本論文はフリードリヒ・シラー(1759-1805年)の、ドイツ古典主義を代表する歴史劇三部作『ヴァレンシュタイン』 (1798-99年)を、古代ギリシア悲劇との対比において、シラー独特の歴史哲学に基づく<近代悲劇>として捉え、その思想的淵源を解明しつつ論ずる作品論である。 本論文は大きな二つの章から成る。論者は、まず「序」で論述主題を提示したのち、第一章「シラー美学と歴史哲学の形成」において、シラーの歴史研究(とりわけ『三十年戦争史』)と美学研究を手掛りに、<自由>の理念の実現をテロスとする歴史哲学の形成、および、この理念とシラー美学の頂点に位置する<崇高>概念との関係を、シラーに大きな影響を与えたゲーテの芸術論ならびにカントの哲学との比較検討をまじえながら、詳細に分析・叙述する。次いで第二章「『ヴァレンシュタイン』論」では、第一章での分析を踏まえ、現実の歴史によって実現を阻まれる<自由>の理念が、悲劇空間のなかで、主人公ヴァレンシュタインの到達する<崇高>により救出される結構が解明される。 本論文の叙述には、同一テーゼの不要な繰り返しが所々見られ、同時に、個別的な論述モティーフの配列になお一層の工夫が望まれる点、また、シラーの現在を論者の現在から批判的に相対化しようとする視点がやや稀薄な点、等に問題がないわけではない。とはいえ、人間を悲劇的に断罪する神話的機構をもたない近代において、シラーが、ギリシアの神々に代わる暴力(Gewalt)の源泉を歴史に見出し、これによってシラーの近代悲劇が可能になったとする論者の見解には充分説得力があり、今後の研究の発展を大いに期待させる。 以上により本審査委員会は、本論文が博士(文学)の学位に相当するものと判断する。 |