魚地君は「ツメガエル初期発生中における前腎分化についての分子生物学的研究」を行って、優れたいくつかの成果を得ている。 腎臓は器管形成の研究のための良きモデル器官として古くから利用されている。腎臓は、最初に前腎が分化し、それに続いて中腎・後腎が分化することにより形成される。腎分化には、最初に前腎原基が誘導されること、他の組織由来の因子が存在することが必須条件であり、腎分化の初期段階の解析には前腎の発生分化機構を調べることが重要であるということが推察されている。そこで魚地君は、組織分化のモデル機構として、両生類での初期発生の前腎の発生過程を分子レベルで解析することを目的とし、大きくつぎの3つの実験を行い、明確な成果を得ている。 まず第一に、ツメガエル予定外胚葉片での前腎管形成中における連続した遺伝子発現をみている。ツメガエル胞胚の予定外胚葉片(0.3×0.3mm)を、10ng/mlアクチビンAと10-4Mレチノイン酸で処理したとき、前腎管が非常に高頻度(100%)でかつ特異的に誘導されるということが明らかにした。つぎに、前腎マーカー遺伝子として、Xlim-1とXlcaax-1を選択し、それぞれの遺伝子の発現パターンを解析した。その結果、外植体に誘導された前腎管は、正常胚の前腎管と同様に、適時適所でこれら2つのマーカー遺伝子(Xlim-1とXlcaax-1)を発現しているということが明らかにした。 2番目は、Na+-K+-ATPase a subunitの遺伝子をクローニングし、この遺伝子がツメガエル胚では原腸陥入中に必要とされていることを明らかにした。まず、Na+-K+-ATPase a subunitの遺伝子をクローニングし、ツメガエル胚における発現様式をwhole-mount in situ hybridization法により解析した。その結果、Na+-K+-ATPase a subunitは、原腸胚期には原口の背側域で、神経胚期には神経管全域にて、尾芽胚期には前腎及び総排泄口にて、おもに発現していることが明らかになった。Na+-K+-ATPaseの胚発生中における役割を調べるために、Na+-K+-ATPase a subunitのアンチセンスRNAをツメガエル初期胚に顕微注入した。その結果、胚には著しい陥入阻害が確認された。また、特に背側に顕微注入した場合には、胚の頭部の形成が阻害された。これらの結果は、Na+-K+-ATPaseが原腸陥入や頭部の形成おいて重要な役割を担っていることを明らかにしている。 3番目は、新規の遺伝子としてXCIRPの遺伝子をクローニングし、解析して、この遺伝子がは、発生中の前腎や神経組織で一過的に発現していることを明らかにした。10ng/mlアクチビンAと10-4Mレチノイン酸で処理した外植体で発現し、腎形成に関与している遺伝子を単離するために、ディファレンシャル・ハイブリダイゼーション法によるクローニングを行った。その結果、前腎形成のある一時期にのみ前腎域で発現する遺伝子がクローニングされた。この遺伝子の全配列を決定し配列検索を行った結果、マウスのcold-inducible RNA binding protein(CIRP)とアミノ酸配列で75%の相同性を持つことが明らかになった。さらに、whole-mount in situ hybridization法により発現領域を調べたところ、この遺伝子は前腎管や神経組織形成の中期に一過的に前腎域あるいは神経域で発現していることを明らかにした。 魚地君の行った研究は、ツメガエル予定外胚葉片をアクチビンとレチノイン酸という2つの誘導因子を用いることによって、これまで困難とされてきた、精製された物質による腎臓の誘導をおこない、人工的に本来の機能を有する組織の誘導を可能にした。この実験系を利用することにより、腎臓を分子レベルで解析することも可能であることを初めて明らかにした点は学問上大きな意義がある。このように本研究によりえられた成果は、腎臓の発生分化の過程を組織学的および分子生物学的に解析する上で有効な実験系となると考えられる。 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |