学位論文要旨



No 113091
著者(漢字) 近藤,尚人
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,ナオト
標題(和) 動波モニター用レーザートランスデューサー装備ディスクタイプ共振型アンテナ
標題(洋) Disk-type resonant antenna with a laser transducer for monitoring gravitational waves
報告番号 113091
報告番号 甲13091
学位授与日 1998.03.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3319号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山本,智
 東京大学 教授 福本,正孝
 東京大学 教授 遠山,濶志
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 助教授 長谷川,修司
 東京大学 教授 河島,信樹
内容要旨

 本研究は、我々の銀河系内で起こる超新星爆発などの際に放出される重力波バーストを検出するための、常温で観測、連続稼動可能な共振型重力波検出器の開発を目的としている。重力波は一般相対性理論におけるEinstein方程式から導かれる時空の歪みの波動解で、超新星爆発や二重中性子星の合体といった天体の重力崩壊の際に放出されると考えられている。重力波は自由な二つの質点に対してはその固有距離を変化させ、物質に対しては潮汐力を及ぼすものと考えられているが、その効果はあまりにも小さいために、Taylorらによる連星中性子星の公転周期の観測から間接的に検証はされているものの、未だに直接検出することに成功していない。現在主要な重力波検出器には共振型及び自由質量型と呼ばれる二つのタイプが存在し、後者は近年のレーザー及びその関連技術の進歩により高い感度を得られることが期待され、長基線のFabry-Perot Michelson型のレーザー干渉計として、世界各地において大型の検出器の建設が進んでいる(米のLIGO計画は基線長4km、仏、伊のVIRGO計画は3km、日本のTAMA計画で300mをもつ)。これらのレーザー干渉計型検出器は2000年頃に第一段階の稼働態勢に入り、最終的に200Mpcの距離をカバーすることを目的として研究開発が進められている。

 一方、本研究において開発している共振型検出器は第1世代が開発されて以来、30年に及ぶ技術上の蓄積を持ち、その大きさも長さ数m、質量数トンという程度で、開発から観測態勢への移行が比較的容易であり、太陽系近傍の発生源からの重力波バースト等を検出できる可能性を持つ。この共振型検出器は重力波が通過した際、その潮汐力により共鳴弾性振動を起こすアンテナ弾性体と、その振動を検出する微少変位検出器(Transducer:TRD)から成り、アンテナには主にアルミ合金が使われ、アンテナの共振周波数と、期待される重力波バーストの周波数帯が一致するよう製作されている。現在、液体He温度に冷却された第2世代のものが稼働しており(Rome大、Louisiana州立大等)、He3希釈冷凍による100mK以下の温度での運転も試みられている。低温冷却はメンテナンスに手間がかかるが、主要な雑音源の一つであるアンテナの熱雑音の低下とその機械的なQ値の上昇による感度の向上をもたらしている。これらの共振型検出器の感度はTRDの雑音によっても決められ、TRDが高感度であればアンテナの熱雑音による雑音温度よりも低い有効温度をもつ雑音レベルの達成が可能となる。そこでレーザー干渉計の技術を用いた新しいTRDで高感度を実現できれば、常温においてメンテナンスフリーの共振型検出器を稼働させることができ、Fabry-Perot(FP)光共振器を用いたLaser Transducerの開発を進めた。光共振器はレーザ(光子)を用いるおかげで、被測定系(アンテナ)への反作用や信号変換時の損失が小さいという利点を持ち、原理的には低温検出器に匹敵する感度、重力波の歪み振幅としてfactor×10-19が期待される。本研究では開発したLaser Transducerをアンテナに装着、高感度及び安定稼働実現のための技術上の問題点を明らかにすることを目的としている。

 設計した光学デザインを図2に示す。光学系はTRDのFP共振器とレーザー発振周波数安定化のための周波数基準器のFP共振器からなる。FP TRDは共振器長が10mmと短く、一方のミラーはアンテナとともに振動するようアンテナ端に固定され、もう一方をそれとは独立に慣性空間に固定されるようLow-pass filterである振り子として吊られている。共振状態にあるFP共振器は共振器長の変化、つまり重力波が通過した際はアンテナの共鳴振動を高ゲインで出力し、常温で高感度をもつTRDとなる。また共振器長が短いとレーザーの周波数雑音が効きにくいという長所がある。TRDからの信号は観測時Lock-in検波し、計算機によって常時モニターを行なうことを目指している。TRDが十分に高感度であれば、共振型で検出可能な重力波が通過した際には、アンテナの熱雑音によるブラウン運動のGaussian分布からのずれが検出されるであろう。

 アンテナとなる弾性振動子は、光学系の設置しやすいDisk型、直径2m、厚さ20cm、Al合金5052製、重量1.7tとして製作し、真空タンク内の防振スタック上にディスク中心の不動点支持によって設置されている。Disk型はその面内振動に二つの重力波活性四重極モードを持ち、Disk円盤の四隅を切り落とすことでモードの縮退をとき、約1.2kHz(1195Hzと1186Hz)の共振周波数を得ている。防振スタックはアンテナの共振周波数では地面振動を1×10-21m/以下に抑えるよう設計されている。FP TRDは切り欠きのあるディスクの端に装着し、低い周波数のアンテナのモードを観測するという構成となっている。

 レーザーは周波数安定化端子付きのパワー50mWのNd:YAGレーザー(波長1064nm)で、電気光学変調素子により15MHzの位相変調をかけ、40mWを偏波面保存光ファイバーにより真空タンク内のTRDに人射、アンテナからの信号を取り出し、10mWを周波数基準器に入射させることでレーザー周波数の安定化を図っている。安定化用のFP共振器は共振器長300mm固定で、反射光の復調信号(その他の雑音を無視できればレーザーの周波数雑音)をレーザーにfeedbackすることで、FP共振器の共振状態を維持し、安定化を行う。周波数基準器であるFP共振器の共振器長の温度変化には、レーザー結晶の温度コントロールによって対応し(low freq.)、1.2kHz観測周波数でのレーザー周波数の安定化はLaser cavityをピエゾ素子で制御することで実現している(high freq.)。安定化用FP共振器のミラーは反射率99%、曲率半径500mmの直径20mm、厚さ10mmの球面鏡を使用し、Super-inverのパイプに固定されている。制御回路は1.2kHzにおいてレーザーの周波数雑音が0.1Hz/(これはTRDにおいて3×10-18m/の変位雑音となる)以下となる安定化ゲインをもつよう設計されている。TRDには反射率99.9%、曲率半径1000mm、直径20mm、厚さ10mm球面鏡を用い、ミラーの一方は、小さなアルミブロックに接着して、さらにそれをアンテナ端に接着し、もう一方をアンテナの上部円板からのばした梁より、アルミのマスに接着した二段振り子とし吊っている。FP共振器からの反射光の復調信号を制御回路を通してコイルと振り子のマスに接着された磁石からなるActuatorにfeedbackすることで、FP共振器の共振状態を維持している。

 まず共振周波数1Hzの単振り子によるプロトタイプTRDを製作し、アンテナ上で防振状況の確認もかねて、TRDとして動作が可能であることを確認した。次に微調用可動ステージと防振のためのFlexible supportとBlade springを組み込んだ2段振り子によるTRDを設計(中間マス:0.52kg、共振周波数1.76Hz、ミラー装着マス:0.46Kg、共振周波数1.5Hz、中間マスには磁石によるdampingをかけてある)、結果、Unity Gain Frequenecy 700Hzで安定動作が可能な制御システムを組み上げることができた。周波数安定化も、上記のように1.2kHzで0.1Hz/の安定度を得るシステムとして極めて安定に動作した。

 図1にこのLaser transducerの1.2kHz付近の変位換算雑音のspectrumを示す。感度は約2×10-17m/であり、これは約1×10-17の重力波振幅に対応している。この感度は重力波検出器として稼動させるにはまだ不十分で、もう一桁向上させる必要がある。感度を制限している雑音を評価したところ、レーザーshot noiseは約6×10-18m/、Photodetectorの雑音は約1×10-17m/と大きかった。両者はレーザー光とFP共振器のmatchingが70%と良くないことからきており、ミラーの劣化等が原因と考えられ、matchingを向上させれば、これらは大幅に改善される。100Hzから約4kHzにおいては、雑音源は特定できなかったが周波数に反比例するような雑音があり、電気系の雑音であると推測される。アンテナに装着したアルミブロックはその質量に応じた周波数約5.1kHzにQ値700の共振を持ち、Shot noise等が改善された場合、その共振の裾が感度を制限する可能性をもつ雑音源となっている。これは接着剤が柔らかいバネとして機能し、防振スタックの共振によるアンテナの低周波の揺れを受けて振動していると考えられるが、上記の雑音とともに、改善されなければならないものである。

