学位論文要旨



No 113089
著者(漢字) 張,紀南
著者(英字)
著者(カナ) チャン,チィナン
標題(和) 産業技術指標による戦後期日本の産業発展構造の分析
標題(洋) Structural Analysis on the Industrial Development of Japan since 1950s Based on Industrial Technology Indicators
報告番号 113089
報告番号 甲13089
学位授与日 1998.03.02
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第134号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平澤,れい
 東京大学 教授 永野,三郎
 東京大学 教授 丹羽,清
 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 助教授 大勝,孝司
 政策研究大学院大学 教授 丹羽,冨士雄
内容要旨

 本論文は、産業技術の基本指標を用い、主として因子分析の方法により、特に生産力と開発力の対比に注目しつつ、日本の製造業における産業技術の発展構造を総合的に分析しようとするものである。

 本論文は、7章と2補章からなる。序論と先行研究の総括に続き、分析の枠組みと方法論の説明、3種の分析法による産業発展構造の分析、結果の検討、そして結論からなっている。補章は数量分析のために本研究において算出した数値データをまとめたものである。

 第1章は序論に相当し、本研究における問題意識を述べ、関連分野の先行研究をとりまとめ、日本の産業発展の経過を概観した。従来、産業発展論においては、経済性指標を主として用い産業発展段階の分析が行われてきたが、本研究においては、産業技術の発展段階を数量的に分析することにより、産業の発展過程を明確化しようとするところに特色がある。産業技術の視点による場合、生産力と技術開発力を区分することにより、発展構造の新たな側面に光を当てることが可能となる。

 第2章では、本論文における研究の枠組みと方法論について述べた。本研究で新たに設定した産業技術指標の枠組みは、インプット、アウトプット、パフォーマンス、およびポテンシャルの4つのカテゴリーと、経済的付加価値生産性に関わる経済性指標、物財の生産性に関わる生産指標、技術開発力に関わる技術開発指標、そして統合的経営力に関わる統合指標の4階層に区分して構造化しようとするものである。本研究においては、企業レベルにおけるこのような認識を基礎にして、産業および国レベルでの分析を行う。通常、産業の競争力は、産業の発展段階により、競争力の支配要因が低賃金労働力を主要因とする経済力から、設備投資に代表される生産力、そして技術開発力、さらには統合的経営力へと指標のカテゴリーと階層間を推移していくと考えられている。その際、生産力や技術開発力は、生産財や技術の移転によって代替可能である。本研究においては、特に生産力指標から開発力指標へと説明因子が推移する過程に注目し、産業レベルでこれらの支配要因の推移を分析し、産業の発展構造を明らかにするための産業技術指標群を設定した。そして、本章において最後に統計データからのそれら指標群の数値への算出方法と、因子分析を中心とする3種の数量分析法について述べた。

 第3章から5章は、数量分析の結果を述べたものである。

 第3章では各種指標のタイムトレンドを図形化して分析した。対象とした指標は、研究者数、技術者数、研究開発費、生産設備投資額、技術特許件数、製品出荷額、製品輸出入額、技術輸出入件数および技術輸出入額であり、前4指標は各年毎の変化量と総量の両者からなるため、合計16種類にわたる。多くの指標の数値は、統計数量そのものではなく推算や補正を行った結果のものである。また、各指標は、産業分野別に算出し1965年から92年までの28年間の変遷を分析の対象とした。研究開発人材に関しては、特に1925年以降の長期トレンドについて分析を行った。戦前戦後にわたる比較分析は、本研究によって初めて可能となった。また、関連諸統計間に存在する数量の異同に対し、計算方式、調査方法、定義および分類上の相違点などに配慮した検定を行い、信頼性の高いデータを算出した。

