学位論文要旨



No 113145
著者(漢字) 立川,和美
著者(英字)
著者(カナ) タチカワ,カズミ
標題(和) 説明文のマクロ構造把握に関する研究 : 国語教育の実態とその応用へむけて
標題(洋)
報告番号 113145
報告番号 甲13145
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第143号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山中,桂一
 東京大学 教授 坂梨,隆三
 東京大学 助教授 大堀,俊夫
 東京大学 助教授 斎藤,兆史
 武蔵大学 教授 新田,春夫
内容要旨

 従来の国語教育では、言語を心理的行動と捉える傾向が強かったが、時代の多様なニーズに応える必要から、言語が持つ実用的(動的)な側面が重視されるようになってきている。応用言語学的立場からも、言語生活の中核を成すテクストという単位に焦点をあてることや、その表現・理解の方策に関して理論と実践を結びつけることの重要性が多く指摘されている。

 効率的な文章「理解」の手法を打ち立てるためには、談話・文章のマクロ構造を体系的に把握する方法論を確立することが重要である。また読解の過程は統合と分析の繰り返しによって構成されるため、ボトムアップとトップダウンの併用や、マクロ構造に関するスキーマを活用した読みの技法が、その基礎的能力の向上に直結するものと考えられる。

 説明文は言語の基本的な機能である「伝達」を目的とした活用度の高い文章であり、言語技能の基礎を育成するジャンルである。しかし、比較的安定した国語力を持つ高等学校の生徒でも「伝達」に関する言語技能に十分習熟していないのが実情であり、しかもこのレベルで扱われる教材は説明文よりも難易度の高い「評論」や「論説」が中心で、伝達機能の学習が軽視されているという問題が見受けられる。本稿はこういった国語教育の実態をふまえ、テクスト分析の立場から説明文のマクロ構造分析を行い、このジャンルに特有な構造の解明を行った。以下では、その内容について簡単にまとめる。

 文章のジャンルは、国語教育では文学的文章と説明的文章に分けられ、後者は主観性と客観性という抽象的な識別からその下位分類が列挙されているが、これは具体的な文章とジャンルの対応を考える上で応用性に欠けるという欠陥がある。また日本語学でも同様に、文章の内容や書かれた目的などを中心としたジャンル規定が行われている。本研究では、説明的文章と認識される集合を「事実描写中心」と「意見・主張中心」という二極を結ぶスケールの上に連続的に位置づけた。各ジャンルをこのようなゆるやかな体系上の一部と見ることで、それが厳密には分割され得ず、多くのパラメーターの複合によって幅をもって規定されるものであることが明確に示された。

 また本稿ではこういった内容重視のジャンル観に加えて、説明文の言語学的特徴を考察するため、提題表現と叙述表現を取り上げた。先行研究では、助詞や文型といった形態的要素のみが提題表現判定の指標とされていたが、文章分析においては主語と主題(ガ格・ハ格)の問題を含めた意味的な観点からの判定が必要である。同様に叙述表現については、格文法の概念から文末用言と強い結びつきを持つ格(ヲ格・ニ格)に注目することが重要である。また、説明のモダリティといわれる叙述表現「のだ」は、説明文ではジャンルを特徴づけるだけでなく、文章構造を考える上で論理展開の鍵としても機能する(要約・解説など)ため、これは注目すべき表現である。叙述表現の先行研究ではモダリティから文の客観性や主観性を判別する作業が中心だったが、説明文は客観的な文末表現が大部分であることから、文章構造分析に有効な手法としては、モダリティが現れる文末部分を有標と捉えて具体的な機能を考察するといった工夫が必要である。更に説明文には、斜格から直格という移行によって文章が立体的な連続性を持つという、格の連鎖に関するマクロ構造上の特徴が見られる。

 近年の言語学におけるジャンル論は、具体的なパラメーターとして統語的指標を取り出す一方、レジスターやコンテクストといった状況や社会的・心理的文脈もその指標に含めるべきだと指摘している。本稿で取り上げた提題表現・叙述表現をめぐる言語学的特徴やスケールを利用したジャンル規定についても、それらを総合的に考察していく必要があるだろう。

 本稿では、説明文のマクロ構造分析の前提・先決用件として理論的に不可欠である「文段」と「中核文」という言語単位を設定した。「文段」とは「中核文」を含む一文以上の文集合によって形成される文章構造分析の基礎単位、そして「中核文」はその段の内容を統括する一文と規定した。「中核文」のタイプには、読み手が形態的・意味的指標を用いて原文から一文で抜き出せる「顕在型」と、指標を利用して新たに作成した一文である「潜在型」を考えた。(この潜在型を認める点が「中核文」と、一般的なトピックセンテンスや中心文との違いである。)また潜在型はその抽出方法において部分的に「要約」と重なるが、要約が予め決められた範囲の叙述をまとめるのに対し、中核文は文段の範囲確定に関わる内容の統括や分断を認定する意味で逆の方向性を持つ。こういった複数の指標を組み合わせたマクロ構造の研究は極めて少なく、特に「意味的指標」という観点は本研究の特徴である。また日本語の説明文では「潜在型中核文」が多いが、「中核文」を「文段」設定の手がかりとすることは、明確なトピックセンテンスが少ない日本語の文章の性質に合った分析法であり、広く文学的文章の分析にも応用が可能な手法だといえる。

 この他、中核文には文段内部に働く「統括作用」と文段外部に働く「文章構成作用」の二つの機能を認め、中核文認定では、文段や中核文の種類や機能に関する「予測段階」と、それをもとに実際の叙述の検討を行う「認定段階」という手順を考えた。認定段階で用いられる「形態的指標」としては反復表現、キーワード、提題表現と叙述表現、指示表現などを、また「意味的指標」については、意味論やレトリックなどの研究を参考に「類似性」と「近接性」を取り上げた。これらは全て説明文のマクロ構造を明らかにする要因であるが、特に「意味的指標」において中核文認定に必要な「叙述レベルの差」、つまりその表現がGeneralかnon-General(=Specific)かを、意味の「近接関係」が示すという事実は重要である。「近接性」自身は換喩(事実)的なものから提喩(意味)的なものとその性質に広がりを持つが、文章は主に後者によってその構造化が図られる。一方「類似性」は、専ら文段の分断やまとまりを示す機能を担っている。すなわち読み手は、近接性によって文章の統括を、そして類似性によって文章の結束性を認めるのである。

 このように、中核文を含む意味内容のまとまりである「文段」は文と文章との間に立つ言語単位であり、説明文のマクロ構造はその相互関係によって把握される。説明文の読みとりで必要なLearningでは、具体的な文章内容を抽象的な論理構造として理解する必要からマクロ構造のスキーマの形成やその適用が行われるが、説明文のマクロ構造は人間の推論形式という枠組みによって捉えることが可能である。主な推論形式には「演繹法・帰納法・追歩法・その他」が挙げられるが、本稿では、これらの特徴は「統括位置」だけでなく、「前提・方法・結論」のうちの既知の要素、つまり文章作成の時点で筆者の内部で「予め決定している要素」からも規定されると考えた。

 文章構造は「内容(前提・結論)」と「方法」によって決定されるものとすると、演繹法は「結論」、帰納法は「前提」、追歩法は「方法」が予め決定している形式だといえる。また「統括位置」については、追歩法と帰納法は「尾括型」、演繹法は「頭括型」だが、本稿では従来のように予め全体の段落数(三段落・四段落構成など)を規定した類型化ではなく、統括の位置と個数のみによってマクロ構造を規定した。これは、統括段落以外の構造について多くのケースを網羅し、段落数にこだわらない構造把握を可能とする方法である。

