学位論文要旨



No 113129
著者(漢字) 中筋,直哉
著者(英字)
著者(カナ) ナカスジ,ナオヤ
標題(和) 近代日本における群集と都市 : 歴史社会学的研究
標題(洋)
報告番号 113129
報告番号 甲13129
学位授与日 1998.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会学)
学位記番号 博人社第196号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 似田貝,香門
 東京大学 助教授 吉野,耕作
 東京大学 助教授 武川,正吾
 東京大学 助教授 野島,陽子
 東京大学 助教授 吉見,俊哉
内容要旨

 本研究は、筆者の修士論文から現在に至る研究成果を踏まえつつ、それを超えて、群衆という社会的事実を通して、近代日本社会に関するひとつの社会理論を歴史実証的に提示することを試みるものである。第1部(1〜3章)はその中心となる理論的考察に充てられ、第2部(4〜6章)は第1部で設定された理論を歴史社会学的に実証する作業に充てられる。本研究の目的は、近代日本社会における個人の自由の歴史・社会的基盤を明らかにことにある。本研究は従来の社会学と対照的に、それは群衆であると主張する。日本社会において群衆とは、近世以来の家社会の統制を解除し、自我を与件とする目的結社社会が起動する前提となるという意味で、個人の自由の歴史・社会的基盤なのである。しかし従来の社会学においては、群衆は正当に扱われてこなかった。また日本史学においても、群衆を積極的に扱った事例研究は少ない。となれば、理論と実証研究の両方を全く新しい企図のもとに構成しなければならない。筆者は第1部において、第1に、身体論的行為論と社会空間論的社会形態学のセットとして新たに社会理論を設定した。第2に、それに基づいて、近世から近代への家社会の変動モデルを構築した。第3に、その過程より滲出する残余の空間としての群衆の存在形態を下層社会文学を用いて解明した。第4に、絶対主義政治社会による都市空間の形成過程を、大通り、国民広場、繁華街の3つにおいて分析した。そのうえで、以上の理論と歴史モデルの実証研究として、都市騒乱の歴史社会学・社会形態学的研究を行った。第1に1905年の日比谷焼打事件における都市騒乱を分析して、大量交通機関を制御しつつ受容する群衆の論理を見出した。第2に1913年の大正政変における都市騒乱を分析して、そこに自らの声をもって国民国家に参与しようとする群衆の論理を見出した。第3に1918年の東京の米騒動における都市騒乱を分析して、そこに大衆消費社会において個人であることを実現しようとする群衆の論理を見出した。群衆の中の交通、群衆の中の声、群衆の中の消費、それら群衆の体験は、家社会に対抗しつつ確保された自由な社会の歴史的・具体的前提である。それらを明らかにすることによって、私たちは、修正された家社会の中で見失いがちな私たち自身の自由の存在形態を、再び私たちのものにすることができるであろう。

審査要旨

 本論文は社会的事実としての群衆の近代日本社会における意味を、社会形態学及び歴史社会学から実証研究をもととして、社会理論として構築しようとした意欲的研究である。本論文は2部構成をとっている。1部は、人々の群衆体験まで含まれる群衆の社会理論の枠組みの構築、2部はその理論を用いて歴史的・社会的事実としての群衆を、近代都市形成途上にあった東京の都市騒乱から分析し、その時間・空間的な展開と、1つの騒乱の内に含まれる展開の複合性や分化を考察することによって、群衆の多様なあり方を分析している。第1章では群衆の歴史社会学的定義と群衆の体験の歴史社会学的定義を中心とする社会理論と研究課題を展開している。第2章は、群衆の封印された時代における家社会の自己弱体化の論理と残余の空間実態を解明し、第3章は、群衆の解放された時代の、絶対主義政治下の都市空間の形成における群衆の居場所の無差別的増加の実態と、そこに表された家社会と結社社会の相反的論理の解明を、第4章では、日比谷焼討事件を素材に群衆の管理された時代のその管理実態と現代的存在形態の解明を行っている。第5章は、都市騒乱としての「大正政変」を対象に都市民衆の意識形態を含めた「主体性」の遂行を社会形態学という独自の方法から展開し、第6章は、東京の米騒動を素材として、そこから群衆行動の3つの形態を抽出し、当時の成年賃金労働者と都市下層社会住民との空間的対立と駆逐が情報空間のありようと不可分になってきたことを指摘している。

 この論文は、近代都市形成期に起こった諸騒乱を対象として、そこでの群衆行動を、主体性の遂行という表現で把握し、その内実を、人々の生活に外から与えられた制度や事実を、自らの身体をもって体験し、次に集合的な破壊といい形で否定的に意味つける「観念の技法」と命名にされる特殊なメカニズムが働いていることを論証している。また東京という都市の成立は、近代都市が相互に異なる部分社会によって意味される空間群の複合と統合・連合態として構築されていく、ことと同時並行的であることを論証している。そしてそこから、近代都市諸階層の成立と対抗が、騒乱という社会的事実を介して、都市諸空間を複合と統合・連合態させたり、それを喪わせたり、歴史的に変化する、と結論している。

 本論文はこうして、近代都市東京の成立を、近代社会の市民の歴史社会的先行条件としての群衆のあり方の歴史社会学的研究を通じて論じた、きわめてユニークな研究であり、貴重な研究として学界に大きく寄与するものである。よって本審査委員会は、本論文が博士(社会学)の学位に相当すると判断する。

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