学位論文要旨



No 113100
著者(漢字) 岡島,史佳
著者(英字)
著者(カナ) オカジマ,フミカ
標題(和) HIV感染者/エイズ患者の受入れに関連する要因
標題(洋)
報告番号 113100
報告番号 甲13100
学位授与日 1998.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1250号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅内,拓生
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 教授 郡司,篤晃
 東京大学 教授 栗田,廣
内容要旨 I.はじめに

 我が国のHIV(Human Immunodeficiency Virus)感染者とエイズ(Acquired Immunodeficiency Syndrome)患者(以下、合わせてHIV感染者/エイズ患者と省略)の約3分の1が東京都に集中しており、これらの感染者と患者に対しする社会医学的対応が緊急な課題になっている。すなわちHIV感染者/エイズ患者への受診機会を提供し、HIV感染の段階で二次感染を防止し発病を遅延させる一方、感染者の生活の質の向上と潜在化防止のためエイズに付随する偏見をなくすことが望まれる。本論文では第1に、1991年に都内の全病院を対象として実施した質問紙調査をもとに、HIV感染者/エイズ患者の診療体制の現状と病院の受入れ要因を、第2に、医師および看護婦の診療(または看護)意志に関連する要因を分析した。第3にエイズ教育とキャンペーンの前後での高校生のHIVとエイズに関する知識、およびエイズ患者との交友関係を継続する意志の変化と交友関係を継続する意志に関連する要因を分析した。以上より日本のHIV感染者/エイズ患者の社会的受入れに係わる要因について検討した。

II.対象と方法1.HIV感染者/エイズ患者の診療体制

 1991年8月に東京都内にある全749病院を対象とし、各院長宛にHIV感染者/エイズ患者の診療経験、感染者/患者の受入れ、検査、院内感染防止対策、および今後の診療体制に関する無記名式調査票を送付し回収した。このうち有効な回答の得られた457病院(61%)を解析の対象とした。解析対象の457病院をHIV感染者/エイズ患者の受入れの有無で2群に分け、この受入れにどの要因が関連していたかを2検定で検討した結果、有意差のあった9要因を説明変数とし、HIV感染者/エイズ患者の受入れを目的変数とする多重ロジスティック分析を行なった。

2.医師および看護婦の診療または看護意志

 1995年8月に都内某大学附属病院に所属する全医師および全看護婦を対象とし、HIV感染者/エイズ患者の診療経験、感染者/患者の診療または看護意志、研修、観血的事故、エイズに関する知識、ハイリスクグループに対する抵抗感および医療従事者としての責任感に関する無記名式調査票を配布し回収した。このうち有効な回答の得られた医師378人(47%)看護婦450人(82%)を解析の対象とした。解析対象者をHIV感染者/エイズ患者の診療(または看護)意志の有無で2群に分け、この受入れにどの要因が関連していたかを2検定で検討した結果、有意差のあった要因を説明変数とし、HIV感染者/エイズ患者の診療(または看護)意志を目的変数とする多重ロジスティック分析を行なった。

3.高校生がエイズ患者の友人と交友関係を継続する意志

 1989年と1992年の12月に東京都内の2つの公立高校の1-3年生の高校生(1989年では男子309人女子232人、1992年では男子272人女子245人)を対象とし、エイズ情報の入手経路、感染経路に関する知識、エイズ患者の友人との交友関係を継続する意志、HIV感染者/エイズ患者のプライバシーに対する配慮および自分自身の感染可能性に関する無記名式自記式質問紙調査を行った。1989年の有効回答率は98.6%,1992年の回答率は99.4%であった。本稿ではエイズ患者との噂のある級友(仮定)と今までどおり付き合うと回答した生徒をエイズ患者である友人との交友関係の継続意志がある生徒と見なした。両年次間および交友関係の継続意志の有無で各項目間の有意差を検討するために2検定とt検定を行った。交友関係継続意志に関連する因子を決定するため、目的変数を交友関係の継続意志とし、説明変数を性、学年および2検定で有意差のあった4項目として多重ロジスティック解析を行なった。

III.結果1.HIV感染者/エイズ患者の診療体制

 HIV感染者/エイズ患者を診療した経験のある病院は65病院(14%)であり、病床数が多い病院ほど有意に高率であった(2検定2×4分表、p<0.001)。HIV感染者/エイズ患者の受入れ体制が整っていると回答した病院は7%であった。27%が、HIV感染者/エイズ患者のプライバシー保護のための隣室に声が洩れない診療室を保有していた。東京都のカウンセラー派遣制度を知っている病院は26%であった。78%で外部委託を含み抗体検査の実施が可能であった。この割合は、病床数別で有意差が見られなかった(2検定,2X4分表,p>0.05,計画中を除く)。開設者別でも同様であった(p>0.05)。HIV感染防止の院内研修を行っている病院は20%であった。この割合は、B型肝炎等の院内感染予防対策委員会を設置している病院の方が、設置していない病院より有意に高かった(2検定,2X2分表、p<0.001、計画中および必要なしを除く)。今後のエイズ診療体制への要望は、公立、大学および専門病院にエイズ患者を受入れる体制を確立する要望が、個々の病院の整備より強かった。多重ロジスティック分析により、「HIV感染者/エイズ患者の受入れ」に対し、「感染者の診療経験があること」,「プライバシー保護のための診療室があること」、「内科が存在すること」および「カウンセラー派遣制度を知っていること」と有意な関連があったことが示された。

2.医師および看護婦の診療または看護意志

 24%の医師および看護婦がHIV感染者/エイズ患者の診療(または看護)経験があり、医師の71%,看護婦の75%が診療(または看護)意志があった。過去1年間に観血的事故を経験した医師は57%、看護婦は52%で、針刺し事故1回当りの感染確率を正しく認識していたのは医師の59%、看護婦の28%であった。診療および看護意志に共通して影響する要因は(1)医療従事者の精神的な負担をエイズ診療の問題点と認識すること、(2)感染に対する恐怖、(3)ハイリスクグループに対する抵抗感および(4)専門家としての責任感であった。このほか診療意志のみに、「医療費・検査費の回収」、「診療経験」が、看護意志のみに「医療事故後の感染不安」が関連した。

3.高校生がエイズ患者の友人と交友関係を継続する意志

 HIV/エイズ情報の入手経路について、学校の先生を挙げる生徒の割合は1989年より1992年の方が男女とも高かった。同様に友人、家族、保健所のパンフレット、雑誌、本は女子においてのみ有意に高かった。7項目のHIV感染経路の知識の正答数は1989年では6.16±0.98、1992年では6.72±0.57(平均±標準偏差)であった。エイズ患者である級友と交友関係を継続する意志をもつ生徒の数は1989年で53%であったのに対して1992年では85%であり、自分自身のHIV感染可能性を認識している生徒は1989年では31%であったが1992年では52%と有意差が認められた。エイズ患者の級友に対する交友関係の継続意志に関連する要因を多重ロジスティック分析で解析すると、両年次ともエイズ患者のプライバシー保護に対する配慮とHIV感染経路に関する正答数が有意な正の関連を示した。また、1992年はこの他に感染可能性の認識があることおよび女子であることが有意に正に関連した。

IV.考察1.HIV感染者/エイズ患者の診療体制

 HIV感染者/エイズ患者の受入れ体制の整備、HIV抗体検査の実施可能性、財政援助の希望の結果は病院の多くがHIV感染者/エイズ患者の診療に消極的であることを示していた。診療経験が診療意志と正の関連があるという結果はGerbelt(1991)らの研究結果と一致した。プライバシーが守られる診療室は患者の人権の保障および調査実施時ではエイズ以外の患者や病院周辺の住民に不安の回避にも繋がりHIV感染者/エイズ患者の受入れ促進となったと考えられた。エイズに対する特効薬のない現在カウンセラーの果す役割は大きくカウンセラーの派遣制度の周知は受入れ促進要因の1つとなると考えられた。

2.医師および看護婦の診療または看護意志

 本調査対象者の4分の1にHIV感染者/エイズ患者の診療経験があり、約7割に診療(または看護)意志があったため、診療(看護)方法、感染防止方法がわからないといった問題点を挙げる割合は少なかったが、約半数が告知、精神的サポート、患者のプライバシー保護を課題視していた。HIV感染者/エイズ患者の診療および看護意志に医療従事者の側の精神的負担が関連しており、患者のみならず医療従事者の精神的サポートの必要性が示唆された。診療および看護意志には先行研究と同様に「ハイリスクグループに対する抵抗感」および「専門家としての責任感」が関連した。これらの要因に対しては医療倫理教育の充実が求められる。診療および看護意志に「感染に対する恐怖」が関連した。感染予防教育を受けた看護婦ほど事故を誘発しにくい作業方法を採用していたことから、事故予防教育を充実させ恐怖を軽減する必要が示唆された。

3.高校生がエイズ患者の友人と交友関係を継続する意志

 1989年の高校生より1992年の高校生が様々な情報入手経路でHIV/エイズ関する情報を入手し、HIV感染経路に関する正確な知識を持ち、HIV感染者/エイズ患者との交友関係の継続意志をもつ割合が高かった。これらの差異は文部省による教育推進、マスコミを通じての報道の成果と推測された。HIV感染経路に関するより正確な知識はエイズ患者との交友関係継続意志と正に関連し、先行研究の結果と一致した。エイズ患者のプライバシーに対する配慮は両年次において交友関係継続意志と関連していた。これらの生徒はプライバシー配慮不足によるエイズ患者に対する人権侵害を知りプライバシーの重要性を認識していた可能性が考えられた。

V.結論

 HIV感染者/エイズ患者の受入れを促すためには(1)正しい知識および適切な情報を理解且つ普及させること、(2)感染者/患者の人権に配慮を払うよう働きかけること、および(3)チーム医療を目指すことが必要であると考えられた。

審査要旨

 本研究は日本のHIV感染者/エイズ患者を社会が受入れるための要因を明らかにするため、医療従事者および高校生に対して質問紙調査を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.1991年の都内の病院はHIV感染者/エイズ患者の診療に対して総じて積極的でなかった。多重ロジスティック分析の結果、病院の感染者/患者の受入れには、(1)感染者の診療経験があること、(2)プライバシー保護のための診療室があること、(3)内科が存在すること、および(4)エイズ専門相談員派遣制度を知っていることが関連した。

 2.1995年の都内のエイズ診療または看護経験率の比較的高い病院の医師および看護婦は、その7割に診療または看護に前向きに取り組む意志があった。HIV感染者/エイズ患者に対する診療意志および看護意志に共通して関連する要因は、(1)医師および看護婦の側の精神的な負担をエイズ診療の問題点と認識すること、(2)感染に対する恐怖をもつこと、(3)ハイリスクグループに対する抵抗感があることおよび(4)専門家としての責任感があることであった。

 3.1989年と1992年の都内の高校生に対する調査よりエイズ患者との交友関係を継続する意志は改善傾向が見られ、この傾向はHIVに関する学校教育やマスコミを通じたキャンペーン等によるものと推測された。エイズ患者との交友関係の継続意志には、(1)HIV感染経路に関する知識の正答数が多いこと、(2)エイズ患者のプライバシー保護に対する配慮があること、(3)性別が女性であること、および(4)感染可能性の認識があることが関連した。

 4.以上より、HIV感染者/エイズ患者の社会的受入れを促すためには(1)医療関係者を含む地域社会の人々にHIV/エイズに関する正しい知識および適切な情報を理解かつ普及させること、および(2)感染者/患者の人権に配慮を払うよう働きかけることが重要であると考えられた。また、(3)担当する医療従事者だけでなくカウンセラー(エイズ専門相談員)等を含むチーム医療を目指すことが個々の病院、医師、看護婦の精神的負担を減らすことになり医療サイドの受入れに良好な影響を及ぼすと考えられた。

 以上、本論文はこれまで日本では研究の少なかったHIV感染者/エイズ患者の受入れに係わる要因を包括的に検討した。本研究は感染者/患者の生活の質の向上と潜在化防止に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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