構造物を設計する際には、その供用期間中において構造安全性と使用性を確保するように設計することが、基本要求条件である。構造設計において参照される様々の変数は厳密には確率変数であり、その不確定性を科学的に評価して設計法を構築する必要があるのは当然であり、従来の許容応力度設計法に替えて、構造信頼性理論に基礎をおいた限界状態設計法へ移行するのが、国際的な構造設計法の動向である。 構造設計で検討する限界状態のうち終局限界状態と呼ばれるものは、構造安全性が損なわれる状態である。持続的に作用する外力作用に対しては、架構がその荷重支持能力に到達する状態であり、単純塑性理論を採用する場合には極限解析で得られる架構の荷重支持能力が外力作用と比較される。設計においては架構の塑性ヒンジ部に十分な荷重支持能力を与えるだけの耐力と応力再配分を可能にするだけの回転能力が付与される必要があり、設計者は架構のどの部分に塑性ヒンジが生じるか、換言すれば架構の崩壊メカニズムを把握する必要がある。また地震などの短時間に作用する外力に対しては、架構の荷重支持能力を越えて復元力が消失するまでの状態が終局限界状態となり、そこに至るまでのエネルギー吸収能力が地震によるエネルギー入力効果と比較される。この場合も架構のエネルギー吸収能力はその崩壊メカニスムの形態に大きく依存することが知られており、設計者が架構の崩壊メカニズムを意識する必要性はさらに増大する。 本論文の目的は、鉄骨架構の終局限界状態設計において、架構のおかれる不確定状況に応じて発生しやすい崩壊メカニズムを把握するための解析技術、特定の崩壊メカニズムの発生を卓越させるための設計技術についての新しい提案を行うことであり、以下の5章から構成されている。 第1章 序章 第2章 構造解析のための確率極限解析法 第3章 変動軸力を考慮した確率極限解析法(SMSCP)の提案 第4章 目標崩壊機構を有する骨組構造物の塑性設計法 第5章 結論 第1章では、鉄骨架構の終局限界状態設計のための確率極限解析に関する既往研究の成果ならびに本論文の研究背景をまとめており、信頼性解析の解析手法についても手を掛けた。 当然のことながら、構造解析のための塑性解析法の重要性は良く知らされており、鉄骨架構を設計する際にして、このテーマは話題になったよう。塑性設計法の基礎となる確率極限解析法は、Compact Procedureとともに、第2章にて詳しく検討されている。本論文は塑性解析を行うときに考慮すべき仮定・基本理論などを重点において研究しており、さらに、最尤崩壊モードを探し出すの解析手法および基本理論も述べた。特に、得られた崩壊モード群に対してFOSM意味での信頼性指標の評価について提案した。 一種の模擬実験として、全モード探索法は第2章にて紹介されており、漏れなくすべて可能な崩壊モードを尽くし探し出すという発想をもって、この手法は全モード探索法と名づけられた。CPのよる計算で行う最初の掃き出しでは、各行の要素のうち最大となるものをピボットとしてえらび、掃き出しをおこなっている。一方、すべての崩壊モードを探索するためにはm列のうちからn列を選び、そのn列を掃き出すという操作を繰り返す。その組み合わせはmCn通りである。したがって、すべての組み合わせのうちピボットが0となるような場合を除くことによって、すべての崩壊モードを探索することができる。また、各崩壊モードに対応する信頼性指標を算定し、の最小値を検出する。ただし、は≦min+となるのみ記憶する。この手法によって、提案した確率極限解析法の有効性・実用性を簡単に証明された。 第3章「変動軸力を考慮した極限解析法(SMSCP)の提案」では、著者からはじめ、変動軸力と曲げモーメントの相関関係を自動的に考慮できる2Dまたは3D骨組の確率極限解析法(SMSCP)について提案した。過去の研究では平面架構モデルを考え部材の軸力変動の影響あるいは軸力と曲げモーメントの相関関係を無視している例が多いが、実際には、その影響は無視できない場合も考えられる。一般的に、軸力の影響を考慮しようとすれば、軸力と曲げモーメントの相関関係の設定には工夫しなければならない。ここで提案した方法の最大の特徴は鋼部材の剛塑性軸バネモデルを用いることによって、一般弾塑性解析に必要な複雑な相関降伏面を意識することなく計算を行うことができ、通常のCP法をそのまま適用できるという実用性である。 第4章では、目標崩壊モードを有する耐震塑性設計法を提案した。この方法では、目標崩壊機構における非塑性か部位に要求される耐力に"耐力-耐力信頼性問題"によって求めた安全係数を考慮して部材設計を行うことにより、目標崩壊機構の優先発生を保証する。目標崩壊モードが完全崩壊の場合は、非塑性か部分が静定形を形成するので、非塑性化部材の応力場が唯一となり、釣り合い方程式のみによって算出できる。しかし、目標崩壊機構が部分崩壊になると、釣合い方程式を満足する無数の応力場の中から設計用応力場を抽出する必要がある。ここで、最小ノルム応力場を選択することとした。このように、目標崩壊機構と好ましくない崩壊モードとの発生確率の差を指定することにより、目標崩壊機構の優先発生を保証された。さらに、非塑性化部分の断面設計に用いる安全係数を導出方法も提案した。 第5章「結論」では、本研究で得られた結果を要約し、今後の研究課題について展望している。本論文における新しい解析技術・設計技術の提案を列挙すると以下のようになる。 (1)線形計画法における制約条件を不確定とした確率極限解析法の提案、特にコンパクト法と設計点決定解析とを結びつけたSCP法による発生しやすい崩壊メカニズムの抽出技術の提案。 (2)塑性ヒンジ部を複数の剛塑性バネで置換した架構モデルへのコンパクト法の適用による複合応力下の部材耐力相関を考慮した極限解析法(MSCP法、SMSCP法)の提案。 (3)特定の崩壊メカニズムの発生確率と好ましくない崩壊メカニズムの発生確率の相対差を指定したときの塑性設計手順の提案。 |