 マクロ構造の把握には、この他に「連接」や「配列」を利用した。「配列」では、各文段のテーマが変わる「列挙・対照」を含む「拡張型」と、各文段のテーマが変わらない「時空間・内容密度・包摂・問題解決・論理」といった関係を含む「進展型」を設定した。この「配列」をもとに各文段は更に高次の「集合文段」にまとめられるが、ここから大部分の説明文は統括部位と被統括部位(前提と結果)から成る「二項構造」(抽象-部分、根拠-提示など)を持つと考えることができる。(統括部位のない場合や、追歩型はこの限りではない。)「連接関係」については、先行研究を検討して項目の内訳の見直しを行ったが、これと配列や中核文を総合的に捉えることで文章の統括部位や推論形式が決定する。また本稿ではこれらの関係の図式化を行った。これは国語教育などの実際の読みへの応用に有効な手段となるものである。

 最後に本稿の手法を用いて具体的な文章構造の特徴を探るため、典型的な狭義の説明文100編と、その他広義の説明的文章50編を分析した。典型的説明文は二項構造で頭括型(演繹型)が多く、前件-後件は「近接関係」によって成立している。つまり中核文認定の鍵となった意味的指標である包摂関係(General/non-General)が、マクロの「文章」レベルでも重要な役割を果たしているのである。また、箇条書きで事実を挙げ連ねる「列挙」構造も「説明」には多い。従来典型的な「説明」の構造とされていた「問題-解決」や「序論・本論・結論」の形式は、「論説・評論」で用いられる傾向が強かった。

 今後の課題としては、心理学的知見や言語学の様々なアプローチを取り入れて多くの種類の文章構造分析を行い、ジャンルの文法を明らかにすると共に、マクロ構造を体系的に整理していくことが挙げられる。また日本語と他言語を比較して各々のマクロ的な特色を捉えることや、音声言語の談話の分析も大切である。国語教育の観点からは、本稿で立てた理論を実践の方法論の基礎として生かすことで、新しい試みを行っていくことが必要である。

審査要旨

 本論文は、国語教育の現場における読解・作文指導への応用を目的として、テクスト言語学および文章論の枠組みによりいわゆる説明的文章の特徴と構造を明らかにしようとしたものである。従来の国語教育では、言語運用を心的行動と捉える傾向が強く、ことに文章構成にかかわる教授法としては例えば起承転結など若干の記述用語を恣意的に使用するほかは、個々人の資質と感受性に多くを委ねる以外に殆ど方法を知らなかった。時枝の「文章論」以降、そこに実証的な研究領域を樹てようとする試みがあり、また西欧のテクスト言語学の刺激を受けて種々の新たなに知見も生まれてきてはいるが、教場で依拠すべき範型はいまだ存在しないというのが現状である。このような状況を踏まえ、本研究は、応用言語学的立場から言語生活の中核をなすテクストという単位に焦点を当て、(1)出来うる限り形式的・客観的な言語指標を析出することにより、文章解剖の方式を確立すること、(2)文章表現・文章理解の方策に関して理論と実践を結びつけ中等教育における実践的ニーズに応える、ことを目指している。

 本論文は、序論と終章を含めて全10章から構成されている。

 序論では、効率的な文章「理解」の手法を打ち樹てるには、まず談話・文章のマクロ構造を体系的に把握するための方法論を確立する必要がある点が指摘されている。また読解という極めて個人的なプロセスに追試可能なかたちで客観的な手順を導入可能とするためには分析過程と統合過程とを併用し、かつマクロ構造に関するスキーマを活用した読みの技法を、他方では同時に文章作成の過程にも適用しうる形で開発することが、学習者の基礎的能力の育成と向上に直結する要件であるむねの主張がなされている。

 続く二つの章では、日本語学および国語学の分野における文章分析の先行研究を、ジャンル規定、文章構造論、段落ないし文段の配列、構造、および機能の各項目にわたって概観し、さらに現在の高等学校における認定教材の詳細な分析を通じて国語教育に反映された文章論の学的背景を総括している。こうして文章の学問的研究および国語教育の現状と実態を把握したのち、筆者は「言語技能」の育成に直結する伝達機能の学習こそ現段階における中高の国語教育にとって緊要不可欠の教化項目であることを指摘し、そのための具体的方策を提案する。

