本研究は把握が困難であると指摘されている脳血管障害患者のうつ状態を、看護者が患者の日常生活の観察やケアへの反応から把握するためのチェックリストの作成を行い、その信頼性および、妥当性の検討を試みたものであり、また作成されたチェックリストを使用して実際の脳血管障害患者のうつ状態の変化および、患者属性と関連性との検討を行ったものである。研究結果として以下の結果を得ている。 1 作成された脳血管障害患者のうつ状態を把握するためのチェックリストCheck List for Post Stroke Depression(CPSD)の特徴は、うつ状態を表している症状の中でも、行動として表される観察可能で、かつ非言語的な症状を他者である看護者が評価することが可能であるということである。また言語による症状の訴えの項目が含まれていないことから、従来では評価が困難であった失語症患者のうつ状態の評価にも有効である。 2 理論的にCPSDの構成概念を検討し、その項目群に対して確認的因子分析を行った結果、CPSDは8つの構成概念からなる47項目のチェックリストであることが確認された。CPSDの構成概念は「易疲労性」「気力の減退」「抑うつ気分」「コミュニケーションの回避」「焦燥感、こだわり」「引きこもり」「生活意欲の低下」「思考力、集中力の低下」であった。 また判別妥当性は特異度、敏感度とも十分であると考えられた。 交差妥当性もリハビリテーション専門施設においては十分であることが確認された。 3 CPSD全体の内的一貫性、および安定性は十分であることが確認された。しかし構成概念のうち「コミュニケーションの回避」「焦燥感、こだわり」では安定性が低く今後表現を工夫するなどの対策が必要であると考えられた。 4 リハビリテーション専門施設に入院中の脳血管障害患者のうち、CPSD高得点群の患者に対する抗うつ剤の投与率は低かった。とくに失語症患者はほとんどうつ状態の治療が受けられていなかった。また入院時のCPSD合計点が退院時のADL状況に影響していた。うつ状態の存在がリハビリテーション専門病院における、長期的な機能の再獲得を阻害している可能性があり、脳血管障害患者のリハビリテーションの効率を低下させていることが示唆された。 次に患者の脳血管障害発症からの期間、座位保持機能、うつ病既往歴、虚血性心疾患既往歴、コミュニケーション能力とCPSD合計点は関連が見られた。脳損傷部位とCPSD合計点との関連については入院時も退院時もともに右半球損傷患者のCPSD合計点が有意に高かった。加えて認知障害のあるもののCPSD合計点は入院時、退院時ともにCPSD合計点が有意に高かった。失語症のあるものは退院時に有意にCPSD合計点が低下していた。 以上、本論文は脳血管障害患者のうつ状態を看護者が患者の日常生活の観察やケアへの反応から把握するためのテェックリストを作成し、その信頼性および、妥当性の検討を行ったものであり、かつ作成されたチェックリストを使用して、脳血管障害患者のうつ状態の変化および患者属性との関連性の検討を行ったものである。 本研究はこれまで十分に信頼性および妥当性が検討された測定用具がなかったために看護援助だけでなく研究も困難であることが指摘されてきた脳血管障害患者のうつ状態の把握方法の開発にとって重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |