学位論文要旨



No 113141
著者(漢字) 小林,江里香
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,エリカ
標題(和) 社会的資源獲得のためのネットワーク利用に関する研究 : 「コネ」の社会心理学的アプローチ
標題(洋)
報告番号 113141
報告番号 甲13141
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会心理学)
学位記番号 博人社第208号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 池田,謙一
 東京大学 教授 藪内,稔
 東京大学 教授 秋山,弘子
 東京大学 教授 山口,勧
 東京大学 助教授 岡,隆
内容要旨

 本論文では、社会的資源の統制者との直接的紐帯、または仲介者を介しての間接的な紐帯を「コネ」と定義し、コネ利用行動を規定する心理的要因を中心に検討した。まず、コネ問題の概念的整理を行った第I部では、Granovetterの弱い紐帯の強さ論に代表されるネットワーク構造的アプローチの限界を指摘し、コネの「情報アクセスにおける有効性」だけでなく、コネのために有利な資源提供が起こるという「内集団びいき的有効性」に注目して、心理的要因(=コネ利用観)をネットワークの構造的要因(=コネの利用可能性)から区別して論じる必要性を強調した。コネ利用観は人々が身近な人間関係や社会をどのようにとらえているかの反映であり、内集団びいき的な有効性を認知している人はコネが目標達成に有効な手段だと信じるために、また、知り合いに協力する側も得になるという相互利益意識を持つ人は、利用が協力者との良好な人間関係維持に貢献できると信じるために、利用に積極的であることが予想され、逆に、コネ利用の「負債感」や「不公正感」を持つ人は利用を抑制すると予想された。

 第II部ではこのコネ利用モデルを、ランダムサンプリングによる一般調査と、女子学生の就職活動調査という2種類の調査において検討した結果、(1)相互利益意識がコネ利用の積極性をもっとも反映した指標であり、コネ利用に重要な役割を果たしている、(2)不公正感はコネ利用に影響を与えるというより利用可能なコネ顕在化後や利用後に変化する、(3)コネ利用観や利用可能性の効果の大きさは、資源の性質やとり得る行動の選択肢の幅によって違いがある、つまり、コネ利用以外の行動の選択肢があるときや、得られる資源の重要性が高いときにコネ利用観の効果が大きくなることが示唆された。ネットワークの構造的要因であるコネの利用可能性は、一般調査において、勢力資源の利用可能性と2種類のネットサイズ(親密なネットワークのサイズ、弱い紐帯を含めた全体のサイズ)によって測定されたが、どの指標がコネ利用により影響を与えるかにも、資源や利用のタイプによる違いが見られた。(1)については、相互利益意識は信頼関係によるリスク回避や返報性への期待に基づいたものであり、身近な人々と心理的一体感や返報性ルールの強い関係にある人々が抱きやすいこと、相互利益意識の高い人は利用に積極的な人々からなるネットワークに属していることが示された。相互利益意識の高い人ほど内集団びいき的な有効性を高く認知しているが、内集団びいき的有効性の認知とコネ利用の正の関連の強さは相互利益意識ほど強くなかった。また、相互利益意識とコネ利用の強い関連は、日本社会では、良好な人間関係の維持に強い関心が持たれていることのあらわれであろう。

 残された課題として、1)目的資源の性質によるコネ利用観やコネの利用可能性の影響力の違いをさらに明確にする、2)コネ利用観とコネ利用の因果関係を明らかにするための縦断的研究が必要、3)コネ利用観が人間関係志向性やネットワーク構造に与える影響、4)仲介者の役割の明確化(間接的紐帯の利用可能性、間接的紐帯で結ばれた相手に内集団びいきが起こる心理的メカニズム)、の4点が挙げられる。

審査要旨

 本論文は、社会的資源獲得のためのネットワーク利用について、それを「コネ」という語を軸に概念的に整理・検討し、そこで生じている資源としての社会的ネットワークが生み出す機会の構造の中で、人がどのようにコネ利用へと動機づけられうるか、を社会心理学的に実証・分析したものである。

 第1部「コネ問題の概念的整理」では、従来なされてきた広範な議論を適切に検討する一方で、自由回答を用いた探索的データに基づき、コネがもつ資源性と並んでコネに対する相互利用意識・内集団びいき的有効性認知・負債感・不公正感の重要さを位置づける。またそこから進んで、コネ利用の構造的要因のみならず、コネ利用の社会心理学的側面を体系立て、最終的なコネ利用モデルが提示される。

 第2部「コネ利用モデルの検証」では、ネットワークのコネ利用一般に関する例のないランダムサンプリング調査、および就職活動に従事した学生調査の結果をもとにモデルの検証を行い、新しい洞察をもたらすことがめざされた。結果として著者は、コネという手段の利用可能性たるネットワークの構造的要因もさることながら、その構造的制約の中でコネ利用を促進・抑制する相互利益意識を中心とする社会心理学的要因の重要性を明らかにし、またコネ利用においてしばしば観察される不公正感のあるべき位置づけを行った。

 第3部は、全体のまとめと将来展望である。

 本論文に問題ありとすれば、直接的なコネ利用行動の分析が就職活動に限られ、サンプリングサーベイの中では過去のコネ利用の回顧データや仮想状況下でのコネ利用志向の分析が行われざるを得なかった点に求められるかもしれない。

 しかし、こうした問題点にも拘わらず、本研究は構造的要因によってのみとらえられがちであったネットワーク利用行動の社会心理学的側面を明示し、それに関連する要因を適確、精密に実証した点で高く評価されよう。これによって著者が研究者として十分な能力を有することが示されているので、本論文は博士(社会心理学)の学位を授与するに値するものと考えられる。

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