 第4章から第9章までは、上記の提言に基づいて文章の構造分析を行なうための理論構築と筆者の提唱する方法の検証とに当てられている。

 まず「説明文」というジャンルの言語学的な規定が行なわれる。国語教育においては、文章のジャンルは文学的文章と説明的文章に二分され、後者は主観性と客観性という抽象的な識別基準に基づいてその下位分類が不定数列挙されるのが通例であるが、筆者によれば、これは具体的な文章とジャンルの対応を考える上で応用性に欠けるという欠陥がある。また日本語学で行なわれている文章内容や執筆目的に依拠したジャンル規定は主観的判断に強く左右され、厳密さを欠いている。これらはいずれも実践的要請には応え得ない手法であるとして筆者は、説明的文章と認識される集合を「事実描写中心」と「意見・主張中心」という二極を結ぶスケールの上に連続的に位置づけ、各ジャンルを緩やかな勾配上の一部と見ることで、それが厳密には分割され得ず、多くの言語的パラメーターの複合により幅をもって規定されるものであるという仮説を打ち出している。

 説明文の構造を記述するための理論的枠組みは、簡略化して言えば種々の言語特徴により筆者のいう「中核文」を同定し、これに基づいて精密な文段設定を行なったうえで(集合)文段のレヴェルで文段配列の形式を判定するといういう構成的手法であり、この接近法は形式的指標を基準としつつも意味指標を加味して客観性を確保しようとする点に特色が認められる。説明文のマクロ構造分析の前提・先決用件として設定された「中核文」と「文段」は、それぞれ、ある文連続の内容を統括する仮説的命題および一文以上の文集合によつて形成される文章構造分析の基礎単位と規定され、「中核文」から文段への展開形式が類型的に取り出されている。それによれば展開のタイプとしては、読み手が形態的・意味的指標を用いて原文から一文で抜き出せる「頭在型」と並行して、種々の指標を利用して新たに一文を構成することを要する「潜在型」との二種を認める必要があり、これらの構造特性がさらに上位の文段配列の型と文章の種別を左右する(この潜在型を認める点で「中核文」は一般にいうトピックセンテンスや中心文と異なり、さらにこの種の文段からなる文章の構造記述を視野に収める点に本論考の先進性がある。また潜在型はその抽出方法において部分的に「要約」と重なるが、要約が予め決められた範囲の叙述内容をまとめるのに対し、中核文は文段の範囲確定に関わる内容の統活や分断を認定する基準としての役割を担う点で逆の方向性を持つ)。

 中核文はこのように筆者独自の概念であり、すべての立論はこれの有効性に懸かっているが、筆者はこれを提題表現と叙述表現説明との見分け、提題の形式、説明機能と強く結びつく叙述表現のモダリティ(たとえば「のだ」)、論理展開の鍵として機能する接続表現等の指標を用いることにより多角的に識別する方法論を提起し、これを用いて日本語における典型的な説明文の特色を析出している。それによれば教科書に採られたも模範的説明文には「潜在型中核文」が多く、すでに資料的レヴェルにおいて西洋モデルによる文章論では不備であることが指摘されている。この点から見ても、字下げによる恣意的な句読法上の段落を基盤としたり、あるいは構造に関わりなく無批判的に起承転結その他の記述概念を当てはめるのでなく、「中核文」を文段設定の手がかりとする方法が、明確なトビックセンテンスを欠く日本語文の文章特性に合った分析法であり、広く文学的文章の分析にも応用が可能な手法であることが知られる。

 中核文の作用を規定する意味機能としては、文段内部に働く「統括作用」と文段外部に働く「文章構成作用」の二つを認め、中核文認定の認定に際しては、文段や中核文の種類・機能に関する「予測段階」と、それをもとに実際の叙述の検討を行なう「認定段階」という手順が考えられている。認定段階では「形態的指標」として反復表現、キーワード、提題形式と叙述形式、および指示表現が指標として扱われ、また「意味的指標」としては、主題展開の方向性を左右する意味の「類似性」と「近接性」が考察されている。これらは全て説明文のマクロ構造を規定する随意因子と見なされているが、なかでも特に「意味的指標」において中核文認定に必要な「叙述レベルの差」、つまりその表現がgeneralかnon-general(=specific)かは語句の意味の「近接関係」によって担われるという重要な指摘がなされている。「近接性」は換喩(事実)的なものから提喩(意味)的なものへの広がりを持つが、文章は主に後者によつてその構造化が図られ、他方、「類似性」は専ら文段の断絶やまとまりを示す機能を担うとされる。すなわち、読み手は、近接性によって文章の統括を、そして類似性によって文章の結束性を認めるというのが筆者の主張である。

 中核文を含む意味内容のまとまりである「文段」は文と文章との間に立つ言語単位であり、説明文のマクロ構造は文段ないし文段集合の相互関係によって把握される。説明文の読みとりの学習過程では、具体的な文章内容を抽象的な論理構造として理解する必要からマクロ構造のスキーマの形成やその適用が行なわれるが、説明文のマクロ構造は論理学を援用して推論形式という枠組みによつて捉えられている。主な推論形式としては「演繹法、帰納法、追歩法」を考えているが、筆者は、統括的命題の位置だけが推論形式の決定因子をなすのではなく、「前提・方法・結論」のうちの既知の要素、つまり文章作成の時点で筆者の内部において「予め決定している要素」が重要な役割を演じることを論証している。。統括位置からいえば、追歩法と帰納法は「尾括型」、演解法は「頭括型」であるが、文章構造が「内容(前提・結論)」と「方法」によつて決定されるものと想定した場合、演繹法は「結論」、帰納法は「前提」、追歩法は「方法」が予め決定している形式だといえる。この見地から、筆者は従来のように予め全体の段落数(三段落・四段落構成など)を規定した類型化ではなく、統活の位置と個数のみによつてマクロ構造を規定する方法を提案している。これは、統括段落の不明確な構造について多くのケースを網羅し、段落数にこだわらない構造把握を可能とする方法である。

 マクロ構造の把握には、この他に「連接」や「配列」という概念が援用されている。「配列」では、各文段のテーマが変わる「列拳・対照」を含む「拡張型」と、各文段のテーマが変わらない「時空間・内容密度・問題解決・推論」といった関係を含む「進展型」を設定し、この「配列」をもとに各文段はさらに高次の「集合文段」にまとめられる。ここから筆者は大部分の説明文が統括部位と被統括部位(前提と結果)から成る「二項構造」(抽象/部分、根拠/提示など)を持つと考えうるという結論を導いている。(統括部位のない場合や、追歩型はこの限りではない。)「連接関係」については、先行研究を検討して項目の内訳の見直しを行な3い、これと配列および中核文を併用することで文章の統括部位や推論形式が総合的に決定されるとして、これらの関係の図式化を行なっている。これは国語教育などの実際の読みへの応用に有効な手段となりうると予想される。

 第9章では、本論文の提唱する手法を用いて具体的な文章構造の特徴を探るため、典型的な狭義の説明文100編と、その他広義の説明的文章50編を分析している。重要な帰結をいくつか挙げるならば、(1)教科書に採られた典型的説明文は一般に日本人の文章特徴と見なされることの多い4段尾括構造ではなく、二段構造で頭括型(演繹型)が多い。(2)二段構造における前件/後件は語句のスキーマ組成と同じく「近接関係」によって成立し、中核文認定の鍵とされた意味的指標「包摂関係」(general/non-general)が、マクロの「文章」レベルでも重要な役割を果たしている。(3)箇条書きで事実を挙げ連ねる「列挙」構造も説明文には多く、さらに従来典型的な「説明」の構造とされていた「問題-解決」や「序論・本論・結論」の形式は、「論説・評論」で用いられる傾向が強い。(4)文段の構成は文章の種別に連動し、同じく説明的文章であっても意見・主張に重心が傾くほど尾活型が多くなり、事実中心の文章では頭括型が多い、などの諸点が指摘されている。

