学位論文要旨



No 113154
著者(漢字) 亀高,諭
著者(英字)
著者(カナ) カメタカ,サトシ
標題(和) 出芽酵母のオートファジーに必須なAPG6、APG14遺伝子の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular analyses of APG6 and APG14 genes,essential for autophagy in the yeast Saccharomyces cerevisiae.
報告番号 113154
報告番号 甲13154
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第152号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,正之
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
 岡崎国立共同研究機構 教授 大隅,良典
内容要旨

 細胞は常に外界の栄養状態を感知し、その変化に適応しながら生きている。自食作用(オートファジー)は栄養飢餓条件下に誘導される自己細胞質成分の分解現象で、細胞が飢餓条件下に生存を維持するために必須な生理現象である。オートファジーは飢餓条件下に於いて、細胞質中にオートファゴソームと呼ばれる二重膜構造体が出現し細胞質を取り囲み、次に多数の加水分解酵素を含む液胞/リソソームと融合することにより細胞質成分を分解するという過程を経ることが分かっている

 (Fig.1)。しかしながらオートファゴソームの膜の由来、およびその形成に関与する分子機構は全く不明であった。近年、出芽酵母S.cerevisiaeにおいてオートファジーが見出され、オートファジー不能変異株群(apg異株)が単離された。apg変異株はどれもオートファジー不能、栄養飢餓条件下での生存率の低下という表現型を示す他に、オートファゴソームの蓄積が見られないことからオートファゴソームの形成過程、或いはそれ以前の段階に欠損があると考えられる。APG6遺伝子は557アミノ酸からなる推定分子量63kDaの親水性タンパク質をコードしている。その分子の中央部にcoiled-coil構造を持つ他は、シグナル配列や既知のタンパク質との有意な相同性は見出されていない。APG6遺伝子破壊株はオートファジーを誘導できず、窒素源飢餓条件下に速やかにその生存率を低下させた。

 Apg6pに対する家兎抗体を作製しイムノプロットを行った結果、、Apg6pは約65kDaのタンパク質として検出された。

 Apg14pは約43kDaの親水性のタンパク質でApg6p同様coiled-coil構造を持つと予想される。APG14の大量発現によりapg6-1変異株のオートファジー不能という表現型が部分的に抑圧されることが分かった。Apg6pとApg14pの細胞内局在性を遠心分画法により調べた。スフェロプラスト化した酵母細胞を浸透圧ショックにより破砕し、10,000xgで遠心し、沈澱画分と、上清画分に分画した。次にこの上清画分を100,000xgで遠心し、沈澱画分と上清画分に分画した。得られた画分を用いてApg6p及びApg14pのイムノプロッティングを行ったところ、両遺伝子産物共に主に低速度沈澱画分に分画された。この両分には核、小胞体、液胞、ミトコンドリア、或いは細胞膜といったオルガネラが分画される。Apg6p,Apg14pの細胞内局在性を更に詳細に検討するために、iodixanol密度勾配遠心法により細胞破砕液を分画した。その結果、Apg6pとApg14pのピークが完全に一致した。さらに、そのピークは核、液胞、小胞体、ゴルジ体、細胞膜、ミトコンドリアのいずれのマーカータンパク質のピークとも一致しなかった。これらのことから、Apg6pとApg14pは未知の膜構造体に結合しているか、免疫沈降したところ、Apg14pが共免疫沈降してくることが分かった。さらに、細胞破砕液を事前にTriton X-100処理することによっても共免疫沈降することからApg6pは直接的にApg14pと結合している可能性が高い。また、この結合は栄養飢餓の有無に関わらず起きていることが分かった(Fig.2)。

 最近になって、APG6遺伝子がVPS30遺伝子と同一であることが明らかになった。vps30変異株は液胞内可溶性加水分解酵素であるカルボキシペプチダーゼY(CPY)を正常に液胞に輸送できず、細胞外に分泌するという表現型を示す。この表現型はゴルジ-エンドソームに局在するCPYレセプターが液胞に蓄積してしまうことによると考えられており、また、vps30変異株では他のゴルジ局在性タンパク質の局在の変化がみられることから、Vps30pはエンドソームーゴルジ間のタンパク質輸送に関与しているのかもしれない。APG6及びそのサプレッサーであるAPG14の破壊株におけるCPYの輸送をパルスーチェイス実験により検討した。その結果、APG6破壊株ではゴルジ型のCPYが細胞外に分泌されるという典型的なvps変異株の表現型を示すのに対し、APG14破壊株では野生株と同様正常に液胞に輸送されることからAPG14はCPYの輸送には関与していないことが分かった。また、液胞膜タンパク質で、CPYとは別の経路を通って液胞に輸送されることが示されているアルカリ性ホスファターゼ(ALP)のプロセシングに関しても正常であることから、APG14は液胞へのタンパク質輸送には関与していないことが示された。

 非常に興味深いことに、APG14の大量発現によってapg6-1変異株のオートファジー不能という表現型は抑圧を受けるが、この時CPYの細胞外への誤輸送は抑圧されない。このことはApg6pがオートファジーと液胞タンパク輸送経路の両方で別々に機能していることを示唆している。

 apg6変異株におけるオートファジー不能という表現型が、液胞タンパク質輸送における欠損に起因するものであるかを明らかにするために、現在Apg6p/Vps30pの近傍で機能していると想像されている他のVPS遺伝子、あるいはゴルジ-細胞膜-液胞間のタンパク質輸送に関わる他の因子がオートファジーに関与するかどうかを調べた。その結果、エンドソームの近傍で機能している遺伝子の欠損によりオートファジーが強く影響を受けることが分かった。ゴルジ-液胞間のタンパク質輸送経路における中継地点というだけでなく、オートファジーというダイナミックな膜流動を伴う現象にエンドソームの膜構造そのものが深く関与しているのかもしれない。

 既存の全てのapg変異株の中では唯一apg6がCPYの液胞への輸送に欠損を示すことから、Apg6pはオートファジーとこれらの経路との関係を明らかにするために非常に重要な因子である。また、Apg14pはApg6pと安定なタンパク質複合体を形成するだけでなく、Apg6pの液胞タンパク質輸送経路における機能には関与しないことからApg6pのオートファジーの経路における機能を制御する調節因子として機能している可能性がある。

Fig.1 Autophagy in yeast.Fig.2 Apg6p and Apg14p are coimmunoprecipitatied.
審査要旨

 自食作用は、真核細胞に普遍的で重要な生理機能である。高等動物のリソソームの複雑さと動的な性格のために、解析が進んでいない細胞生物学の領域の1つであり、近年多くの研究者が参入し始めている分野でもある。申請者、亀高諭君はこの5年間一貫して酵母の自食作用に関する研究を行ってきた。所属研究室において既に自食作用不能変異株が多数分離されていたが、それらはいずれも自食作用不能以外の表現型を示さず、新規の遺伝子でありさらなる生理学的な解析が困難であった。そこで申請者は修士2年間を通じてAPG5遺伝子のクローニングと構造解析を行い、これは自食作用に関わる遺伝子として初めての報告となった。

 申請者は、博士課程に進学後、APG6遺伝子の解析を開始した。まずAPG6遺伝子をクローニングし、全塩基配列を決定した。APG6遺伝子は557アミノ酸からなる63kDの親水性の蛋白質をコードしていることを明らかにした。これは新規の遺伝子であり、分子の中央部にコイルドコイル構造をもつ以外にはその機能を推定することは出来なかった。遺伝子破壊株は、栄養増殖に異常を示さず、飢餓条件下に生存率を維持できず、ホモ2倍体は胞子形成不能であった。ノザン解析の結果は本遺伝子が栄養増殖時にも発現しており、転写レベルでの飢餓応答は認められなかった。

 最近、APG6遺伝子が液胞酵素の輸送に関わる遺伝子として分離されたVPS30遺伝子と同一であることが明らかとなった。実際apg6-1やapg6破壊株はカルボキシペプチダーゼ(CPY)を細胞外へとミスソーティングをする。ゴルジ体、エンドソーム、液胞への輸送経路と自食作用が関連していることを示唆するが、Vps30pの近傍で働くとされる遺伝子を含めて他のvps変異株の中には自食作用に欠損を持つものは見られなかった。

 apg変異株の遺伝的な相互作用の解析によりAPG14の過剰発現によってapg6の自食作用の欠損が部分的に相補されることを見いだした。apg6-1変異はORFの約半分にところにナンセンス変異を持っており、確かに半分の分子量を持つ産物が検出される。APG14の過剰発現はapg6の遺伝子破壊株に対しては抑圧作用を示さない。APG14のクローニング、構造解析の結果、43kDの蛋白質をコードしていた。apg14pも細胞分画により膜画分に回収され、密度勾配遠心法によって両者が同じ未知の構造体に存在することを明らかにした。さらに免疫沈降実験によって両者が同一の複合体に存在していることを示すことに成功した。apg14の遺伝子破壊株はvps表現型を示さないこと,及びApg14pの過剰発現は、自食作用不能の表現型は部分的に抑圧するものの、CPYのミスソーティングが抑圧しないことから、Apg6p/Apg14pは自食作用に特異的な機能を持つことが示唆される。

 このように申請者は未知の領域であり、解析の困難であった自食作用に関わる2つの分子を解析して、複合体として機能していることを明らかにした。これらは今後の自食作用の膜動態の重要な手がかりとなることが期待される研究成果である。この研究を通じて細胞生物学一般に関する研鑽とつみ、分子生物学的な方法論に関しても広く修得した。総合文化研究科の博士号に十分であると判断される。

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