学位論文要旨



No 113127
著者(漢字) 金田,真滋
著者(英字)
著者(カナ) カナダ,シンジ
標題(和) 近代中国・香港の貿易資本
標題(洋)
報告番号 113127
報告番号 甲13127
学位授与日 1998.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第194号
研究科 人文社会系研究科
専攻 アジア文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 濱下,武志
 東京大学 教授 岸本,美緒
 東京大学 教授 宮嶌,博史
 東京大学 助教授 平勢,隆郎
 東京大学 教授 並木,頼寿
内容要旨

 小論は以下のように構成されている。第一章「近代中国・香港の貿易統計」では全体の叙述の前提として、一八四〇-六〇年代の貿易統計を作成する。これまで当該時期の貿易統計が存在していなかったこと自体、中国近代史研究の状況を物語っている。貿易統計作成の意義についてあれこれ述べるつもりはない。読み手に判断していただきたい。なお香港については中国帆船(ジャンク)貿易についても考察する。

 第二章「外国商社の特質」では当時の外国貿易資本をどのように位置づけるかを考えるものである。先行研究ではイメージを膨らませることで商社像を捉えようとしてきたが、実証的に調べるとどうなるのか。そこでは従来的な大手商社を典型とする大資本性ではなく、中小商社を典型とする小資本性として把握できるという結論が浮かんでくる。なおここでは全体的な分析に重点を置き、中小商社の具体的な活動については第三章・五章で述べる。

 第三章「外国銀行の活動」は貿易資本研究を側面から補うものとして含めた。ここでは銀行の業務活動を実証的に考察することで、貿易資本との関係・取引状況を調べる。

 第四章「中国商社の特質」では一八六四年の香港市場の動向をデータベース化することによってえられる香港の中国系総合商社の南北行の経営を分析する。また香港史研究の序論としての役割もある。ここでは販売額第一位のこう泰行を例とするが、次章では別の例も述べる。

 第五章「香港市場に見る中国開港」では引き続きデータベースの分析を行う。最初に商品を主体として考察することで、中外商社の大まかな動向を調べる。次に中小外国商社一社・南北行三社・中国系専門商社(米商社)一社の状況をを確認することで論文全体のまとめとする。中国開港は中国貿易資本にとっては従来的スタイルを維持しつつ更なる発展の契機として利用された。外国貿易資本にとっては東・東南アジアでの伝統的商品市場への参加を意味した。

 論文全体を流れる主題として二点ある。一つはウエスタン・インパクト、あるいはイースタン・レスポンスをいかに捉えるか、である。「黒船」以来日本においては西洋の影響力をどう解釈するかが課題であり、中国史にもそれを適用しようとしてきた。しかし著者は香港で生活してみてきがついたのだが、香港の人びとにとってウエスタン・インパクト的なものを解釈することは重要ではなく、あるがままに受け止めることが重要である。小論でも概念ではなく、あくまで実証的に記述したい。二つ目は中国史研究を進める上で必要であると思われる、種々の統計を作成することである。表三一枚・図一枚・年表一枚を掲げたが全てオリジナルなものである。

審査要旨

 本論文は、19世紀中葉の香港を中心とした中国の開港場の貿易関係をイギリス系中小規模の商社の活動に焦点を当てて検討し、とりわけ貿易統計の作成に多くの努力を費やした論文である。

 従来19世紀中葉の中国はヨーロッパの開港圧力によるいわゆるウェスターン・インパクトの時期として捉えられてきた。それに対しては近年アジア間交易という地域経済圏の議論も進められてきており、筆者はこの問題意識に立ちながらも、ウェスターン・インパクトの内実である貿易関係を具体的な統計数字によって明らかにする必要があるという強い問題意識に基づいて、香港現地において多くの資料・貿易統計が発掘・調査されている。

 この現地研究の成果も踏まえ、本論で明らかにされた点は以下の通りである。

 (1)19世紀中葉ではイギリス系中小資本の商社の活動が中国の対外交易関係に一貫して重要な役割を果たしていること、

 (2)従って中小商社が、彼らの貿易金融を先導するアジア現地の銀行業の設立を必要としたこと、

 (3)しかし同時にウェスターン・インパクトの中で議論されてきた中国とヨーロッパの貿易関係も商品別貿易統計の内訳を見ると東南アジアと中国華南を結ぶ米や砂糖、海産物など在来の交易品が上位を占めていること、

 (4)そこでは香港と東南アジアを結ぶ中国商人の貿易活動が上位を占めていることなどである。

 とりわけ筆者が最も重点を置いている統計数字の処理においては商品名、価格、取扱い商人、生産地、入港地などの事項を一年間で4,000件弱をデータベース化し、統計処理を加えて原数値を分類した作業は、本論文における統計作業の重要な試行部分をなしている。本論文は従来の歴史研究における因果関係を中心とした叙述型の体裁をとるというよりも、統計数字に依拠し、歴史を語らせるという手法をとっている。学会においてこれに対する評価はまだ確立されていないが、本論文は新しい型の経済史の論文として、多くの問題提起をなしている。

 もちろん本論文には、文章表現を含め、問題関心と論証との関係、貿易統計表の説明のしかた、統計に基づいた歴史的文脈の論理展開などにおいてより工夫を深めるべき点も存在している。しかし、これらの欠陥は本研究が挙げた成果に比べれば小さなものであると判断でき、かつ本研究が公刊されるまでに修正可能なものであることに鑑みて、審査委員は全員一致で本論文が博士論文として十分な価値を有するものであるとの結論に達した。

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