 第4章では、生産力と技術開発力を比較するための対となる指標毎に、産業分野別にその推移を分析した。技術者と研究者、設備投資額と研究開発費、製品出荷額と特許件数、製品輸出入額と技術輸出入額などの対となる指標を分析対象とし、次の3種類の比較により検討を行った。第1は、対指標それぞれに対し数値の最大値で規格化した相対値を年度毎にプロットする方法であり、第2は対指標を両軸とする平面に年度をパラメータとして数値の変遷をプロットする方法対指標それぞれに対し数値の最大値で規格化した相対値を年度毎にプロットする方法であり、第3は2種類の対指標それぞれの最大値を1に規格化し、第2の方法と同様の平面に重ねて示す方法である。また、比較の対象にした産業分野は、鉄鋼、輸送用機械、電機、化学、繊維の5産業分野である。対指標のうち製品輸入額と技術輸入額は、他の対指標と逆の関係にあり、単純な解釈が成立しないことを示した。また、鉄鋼、化学、繊維の各産業分野は、第2のプロットによりほぼ全ての対指標で生産力から開発力への支配要因の推移を読みとることができるが、輸送用機械と電機産業は明確ではない。

 第5章では、因子分析法により、5産業分野の発展構造の相対的比較を行った。16の指標を成分として、28年間にわたるデータ標本に基づいて解析を行った。解析は、指標セット、基準年、データの規格化や分散の補正の有無などに関して網羅的に行い、論理的モデルと整合的な構造を示す事例のうち、説明力の高いケースに従って産業分野毎の相対的発展構造を解釈した。解析の結果、電機産業を除いて、他は70年代に生産力因子のピークがあり、80年代に入ってから開発力因子の方にシフトしていることがわかった。電機産業は80年代に入ってから、むしろ生産力因子の支配要因が強くなる。さらに、因子分析結果による産業発展構造の検討を行った。全体としては生産力から開発力を主要な説明因子とするステージへの推移がみられ、その傾向は鉄鋼、化学、そして80年代後半に入ってからの輸送用機械において顕著にみられる。また、技術輸出額、製品輸出額、研究開発費、特許件数、技術者数などに典型的にみられる右肩上がりの指標を説明因子とする推移は、電機産業において最も顕著であり、次いで輸送用機械、化学、鉄鋼の順になっている。この説明因子に対しては、技術輸入、製品輸入、研究者増加数などの指標の寄与は小さい。また、このような発展構造の特色が、産業競争力の要因分析、産業政策の効果などを理解する上でも有効であることを示した。

 第6章は分析結果の検討を述べたものである。

 第6章では、産業分野別に3種類の分析結果の総合的な比較検討を行った。特に、因子分析によって判明した総合的な傾向の支配要因を、指標毎の分析結果と対比させて特定した。電機産業では、因子分析に現れる4年周期の生産力因子のピークが設備投資額のピークと一致し、シリコンサイクルの影響であることが判明した。このことから、電機産業の近年の傾向は資本集約的なものであり、日本の電機産業の発展構造を理解する上で重要な視点を与えている。さらに、本研究により、特許件数および製品輸出入額の産業別再分類集計が行われ、その変遷を考察することが可能となった。本研究においては単なるタイムトレンド法による産業発展構造の分析にとどまらず、対指標や因子分析法を導入することにより、それぞれの手法の特徴を生かした多面的な分析法を確立し、産業発展構造の研究に新たな視点を提示したと言えよう。

 第7章は、全体の結論を述べたものである。産業の高度化は、技術開発力を強化することによって図られるものと理解されるが、電機産業が相対的に資本集約的発展を遂げている点など、本研究の分析により加えられた新たな知見をまとめた。

 補章には、本研究で新たに算出した指標の数値を、数値データとしてまとめ、今後の研究発展のための便宜を図った。

審査要旨

 本論文は、産業技術の基本指標を用い、主として因子分析の方法により、特に生産力と研究開発力の対比に注目しつつ、日本の製造業における産業技術の発展構造を総合的に分析したものである。

