学位論文要旨



No 113103
著者(漢字) 福田,敬
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,タカシ
標題(和) 臨床検査センターの規模の経済性に関する研究 : 生化学検査処理の費用と時間を中心として
標題(洋)
報告番号 113103
報告番号 甲13103
学位授与日 1998.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1253号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒記,俊一
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 杉下,知子
 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 助教授 橋本,修二
内容要旨 1.緒言

 医療機関においてバックヤード業務の外部委託がすすんでいる。検体検査処理における外部委託の理由として、検体を集約して処理する方が効率的であることが考えられる。特に大型検査機器を用いるような検査では、規模の経済性が働き、大規模の検査センターで処理を行う方が効率的である可能性がある。しかし、検体検査処理の効率性を考える際には、その処理費用だけでなく、処理時間の問題も重要である。検査を外部で行う際には、検体の輸送が必要となり、報告を得るまでにより長い時間が必要となる。検査結果を早く知ることは診療を行う上で重要であるため、規模の拡大には限りがある可能性も考えられる。そこで、本研究では、臨床検査センターにおける規模の経済性を生化学検査処理を中心として費用と時間との関連から検討することを目的とし、1)検査センターにおける生化学検査処理を中心とする検査費用の分析、2)検体検査処理のターンアラウンドタイムの分析、3)検体集荷の費用および時間と集荷エリアの規模の分析を行った。

2.方法1)検査センターにおける生化学検査処理を中心とする検査費用の分析

 衛生検査所協会の原価算定アンケート調査に回答のあった検査所のうち、生化学検査を実施しており、検査外注率が30%未満の49検査所のデータに基づき、分析を行った。分析に用いた主な変数は、検査種類別の検査数、職員数、費用等である。分析では、生産関数および費用関数を用いて規模の経済性を検討した。

 生産関数としては、総検査数および生化学検査数を産出とし、職員数および自動分析機台数を投入として、検討した。関数型としては一般的なコブダグラス型を用いている。これはパラメータの設定が少なく、推定が容易であり、規模の経済性についてのおおまかな検討を行うことができる。

 

 次に、費用関数を用いる分析を行ったが、費用に関しては原価算定調査において記入されているケースが少ないため、職員数および検査機台数をもとに推計を行った。この推計された費用と産出である検査数との関連を考えることにより、平均費用からみた最適規模を検討した。費用関数としては、費用の分布をみた上で、データ数の制約などから3次関数を用い、データは対数変換して用いた。

 

 

2)検体検査処理のターンアラウンドタイムの分析

 検体検査処理においては、その費用だけでなく結果が得られるまでの時間、いわゆるターンアラウンドタイムが重要であるため、その希望時間と実際の処理時間を以下の2種類の調査によって調べた。

 (1)病院検査部に対して現状での検体検査処理時間を緊急・通常検査別、院内・院外処理別に調査する。

 (2)検査部に対して調査した病院の医師に対して、診療に影響がない検査処理の時間を緊急・通常検査別に調査する。

 検体検査処理時間の定義については、今回の調査では医師に処理時間の希望を尋ねるため、医師による検体検査のオーダーが出されてから、検体検査の結果を医師が確認するまでとした。

 調査に際しては、全検査項目について尋ねるのは非常に困難であるため、検査の種類、主な疾患への対応、緊急・通常のどちらのオーダーもある、などの点を考慮し、(1)白血球数、(2)血清カリウム、(3)血糖、(4)GOT、(5)クレアチンキナーゼ、(6)甲状腺刺激ホルモン、(7)Hbs抗原の7項目の検査を取り上げて、検査部、医師の双方に回答してもらった。

 調査対象は、「病院医療の質に関する研究会」の会員である65病院である。検査部に対する調査票は、各病院に1部ずつ郵送し、検査部責任者に記入を依頼し、郵送で回収した。医師に対する調査票は、各病院の内科・外科・小児科系の診療科数を数え、各科1名ずつを目安として診療科数分の調査票を院長宛に送り、配布を依頼した。回収は郵送により、個々の医師から直接送ってもらうようにした。医師に対する尋ね方は、「緊急を要する患者およびそうでない患者について、各検査のターンアラウンドタイムが何分以内ならば診療に影響がないか」とした。これは、単に医師の希望を尋ねると、少しでも短い方がよいという結果になると考え、診療に影響のない最大時間を調査するためである。

3)検体集荷の費用および時間と集荷エリアの規模の分析(1)検体の輸送に関する調査

 検査センターにおける検体の輸送方法を調べるために、「検体の輸送に関する調査」を行った。対象は衛生検査所協会に登録する検査センターのうち200社で、検査センター全体の検体数および検体輸送のための手段、コース数、1コース当たりの検体数、医療施設数、報告までに要する時間等を調査した。

(2)検体の輸送のモデル化

 調査結果をもとに、検体輸送のためのコース数およびエリアの広さを、以下の式で設定した。エリアは検査センターを中心とする円形を仮定し、自動車での輸送とした。、調査結果からエリア半径は、医療機関の密度から算出し、コース数を、エリア半径、医療機関の密度、1医療機関あたり検体数、移動速度、1日の輸送時間で回帰し、その関連を調べた。

 コース数はすべての変数が正であるという条件から最大数を設定し、コースが最大に達した場合には、営業所を1つ開設するようにした。営業所の集荷エリアは、検査センターの集荷エリアと接するようにしたが、営業所からは検体をまとめて検査センターヘ輸送する必要があるため、営業所での集荷は1日の輸送時間の制約を短くした。

 1医療機関あたりの検体数、移動の制約時間、輸送1kmあたりの経費、検体チェックに要する時間、医療機関密度の各パラメータを調査結果から設定し、エリアの規模と集荷検体数、移動距離、輸送費用の推計を行った。費用については、検体輸送を担当する職員の人件費、車両の減価償却費、ガソリン代をコース数および総移動距離に応じて算出した。

 このモデルにおいて、1医療機関当たり検体数、1日の輸送時間、医療機関の密度、1検体当たりチェック時間、移動速度、および費用の単価は外生変数として与えた。このうち、医療機関の密度と1検体当たりのチェック時間については設定を変えたものでも算出した。

3.結果1)検査センターにおける生化学検査処理を中心とする検査費用の分析

 生化学検査が60%以上を占めている検査センターでは職員数、売上高等について共通性がみられた。そこで、このような31センターを対象にコブダグラス型の生産関数を用いて検討したところ、規模の経済性があることが示された。さらに費用関数を用いて検討すると、規模の経済性が働くのはある程度の大きさまでで、それ以上は平均費用が増加することがみられた。1検査当たりの平均費用が最小となるのは、年間の生化学検査数が2,200万検査程度、総検査数では3,800万検査程度であった。

2)検体検査処理のターンアラウンドタイムの分析

 病院検査部に対する調査票は、65病院に配布し、31病院から回収された。医師に対する調査票の回収は172件であった。このうち、内科系医師52人、外科系16人、小児科系24人、その他76人であった。

 ターンアラウンドタイムの希望時間を白血球数、血清カリウム、血糖、GOT、クレアチンキナーゼについてみると、緊急検査では30分以内、通常では、入院6時間、外来1日が中央値であった。外科系の診療科の方が希望が短かった。院外検査では緊急検査の要求に対応することは困難で、通常検査でも希望をみたしているものは多くなかった。中央値でみると外来患者についての希望が1日に対し、院外での処理時間は1.4日となっていた。また、院外検査の精度に対する意見は院内検査とほぼ同じとみている医師が多かった。

3)検体集荷の費用および時間と集荷エリアの規模の分析

 「検体の輸送に関する調査」は84の検査センターから回答があり、分析にはここからデータの不備を除いた74のセンターのデータを用いた。営業所を含めると103の集荷施設のデータとなった。検査センターの規模と検査費用の関係をみると、1ヶ所で集荷をしている時には、規模が大きくなるにつれ限界費用は逓減するが、営業所を開設すると、そこからの輸送も必要となるため費用が大きくなった。このモデルでは営業所の固定費は想定していないため、実際には営業所を開設した場合の費用の増加はもっと大きいと考えられた。医療機関の密度が低い場合には、同じ検体数を集めるためにより多くの移動を必要とするため多くの費用がかかると推定された。また、1検体当たりのチェックが長い場合にもそれだけ移動できる時間が制限されるため多くの費用がかかることが示された。

4.考察

 検体検査処理の希望時間との関連から、緊急検査を院外で行うことは困難である。通常検査であれば、特に外来では、要望が24時間程度であり、外部での処理が可能である。様々な規模で行っている検査センターの人員数および分析機台数をもとに規模の経済性を検討した結果では、ある程度検査センターの規模が大きい方が検査1件あたりの平均費用が少なくなり、効率的であることが示された。しかし、平均費用が減少するのは年間の検査数が3,800万検査程度までで、それ以上多くなると逆に費用が増加することが示された。これは、検体の集荷のために人員が必要になることや、医療機関の希望通りの時間内で処理するために機器を多数導入することなどの理由によると考えられる。検体の集荷に関しては、実際に、現状でも処理検体数と処理時間との関連はみられず、大規模でも時間制約の中で処理を行っていると考えられる。従って、検体検査をある程度集約して行うことは効率的であるが、限界が存在すると思われる。

5.結論

 本研究では、委託による検査処理の効率性を費用と時間の側面からとらえて検討した。その結果、生化学検査を多く行っている検査センターにおいては、年間3,800万検査程度の規模までは、規模の経済性が働き1検査あたりの平均費用は減少するが、それ以上の規模になると集荷職員の増加や検査機器の増加により、逆に費用が増加に転ずることが示唆された。また、検査処理の時間は診療において重要であり、医師の希望としては生化学検査では通常検査で入院6時間、外来24時間程度のターンアラウンドタイムが要求されている。そのため検査センターでは24時間程度で結果報告ができるよう機器や体制をそろえて対応していると考えられる。従って検査規模は集中しても限度があり、ある程度以上は効率的でなくなると考えられるという結論を得た。

審査要旨

 本研究は、臨床検査センターにおける規模の経済性を検討したものであり、検体検査処理において重要な要素である処理費用と時間の側面から分析し、以下の結果を得ている。

 1.検査センターにおける原価計算調査データに基づき、31のセンターの人員数と分析機台数から費用を推計し、生産関数および費用関数による規模の経済性の分析を行ったところ、コブ・ダグラス型生産関数においては規模の経済性があることが示され、3次の費用関数を用いた分析では、検査処理費は生化学検査で年間2,200万検査、全体で3,800万検査程度の規模までは1検査あたり平均費用が減少し、その後増加に転ずることが示された。

 2.規模が拡大した時に平均費用が増加する要因としては、集荷のための人員数の増加とある程度の時間内に処理するために多くの機械を投入することによると考えられた。

 3.委託による検体検査処理は、結果が判明するまでの時間いわゆるターンアラウンドタイムが重要であるため、病院の医師と検査室に対して処理時間の希望と実際を調査し31病院および172人の医師の回答を得たところ、生化学検査における医師の希望時間は緊急検査では30分以内、通常検査では、入院で6時間、外来1日が中央値であった。実際の処理時間については希望を満たしているものは多くなく、院外検査による処理時間の中央値は1.4日であった。

 4.検体の集荷をモデル化し、検査センターに対して実施した検体の輸送に関する調査の結果から74のセンターのデータを基にシミュレーションを行ったところ、集荷の規模が大きくなるにつれて営業所を開設し限界費用が増加することが示唆された。また、集荷検体数とターンアラウンドタイムとの関連はみられなかった。

 5.これらの結果から検査センターにおける生化学検査を中心とする処理はある程度までは規模の経済性が働くがそれ以上は平均費用が増加し、その理由としては医療機関の要請による時間内に検体処理を行うために機器を導入することと、集荷のための費用が増加することによると考えられた。

 以上、本論文は、臨床検査センターにおいて検体を集約して処理することによる規模の経済性の存在を示し、またそれには時間による制約があるため、その中で最適な規模があることを示した。本研究は効率的な医療提供を考える上で重要だと考えられる外部委託による検体検査処理のあり方を検討するために貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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