学位論文要旨



No 113157
著者(漢字) 中里,浩一
著者(英字)
著者(カナ) ナカザト,コウイチ
標題(和) IV型コラーゲンのゲル形成機構
標題(洋) Mechanism of Type IV Collagen Gelation
報告番号 113157
報告番号 甲13157
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第155号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 助教授 菊地,一雄
 東京大学 助教授 石井,直方
内容要旨 1

 IV型コラーゲンはおもに基底膜と呼ばれる細胞外マトリックス組織中に存在する。IV型コラーゲンはマルチドメイン構造であり、C末端側に非コラーゲンらせん(NC1)ドメイン、分子中央は21箇所の乱れを含んだコラーゲンらせん(TH)ドメイン、N末端はコラーゲンらせんドメインではあるがシステイン残基を多く含む7Sドメインの3つのドメインからなる。I型コラーゲンはその分子の大部分がコラーゲンらせん構造からなる。抽出されたI型コラーゲンは生理的イオン強度、中性pHにて温度を28℃にあげることでらせん同士が並列的に再会合し、線維状の会合体を形成することが知られている。単離したIV型コラーゲンは同じく生理的イオン強度、中性pHにて温度を28℃にすることで、7S-7S、TH-THあるいはTH-NC1などのドメイン間相互作用をへて、網目状再会合体を形成することが報告されている。I型コラーゲンは分子同士が並列的に会合し、線維を形成した後、ゲル化する。他の型のコラーゲンに関してはゲル化の報告はなかった。

 1996年、村岡らは牛レンズカプセル由来のIV型コラーゲンがジチオスレイトールを含む2Mグアニジン塩酸中で再会合し、ゲル化することを報告した(Muraoka et al.(1996)J.Biochem.119,167-172)。この条件は基底膜成分の抽出材料として広く用いられているマウスEHS腫瘍のIV型コラーゲンの抽出条件であり、一般にも生体高分子の溶解条件である。この報告はI型コラーゲン以外の型のコラーゲンがゲル化することを示した初めての報告である。生体組織は、水分を多く含んだ水和ゲル状態であるとみなせること、ゲル状基質が培養細胞の機能維持・発現に対して効果的であることなどからIV型コラーゲンがゲル状会合体形成能を持つことおよびその形成の性質を検討することは、生体組織の再構成という観点からも重要であると考えられる。

 ゲル形成において分子間の会合は必須であると考えられる。単離したIV型コラーゲンが会合すると報告されている生理的イオン強度、中性pHにおいて、ゲル化の報告はない。またIV型コラーゲンがゲル化すると報告されているグアニジン塩酸、ジチオスレイトール中での分子間の相互作用に関しては検討が無い。

 以上のような点から本論文ではIV型コラーゲンが会合体形成することが報告されている生理的イオン、中性pHの条件でのIV型コラーゲンのゲル化能とすでにIV型コラーゲンがゲル化すると報告されている条件でのIV型コラーゲン分子同士の会合体形成との関係を検討していく過程でIV型コラーゲンのゲル形成機構を理解することを目的とした。

2中性pHにおける牛レンズカプセル由来IV型コラーゲン溶液のゲル化

 EHS腫瘍由来IV型コラーゲンは生理イオン、中性pHで体温付近にて再会合し、網目状の会合体を形成することが報告されている。またこの条件でEHS基底膜成分の混合物はゲル状を呈することは知られているが、IV型コラーゲン単独ではゲルにならないと考えられている。村岡らは牛レンズカプセル由来IV型コラーゲンは2Mグアニジン塩酸、ジチオスレイトール中でゲル化することを報告した。ゲル化は分子の会合にともなう溶液の十分な粘度上昇の結果であると考えられる。牛レンズカプセル由来IV型コラーゲンは生理的イオン強度、中性pHで体温付近において、再会合することが報告されている。しかし、その条件でのゲル化に関しては検討が無い。そこで牛レンズカプセル由来IV型コラーゲンを用い、生理的条件に近い条件にて、ゲル状会合体の再構成能を検討した。

 以下に検討したすべての条件においてIV型コラーゲン再会合体は固層と液層が分離することなくゲル状態であった。しかしその強度は形成条件に依存した。20mMリン酸緩衝液、pH7.3,150mM NaClの条件で、形成温度に関しては、4〜36℃で温度が低いほど外力(遠心力)による変形の小さい会合体が得られた。イオン強度に関しては、20mMリン酸緩衝液、pH7.3、4℃、0〜300mM NaClの条件で150mMの条件での会合体が外力による変型が小さかった。得られたゲルのPi/Cレプリカを作成し観察したところ微細な網目状構造であり、基底膜構造によく類似していた。また網目中にIV型コラーゲンNC1ドメイン様の球状構造が観察された。したがってゲルの網目構造の主体はIV型コラーゲンからなることが示唆された。

