え、従来から扱われてきた意志決定型の枠組におけるプロセス情報だけではなく、次の二項目で示されるような枠組におけるプロセス情報の重要性を述べる。意志決定型の枠組は、設計の妥当性を述べるという考え方に基づく説明のためのものであり、ここで挙げる枠組は、設計者の視点を示すという考え方に基づく説明のためのものである。 ・ある行為(A)の説明として、過去の多くの行為の中から、特定の行為(B)を示すこと ・特定の行為(B)を示すことが行為(A)の説明になることの、理由を示すこと 続いて、これら二つの枠組に基づく説明のための情報を統合的に扱うための設計情報モデルを提案し、OMT技法に基づいて形式化した。このモデルの特徴は、前述のように、プロダクト情報とプロセス情報が統合的に扱えるという点と、プロセスユニットという枠組を用意することで設計の妥当性及び設計者の視点という二つの考え方に基づく情報を統合的に扱えるという点にある。 第3章では、第2章で提案したモデルを利用した設計情報管理システムであるエンジニアリングヒストリベースの製作と実際の設計事例における設計情報の入力結果を元に、本研究で提案するモデルの適切さについて論じる。 エンジニアリングヒストリベースとは、過去の設計事例を参考にしようとする場合に設計者が利用することを想定したシステムであり、図面などのプロダクト情報に関連して、その説明となるプロセス情報を得られることを目的としたものである。登録されたプロセス情報は、設計報告書や担当設計者へのインタビューを元に筆者が作成したものである。その内容を分析した結果、設計の妥当性を示すという考え方に基づく説明と設計者の視点を示すという考え方に基づく説明の量は、ほぼ同量であった。このことから、設計者の視点を示すという考え方に基づく説明がプロダクト情報の再利用に重要であるとの仮定が裏付けられたと言える。 第4章では、協同設計の支援という観点から、第2章で提案したモデルを拡張する。本研究では、協同設計の形態として非同期・アイデア集積型というものの重要性に着目しており、この形態の協同設計を支援することを考えている。非同期型とは、グループを構成するメンバーが設計をする時間がずれているという形態であり、アイデア集積型とは、一つのタスクを複数の設計者が担当し、設計者たちが対等な立場で協力しながら設計を進めるという形態である。 本章では、この支援のために設計プロセス空間という作業空間の概念を提案する。設計プロセス空間とは、前述した協同設計の形態において重要となる作業を、インタラクティブに実行することが可能な空間である。 本研究では、設計プロセス空間の有効性は前提として仮定する。そして、第2章で提案した設計情報モデルを拡張したものが、設計プロセス空間の構築に有効であることを示すことにする。そのために、本章ではインタラクティブ性の実現のために仮想三次元空間を用いて設計プロセス空間を構築することを考え、この仮想空間の中に設計プロセスを可視化する方法及び可視化された設計プロセスとのインタラクションの方法を提案し、そのためのモデルの拡張を行なう。 第4章では、第3章で拡張したモデルを用いた、2つのシステムについて述べる。これらは、それぞれWAKE Browser,WAKE Workbenchと呼ばれる。WAKE Browserは設計プロセスの追跡という観点から設計プロセス空間を実装したシステムであり、WAKE Workbenchは、設計情報の登録という観点から設計プロセス空間を実装したシステムである。 WAKE Browserに関して、その作成と実際の設計事例における設計情報の入力結果を元に、第2章で提案した拡張前のモデルが設計プロセス空間の実現についての有効性を論じる。入力された設計情報は、エンジニアリングヒストリベースの際と同様、設計報告書や担当設計者へのインタビューを元に筆者が作成したものである。まず、可視化された情報の中でも、リンク情報が重要な役割を果たしていることが考えられれる。これは、WAKE Browserの使用上の体感から、設計プロセスの追跡においてリンク情報が可視化されていることが設計プロセス空間におけるインタラクティブな操作において重要であったと考えられるからである。また、これらの可視化された情報は第2章で提案したモデルにおいて表現されていたものであり、このことから第2章で提案したモデルは、設計プロセスの追跡という観点からの設計プロセス空間の構築に、基本的な点において有効であったことが言える。 WAKE Workbenchに関して、その作成と、WAKE Workbenchを用いた筆者による実験的な設計を元に、第2章で提案した拡張前のモデルが設計プロセス空間の実現についての有効性を論じる。WAKE Workbenchでは、プロダクト情報間の関係をインタラクティブに操作することと、それに伴うプロセス情報の登録が可能となっている。プロダクト情報間の関係とは、具体的には部品とアセンブリからなる全体部分関係及び、部品と挙動情報との対応関係であり、この実験においては前者の関係が量において大半を占めた。この全体部分関係は、第2章で提案したモデルにおいて表現されていたものである。このことから、第2章で提案したモデルは、設計プロセスの登録という観点からの設計プロセス空間の構築に、基本的な点において有効であったことが言える。 第5章では、本論文の結論と展望を述べる。まず、結論としては以下のことを述べる。 ・本研究で提案する設計情報モデルは、「妥当性」に関する情報に加えて「視点」に関する情報を扱えるものであった。 ・説明の際には、「視点」に関する情報は、「妥当性」に関する情報と同様に提供されており、設計者の認識としては同様の重要性を持っていた。 ・設計プロセス空間の有効性を仮定すると、設計プロセスの追跡という観点からの設計プロセス空間の構築に、本研究で提案する設計情報モデルが有効であった。 ・設計プロセス空間の有効性を仮定すると、インタラクティブな設計情報の編集と登録という観点から、本研究で提案する設計情報モデルが有効であると期待できる。 また、展望として次の3点を今後の課題として述べる。 ・プロダクト情報の説明は、設計の正当性や完全性を保証するものではないので、その面からの支援 ・設計プロセスの登録の観点からの、モデルの有効性のさらなる議論 ・設計プロセス空間を用いることで、事例情報の蓄積が可能になるが、その分析による設計プロセス空間自体の有効性の評価 |