学位論文要旨



No 113080
著者(漢字) 青木,浩子
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,ヒロコ
標題(和) 証券取引の国際化にともなう各国証券開示規制の展開 : 米国・欧州連合・日本における開示規制と問題点
標題(洋)
報告番号 113080
報告番号 甲13080
学位授与日 1998.02.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第141号
研究科 法学政治学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江頭,憲治郎
 東京大学 教授 落合,誠一
 東京大学 教授 石黒,一憲
 東京大学 教授 岩原,紳作
 東京大学 教授 中里,実
内容要旨

 米国および米国証券取引規制の影響を受けたわが国を含む諸国では、内国会社についての会計情報開示政策は確立しており、これが根本的に変更される見込みは現在のところない。しかし証券取引の国際化に伴い、自国民が国外で証券が発行する場合や外国人が国内で証券を発行するといった場合が増えてきている。そのため各国規制機関は、内国会社が国内で証券を発行した場合(「純粋な国内発行のケース」とこれを呼ぶことにする)以外の場合にいかなる開示を要求すべきかという問題に直面している。わが国の規制機関もその例外ではない。

 本稿は、国際的な証券取引に際しての会計情報開示に関する基本政策の可能性を、比較法的手法を通じて考察するものである。比較法の対象としては、米国法と英国法とを対比する形で取り上げた。また英国に関連して、英国が属する欧州連合全体に関する情報も適宜取り上げた。さらに、同じ欧州連合加盟国ではあるが、英国と様々な点で異なるドイツの事情にも部分的に触れた。

 英米を対比する理由は、わが国規制の母法たる米国規制に加え、その対立例を参照することが不可欠と考えたことによる。例として英国を挙げたのは、証券に関する国際規範ないし原理として米国規制に対抗しうるものは英国規制しかないと考えたからである。しかし欧州連合指令やドイツの制度にもわが国制度の国際化に参考となる点はあるので、これらも米国以外の規制例として適宜参照した。

 序章では、まず「純粋な国内発行のケース」以外の場合の区分を行う。「純粋な国内発行のケース」以外の第一の場合として、自国会社が外国で証券を発行する場合がある。第二の場合として、外国証券が自国市場で発行されるないし流通する場合がある。これらをさらに「会計情報開示」という関心から限定すれば、第一の問題を「いかなる場合、オフショア発行証券にも開示規制が適用されるべきか」、また第二の問題を「自国市場で流通する外国証券に対していかなる内容の会計情報開示を要求すべきか」に絞ることができる。これらの問題について第一章、第二章に分けて比較法的考察を行う。序章の後半では、わが国法規がこれらの問題についてどのように定めているかを簡単に述べる。なおわが国規制の実態の検討は第三章(結章)で行う。

 第一章では、本稿の第一の問題に関連して、オフショア取引に関する米国および英国の政策を考察する。米国は、1990年にオフショア発行証券の開示免除に関するレギュレーションSを制定した。制定の動機は、これも同年に制定された、機関投資家間私募を開示規制から免除するルール144Aと組み合わせ、同国国内に機関投資家により構成される国際的な証券市場を育成することにあった。このような規則制定の背景には、米国の開示規制が厳格であるため同国内に国際的な証券市場が発達しないという事情があった。そこでレギュレーションSは、米国外での発行は原則として開示規制の適用外であることを定め、またルール144Aは機関投資家間での転売取引はこれも開示規制の適用外であることを定め、もって米国外で発行された無開示証券の米国内機関投資家間市場での流通の促進を図ったのである。

 これらの新規則の導入は「機関投資家による、無開示証券の国際的な取引の促進」と「証券に開示を要求することによる一般投資家保護の実現」という二つの理想を両立することの難しさを明らかにした。すなわちレギュレーションSについては無開示証券が米国内に還流し、一般投資家に拡散するという問題が発生している。またルール144Aについては一般投資家との隔離にコストがかかり、利用が低調であるという問題がある。米国では右の二つの理想をいかに両立するかを模索中である。