 以上から牛レンズカプセル由来IV型コラーゲンは生理イオン、中性pHにおいてゲルを再構成することおよびそのゲル形成条件によって得られるゲルの強度も変化することを示した。特にIV型コラーゲンゲルが固くなる条件は、グアニジン塩酸、ジチオスレイトールの条件と同じく、I型コラーゲンにおいてはより分散しやすい条件であった。

3IV型コラーゲン溶液のゲル形成に必要なドメイン間相互作用

 牛レンズカプセル由来IV型コラーゲンは条件を選ぶと会合体形成し、ゲル化に至ることを示した。特に固いゲル状になる条件はIV型コラーゲン分子の大部分を占めるコラーゲンらせんが分散しやすい条件であった。IV型コラーゲンはNC1ドメイン、THドメイン、7Sドメインの3つのドメインからなるマルチドメイン構造である。このゲル化に至るIV型コラーゲンの相互作用をドメインレベルで解析するために、ペプシン処理によりNC1ドメインを失ったIV型コラーゲンを調製した。IV型コラーゲンのらせん部位は複数の非らせん領域を含むためペプシンによりらせん部位も切断されると考えられている。しかしここで得られたペプシン処理IV型コラーゲンは分子の大部分を残していた。NC1ドメインを欠失したIV型コラーゲンはグアニジン塩酸、ジチオスレイトール中でゲル化しなかった。また粘度上昇が十分に起きない程度のタンパク濃度のintactなIV型コラーゲンにペプシン処理したIV型コラーゲンを添加すると粘度上昇が促進された。一方、ゲル化が十分に起きるタンパク濃度のインタクトなIV型コラーゲンにペプシン処理したIV型コラーゲンを添加した場合、ゲル化が阻害された。以上の結果はIV型コラーゲンのゲル化においてはNC1ドメインが必須であること、intactな分子がペプシン処理したIV型コラーゲン分子と相互作用することなどを示唆している。インタクトなIV型コラーゲンがゲル化するタンパク濃度の条件で単離したNC1ドメインを添加したところ、ゲル化が阻害された。この結果はIV型コラーゲンのゲル化においてNC1ドメインが必要であることを支持している。さらに熱処理したIV型コラーゲンらせん、単離したIV型コラーゲンのTHドメインはゲル化を阻害した。IV型コラーゲンと同様の化学組成(アミノ酸組成および糖含量)をもつV型コラーゲンはゲル化を阻害しなかった。以上の結果は、少なくともIV型コラーゲンらせん部分固有のポリペプチド鎖がゲル化において重要であることを示唆している。

4考察

 生理的イオン強度、中性pHにおいてIV型コラーゲンはゲル形成し、特に温度の低い条件(4℃)で形成されたゲルは外力に対する変形が小さかった。生理的イオン強度、中性pHでは特にコラーゲンらせん間の並列的な会合が温度依存的に起こることがしられており、温度の低い条件ではコラーゲンらせん同士の並列的な会合は抑えられる。グアニジン塩酸も同様にコラーゲンらせん同士の並列的な会合を抑える試薬である。これらの条件下ではコラーゲンらせん同士の並列的な相互作用の少ない会合体ができると考えられる。

 中性pH、150mMNaCl,4℃あるいは28℃で得られたゲルとグアニジン塩酸、ジチオスレイトール中で得られるゲルの光散乱をそれぞれ測定した。光散乱はゲル中での会合体の分布を反映し、光散乱の値が大きいほどゲル中での会合体の分布は不均一であると考えられる。中性pH、28℃で得られるゲルの光散乱が最も大きく、グアニジン塩酸中で得られたゲルは最も小さかった。すなわちコラーゲンらせん部分が分散しやすい条件で得られたゲルはIV型コラーゲン会合体の分布が不均一であり、ゲル中のIV型コラーゲン分子の分布はコラーゲンらせん部分の並列的な会合の性質に依存すると考えられた。ゲルの遠心力による変形はそのゲル内でのIV型コラーゲン会合体の密度分布によって影響を受け、ゲル中に会合体密度の高い部分があるとその部分がより強く遠心力を受けて沈降しやすくなると考えられる。これらゲルの遠心による強度を比較したところ、グアニジン塩酸中でのゲルが最も変形が小さく、中性pH、28℃で形成したゲルが最も大きく変形した。中性pH、4℃で得られたゲルは両者の中間の性質であった。

 以上から、コラーゲンらせん部分が分散するような条件でゲル形成を行うと、IV型コラーゲン分子がより均一に分布するようなゲルが得られ、一方コラーゲンらせん同士が会合しやすい条件でゲル形成を行うと、ゲル中でのIV型コラーゲンの会合体の密度分布に偏りが生じることがわかった。その結果IV型コラーゲンゲルの物理的な性質が変化し、特に外力による変形の小さいゲルができる条件は、コラーゲンらせん同士が分散する条件であった。またそのような条件ではIV型コラーゲン分子同士の会合にNC1ドメインが必須であった。したがって特に外力による変形の小さいIV型コラーゲンゲルはコラーゲンらせん部分は分散し、なおかつ分子同士がNC1ドメインによって会合している構造からなると推察された。

審査要旨

 酢酸などで抽出したI型コラーゲン溶液は中性のpH,生理的な塩濃度、37℃に置くと、縞模様を有するコラーゲン線維を再構成するとともに、ゲル化する。I型コラーゲンはペプシンを用いると大量に組織から可溶化されるが、過剰にペプシン処理したI型コラーゲンはゲル化しにくかったり、脆いゲルしか形成されないことがある。ヒトなど哺乳類には現在のところ約20種のコラーゲン分子種が報告されている。これらのうち、ペプシン処理して、タンパク質として単離されるものはI型コラーゲン以外では、II型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲン、VI型コラーゲン、VII型コラーゲン、VIII型コラーゲン、IX型コラーゲン、XI型コラーゲン、XII型コラーゲンなどだけである。これらのうち、不完全とはいえ再会合能を有することがはっきりしているものはI型コラーゲン、II型コラーゲン、III型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲンだけである。これらの会合体の構造はIV型コラーゲン以外を除いて、どれもI型コラーゲンと同様、線維の形態をとる。しかし、ゲルになるのはI型コラーゲンのみである。I型コラーゲンから再構成したゲルは生体材料および細胞培養の基質としても利用されており、I型コラーゲンの有する力学的な特性を持つ材料としてのみならず、細胞の機能発現・調節にも作用を有することが報告されてきた。

 IV型コラーゲンは線維は形成せず、ポリゴナルメッシュワークを形成することが報告されている。最近、安達らはペプシン処理したIV型コラーゲンもポリゴナルメッシュワークを形成する能力があること、またメッシュワークのポアサイズは生体内の基底膜のメッシュワークポアサイズに近いものであることを示した。

 1996年、村岡らは牛レンズカプセルから酢酸で抽出したIV型コラーゲン溶液が2Mグアニジン塩酸プラス10mMジチオスレイトールという条件下でゲルを形成することを発見した。IV型コラーゲンがゲル化するというはじめての報告である。学位論文提出者は、この研究論文の共著者であり、論文をまとめるにあたり、大きな貢献をした。提出された中里浩一の学位論文はこの研究を出発点に、IV型コラーゲンのゲル化機構を解明すべく、ゲル化に必要な環境条件及びゲル化をもたらすIV型コラーゲン間のユニークな相互作用を担っているドメインの構造を追求したものである。その結果、IV型コラーゲンが有するゲル形成能について興味深い知見が得られた。さらにゲル化機構についてのモデルが得られ、一般にIV型コラーゲン溶液、さらにはコラーゲンを主体として溶液がゲル化する上で必要な要件についての仮説が得られ、検証された。

