1994年AdlemanはDNA分子を用いてハミルトン経路問題を解き、分子を使ったコンピューティングの可能性を初めて示した。ある有向グラフについて、このグラフの各頂点をすべて通る道筋のことをハミルトン経路(Hamiltonian Path)と呼ぶ。この図1のように簡単なものでは容易にハミルトン経路(0から6まで頂点の数字通りの順)が発見できる。しかし、経路の効率の良い求め方が知られておらず、経路の探索はheuristicな方法によるかすべての可能な経路を手当りしだい調べるしかない。また、経路は頂点の数の階乗に比例して存在するので数千頂点のグラフでハミルトン経路を求めるには現在の最新のコンピュータでも7日間を要する。このハミルトン経路問題は「NP完全問題」(Nondeterministic Polynomial)として情報科学で知られている。NP完全問題としては並列計算のスケジューリングなどがありこの問題を解くことには高い意義がある。 図1 Adlemanの用いた有向グラフ Adlemanの実験で用いられたDNA分子は各頂点に対応した配列を持つ20merの長さのvertex oligomerと、各頂点を結ぶ矢印を表す20merのedge oligomerである。edge oligomerはそれが表す矢印の結ぶ都市に相補的な配列を持ち、橋渡しをする形でvertex oligomerとハイブリッドを形成する。(図2)これらすべてのvertex,edge oligomerをサンプルチューブ内でligationし、すべての頂点を含むちょうど7頂点分の長さを持つDNAを選択する。これらの手順により確かに当初予想されたハミルトン経路が得られた。 図2 vertexとedgeのハイブリッド この実験では7頂点のグラフを7日かかって解いている。しかし、経路を1頂点ずつ生成したとして1回の伸長が30分程度で済むならば、解く問題が大きい場合にシリコンベースのコンピュータの速度を上回ることができる。DNA分子の反応を計算に用いたときの特長は、(1)分子の反応が超並列性を持つ。(2)分子の反応によっては直接的で時間がかからない演算がある。例えばDNAで特定配列をハイブリッド形成で探索することである。(3)データ分子として設計、合成が容易である。(4)データ操作として増幅、切断、選択、結合、反転、消去、読み取り法などが確立されている点にある。このような特長をもつ分子計算機をハミルトン経路問題などの組み合わせ問題を解くのに用いると非常に有効であることが予想できる。 本研究ではシリコンベースのコンピュータを上回る速度を目標に新しい実験方法でAdlemanのハミルトン経路問題をDNAを用いて解いた。実験方法の特長は、(1)Adlemanの方法より高速である。(2)自動化しやすい反応である。(3)固相上に頂点DNAをligationで1つずつ伸長していくので大きなグラフも解くことが出来る。(4)1つの経路上に同じ頂点が現われた場合(duplication)それを除くことができる。(5)伸長中の経路DNAを増幅でき、実験中に中間解を失うことがない。などである。 実験に用いるDNAを図3に示す。RSとはRoot Sequence、TSとはTerminal Sequenceの略であり、それぞれEcoRI,BamHIの制限酵素認識配列を持っている。1は最初の頂点のDNAで、5’端のbiotinでstreptavidin磁気ビーズに固定する。2は各頂点を表すoligomerで、3は頂点とハイブリッドを形成するedge oligomerである。4は2度目の頂点が現われた経路とハイブリッドを形成するoligomerである。 図3 oligo DNA 実験は図4の各ステップにより行う。(1)各vertex,edgeを65℃でハイブリダイズさせTaq ligaseにより完全に相補的なハイブリッドだけをligationする。(2)ligationされなかったoligomerの3’端にddTTPをTdTによりtailingし、このあとのligationが起こらないようにキャップする。(3)経路上にvertexの繰り返しを持つものの除去は、図3の4のoligomerをバルジを形成させて図5のようにハイブリダイズさせ、これをprimerとしてTaq polymeraseでRSまで相補鎖を合成させる。そして、RSを認識するEco RIで経路DNAを根元から切断することで繰り返しをもつ経路を除去する。以上のサイクルを繰り返すことでハミルトン経路を得ることができる。 図4実験の流れ図5 duplicate vertexをもつ経路の除去 この経路の伸長がグラフ通り特異的に行われていることを検証した。図6ではビーズ上のRS-Vstartに対して接続すべきedge(0→1)とvertex(V1-TS)とを、接続されない(2→1、1→2)と(V2-TS)と混ぜてligationし、PCRでV1、V2に相補的なprimerでそれぞれPCRしてキャピラリー電気泳動装置で産物を比較したものである。この図から確かに高温で反応を行うことで特異的にligationが行われていることが確認できる。また、すべてのedge oligomerとvertex oligomerを含む場合にも実験を行い、65℃で反応を行うと特異的にligationが行われることを確認した。 図6 特異性の高いligation さらに、末端のTS配列を制限酵素で切断し、次の頂点が伸長できることをRS-Vstart-V1-TSをRS-Vstart-V1-V2-TSに伸長することで確認した(図7)。 図7頂点の伸長 |