 安定稼動のための問題点としては、唯一防振スタックの温度変化による収縮でアンテナ全体がわずかに傾斜し、FP共振器への入射ビームのアライメントがくるうことか判明したが、光軸調整用のアライメントミラーを計算機により制御することで対応でき、観測のための長期安定稼動のシステムを組み上げることができた。

 以上、Laser transducerとしての感度向上のため技術上の問題点を明らかにし、常温で安定稼動が可能なシステムを開発することができた。

図1:レーザートランスデユーサーの変位変位換算雑音図2:ディスクタイプ共振型アンテナとレーザートランスデューサーの光学系1:Nd:YAG Laser(50mW),2:Phase modulator,3:lsolator,4,12:/2,5,9,20:PBS,6,13,17:Mode matching lens,7:8:Alignment mirror,10,21:/4,11:Frequency stabilization cavity,14,16:Lens of Fiber coupler,15:Polarization maintaining single-mode fiber,18,19:Alignment mirror(Motorized),22:Double pendulum,23:FP TRD,24:Resonant antenna,25:Upper disk,26:lsolation stacks,PD1:Photodetector of Transducer,PD2:Photodetector for Frequency stabilization
審査要旨

 本論文は、天体からの重力波のモニターを目的として、レーザートランスデューサーを装備したディスクタイプ共振型アンテナの開発を行ったものである。論文は全体で8つの章からなっている。第1章のイントロダクションに続いて、第2章では重力波とその検出法を概括している。第3章では共振型重力波アンテナとトランスデューサーについてこれまでの研究状況をまとめている。これらの前置きのあと、第4章から第7章が本論文の主要部分で、ディスクタイプ共振型アンテナとレーザートランスデューサーの開発と評価が行われている。第8章はまとめである。

 これまでの共振型重力波アンテナはいずれも感度を高めるために液体ヘリウム温度以下まで冷却している。そのため、メンテナンス性に難があり、長期間の安定な運用は困難であった。重力波のイベントを捉えるためには、できるだけ長時間の観測を行うことが肝要である。本論文においては、このような視点から、ディスクタイプ共振型アンテナとレーザートランスデューサーを組み合わせて、常温において継続的に重力波のモニターができる装置の開発を行った。

 まず、ディスクタイプ共振型アンテナの設計、製作をおこない、宇宙線研究所に設置した。設計にあたっては重力波のモードを検討し、ディスクの形状を最適化した。また、ゴムとステンレスのブロックを重ね合わせたアイソレーションスタックにより、防震対策にも細心の注意を払った。全体は真空槽の中に納められており、外部の音や温度変化の影響がないように配慮されている。

 重力波によるアンテナの変形を捉えるトランスデューサーは、この装置の心臓部とも言える。本研究では、それにレーザー光を用いる方法を採用している。これは、他のトランスデューサーと比較して、ショット雑音限界まで雑音を下げられるメリットがあり、常温での運用に適している。本論文においては、このレーザートランスデューサーをディスクタイプ共振型アンテナに組み合わせる部分に大きな努力が払われている。レーザーの発振周波数を真空槽内に懸架された外部共振器にロックすることによって安定化し、周波数揺らぎによる雑音の低減を図った。その結果、最終的に2x10-17m/Hz1/2の感度を達成した。この感度は一般的に考えられている重力波のイベントを検出するにはまだ十分とは言えないが、室温でこの程度の感度まで達したことは、今後の展開を考える上で意義が大きい。また、このシステムは、数週間のスケールで安定に連続運用可能であることが実際に確かめられており、この点にも特長がある。

 このように、本論文はディスクタイプ共振型アンテナとレーザートランスデューサーを組み合わせることにより、重力波検出に向けた将来性の高いシステムを実現したものである。システムの設計および評価にあたっては、微弱な変位の検出限界に挑む物理学の基本精神が貫かれ、一定の条件の下でその限界を前進させたことは、博士論文として十分評価できる。また、本研究は、論文提出者が指導教官および研究協力者の助言の下、すべて自ら着想し実行したものであり、論文提出者は博士(理学)の学位を授けることができると認める。

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