 英国では、いわゆるユーロ債には取引所規則を含む英国法上の開示規制が原則として適用されない。ユーロ債市場の規制は基本的には自主規制機関に委ねられている。英国では発行市場参加者にはリスク判断能力があると前提されており、また現実にも発行参加者の保護の必要性はないようである。しかしユーロ債が公衆に拡散する場合には投資家保護を図る必要がある。この点につき、英国では、開示の程度の低い証券については、一般投資家に対する投資広告ないし勧誘を制限してきた。

 第一章での結論は、国際的な証券取引市場の発達を求めるのであれば、米国がそうであるように、「国際的な機関投資家間市場の育成」と「開示による一般投資家保護の実現」との両立という問題に取り組まねばならないということ、またその場合には英国ユーロ債市場の現状が参考となるということ、である。

 第二章では、本稿の第二の問題に関連して、外国証券が自国市場で発行される、ないし流通する場合に、いかなる開示が要求されるべきかについての政策および問題点を検討する。米国と欧州連合では正反対の政策を取っている。米国では、原則として外国会社に対して内国会社に対するのと可及的同等な会計情報開示を要求する(自国主義)。欧州連合では、会計情報開示基準および上場要件について最低基準を設け、これに従う加盟国会社の開示書類は自国会計基準と異なる基準に拠るものであっても承認する(相互主義)。英国では修正した相互主義を取り、国際的な会計基準に基づくものは受け入れるという方針を非加盟国会社について取っている。

 第二章での結論は、米国の自国主義の方法には欠陥があること、しかし欧州の相互主義の方法にも共通基準の設定に関連して問題があるということである。両方の主義を止揚するものとして、国際会計基準(IAS)を採用する方向が妥当である。また英国を含む欧州連合諸国のように外国発行体の開示書類の受入れを広く行う場合、開示以外の投資家保護の手段を講ずる必要がある。

 第三章(結章)では、まず証券の国際的取引に関するわが国規制の緩和の過程を、これまでの比較法的考察から得られた知識を参照しながら概観する。引き続き「純粋な国内発行のケース」以外の場合の開示のありかたにつき次のような試論を述べる。第一の試論は「機関投資家間取引については外国証券(国外発行の自国証券を含む)取引につき(開示規制を含め)規制緩和を進めるべきである。ただし一般投資家保護に欠けることのないよう、特にオフショア発行証券還流の問題に対処することをその前提とする」というものである。また第二の試論は「わが国開示規制に服する証券で日本国内で流動性のある流通市場が存することが見込まれるものについては一般投資家にも投資機会が提供されてよい。わが国開示規制に服していない外国証券については、その本国における市場を斟酌し、一定基準に達しないものは証券会社による勧誘の対象から外すべきである。いずれの場合についても一般投資家に対する外国証券投資リスクの説明をさらに充実する必要がある」というものである。

 右の二つの試論の理由は次のようなものである。経済活動の国際化に伴い外国証券投資の機会は増大する傾向にある。外国証券投資リスクの理解能力を持った機関投資家に対しては証券開示規制を及ぼすことは不必要であろう。しかし外国証券投資はそれに固有のリスクおよび対処の方法を十分に理解していない一般投資家には高い投資リスクをもたらす。外国証券投資に固有の投資リスクがあるというほか、わが国外国証券市場が不活発であるからである。したがって、機関投資家間での無開示の外国証券取引から一般投資家は隔離される必要があろう。一般投資家に外国証券投資の機会を開く場合には、右に挙げた問題の対策を講じる必要がある。外国証券投資固有のリスクの理解不足という問題については、一般投資家に対する外国証券説明書や目論見書の内容を工夫すること、また市場が不活発であるという点については、外国証券の上場ないし店頭登録要件を緩和すること、が対策として有効であろう。

