[緒言] 関節軟骨の障害は、整形外科疾患のなかでも頻度の高く、患者にとっての障害も質的に高度な病態で、軟骨骨折や骨軟骨骨折などの外傷、慢性関節リウマチや離断性骨軟骨炎などの炎症、加齢による変性、外傷や骨壊死による二次性の変性、関節近傍の腫瘍、各種の代謝障害など多種多様な病態がある。しかし、関節軟骨は無血管の組織であり、その修復能は極めて低く、高度に破壊された関節軟骨の治療は、現在もなお未解決の課題ある。関節の高度の変形に対し人工関節置換術が用いられることが多いが、磨耗、緩み、感染などの合併が見られ再置換術を余儀なくされる場合がある。一方、損傷軟骨を生物学的に修復する治療として、軟骨細胞、骨膜、軟骨膜、骨軟骨片などの移植が試みられているが、いまだ治療法として確立していない。関節軟骨を生物学的に修復するには、修復に関与する因子を明らかにしなければならない。特に、関節における力学的環境が軟骨修復におよぼす影響については不明な点が多い。本研究は、関節を持続的に免荷し、しかも運動が可能な装置を作製し、関節の持続免荷が関節荷重部の軟骨修復に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。 [方法] 実験動物として体重2800-4050gの日本白色家兎雄54羽を用いた。持続免荷装置は膝関節をはさみ大腿骨と下腿骨をそれぞれ貫通する2本の鋼線と、この鋼線を軸とする内外側各2個の軸受け部、およびこれらを連結する内外側各1本の連結子からなる。2個の軸受け部の間隔を調整することにより鋼線に連結した大腿および下腿の位置を管理することができ、しかも膝関節の屈伸運動が可能であった。手術手技は、家兎を全身麻酔下に、右大腿骨内外顆それぞれの荷重部に電動ドリルで径3mm、深さ3mmの軟骨下骨を貫く軟骨欠損を作製した。径2.5mmの鋼線を大腿骨顆上部と脛骨顆部に平行に刺入し免荷装置を装着し、鋼線間距離を2.5mm拡げた。免荷+固定群では大腿骨および脛骨骨幹部にそれぞれ径1.6mmの鋼線を刺入し、膝関節を屈曲100度でレジン創外固定法により固定した。術後は、ケージ内で自由に飼育した。実験群は、1)免荷+運動群:免荷装置を取り付け関節を免荷し、膝関節運動が可能な群、2)免荷+固定群:免荷装置を取り付け関節を免荷し、膝関節を固定した群、3)放置群:免荷装置を付けず固定もしない群、とし、各群18羽でそれぞれ2、4、8週で屠殺した。8週群では4週時に装置を抜去し、その後4週放置した。結果が得られたのは免荷+運動群18羽36欠損、免荷+固定群17羽32欠損、放置群18羽35欠損であった。評価方法は、臨床所見、肉眼所見および組織学的所見で、摘出した大腿骨顆部を中央矢状面で縦割しホルマリン固定、蟻酸で脱灰し、欠損孔作成部中央を通る矢状面で厚さ4mに薄切し、ヘマトキシリン・エオジンとサフラニンOファストグリーン(以下、サフラニンO)で染色した。さらに、組織標本上の欠損作成部の領域を占める修復組織の量と残存する欠損の量を、1)未分化組織、2)軟骨組織、3)骨組織、4)線維組織、5)欠損部の5領域に分け、各組織の面積を画像解析装置により計測した。また、8週での修復組織のうち関節面側の表層部分のサフラニンO染色性を、1)正常、2)軽度低下、3)高度低下、に3分類した。 [結果] 1.臨床所見 免荷+運動群では術翌日まで軽度の跛行があったが、術後2ないし3日目に消失した。装置抜去時、軽度の伸展制限が見られたが、8週時には消失した。免荷+固定群では、術後跛行が見られ、装置抜去時の膝関節可動域は大きく制限された。この制限は、その後8週時に改善傾向を示したが残存した。放置群では術後の跛行は軽度で、術翌日から正常に荷重し、関節拘縮はなかった。 2.肉眼所見 2週ではいずれの群も陥凹が明瞭で、赤褐色の修復組織が見られた。陥凹に隣接する軟骨は光沢があり正常であった。4週では、免荷+運動群と免荷+固定群では陥凹が少なくなるが隣接軟骨と同じレベルにはならなかった。放置群では他の群に比し陥凹が著明であった。8週では免荷+運動群では表面が平坦平滑で陥凹がなく、隣接軟骨との境界は不鮮明であった。修復組織は乳白色で光沢がみられ軟骨様であった。隣接軟骨の変性はなかった。免荷+固定群でも陥凹は見られないが、修復組織は白色で光沢を欠いた。隣接軟骨にも変性が見られた。放置群では陥凹が著明で内部は不整で、隣接軟骨の変性もあった。 3.組織所見 2週ではいずれの群も、欠損作成部の陥凹は明瞭で、欠損と交通する骨髄腔からの未分化間葉系細胞の侵入により、修復組織の多くは未分化組織で占められたが、深層ではすでに骨および骨髄腔の形成が見られた。