学位論文要旨



No 113076
著者(漢字) 平澤,誠一
著者(英字)
著者(カナ) ヒラサワ,マコト
標題(和) 交互スパッタ法によるナノ超微粒子分散薄膜作製プロセスに関する研究
標題(洋)
報告番号 113076
報告番号 甲13076
学位授与日 1998.01.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4022号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 中野,義昭
 大阪大学 助教授 江頭,靖幸
内容要旨

 ナノメーターオーダーのサイズを持つ超微粒子は、電子波の閉じ込めに伴う量子サイズ効果により、多くの有用な電気的、光学的な特性を持つことが期待されており、その光学材料への応用を目指して近年盛んな研究がなされている。ナノ超微粒子は、液相合成、固溶体からの再結晶法などの方法で作製されてきたが、これらの作製法は、粒径の自在な制御や微粒子中への不純物混入の防止が難しいといった問題点を抱えていた。成長速度の基板依存性(選択成長)を利用したMBE法による微粒子作製法は、超高真空プロセスであるために不純物混入の虞がなく、サイズ及び結晶性が均質な超微粒子が得られるという点において、大変優れたものであるが、特定の微粒子と基板の組み合わせにしか利用することができず応用範囲が極端に限定される上に、プロセスが複雑であり実用化に不向きであるなどの短所を有する。本論文では、マトリックス材料と微粒子原料の2つのターゲットを交互にスパッタすることによりナノ超微粒子分散薄膜を作製する手法(交互スパッタ法)を用いて、GaAs、並びに金の超微粒子が分散したSiO2薄膜を作製するとともに、これらの微粒子の成長機構に関する知見を得ることにより、交互スパッタ法を新しいナノ超微粒子作製法として提案する。

 本論文で提案する交互スパッタ法は、スパッタによる薄膜生成の極めて初期に起こるアイランド状成長をそのまま利用して超微粒子を作製するものである。基板上にマトリックス材料であるSiO2をスパッタした後、この上に微粒子原料となるターゲットをスパッタする。この際に、スパッタ種が連続膜を形成する以前にスパッタを中断し、さらにこの上にSiO2をスパッタすることにより、ナノ超微粒子が分散したSiO2薄膜を作製することを試みた。

 透過型電子顕微鏡(TEM)による観察の結果、交互スパツタ法によりナノ超微粒子の作製が可能であることが明らかとなった。超微粒子の粒径は、スパッタ時間の調節により制御することが可能であり、GaAsの場合で27から80Å程度まで、金の場合では、20から200Å程度まで変化させることができた。GaAs、金、いずれの場合にも、微粒子成長に伴う個数密度の低下、最隣接粒子間距離の増大が観察され、30Å程度の微粒子がSiO2表面上をマイグレーションし、これらの衝突・凝集により、より大きな粒子が生成していることが明らかとなった。GaAsと金の成長形態を比較すると、GaAsでは核発生密度が小さく、成長に伴う個数密度の減少が急峻で、表面被覆率が50%程度の時点ですべての粒子が結合し広いボイドを持ったネットワーク構造が形作られるのに対して、金の場合は、核発生密度が大きく、個数密度の減少もなだらかであり、密に微粒子の詰まった構造が得られる。これらの相違点は、SiO2上におけるGaAsの表面拡散係数が金の場合より大きいことに起因していると考えられ、スパッタ初期の微粒子成長機構が、基板上に到達した成長種、及び微粒子の表面マイグレーションによって支配されていることが示された。さらに、微粒子の表面マイグレーションが微粒子原料ターゲットのスパッタリング中にしか起こっていないという実験事実、並びに、装置の構造・構成上、基板に加速されたイオンや電子が衝突する可能性が低いことを考慮し、成長種が微粒子と結合する際に解放されるエネルギーが微粒子のマイグレーションを引き起こし、そのエネルギーが基板に吸収されるまでの極めて短い時間に微粒子が断続的に移動するという成長機構モデルが得られた。

 交互スパッタ法による微粒子作製でもう一つ興味深い点として、得られた微粒子が結晶であることが挙げられる。すべての実験は基板加熱なしで行われており、特にGaAsの場合には同一条件で作製したサブミクロン薄膜がアモルファスとなることが確認されているにも拘わらず、微粒子がバルクと同様な結晶構造を有していることは、SiO2上におけるGaAs超微粒子初期成長の特異性を示すものである。アモルファスSiO2上に結晶微粒子が成長した実験事実は、交互スパッタ法によって作製される微粒子の結晶化のために、MBE法などで基板に要求される特殊な格子間隔や面方位などの制限がないことを表しており、様々なマトリックスと微粒子の組み合わせに対して、本作製法が応用できる可能性が示唆された。

審査要旨

 本論文は「交互スパッタ法によるナノ超微粒子分散薄膜作製プロセスに関する研究」と題し、序章、終章を含め全8章からなっており、量子材料として用いられるナノメーター・オーダーの超微粒子を簡便に作製する新しいプロセスの開発を目指すものである。

 第1章は序章であり、本論文の背景並びに目的について述べている。数nmの粒径を有する超微粒子は、量子サイズ効果によりデルタ関数的な電子の状態密度を持ち、レーザーに応用した際の利得係数の増大や、増幅された光学非線形応答などの有用な物性が期待されており、重要な研究対象である。交互スパッタリングを用いたプロセスは、分子線エピタキシーなどの超微粒子作製法と比較して、マスキングやエッチング等の必要が無く、簡便な手順で超微粒子が得られる方法であり、また幅広い材料の組み合わせに適用できる可能性を持つものであることから、工学的にも重要な意義を持つものと考えられる。

 第2章では、交互スパッタリングを用いたナノ超微粒子作製法について具体的に述べている。このプロセスは、マトリックス材料である二酸化珪素と、微粒子の材料となるターゲットを交互にスパッタリングする際に、微粒子材料のスパッタリング時間を調節して成長を極初期のアイランド状成長の段階で止めることにより、二酸化珪素薄膜中に分散したナノ超微粒子を得る方法である。

 第3章では、交互スパッタ法により得られたナノ超微粒子分散薄膜の透過電子顕微鏡による観察について述べた。スパッタ時間の経過に伴って粒径の成長が認められることから、スパッタ時間の調節による粒径制御が可能であることが明らかとなった。また成長に伴って、粒子の個数密度の減少、最隣接粒子間距離の増大が見られることから、粒子が基板表面上をマイグレーションしながら、他の微粒子との合体を繰り返すという成長機構が示唆された。

 第4章は、基板へのDCバイアスの印加が、粒子成長に及ぼす影響について述べている。バイアスを印加しない場合のGaAs微粒子は、癒着によって細長い形状を有しており、これが粒径制御を妨げる要因となっているが、バイアスを印加することにより、微粒子の癒着が抑制され、粒径制御性が向上することが明らかとなった。

 第5章では、第3章を基に、スパッタリングによる超微粒子成長機構の検討を行った。マイグレーションが、成長種が成長表面上に飛来しているときにしが起こらないことを示す実験結果を踏まえ、微粒子のマイグレーションが、新しい化学結合が生成する際に解放される結合エネルギーによって引き起こされるというモデルを提唱した。1nmの半球状のGaAs粒子に新たに1つの原子が結合した際の温度上昇は500度にも及ぶと見積もられることから、結合エネルギーが十分にマイグレーションを誘起できることが示された。

 第6章では、これまでの成長モデルでは考慮されなかった、微粒子の表面マイグレーションを取り入れたモデルを用いて粒子成長のシミュレーションを行い、表面マイグレーションが成長形態に及ぼす影響を調べるとともに、第3章の結果との比較から、GaAs及び金の超微粒子の拡散係数の評価を行った。透過電子顕微鏡により観察された個数密度の減少は、表面拡散係数10-17[m2/s]の近傍でフィッティングされた。この値が、一般的に知られている表面拡散係数の領域の中に存在することから、1nmを超える微粒子がマイグレーションを起こすというモデルが妥当なものであることが示された。

 第7章では、交互スパッタにより得られたGaAs超微粒子の光吸収性について述べた。光吸収は粒径が小さくなるにつれて、量子サイズ効果による著しいブルーシフトを見せ、平均粒径2.7nmの微粒子では光学的バンドギャップが3.3eVにも及ぶことが明らかとなった。

 終章では、本論文のまとめを行い、今後の展開について述べた。

 以上、要するに本論文は、交互スパッタ法という新しい超微粒子成長法を開発するとともに、これまで見過ごされてきたスパッタリング初期の微粒子マイグレーションについて明らかにしたものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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