 以上の二つの試論をわが国現状に適用した場合、第一の試論に関連して次のような問題がある。(1)現在の機関投資家基準に過不足はないか。(2)わが国機関投資家が開示規制の負担のない取引を行うにあたり障害はないか。(3)平成四年証券取引法改正により、海外発行証券還流の問題に対処するため、いわゆる条件付勧誘義務が課された。しかし、少額発行免除等を利用して国内一般投資家に無開示証券が拡散するようなことはないか。また政令で右の規制を免除している範囲は適当か。さらに右の義務は国際的な機関投資家間市場の発達を妨げるものではないか。

 また第二の試論に関連して次のような問題がある。(4)証券取引法上の外国会社開示制度の内容の再検討が必要である。わが国でも国際会計基準採用の具体的方法について議論を詰める必要がある。(5)公募外国証券のわが国内における流通市場は現在のところ極めて不活発である。証券の本国およびわが国における流動性の最低基準について考える必要がある。またわが国内流通市場を活発化するため上場基準の更なる緩和が考慮に値する。(6)外国証券内容説明書や目論見書を通じて、外国証券投資になじみの薄い一般投資家に対する外国証券投資リスクの説明の充実を図る必要がある。(以上)

審査要旨

 本論文は、証券取引の国際化が証券取引法上の「企業内容等の開示」制度につき生じさせる問題、すなわち、第一に、自国(内国)会社が外国(offshore market)で証券を公募する場合に自国の開示規制をどこまで及ぼすべきか(開示規制の適用を免除するならその根拠・要件いかん)、第二に、外国証券が国内で発行されまたは流通することにより国内の開示規制が課される場合、いかなる会計情報の開示が要求されるべきか(本国で要求されるもので足りるか等)の二点に関し、主に米国、付随的に米国と対照的な規制をする英国・欧州連合を比較法的な考察の対象としつつ、わが国の将来の制度の在り方を論じたものである。

 序章「問題の所在」においては、上記二点に関するわが国現行法とその問題点が指摘される。すなわち、第一の、日本の会社によるオフショア証券発行について、現行法は、日本の発行開示規制は直接には適用がないことを前提としつつ、オフショア発行証券が日本に「還流」する問題に対処するため、平成4年の証券取引法改正以後、原則として、当該証券の勧誘に際し買手である国内投資家に「一括転売」を約させることとした。しかし、現行法には、その規制の例外とされる証券が多い、オフショア発行証券の国内機関投資家市場への持ち込みが例外とされていない等の問題がある。より根本的な問題として、現行法には米国の規制をモデルとしたと見られる面があるが、基本的な政策理念を欠く模倣は危険でもあり、しかも米国において規制が成功しているともいいがたい。

 第二の、外国証券に関する開示書類の作成基準について、現行法は、外国発行者がその本国の開示書類を用いることに寛容であり、付随的に、勧誘等に関する証券業協会の自主規制が設けられている。しかし、今後、発展途上国等のよりリスクの高い外国証券が日本で流通する事態になれば、規制を再考する必要も生じよう。

 第一章「開示規制の適用のおよばない証券取引に関する問題」においては、米国におけるオフショア発行証券規制の現状とその問題点、および、英国におけるユーロ債市場規制の現状とその問題点が述べられる。

 まず米国については、同国の証券取引諸法の中心をなす1933年証券法および34年証券取引所法の文言からは、オフショア発行証券に対するその適用範囲は定め難いため、実際上、当該発行証券に対する米国の開示規制の適用範囲いかんは、SECの一般的規則制定権限に委ねられてきた。

 SECは、1964年に、米国発行者のユーロ債発行を主に念頭におき、次のようなリリースを発した。すなわち、証券公募が、米国内における、または米国民に対する売付けを合理的に予防しうる環境において外国人向けになされた場合、当該証券は海外で定着するものと推定され、米国法に基づく開示義務はない。また、当該推定が破れる場合がいくつか規定された。このリリースおよびその下でSECが発したノー・アクション・レターに合致する形で、実務は、「米国内における、または米国民に対する売付けを合理的に予防しうる環境」であったことを証明するための契約実務を発達させた。わが国にも影響を及ぼした「90日間の還流禁止(具体的には、公募後90日は証券を発行しない等)」、「転売制限の確認書徴求」等がその例である。しかし、1964年リリース下のオフショア証券発行には、発行者が外国人の場合とか債券でなくエクイティー証券の場合等がどう取り扱われるのか、米国の発行開示規制の適用は免除されたとしても未登録証券を米国人に転売できるのか等の不明確性が残されていた。

 SECは、1990年に、セーフ・ハーバー規則の形で、証券のオフショア取引の米国法に基づく開示免除に関する規則を制定した。これが、レギュレーションSおよびルール144Aである。この規則制定の目的は、オフショア証券に関する開示規制の明確化により、米国証券市場を外国発行者にとっても魅力的なものとし、かつ、米国機関投資家の投資活動を促進することであった。とくに注意すべき点は、ルール144Aは、従来わが国では単に機関投資家間の私募証券取引に関する規則とのみ認識されているが、実は、レギュレーションSと組み合わされて外国証券の米国内私募を促進することが期待されていることである。

 レギュレーションSによれば、次の要件を満たす証券発行には米国の発行開示規制は適用されない。第一に「オフショア取引」であること、すなわち、買付注文が発された時点で買主が米国外にいること、第二に「米国向け売出しでない」こと、すなわち、事実上の米国向宣伝行為等が行われていないこと、そして第三に、次の三つのカテゴリーのいずれかに該当すること。(1)「カテゴリー1」(同カテゴリーの要件を満たせば、証券が発行後即時に米国在住者に転売されても違法とならない)は、発行者が米国企業であれば「外国向け売出し」(米ドル建債券でない等)であること、発行者が外国企業であれば「米国市場の利害がない」(その企業の発行証券が米国証券市場で大量に取引等されていない)こと。(2)「カテゴリー2」(同カテゴリーの要件を満たす証券は、40日の転売制限期間経過前は米国在住者に対し申込み・売付けができない)は、発行者(米国発行者か外国発行者かを問わない)が米国法に基づく継続開示義務を負う者であるか、または、証券が外国発行者の債券であること(外国発行者の債券であれば、市場が事実上機関投資家により構成されると予想されるから)。(3)「カテゴリー3」は、上記(1)または(2)の要件を満たしえない証券の場合で、株式であれば、1年の転売制限期間経過前は米国在住者に対し申込み・売付けができず、かつ、申込み・売付けの際転売制限措置がとられること、債券であれば、40日の転売制限期間経過前は大券に表章されること、である。これら三つカテゴリーを分ける重要な概念は、「米国市場の利害がない」および「米国法に基づく継続開示義務」といえる。

 レギュレーションSは、米国機関投資家が私募等非開示の形で米国内で取得した証券をオフショア市場で転売するについても、従来より転売を容易化する形でセーフ・ハーバーを規定した。すなわち、前述の「オフショア取引」、「米国向け売出しでない」の二要件を満たし、かつ、40日の転売制限期間経過前は、売主は買主が米国在住者であることにつき善意であること、および、申込制限が課されていることを買主に告知することで足りる。

 ルール144Aは、機関投資家間の私募証券取引を米国の発行開示規制から免除するセーフ・ハーバー規則であり、米国内発行にも適用があるが、レギュレーションSと組み合わせ、オフショア取引関連で用いる形も重要である。たとえば、米国発行者が外国発行分はレギュレーションSに依拠し、国内発行分はルール144Aによる(並行利用型)とか、レギュレーションSに基づき外国で発行した証券を直ちにルール144Aを利用して米国機関投資家市場に持ち込む(延長利用型)等の利用である。

 このように米国では1990年にセーフ・ハーバー規則を整備したが、なお未解決の問題もいくつかある。第一は、オフショア発行に際し米国外市場で安定操作等市場操作が行われる場合に米国の流通市場規制がどこまで適用されるか(外国法上適法な市場操作を米国法は禁じていることが多い)である。第二は、米国以外の社債発行では無記名債券が発行される例が多いが、米国の租税法が登録債形式をとらず無記名債券が発行された場合を不利に取り扱うことが、米国人によるその取得を困難にしていることである。第三は、レギュレーションSに内在する問題点で、カテゴリー2・カテゴリー3の転売制限期間経過後は当該証券を米国在住者に対し無制限に申込み・売付けができるのか否かである。規則の文言上はそれが可能のように見えるが、同規則は、開示規制の脱法目的にオフショア発行を利用することを禁じているので、発行証券が外国に定着する合理的見込みのない形で発行されたものであれば、転売制限期間経過後の米国在住者への申込み・売付けも違法となりうる。ただ、当該違反の発見の困難性等から実際はSECの規制も強力でなく、違反に対する民事責任の追及も、売主しか訴えられない(発行者を訴えられない)等の理由から実効性が弱い。濫用が予想される類型(典型は株式。外国に市場がないのが通例だから)については、現行より長い転売制限期間を規定する等が必要であろう。

 次に、英国におけるユーロ債市場規制につき述べられる。ユーロ債とは、ある国の通貨(たとえば日本円)建ての債券がその国(日本)の外(正確には、その国の証券開示規制が及ばない状態)で発行されるものを指し、その発行市場としては、ロンドンが圧倒的に大きい。ロンドンがそうなった理由は、英国が米国に比しその種の証券に対する開示規制等の証券規制が緩かったこと、および、利子・配当の源泉徴収制度等の税制面で外国人投資家・外国人発行者に有利だったこと等があげられる。

 英国法によれば、「ユーロ証券」(引受け・売出しが最低2メンバー以上が登録事務所を外国に有するシンジケートによって行われ、かつ、発行が発行者の登録事務所のある国以外で相当規模で行われ、かつ、金融機関を通じてしか公募に応じられない証券をいう)が職業的投資家以外に対しては広告しない形で発行される場合には、1995年証券公募規制法にいう公募に該当せず、当該証券を上場しない限り同法に基づく開示規制を受けない。したがって、当該証券に関する開示は、国際発行市場協会(IPMA)の自主規制が中心である。

 ユーロ証券は、上場しない限り一般への広告は禁止されるが、英国1986年金融サービス法には、その他に、流通段階も含め、顧客側からの申込みがない限りブローカー側から一定の金融商品以外を一般投資家に勧誘することを違法とする規制(cold-callingの禁止)があり、こうした措置により、一般投資家はユーロ証券から隔離されている。

 以上のように、米国は、米国民が証券を取得する可能性があれば域外にもその開示規制を及ぼす政策をとり、機関投資家による取引をその例外とする政策は比較的最近に採用した。それに対し英国は、機関投資家の取引を開示規制から除外する政策を当初からとった。今日の英国の国際証券市場としての繁栄、米国のそれの未発達の一因はそこにあると見られる。

 第二章「開示書類の作成基準について」においては、外国発行者の証券につき開示規制が課される場合、どの国の会計基準に基づく財務諸表の作成が要求されるかの問題が述べられる。

 これに関する政策類型は3種類ある。第一の「自国主義」は、外国発行者に対しても自国発行者と同じ基準に基づく開示を要求するもので、先進国では、米国、カナダ、イタリーがとる。米国の場合、実務的には、外国発行者は、本国において本国会計基準に基づく開示を行った後に、当該財務諸表を米国基準に調整する(米国基準と重要な差異がある項目につき説明を加え、かつ、そこから生ずる数値の差異を注記する等)ことが要求される。こうした調整に対しては、それを要求することが外国発行者を米国証券市場から遠ざけているとの批判のほか、調整が果たして米国投資家の投資判断に役立っているのか疑問という批判もある。後者の批判との関係で、調整に基づく情報が証券価格に影響を与えたか否かに関する実証研究も多いが、「調整」情報の有用性を積極的に裏付ける実証研究結果は多くない。そしてSECは、1990年以後、調整の要求に関する規制緩和をいくつか行い、かつ、現在国際会計基準委員会(IASC)において作成作業中の国際会計基準(IAS)が一定水準を満たせば、外国発行者がそれによることを米国も認めることを示唆しており、こうした点から、米国の自国主義原則は崩壊が進行中と見られる。

