Lozi familyとは で与えられる二次元平面上の区分的線形同相写像の族である。ここで、a、bは実パラメータで、b≠0とする。この族は、Lorenz方程式のPoincare断面の単純化として得られたHenon familyが持つ性質(安定、不安定多様体の大域的配置、分岐現象など)の幾つかを共有していると考えられている。実際この族に対しても、適当なパラメータの選び方に対してstrange attractorの存在がMisiurewiczによって示されているなど、その表示の単純さにも拘わらず力学系としては複雑な挙動を示しうることが知られている。また例えば、パラメータbを固定してaを動かした時、aの値が十分小さければ非遊走集合は空、十分大きければ力学系はhorseshoeと同値になる。このように、Lozi familyを一次元単峰写像族の二次元における対応物の典型例と捉えることも出来るであろう。 本論文の目標は、このようなLozi familyに対してkneading理論のアナロジーを構成することにある。このkneading理論とは、MilnorとThurstonによって創始された、一次元力学系(特に単峰写像)に対する解析の基本的な手法の一つである。ラフに言ってこの理論は、「写像のcritical pointの挙動を示す記号列が力学系の位相的性質を決定する」ということを主張している。しかしLozi写像は同相写像のため通常の意味でのcritical pointを持たず、また一次元理論で重要であった区間の持つintrinsicな順序構造が二次元では明らかではない等、その理論の高次元化には幾つかの困難が存在する。そこで筆者は、数理物理学者Cvitanovicらのアイデアに基づき、以下のようなkneading理論をLozi familyに対して構成した。基本的なアイデアは、Lozi写像を"不完全な"horseshoeと見なしてその"不完全さ"をpruning frontと呼ばれるものを用いて測る、ということである。 以下では常にを仮定する。このとき、の殆ど全ての点でhyperbolic cone fieldが存在する。まずLのK集合(前方軌道も後方軌道も有界に留まる初期点全体;strange attractorやすべての周期点を含み、位相的エントロピーもこの上の力学系だけで決定される)に注目し、相空間をy-軸(Lがsingularな部分)で分割することにより記号空間への対応:K{+1,-1}Z を構成する。筆者は、対応の"逆写像"(これはJ.Milnorからのsuggestionをもとにして構成した)を用いることにより、Lozi写像に対するkneading列として以下のDefinition 1.1にあるような記号空間内の二つの部分集合のペアpruning pair(P,D)を定義した。 このpruning pairには、以下のような幾何学的解釈も可能である。いま一点X∈Kを取り、その軌道がy-軸に集積していないとする。この時Xにおける局所不安定(resp.局所安定)多様体が存在するが、これはLozi写像の区分線形性より線分になる。そこでこの線分を含むような直線を考えよう。この直線とx-軸との交点p(resp.q)はhyperbolic cone fieldを用いて具体的に計算が可能で、実際a、b、=(X)のみを用いた連分数を使って表現される。更に重要なことは、の仮定の下では、これらの値p、qの形式的表示は全ての記号列に対して((K)の元であるかないかにかかわらず)well-definedであるということである。 Definition 1.1. をLa,bのpruning frontと呼び、 をLa,bのprimary pruned regionと呼ぶ。(Pa,b,Da,b)をLa,bのpruning pairと呼ぶ。 第一に問題となるのは記号空間内の部分集合(K)を特徴付けることにある。 Theorem 1.2.集合(K)はDによって特徴付けられる。すなわち ここにはshift map:(…-1・01…)≡…-10・1…. この定理は一次元のGuckenheimerの結果に対応しているばかりでなく、Cvitanovicらが提唱している"pruning front conjecture"の解答をLozi写像の場合に与えている。また前述のように、集合P、Dはパラメータa、bを用いた連分数展開を使って表現できるため、具体的に与えられたLozi写像の位相的エントロピーの数値的評価も可能である。 