本論文では、タバコ培養細胞を用いて過敏感細胞死の実験系を確立し、その系を用いて過敏感細胞死誘導機構を解析している。その結果、過敏感細胞死誘導にタンパク質リン酸化酵素やタンパク質分解酵素が関与している可能性を明らかにしている。 本論文は3章よりなり、第1章ではまず、エリシターとタバコ培養細胞を用いた過敏感細胞死の誘導機構解析のための実験系について述べている。過敏感細胞死は、過敏感反応においてみられる、植物細胞に備わった機構によっておきる死であると考えられている。過敏感細胞死は、病原体の拡散を防ぐ重要な防御反応であると考えられているが、植物と病原体との相互作用は複雑で生化学的分子生物学的解析が難しいこともあり、その機構は未だ明らかでない。著者は、より単純な実験系で過敏感細胞死を解析することが、その誘導機構の解析に有効であると考え、タバコのキサンチという品種に、特異的に過敏感反応を誘導することが知られているエリシター、糸状菌Trichoderma viride由来のキシラナーゼ(TvX)と、タバコキサンチ由来の培養細胞、XD6S細胞を用いて過敏感細胞死の実験系を確立している。 本論文以前には、培養細胞を用いて過敏感細胞死を誘導したという報告はなかった。著者は、XD6S細胞にTvXを作用させると、細胞形態の変化を伴う細胞死が数時間のうちに誘導され、さらに活性酸素の発生、酸性及び塩基性キチナーゼ遺伝子の発現誘導といった過敏感反応時に誘導されることが知られている防御反応が起きることを明らかにしている。また、TvXによって引き起こされる細胞死、活性酸素の生成、及びキチナーゼ遺伝子の発現が、細胞膜上のカルシウムチャンネル阻害剤であるGd3+によって抑制され、過去の過敏感細胞死の誘導に細胞外カルシウムイオンの細胞内への流入が重要であるという報告と矛盾しない。またタバコBright Yellow2由来の培養細胞、BY-2細胞がTvXに応答しないことから、XD6S細胞に対する細胞死誘導活性は単なる毒性によるものではないことを明らかにしている。よって、XD6S細胞に過敏感細胞死が誘導されていると考えられる。 第2章では、第1章で確立した過敏感細胞死誘導系を用いて過敏感細胞死の誘導機構、主にプロテインキナーゼの関与、について解析している。エリシターシグナル伝達において重要な役割を果たしていると考えられているp47プロテインキナーゼの応答を調べた結果、TvXによって持続的な活性化が誘導されることを明らかにしている。また、プロテインキナーゼの阻害剤であるstaurosporineは10Mの濃度において細胞死を阻害し、同時にp47プロテインキナーゼの活性化も阻害した。細胞死が1Mのstaurosporine、にょって促進されるときには、p47プロテインキナーゼは強く活性化されること、また、プロテインフォスファターゼ阻害剤は細胞死とp47プロテインキナーゼの持続的な活性化を誘導することを明らかにした。これらの結果から、細胞死誘導機構におけるp47プロテインキナーゼの役割を論じている。 第3章では、過敏感反応時に生成される活性酸素と過敏感細胞死誘導機構の関係について解析している。また、過敏感細胞死の誘導にプロテアーゼが関与する可能性を調べている。活性酸素は過敏感細胞死誘導のシグナルの1つであると示唆されている。そこで活性酸素の過敏感細胞死への関与について解析している。活性酸素のスカベンジャーであるNAC、またNADPHoxidaseの阻害剤であるDPI、そして過酸化水素の代謝酵素であるcatalaseは、TvXによって誘導される活性酸素の培地中への蓄積をコントロールレベルに押さえるが、細胞死を阻害しないことが明らかになった。培地中に蓄積する活性酸素は、NADPHoxidaseによって生成されていると考えられるため、DPIは活性酸素の発生そのものをコントロールレベルに押さえていると推定される。従って過敏感細胞死誘導に活性酸素が必要でない可能性が考えられた。また第2章において示したp47プロテインキナーゼの活性化には活性酸素は関与しないことが推測された。プロテインキナーゼカスケードなどの活性酸素を介さない細胞死誘導機構の存在が推測される。また、プロテアーゼの過敏感細胞死への関与を様々なプロテアーゼ阻害剤を使って調べ、セリンプロテアーゼが細胞死の誘導に関与している可能性を見出した。またプロテアーゼはp47プロテインキナーゼの活性化には関与しないことが推測された。これらの結果から過敏感細胞死の誘導機構について論じている。本研究の成果は、今後、過敏感細胞死誘導機構の解明に貢献すると考えられる。 なお本論文は、鈴木 馨、内宮博文、進士秀明との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |