学位論文要旨



No 113156
著者(漢字) 高橋,秀治
著者(英字) Takahashi,Shuji
著者(カナ) タカハシ,シュウジ
標題(和) 両生類初期発生における、筋・神経細胞の決定・分化についての分子生物学的解析
標題(洋) Molecular analysis of muscle and neural cell determination and differentiation in Xenopus early development
報告番号 113156
報告番号 甲13156
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第154号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 助教授 石井,直方
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨

 私は両生類(アフリカツメガエル)の初期発生のシステムを組織学的、及び分子生物学的な手法を用いて研究してきた。動物の初期発生段階には、たった一つの細胞である受精卵が分裂を繰り返し、やがてそれぞれが相互作用(誘導)し、さまざまな構造と機能を持つ過程(分化)が観察される。分化は多くの場合、誘導因子によって引き起こされる。これまでに多くの誘導を担う物質が単離されてきた。中胚葉誘導因子であるアクチビンもその一つである。最も研究が進んでいる組織である筋肉の誘導、分化の過程は多くの研究がなされ、また形態形成を理解するための良いモデル系となっている。特にMyoDを代表とする、bHLHドメインをもつ遺伝子(筋分化制御因子)の発見により筋細胞の分化の過程は二つのステップ(決定、分化)から成り立っていることがわかってきた。しかし初期発生において、中胚葉誘導のシグナルがどのような経路をたどり筋細胞へと方向づけるのか、すなわちいかに決定遺伝子であるbHLH型遺伝子を誘導するのかはわかっていない。そこで、最初に発現するbHLH型遺伝子であるXmyf-5の詳細な発現パターンとその誘導条件を調べ、さらにXmyf-5のGenomic DNAをクローニングし上流解析を行った(1-A)。また、筋細胞の決定に関わると考えられるマウスのMHox遺伝子のアフリカツメガエルのホモログの一つである、Xprx-1遺伝子をクローニングし、発現パターンおよび機能の解析を行った(1-B)。

 また近年、ショウジョウバエの遺伝学的研究から神経細胞の分化の過程でもbHLHドメインをもつ遺伝子であるが機能していることが発見され、脊椎動物の筋細胞と似たシステムを用いていることが示されている。さらに、ショウジョウバエと同じように脊椎動物の神経細胞でも同じ様なシステムを用いていることが推測され、遺伝子のスクリーニングが行われ、いくつかの遺伝子がクローニングされた。その一つである、ATH-3のXenopusホモログのクローニングを行った。またその発現パターンと機能の解析を行い、神経細胞の分化が筋細胞の分化の過程と同様に二つのステップ(決定、分化)を経るのかどうかを検討した(2)。

(1-A)Xmyf-5の上流解析

 まず、アフリカツメガエルの筋細胞の決定・分化において、最初に発現するbHLH型遺伝子をRT-PCRを用いて調べた。その結果、Xmyf-5とXmyoDが最も早く発現することがわかった。また発現が確認されていなかった、Xmyogeninは分化のステップで発現していることがわかった。さらにホールマウントin situハイブリダイゼーションを用いて空間的発現を調べたところ、XmyoDがその後、発現し続けるのに対し、Xmyf-5は発現するとすぐに抑制され、新たに決定づけられる細胞でのみ発現していた。またそれぞれの発現開始部位はXmyoDが腹側でも起こるのに対してXmyf-5は背側であった。さらに、すでに調べられているXmyoDと同じようにアニマルキャップアッセイにおいてXmyf-5はアクチビンやbFGFといった中胚葉誘導因子で発現するが、背側中胚葉誘導も誘導するアクチビンの方がよりXmyf-5を強く誘導できることがわかった。また、Xmyf-5中胚葉誘導誘導因子によって誘導されるXbraのmRNAのインジェクションによっても非常に弱くではあるが誘導された。このXbraによるXmyf-5の誘導は背側化能をもつnogginによって増強された。このユニークな発現を示すXmyf-5の上流解析を行うため、アフリカツメガエルのゲノムDNAをクローニングした。その塩基配列から、Xmyf-5の5’上流域にXbraのバインディングモチーフに似ている配列が存在することがわかった。このXmyf-5の上流域のプロモーター活性をレポーター遺伝子としてLacZを用いて解析したところ、2ヵ所の領域に活性を強める働きがあることがわかった。この領域はXbraのバインディングモチーフに似ている配列を含んでいた。この配列は直接Xmyf-5の発現を制御している可能性がある。

(1-B)Xprx-1についての解析

 Xmyf-5の上流解析と平行して、マウスのMHox遺伝子(筋細胞の決定に関わると考えられる)のアフリカツメガエルのホモログである、Xprx-1遺伝子をクローニングした。発現パターンをホールマウントin situハイブリダイゼーションを用いて調べたところ、さい弓を含む頭部間充織に強い発現が見られた。しかしながら、調べたステージの範囲では予定筋細胞および分化した筋細胞においての発現は全く見られなかった。また過剰発現を行ったが筋肉の形成は見られなかった。よってXprx-1はXmyf-5発現および初期筋細胞の分化には働いていないと考えられた。

(2)神経細胞の決定、分化に関わる新規のbHLH型遺伝子Xenopus ATH-3の解析

 従来、ショウジョウバエからはbHLHドメインをもつ遺伝子が神経細胞の分化に重要な働きをしているということが示されていたが、近年、脊椎動物でもXash-3やNeuroDが発見され、筋細胞と似たシステムを用いていることが示唆された。前者は決定のステップで、後者は分化のステップで働くと推定されている。筋細胞同様、複数の決定因子がこの過程に関与すると考えられ、スクリーニングが行われいくつかの遺伝子がクローニングされた。その一つである、ATH-3のXenopusホモログのクローニングを行い、その発現と機能解析を行った。ATH-3はNeuroDと高いホモロジーを持ち、同じようにbHLHドメインをコードしていた。さらに発現パターンもNeuroDと類似しており、脳、眼、頭部神経節、三叉神経節などに強く発現していた。マイクロインジェクションを用いて胚の片側に過剰発現させると、導入した側で前脳の過剰形成を引き起こすことが観察された。また、この現象は、神経細胞の過剰分裂によるものではなく、導入された非神経細胞の運命の転換を引き起こし、予定表皮細胞、予定中胚葉細胞を神経細胞へと分化の方向性を変換することに因ることが組織学、抗体染色、ホールマウントin situハイブリダイゼーションなどの手法を用いて明らかになった。また、未分化な細胞であるアニマルキャップに過剰発現させると頭部の神経マーカーを誘導したが、この能力はbHLHドメインのリン酸化部位と考えられる一塩基の置換により変化することがわかった。これらの結果から、ATH-3は非常に強い神経細胞への決定・分化能の両方を持ち、これまで知られている、Xash-3やNeuroDとは異なる機能を持つことが示唆された。しかしながら、ATH-3の比較的後期での非常に強い発現と、筋分化における分化のステップで働く因子が決定能をも持つことから、分化でのみ働く因子であることも考えられる。

 現在、中胚葉誘導因子をはじめとする多種多様な誘導因子が報告されてきている。また、筋細胞の分化に関する研究からbHLHドメインをもつ遺伝子の発見が行われたが筋細胞のみならず神経でも同じシステムが用いられていることが明らかとなり、また、リンパ球細胞、赤血球細胞、間充織細胞、膵臓でもbHLHドメインをもつ遺伝子の発見が行われてきており、誘導とそれにともなうbHLHドメインをもつ遺伝子の発現を用いたシステムは細胞分化における普遍的なシステムとして用いられていると推測される。本研究では、筋細胞の決定のステップを引き起こす誘導のシグナルを伝える分子機構と神経分化におけるbHLHドメインをもつ遺伝子の機能の解析をおこなった。これらの研究は今後もさらに、細胞分化において誘導とそれにともなうbHLHドメインをもつ遺伝子の発現というシステムを用いる各組織において、解析されてゆくものと考えられる。また、分化のシステムにおける普遍性がどの程度まで存在するのか、またその差異がどのように産み出されるのかなど、初期発生における細胞分化の研究は生物学的に重要な課題を含んでおり、発展が期待される。

審査要旨

 高橋秀治君は「両生類初期発生における、筋・神経細胞の決定・分化についての分子生物学的解析」を行って下記のような優れた結果を得ている。

 高橋君は大きく分けて2つの成果を得ている。この第1番目は筋肉分化に関するものである。そのためにXmyf-5の上流解析を行った。

 まず、アフリカツメガエルの筋細胞の決定・分化において、最初に発現するbHLH型遺伝子をRT-PCRを用いて調べた。その結果、Xmyf-5とXmyoDが最も早く発現することがわかった。またいままで発現が確認されていなかったXmyogeninは分化のステップで発現していることがわかった。つぎに、アニマルキャップアッセイにおいてXmyf-5はアクチビンやbFGFといった中胚葉誘導因子で発現するが、背側中胚葉誘導も誘導するアクチビンの方がよりXmyf-5を強く誘導できることがわかった。また、Xmyf-5中胚葉誘導誘導因子によって誘導されるXbraのmRNAのインジェクションによっても非常に弱くではあるが誘導された。このXbraによるXmyf-5の誘導は背側化能をもつnogginによって増強された。このような発現を示すXmyf-5の上流解析を行うため、アフリカツメガエルのゲノムDNAをクローニングした。その塩基配列から、Xmyf-5の5’上流域にXbraの結合型モチーフに似ている配列が存在することを明らかにした。更に筋肉分化についてXprx-1についての解析も行った。マウスのMHox遺伝子(筋細胞の決定に関わると考えられる)のアフリカツメガエルのホモログである、Xprx-1遺伝子をクローニングした。発現パターンをホールマウントin situハイブリダイゼーションを用いて調べたところ、さい弓を含む頭部間充織に強い発現が見られた。しかしながら、調べたステージの範囲では予定筋細胞および分化した筋細胞においての発現は見られなかったのでマウスの分化とは異なっていることがわかった。

 第2番目は神経細胞の決定、分化に関わる新規のbHLH型遺伝子Xenopus ATH-3の解析を行った。その結果、まずショウジョウバエのATH-3のXenopusホモログ(XATH-3)のクローニングを行い、その発現と機能解析を行った。XATH-3はNeuroDと高いホモロジーを持ち、同じようにbHLHドメインをコードしていた。さらに発現パターンもNeuroDと類似しており、脳、眼、頭部神経節、三叉神経節などに強く発現していた。マイクロインジェクションを用いて胚の片側に過剰発現させると、導入した側で前脳の過剰形成を引き起こすことが観察された。また、この現象は、神経細胞の過剰分裂によるものではなく、導入された非神経細胞の運命の転換を引き起こし、予定表皮細胞、予定中胚葉細胞を神経細胞へと分化の方向性を変換することに原因となっていることが組織学、抗体染色、ホールマウントin situハイブリダイゼーションなどの手法を用いて明らかにした。

 このように高橋君は、筋細胞の決定のステップに関与するXmyf-5の上流域の解析と神経分化におけるbHLHドメインをもつ遺伝子であるXATH-3の機能の解析をおこない、両生類の初期発生における筋分化と神経分化の類似性を明らかにした。審査員全員から高い評価を得た。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54609