 本論文は、7章と2補章からなる。

 第1章は序論に相当し、本研究における問題意識を述べ、関連分野の先行研究をとりまとめ、日本の産業発展の経過を概観している。従来、産業発展論においては、経済性指標を主として用い産業発展段階の分析が行われてきたが、本研究においては、産業技術の発展段階を数量的に分析することにより、産業の発展過程を科学技術の側面から明確にしようとするところに特色がある。産業技術の視点による場合、生産力と研究開発力を区分することにより、発展構造の新たな側面に光を当てることが可能となる。

 第2章では、本論文における研究の枠組みと方法論について述べている。本研究で新たに設定した産業技術指標の枠組みは、インプット、アウトプット、パフォーマンス、およびポテンシャルの4つのカテゴリーと、経済的付加価値生産性に関わる経済性指標、物財の生産性に関わる生産指標、研究開発力に関わる研究開発指標、そして総合的経営力に関わる統合指標の4階層に区分して構造化しようとしている。本研究においては、企業レベルにおけるこのような認識を基礎にして、産業および国レベルでの分析を行う。通常、産業の競争力は、産業の発展段階により、競争力の支配要因が低賃金労働力を主要因とする経済力から、設備投資に代表される生産力、そして研究開発力、さらには統合的経営力へと支配要因が推移していくと考えられている。その際、生産力や研究開発力は、生産財や技術の移転によって代替可能である。本研究においては、特に生産力指標から研究開発力指標へと説明因子が推移する過程に注目し、産業技術指標群を設定し、産業レベルでこれらの支配要因の推移を分析することにより、独自の視点から産業発展の構造を明らかにしようとしている。そして、最後に統計データからのそれら指標群の数値の算出方法と、因子分析を中心とする3種の数量分析法について述べている。

 第3章から第5章までは、数量分析の結果を述べたものである。

 第3章では各種指標のタイムトレンドを図形化して分析している。対象とした指標は、研究者数、技術者数、研究開発費、生産設備投資額、技術特許件数、製品出荷額、製品輸出入額、技術輸出入件数および技術輸出入額であり、前4指標は各年毎の変化量と総量の両者からなるため、合計16種類にわたる。多くの指標の数値は、統計数量そのものではなく、本研究において独自に集計したり推算や補正を行った結果のものである。また、各指標は、産業分野別に算出し1965年から92年までの28年間の変遷を分析の対象としている。研究開発人材に関しては、特に1925年以降の長期トレンドについて分析を行っている。戦前戦後にわたる産業間の数量的比較分析は、本研究によって初めて可能となったものである。また、関連諸統計間に存在する数量の異同に対し、計算方式、調査方法、定義および分類上の相違点などに配慮した検定を行い、信頼性の高いデータを算出している。

 第4章では、生産力と研究開発力を比較するための対となる指標毎に、産業分野別にその推移を分析している。技術者数と研究者数、設備投資額と研究開発費、製品出荷額と特許件数、製品輸出入額と技術輸出入額などの対となる指標を分析対象とし、次の3種類の比較により検討を行っている。第1は、対となる指標それぞれに対し、その最大値を1に規格化した相対値を年度毎にプロットする方法であり、第2は対となる指標を両軸とする平面に年度をパラメータとして数値の変遷をプロットする方法であり、第3は2種類の対指標それぞれの最大値を1に規格化し、第2の方法と同様の平面に重ねて示す方法である。また、比較の対象にした産業分野は、鉄鋼、輸送用機械、電機、化学、繊維の5産業分野である。鉄鋼、化学、繊維の各産業分野は、第2のプロットによりほぼ全ての対指標で生産力から研究開発力への支配要因の推移を読みとることができるが、輸送用機械と電機産業は明確ではない。

 第5章では、因子分析法により、5産業分野の発展構造の相対的比較を行っている。16の指標を成分として、28年間にわたるデータ標本に基づき、指標セット、基準年、データの規格化や分散の補正の有無などに関して網羅的に行い、理論的モデルと整合的な構造を示す事例のうち、説明力の高いケースに従って産業分野毎の相対的発展構造を解釈している。産業間のスケールの違いを考慮した解析の結果、電機産業を除いて、他は70年代に生産力因子のピークがあり、80年代に入るまえから研究開発力因子の方にシフトしていることが示されている。電機産業は80年代中頃まで、生産力因子の支配要因が強くなる。また、産業のスケールを各産業間で同一にとり、産業の特色を比較する立場からの解析を行った結果では、電機産業が他の4産業分野との対比において、90年代に入っても依然として生産力を相対的に強化する方向で推移していることが示されている。さらに、技術輸出額、製品輸出額、研究開発費、特許件数、技術者数などに典型的に見られる右肩上がりの指標を説明因子とする推移は、電機産業において最も顕著であり、次いで輸送用機械、化学、鉄鋼の順になっている。この説明因子に対しては、設備投資、技術輸入、製品輸入、研究者増加数などの指標の寄与は小さい。また、このような発展構造の特色が、産業競争力の要因分析、産業政策の効果などを理解する上にも有効であることを示している。

 第6章では、3種類の分析結果の総合的な比較検討を産業分野別に行っている。特に、因子分析によって判明した総合的な傾向の支配要因を、指標毎の分析結果と対比させて特定している。電機産業の近年の傾向は特に他の産業分野の動向に対比させると資本集約的な傾向が強く、日本の電機産業の発展の構造を理解する上で重要な視点を与えている。さらに、本研究により、技術者数、特許件数および製品輸出入額の産業別再分類集計が行われ、その変遷を考察することが可能となった。本研究においては単なるタイムトレンド法による産業発展構造の分析にとどまらず、対指標や因子分析法を導入することにより、それぞれの手法の特徴を生かした多面的な分析法を確立し、産業発展構造の研究に新たな視点を提示したと言えよう。

 第7章は、全体の結論について述べたものである。産業の高度化は、研究開発力を強化することによって図られるものと理解されるが、電機産業が相対的に資本集約的発展を遂げている点など、本研究の分析により加えられた新たな知見をまとめている。

 補章には、本研究で新たに算出した指標の数値を、数値データとしてまとめ、今後の研究発展のための便宜を図っている。

 本論文にまとめられた研究結果は、以上述べたように主として次の3点において評価できる。第1に、データ開発の独自性であり、従来我が国の統計資料に無かった年度毎、産業別データを既存の統計資料を基にしながらも再整理したり、補正・推算するなどして信頼性の高いデータを得たことである。技術者数、特許件数、製品輸出入額がそれである。第2に分析作業の包括性と綿密さである。各変量のタイムトレンドと、対構造をなす指標間の相関分析の他に、それらの結果を踏まえ、より総括的な多変量による因子分析を試みた。特に因子分析においては産業のスケールを考慮して比較するケースと、産業の特徴のみをとり出して比較するケースに分け、いずれも分析に意味のある全ての変量の組合せについて、また、後者のケースではさらに特徴をとり出すための基準年を、対象とした全ての年度に対してとり、分析を行っている。そのため分析結果の信頼性は極めて高いものとなっている。第3に、分析結果の独自性を挙げることができる。従来産業発展の構造分析においては経済性指標のみを用いた分析が多く、産業の高度化に伴い重要となってくる他の指標群をそれらに組み合わせて分析することが少なかった。本研究における独自性は、技術の役割を生産力の強化と製品や製造プロセスの高度化に関わる研究開発力に分けて分析を行った点にある。その結果、従来指摘されることがなかった日本の電機産業の生産力依存性の継続的状況や、鉄鋼、化学、輸送用機械産業の高度化過程が明らかにされた。

 このような独自データの開発と分析は、認識の革新を生み出すと共に、科学技術指標による分析に対しても今後多くの寄与が期待される。よって、審査委員会は、本論文を博士(学術)の学位論文に値するものと判定した。

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