 第二の「相互主義」は、本国の開示規制に服する外国発行者に対し自国法に基づく開示の全部または一部を免除するものである。自国主義の場合と異なり、本国との同時提出を要求することが可能である。英国の開示制度は、証券取引所による上場関連規制が中心的役割を果たしているが、その財務諸表規制は、英国発行者に対しても英国会計基準・米国会計基準・IASの三つの中からの選択を認め、外国発行者に対しては、欧州連合加盟国発行者についてはEC指令に基いて相互承認し、それ以外の発行者についても、投資家保護に足りると証券取引所が認めたものならば本国会計基準のものを受け入れるというものである。相互主義の下では各発行者の会計情報の「比較可能性」が害される、という問題については、英国の場合、ロンドン証券取引所が運営する外国株式市場(SEAQインターナショナル)の取引の活発さ(売買回転率の高さ)が価格の透明性を担保することにより、弊害を少なくしていると考えられる。なお、欧州連合の採用する相互主義・母国監督主義には、各国の規制が最小限にかたより、その結果過小規制になる等の問題点がある。

 第三の「世界基準主義」は、自国基準でなくても「国際的に認められた会計基準」に基づき作成された外国発行者の財務諸表なら受け入れるとするもので、「国際的に認められ会計基準」とは、IASCが作成作業中のIASまたは米国会計基準のいずれかを指すことが多い。IASは、各国の国内会計基準の統一化は断念し、外国市場に証券を上場等する場合の基準という形に自己の役割を絞ったこと、および、複数の方式の選択を認める項目の削減に成功しつつあることから、現在、世界基準となる期待が高まりつつある。しかし、各国内基準にはそれぞれ定めがあるはずの事項がIASには欠けていることがある、国内発行者にもIASの使用を認める計画のある国(ドイツ)では租税法との調整が難しい等、限界もある。

 日本は、これまで事実上相互主義をとってきたが、比較可能性に欠ける等の相互主義の限界を、英国のように取引を活発化させる形で補完してきたわけではなく、限られた優良銘柄しか受け入れてこなかったため問題が表面化しなかったに過ぎない。より国際化した場合の対処の方向として、英国型は、規制ではなく事実に基づく補完だけに、それを模倣することは難しい。そうであればIASの採用に進まざるを得ないであろうが、国内発行者にもIASの使用を認めようとする場合には、いかなる形で認めるか難しい問題がある。

 結章「日本における国際証券取引の現状と将来の課題」においては、第一章および第二章で取り扱われた二つの問題のそれぞれにつき、第一に、わが国における取引の発展の経緯および規制の沿革、第二に、今後の規制の在り方に関する著者の試論とその理由、第三に、今後のわが国の課題とされるべき問題点が述べられる。

 オフショア証券発行に関しては、日本企業のユーロ円債発行の沿革、ユーロ債の国内への還流の制限の緩和の経緯等を述べた後、国際証券取引の開示規制に関する試論として、著者は、当該取引に開示の適用を免除する理由は、端的に「投資家保護の必要性」に求められるべきであり、「属地主義」といった政策理念、あるいは「転売制限期間」といったテクニカルな要件に求められるべきでないとする。そして、(1)当該投資リスクを管理できる一部機関投資家のみから構成される市場には開示規制を免除し(これに関するわが国の現行規制の問題点として著者は、米国の場合と異なり、国内私募取引の適格の観点のみから機関投資家を定義し、オフショア取引の適格を考慮した機関投資家の細分化をしていない点を見直す必要があるという)、(2)当該機関投資家間取引から一般投資家を隔離する効果的手段を講ずるべきである(わが国の現行規制の問題点として著者は、現状ではオフショア証券が一般投資家間に流通する可能性があり、隔離手段は、米国・英国等の例を参考になお試行錯誤する必要があるという)とする。

 外国発行者がわが国で開示を行う場合の会計基準に関しては、外国発行者による円建サムライ債の発行、外国株式のわが国証券取引所への上場の沿革等を述べた後、著者は、開示基準、上場要件等を厳しくすると、米国のように無規制の外国証券市場が事実上成立する危険があるので、開示要件等を緩和してでも外国証券をわが国の開示規制の範囲内に置く方が投資家保護の上から賢明であるとする。そして、試論および今後のわが国の課題として、外国発行者にはIASによる開示を求めるべきであるが、しょせん会計基準による投資家保護には限界があり、しかしわが国で英国のように外国証券流通市場を活性化することも期待しがたいので、一般投資家にリスクを理解させるため、目論見書および外国証券内容説明書の記載を工夫することが重要であるという。

 以上が本論文の要旨である。

 次に、本論文の評価であるが、長所としては以下の点があげられる。

 第一に、本論文は、諸外国を含めまだ流動的な段階にあるため、事実をフォローすること自体が容易でなく、諸外国にもまだ学問的研究は乏しいテーマにつき、単に証券取引法上の問題にとどまらず、租税制度、経済的背景等を含め、事実および問題点を丹念にフォローした労作である。とりわけ、規制が複雑な米国法を着実にフォローし解説を加える点、および、自主規制が多い等の事情から調査が難しい英国の事情を可能な限り詳細に調査、解明した点は、高い評価に値しよう。

 第二に、わが国のみならず諸外国においても政策的な方向がまだはっきりしないテーマにつき、著者なりの政策論を展開し、わが国のあるべき方向を示そうとしている点である。わが国のこれまでの証券取引法の研究は、とかく技術的な解釈論・立法論に偏り、大きな政策的方向としては厳しい規制を敷く米国法に単に追随するタイプのものが少なくないところ、本論文は、英国等の行き方にも目を配り、かつ、規制は単に緩ければよいという楽観主義ではなく、そこに生ずる問題点の指摘およびそれを補完する条件の探求を行い、わが国で実現可能なことと不可能なことは区別する等、従来の一般的水準を超える証券取引法の政策論を展開していると評価できる。

 第三に、文章は全体的には平明で、取り扱うテーマの細かさ、複雑さのわりには、読みやすい論文となっている。

 しかし、本論文にも、短所とすべき点がないわけではない。

 第一に、本論文のテーマは、理論的には、一国の立法管轄権、国内法の域外適用といった国際公法、国際私法上の問題に係わるはずのものであるが、著者は、米国・英国等この問題につき重要な地位を占める諸国にはその方向からのアプローチが見られない、あるいは、実質的問題解決のためには属地主義等の政策理念に重きを置くべきでない等の理由から、その方向からの議論にさほど深く踏み込んでいない。その面の検討を一層掘り下げたならば、本論文にはより厚みが増したであろう。

 第二に、政策的な成功例として著者は英国を高く評価するが、英国が国際的証券取引に関し成功している理由として本論文が示す事項だけでは、説得力が弱い印象がある。また、事実の紹介の詳細さに比べると、著者の提示するわが国の政策論は、具体性の面で物足りない印象がある。もっとも、これらの点は、著者が、根拠の乏しいまま大胆な仮説を提示する等の行き方はとらず、終始禁欲的な姿勢で問題に取り組んでいることの反映として、逆に評価することもできよう。

 第三に、本論文には、記述上繰り返しと見られる部分がないではなく、あるいは、末尾の「アペンディックス」の部分の位置づけがわかりにくい等の構成上の問題がなくはない。

 しかし、これらの諸点は、先進的な領域の問題につき本格的な学問的分析を加えた、本論文の価値を大きく損なうものではない。本論文は、学界に多大の貢献をなすものと評価しうる。したがって、本論文は博士(法学)の学位にふさわしい内容と認められる。

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