 最終章のまとめにおいては、今後の課題として、音声言語の談話分析の必要性、心理学的知見や語用論、レトリック等の様々なアプローチを取り入れて多くの種類の文章構造分析を行いより多様なジャンルの文法を明らかにすると共に、マクロ構造を体系的に整理し日本語と他言語を比較して言語文化的な特色を捉えるて行くことの必要性が展望されている。また。国語教育の観点からは、本稿で立てた理論を方法論の基礎として実践の場に生かす方策を打ち樹てて行く必要が述べられている。

 総括して本論文の大きな達成としては以下の3点を挙げることが出来る。60年代以降、単文の範囲を超えたいわゆるテクスト研究は主として連言的結束性を特徴とする物語構造を中心にして急速な発達を遂げたが、本研究はこれとは組成が異なりしかもある意味でより基本的と言える説明文に焦点を当て、そのマクロ構造を体系的・客観的に把握する手法を打ち樹てようとした点がまず高く評価される。立論の根幹をなすのは説明的文章の基本構成単位とされる「中核文」という仮説的な命題の設定と析出方法であるが、筆者はこれを出来うる限り形式的・構造的指標に還元し、さらにその補強策として(1)随時、近接/類似という意味的判定基準を導入する、(2)方法論として統合および分析という発見法的循環を適用するという複合的な方法を採用している。この分野における先行研究の多くが種々の観念的範疇に依存する「分類法」を大きく越え出ていないことを考えれば、これは方法論として斬新かつより周到であると言える。

 第二に、中核文という内容的単位を設定する点も、トピックセンテンス、あるいは中心文として文中の一文を抽出したり、あるいは形式段落のそれぞれを要約したりする方法に較べ、両者の特性を活かすと同時に、統括命題の必要性と性格について西洋とは異なる前提を持つ日本語文について応用性がより高いと予想される。中核文の設定に始まり、文段、集合文段、文段配列に至る構成レヴェルと単位、およびそれぞれの言語的・論理的特性の把握においても充分に説得力のある議論が展開されていると認められる。

 このような理論構成を持つ分析手法が最大の効果を発揮するのは具体的な文章の分析においてである。第9章に挙げられた実例分析と説明文の類別は、判定指標の列挙と図示によって殆ど異論の余地のない形で明示化されており、これには個人的恣意の入り込む畏れがないものと予想される。また、この方法に基づく150例の分析結果も、一般の推量や予測を覆す知見を数多く含み、この一事をもってしても本論文の達成度を測るに充分であると判断される。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

 しかしこの論文にもいくつかの理論的不備が認められないではない。これを要求することが殆ど不可能事を要求するに等しいとはいえ、理論構築の起点となる「説明文」の定義がいまだ必要充分条件を充たしているとは見られないし、また説明文自体の質的偏差を拡張型と進展型とを極性とする勾配として説明する方法も筆者の否定する主観的分類を完全に免れているとは言い難いと思われる。また推論形式としては演繹、帰納、追歩という三者を認めているが、追歩はむしろ修辞法の領域に属する概念であり論理的にはおそらく帰納法に還元されうる点も指摘しておいて良いと思われる。そして最後に今後の発展方向として希望を述べるならば、国語教育という実践の場への応用を所期の目的としている以上、末尾で示唆されている、具体的なパラメーターとして統語的指標や言語態、あるいはコンテクスト、社会的・心理的文脈まで指標化するという理論の精細化方向とはむしろ逆に、本研究において関与性の立証された種々の言語的指標の根源を見極め、この手法の有効性を損なうことなく理論的仮構および余剰な指標類をできる限り整備・軽量化して、学習者個々人が即時に適用可能な、より簡便な手法の創出を計ることが望まれる。

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