本論文は、フローインジェクション分析技術やパイオセンサ技術を応用した、小麦粉の灰分値、デンプン損傷度、アミラーゼ活性の迅速測定法の開発に関するもので、7章より構成される。 小麦粉製造工程では、水分含有量、全タンパク量、灰分、色などの品質測定が常に行われているが、これらの迅速測定法と、小麦粉の加工適性に関する品質すなわち、小麦粉で作る生地の物理的性質、生地の発酵性、小麦粉中に存在する酵素活性度などの測定法の開発が強く要望されている。日本国内では、小麦粉の水分含有量、全タンパク量、灰分、色は、アメリカ穀物化学者協会(The American Association of Cereal Chemists;AACC)が規定した方法またはそれに準ずる方法により実施されている。同様に加工適性に関する品質測定もAACC規定またはそれに準ずる方法により実施されている。これらの小麦粉製造業における品質の測定方法は長い歴史と実績に裏付けされているものではあるが、煩雑な操作、多くの時間、多くの労力、多種多様の試薬、および、測定者の熟練が必要とされるものが多い。小麦粉品質の迅速測定法としては、水分含有率、全タンパク質については近赤外分光法を用いた迅速測定法が開発され実際に利用されているが、灰分、加工適性に関する迅速測定法はまだ開発されていない。 本研究は、フローインジェクション分析技術やバイオセンサ技術を応用することによって小麦粉の基本的な品質である灰分と、小麦粉の加工適性に密接に関連する小麦粉のデンプン損傷度およびアミラーゼ活性の迅速測定法を開発することを目的とする。 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景、および、その位置づけについて述べ、本研究の意義と目的を明らかにした。 第2章では、まず蛍光X線分折法により、小麦粉中の灰分とカリウム、カルシウムなどの無機物質量との相関について評価した。小麦粉試料を手動サンプル形成プレスで圧縮(圧縮圧力500kgfcm-2)して測定用ディスク(直径40mm)を作り、これを蛍光X線分析装置を用いて、カリウム、リン、硫黄、カルシウムのKL計数値を測定した(X線管:50kV,45mA,測定時間:0.5s,測定ステップ:0.050°,分光結晶:EDDT)。灰分値(予備灰化:600℃,2h,本灰化:900℃,1hによる測定)と薄力小麦粉試料および強力小麦粉試料中のカリウムのKL線計数値との間に高い相関性(相関係数r=0.985,0.996)を見いだした。 第3章では、小麦粉試料中の灰分値とカリウム濃度が高い相関性を示すことに着目し、カリウムイオン電極とフローインジェクションシステム(Flow Injection Analysis;FIA)を用いた簡単、迅速な灰分測定法を開発した。カリウムイオン電極FIAシステムを用いた場合、10-20mgL-1の範囲でカリウムイオン濃度と電位値の間に直線的な関係が得られ、その再現性は15mgL-1カリウムイオン濃度で変動係数が2%以下であった。次に、小麦粉試料をエタノール中で5min.超音波分散させ、水を加える前処理法をさらに組み込んだセンサシステムを製作した。薄力、準強力、強力と異なる分類の小麦粉でも、その灰分値とセンサシステムによるカリウムイオン定量値との間には、非常に高い相関関係(相関係数r=0.98-0.99)が得られた。 第4章では、固定化グルコアミラーゼおよびグルコースオキシダーゼを用いるバイオセンサと、フローインジェクション分析法(FIA)とを組み合わせるマルトースセンサシステムを製作し、小麦粉中デンプンの損傷度を測定した。 まずグルコアミラーゼとグルコースオキシダーゼをアミノプロピル基修飾多孔質ガラスに固定化し、これをカラムに詰めて固定化酵素カラムを製作した。これと溶存酸素(DO)電極とフローセルから構成される検出部、ポンプ、インジェクター、ポテンショスタットおよびレコーダーより構成されるマルトースセンサを開発した。グルコース標準液を用いたとき、本マルトースセンサで安定した応答の得られる測定条件は、リン緩衝液(pH7.0)中、測定温度30℃であった。このときの0.025-1gL-1の範囲でグルコース濃度と電流値の間に直線的な関係が得られた。また、マルトース標準液を用いた場合、酢酸緩衝液(pH4.6)中、測定温度30℃であり、このときの0.025-1gL-1の濃度範囲でマルトース濃度と電流値の間に直線的な関係が得られた。再現性は、0.5gL-1グルコース、0.5gL-1マルトースを測定した場合、共に変動係数は1%以下であった。 本マルトースセンサを用いてデンプン損傷度の測定を行った。小麦粉試料を0.1M酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.8)中、30℃でアミラーゼを用いて加水分解させ、15分後、細孔径0.4mのフィルターを用いてにて濾過し(前処理)、濾液中の生成マルトース濃度をマルトースセンサで測定した。この場合、デキストリンも加水分解されてセンサに応答するが、得られる測定値はマルトースとデキストリンの濃度の和である。AACC法によるデンプン損傷度と本センサ法による測定値の間には非常に良い相関関係(相関係数r=0.99)が得られた。また、本前処理法を一部変更することでデンプン損傷度測定の簡便法として用いられている自己消化活性測定が行い、自己消化活性測定の測定値とAACC法による自己消化活性測定値との間にも良い相関関係(相関係数r=0.97)が得られた。 第5章では、小麦粉のアミラーゼ活性をアミラーゼ活性測定キットを用い測定した。アミラーゼ活性測定キットは、カルボキシメチルアミロース(CX-アミロース)を基質としN,N-ジエチル-3,5-キシリジン(DEX)、4-アミノアンチピリンを発色系に用いたCX-アミロース・DEX法に基づくもので、反応生成物が示す波長620nmにおける吸光度を分光光度計で測定することによってアミラーゼ活性を算出する。反応液としては小麦アミラーゼの活性発現に適する酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)を用い、反応温度は30℃とした。キットを用いた測定では、小麦アミラーゼの活性が保証されているものがないため、活性が分かつている大麦麦芽由来アミラーゼを活性の標準とした。同一の小麦粉のアミログラフによる測定値と本測定キットによる測定値を比較した結果、アミログラフのピーク値の減少とともに測定キット法による測定値が減少して行くことが示され、測定キット法により小麦粉中のアミラーゼ活性を測定できることが示唆された。 第6章では、小麦デンプンを基質としてこれに小麦粉からの抽出液を作用させ、第4章で製作したマルトースセンサを用いて生成マルトースおよびデキストリンを定量し、アミラーゼ活性を測定した。小麦粉試料抽出液を基質である小麦デンプン、トウモロコシデンプン、バレイショデンプンに作用させ、加水分解反応により生成されるデキストリンおよびマルトースの濃度をマルトースセンサで定量し、反応速度からアミラーゼ活性を算出した。トウモロコシデンプン、バレイショデンプンでは、反応時間の増加に対しマルトース濃度がほぼ一定になったのに対し、小麦デンプンでのみ反応時間の増加とともにマルトース濃度が増加して行く傾向が示された。そして、各小麦粉試料に本センサ法を適用した。本センサ法のアミラーゼ活性は加水分解した際の時間当たりのマルトース濃度増加値とし、前述の測定キット法による測定値と比較したところ、両者の間には良い相関関係(相関係数r=0.98)が得られた。アミログラフ法で得られる結果はタンパク質、デンプンの熱による変成に由来する物理的性質の変化などを反映するため、アミラーゼ活性そのものを測定する方法でないのに対し、測定キットおよびセンサによる測定法では、試料の持つアミラーゼ活性そのものを測定できる。以上のように小麦粉中のアミラーゼ活性を簡便に測定するバイオセンサシステムを開発した。 第7章は結論であり、本研究を要約し、得られた結果をまとめた。 |