Theorem 1.2を出発点として、筆者はpruning pair(P,D)のみを用いることによってLの力学系のtopological modelを構成した。より正確には、集合 をPa,bのみから定まる同値関係で割ったとき、その商空間上のshiftのfactorが元のK上の力学系Lと位相共役になる、ということが示せる(本文Theorem5.5参照)。この主張は、pruning pairがLの力学系のトポロジカルな情報を全て含んでいることを意味している。更に次のようなfirst tangency problemに対する肯定的解決を与えることができる。 Theorem 1.3.H≡{(a,b)|La,bはfull shiftとtopologically conjugate}とする。このとき任意の(a,b)∈∂Hに対し、b>0(resp.b<0)ならLa,bはheteroclinic(resp.homoclinic)tangencyを持つ。更にその時のLa,bのcombinatricsはbの符号のみに依る。 この定理の系として、 Corollary 1.4.∂Hは代数的。 実際∂Hはより具体的にわかり、例えばb>0ではで与えられ、またb<0ではとなる。更にh(La,b)をLa,bの位相的エントロピーとしたとき、 Corollary 1.5.集合{(a,b)|h(La,b)がmaximal、i.e.log2}はHの閉包と一致する。 現時点では、位相的エントロピーのパラメータ(a,b)に対する連続性の問題は未解決である事を注意しておく。 また別の方向性の応用として、Lozi familyの分岐現象(パラメータに対する軌道の依存性)が解析可能である。 Theorem 1.6&1.7.任意の固定されたbに対して=(b)が存在してah(La,b)はa>で単調増加、非定数。更にこの族について、La,bの分岐も単調増加(すなわち各軌道はaを増やしたときに消滅しない)。 実際、Hの外側からHの内側に入り∂Hに横断的な如何なる方向に対しても上の結論は成立する。また、いつ分岐が起こるか、その分岐のタイプとしてはどのようなものに限られるか、も決定した。特にこの単調性の成り立つ領域では、区分線形"saddle-node"タイプの分岐しか起こらず、"period-doubling"は起こらない。なお上述のような分岐現象の単調性は、Kan-Kocak-YorkeによるC3-diffeomorphismsの1-パラメータ族に対する反単調性定理(Ann.Math.1992)がLozi familyのような区分線形写像のカテゴリーでは必ずしも成立しないことを示している(b<0、(a,b)∈∂Hの時、La,bはhomoclinic tangencyを持つことに注意)。 更に第九章ではp、qの具体的表示を応用してLozi写像のstrange attractorのHausdorff次元をパラメータのみ用いて評価し(Corollary1.8)、第十章ではpruning frontPがどのような幾何的性質を持つかを考察した。一般に、pruning frontの形は非常に複雑になりうる。そこで以下のようにpruning frontの"essential part"を取り出すことを考える。集合K∩{x=0}をCとおき、Lozi写像のcritical setと呼ぶことにする。各点X∈L(C)に対して、Xを通る局所不安定多様体と、Xに収束するその上の点列{Xn}で、各Xnの軌道がy-軸と共通部分を持たないものを考える。この時(Xn)は唯一つの記号列からなり、{(Xn)}は記号空間内でwell-definedな極限を持つ。各Xを通る局所不安定多様体を全て考え、更にXがL(C)全体を走るときに得られる上述のような極限記号列全体をと書き、Lのunstably essential pruning frontと呼ぶことにする。一方、記号空間は二つのCantor集合の直積{+1,-1}Z=Cu×Csとして表され、各Cantor集合に適当な順序を定義すると、記号空間上のshift mapの作用はいわゆるSmaleの標準的horseshoe写像になる。この時、 Corollary 1.9.は、CuからCsへのある対称的単峰写像のグラフに含まれる。 この描像はP.Cvitanovicによって予想されていたものである。とP∩Aの関連については本文を参照のこと。 最終章ではK集合の構造について解析し、特に(Misiurewiczが扱ったパラメータの場合に)strange attractorの一意性の証明が得られた。 |