4週では免荷+運動群および免荷+固定群では、陥凹の程度は減少し、放置群では、2週と同程度の陥凹を呈した。修復組織はいずれの群も未分化組織が深層から表層に向かい骨組織へ分化し未分化組織は深さを減少し、骨および骨髄の領域が増加した。8週では、免荷+運動群では、表面は平坦、平滑で隣接の関節面とほぼ同一レベルであった。修復組織の表層は軟骨で、その半数はサフラニンO染色性に富み硝子軟骨に類似した組織、残る半数はサフラニンOがやや減少し線維軟骨様組織であった。免荷+固定群では陥凹が見られなかったが、サフラニンO染色性が低下したものが多く、表層の主要な組織は線維組織であった。隣接軟骨では変性所見が見られた。放置群ではほとんどが陥凹を示し、基質染色性は不良で表層の主要な修復組織は線維組織であり、隣接軟骨の変性所見が見られた。修復組織面積の計測でも組織所見と同様の傾向で、4週、8週時放置群で有意に欠損が大きく、8週時では免荷+運動群が免荷+固定群より有意に軟骨組織が多く、免荷+固定群および放置群より有意に繊維組織が少なかった。基質染色性では、免荷+運動群では12欠損中5欠損(42%)が正常、7欠損(58%)が軽度低下で高度低下はなかった。免荷+固定群では8欠損中正常0欠損(0%)、軽度低下4欠損(40%)、高度低下6欠損(60%)であった。放置群では11欠損中正常1欠損(9%)、軽度低下1欠損(9%)、高度低下9欠損(82%)であった。統計学的には免荷+運動群が免荷+固定群、放置群に比して有意に染色性が高かった。 [考按] 関節の力学的環境が軟骨修復に及ぼす影響を知るためには、関節運動を管理することが必要である。これまでに家兎をキャンバスに吊り下げ、膝を連続的他動的に運動させ運動の回数を管理する装置はあったが、装置が大型で家兎の活動を著しく制限し、膝の運動の範囲、関節面の接触状態や荷重量も管理することはできなかった。本研究では、小型で装着したままケージ内で飼育でき関節面を免荷する装置として、前述の免荷装置を考案作製した。臨床所見より、関節固定は可動域制限をもたらしたが、この装置は家兎の膝関節機能に大きな影響は与えなかった。 肉眼所見および組織学的所見より、関節軟骨に軟骨下骨を貫く欠損を作成すると、骨髄腔からの未分化間葉系細胞の侵入により、いずれの群においても欠損部ははじめ未分化組織で占められが、関節表面にはいまだ大きな欠損が残存した。4週では放置群で欠損が大きいのに対し免荷群では欠損が縮小した。未分化組織の面積は減少し逆に骨および骨髄の面積が増加した。免荷+固定群では線維組織が見られた。8週では放置群は大きな陥凹が残り表面は線維組織であるの対し、免荷+運動群、免荷+固定群では陥凹が少なかった。このことから、荷重部に作製した関節軟骨の損傷は、荷重を許すと修復組織表面が本来の関節表面に対し陥凹するのに対し、免荷はそのような陥凹が生じにくく、荷重は修復表面の形状を決定する因子であると考えられた。また、免荷+固定群は修復組織に線維組織が多く、免荷+運動群では修復組織に軟骨組織が多いことから、関節運動は修復組織を軟骨に誘導する重要な因子と考えられた。したがって、免荷と運動の観点から関節運動の可能な持続免荷は、軟骨修復に有利であると考えられた。このことは、臨床的に、Itoらがおこなった、distraction arthroplastyの良好な術後成績を裏付けるものである。 本研究の結果から、関節の運動と荷重の管理により修復の困難な関節荷重部でも短期的には軟骨による修復が可能なことが示された。このことは高度な関節軟骨の破壊に対し、生物学的修復の新たな治療法を示唆するものである。 [結論] 成熟家兎を用いて大腿骨顆部荷重部に軟骨下骨を貫く軟骨深層損傷を作製し、術後関節運動の可能な持続免荷装置を装着し、2週、4週、8週後に屠殺し、臨床的、肉眼的、組織学的に観察し以下の結果を得た。 1.関節運動可能な持続免荷装置を4週間装着した場合、家兎の膝関節機能に大きな影響は与えないが、4週間の関節固定は可動域制限をもたらした。 2.軟骨欠損の修復は、2週では未分化組織と骨で修復され、4週では未分化組織が減少し骨組織が増加した。8週では未分化組織は骨、軟骨あるいは線維組織に分化し修復された。 3.免荷+運動群および免荷+固定群は、放置群より欠損部の面積が有意に少なく、関節の荷重は修復表面の形状を規定する因子の一つで、免荷は修復に有利であった。 4.免荷+運動群は、免荷+固定群および放置群より修復組織表層の組織が硝子軟骨に類似したものが多く、関節運動の可能な持続免荷は、形態的にも質的にも修復組織に有利であった。 5.修復が困難とされる関節荷重部の軟骨も関節運動を管理することにより軟骨様組織での修復が可能であると考えられた。 |