 本論文の研究内容は第3章と第4章の二つに分けられる。第5章にて総合的にIV型コラーゲンのゲル化機構について、一つの解釈(仮説)を提唱している。まず、第3章では「中性pHでの牛レンズカプセル由来IV型コラーゲンのゲル化」を検討した。村岡らのIV型コラーゲンゲル化で用いたのは、2Mグアニジン塩酸+ジチオスレイトールという非生理的な条件であった。生理的な条件下であってもIV型コラーゲンがゲル化することを見出した。ゲル化の機構を考察し、溶媒とタンパク質、特にコラーゲンらせん部位との相互作用を一般化した機構を仮説として提案した。すなわち、ゲル化は溶媒和している条件下で、タンパク質間の結合が形成され、三次元メッシュワークが形成される必要がある。また、IV型コラーゲンはグアニジン塩酸+ジチオスレイトールという常識的には生体高分子が解離する条件下で分子間結合するという仮説である。このような結合をするドメインとして、IV型コラーゲンにユニークなNC1ドメインの寄与がある。第三章では、生理的なpH,イオン強度下、特に低温ではコラーゲンらせんが比較的水和して、分子が分散すること、Tsillibaryらによれば、NC1ドメインとIV型コラーゲンらせんドメインの結合が見られることを基に、ゲル化を検討し、低温ではハンドリング操作中にも壊れないようなゲルが形成されることを見出した。しかし、温度をあげると壊れやすい。ゲルの壊れ易さの尺度として、遠心による不可逆的な体積の収縮を指標に温度の影響を検討した。この結果、ほぼハンドリングの時の壊れ易さに相関し、低温で生成したゲルの収縮にはより強い遠心力を必要とした。次いで、第4章では「IV型コラーゲン溶液のゲル形成に必要なドメイン間相互作用」を検討した。すなわち、IV型コラーゲンのらせん部位とNC1ドメインを切り離したものをそれぞれ別個に作成して、ゲル形成機構を見た。NC1ドメインを切り離したものではゲルは形成されなかった。そこで、インタクトなIV型コラーゲンに切り出したドメインを添加し、どのような作用を示すかを検討した。その結果、ゲル形成を阻害する作用を示し、これらのドメインの両方が分子間相互作用において重要であること、そして両ドメインが共有結合で繋がっていることが重要との結論が得られた。

 5章における総合的な考察で展開したゲル化機構の解釈は未熟であることは否めないが、斬新で極めてユニークなものである。IV型コラーゲンのようにマルチドメインからなるタンパク質であり、かつ、出発材料が単純でないことから、クリアーカットの仮説を提出すること、さらにそれを実験系で検証することは容易ではないと推察される。現象の捉え方が斬新であり、IV型コラーゲンという特殊な構造を有するタンパク質を実際に取り扱ったもののみが到達しうる解釈である。まず、IV型コラーゲンの存在状態を大きく4つに分ける。一つは牛レンズカプセルから酢酸にて可溶化された、四量体を主体とする溶液状態。第二は四量体がさらに会合し、メッシュワーク会合体になっているが、フォーリングボールの落下速度を変えない会合体溶液。第三はフォーリングボールの落下速度が最初の数倍以下に低下するほどに、粘性の高い溶液で、ゲルとは言えないもの(ミクロなゲルが溶液内に分散しているか、フレキシブルな超分子会合体など)。そして、第四がゲル状態で、鉄球が観察時間内では全く落下しない状態。第四のゲル状態はIV型コラーゲン分子内のNC1ドメインとコラーゲンらせんドメインが結合している構造のIV型コラーゲン(インタクトIV型コラーゲンと本論文では呼んでいる)分子間でNC1ドメインとIV型コラーゲンとの結合を介して次々と会合して行った場合のみ達成が可能である。IV型コラーゲン分子同士はNC1を介さずとも相互作用し、会合体を形成しる。例えば、コラーゲンらせん間でのラテラルな会合である。その結果、ポリゴナルメッシュワーク会合体も形成しうる。しかし、フォーリングボールの落下速度の低下が観察されるほどに粘性が増加するには、鉄球のサイズに摩擦係数上は匹敵しうるサイズの会合体が形成されているか、溶媒との相互作用が広い範囲に渡るような広がりを持っているかである。

 IV型コラーゲンゲルの形成にはポリゴナルメッシュワーク会合体の形成だけでなく、溶媒との十分な相互作用保ちつつなされるという、複雑な経路を経るものであり、しかも、速度論的支配下にある(可逆でない)と想定される。実験の初期条件を一定にしておいても、同じ様な結果が再現性よく実現されるということが少ない可能性もある。したがって、得られた実験結果を整理して、作業仮説を作って、実験するということの繰り返しになるのは当然であるが、実験データの詳細な点についての再現性をどこまで追求するか、あるいは、逆に見かけ上、矛盾するデータをどのように仮説に取り込んでいく必要があるか、など、ゲル化機構についての結論を導くのは極めて困難な課題かと思われる。中里浩一氏の論文ではこのような困難な課題に対して、一つの試すべき道をつけたと評価できる。以上により本論文は中里浩一に博士(学術)を授与するに相応しい内容であると判定した。

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