横田千夏氏は「両生類胚における頭尾軸形成機構の分子生物学的解析」において優れた成果を得ています。 横田氏は、両生類胚における頭尾軸の形成機構を分子生物学的レベルで解析することを目的として、1)形成体およびアクチビン処理片における既知遺伝子発現の比較 2)予定外胚葉片を用いたMK(ミッドカイン遺伝子)による神経化シグナルの修飾という2つの面からアプローチを試みて、つぎのような事実を明らかにした。 その第一番目は、形成体およびアクチビン処理片の遺伝子発現の経時的変化についての結果です。bra、FD1、gscの3つの遺伝子はまずイモリにおいても配列の一部が同定されている3つの遺伝子についてその領域でプライマーを構築し、PCRクローニングを行った。つぎに頭部形成に関与していると考えられているchdについては、イモリでは単離されていなかった。そこで新たにPCRクローニングを行い、遺伝子の一部を同定したところ、ツメガエルchdとアミノ酸で84%の相同性を有した。そこでこの遺伝子をイモリのchd homologueであると考え、Cychdと名付けた。そしてこの4つの遺伝子について、イモリ胚での発現領域をst11胚の切り分けにより確認した。gsc、FD1、Cychdは主に形成体で発現していた。次に形成体コア領域、アクチビン処理片でのbra、Cychd、FD1、gscの発現をRT-PCR法を用いて調べた。形成体コア領域ではFD1、gscは切り出した直後から発現しており、その後の顕著な変化は見られなかった。また、braは少なくとも15時間以内での発現は確認できなかった。Cychdも切り出した直後から発現していたが、頭部誘導能が高くなる3〜6時間での発現が高くなっていた。一方、アクチビン処理片では形成体とは若干異なり、braの発現があり、そのピークは胴尾部誘導能の高くなる時間と一致した。この様な結果にもとづいて形成体コア領域の遺伝子発現と誘導能の変化にはこの4つをメインとしながら、他の新たな遺伝子が関与している可能性を示唆する結果を得ており、この分野で新しい知見を加えた。 第2番目はMKによる神経化シグナルの修飾についての結果です。ツメガエル8細胞期植物側割球の背側、もしくは腹側に1ngMKmRNAをinjectionし発生させ、形態を観察した。いずれも原腸陥入が阻害されたが、背側にinjectionした方が効果が著しく、幼生期には腹側にinjectionしたものは胴尾部の形成が阻害され、背側にinjectionしたものは胴尾部の形成が阻害された上に頭部構造が乱れた。これを切片にしてさらに観察したところ、頭部構造が乱れは脳が肥大化した結果であることを明らかにした。injection実験の結果から、MKがアクチビンに対する外胚葉の応答能の変化に関与しているのではないかと考え、予定外胚葉を用いてそれを検討した。10ng/mlアクチビン単独で予定外胚葉を1時間処理すると、12時間後、原腸陥入を模倣していると思われる伸長運動が観察されたが、2細胞期にMKmRNAをinjectionし、st9で予定外胚葉を切り出して10ng/mlアクチビン処理したものでは、MKの量に応じて伸長が阻害された。これを更に解析してみると、2細胞期に1ngMKmRNAをinjectionし、st9で予定外胚葉を切り出して3日間培養するとセメント腺が高率で形成されるが、他は不整形表皮構造となった。ところが1ngMKmRNAをinjectionし、10ng/mlアクチビン処理したものでは、中胚葉組織を伴わず単独で神経が形成された。 そこで、この神経がどの様なものかさらに詳しく調べる目的で、種々の遺伝子マーカーの発現を調べた。アクチビン単独で発現するchd、cer、mix1、Xbra、ms-actinといった内・中胚葉系のマーカー遺伝子は、MKmRNAをinjectionした予定外胚葉をアクチビン処理したものでは発現が抑えられ、前方神経のマーカーであるotx2やXANF1が顕著に発現した。 さらに、アクチビンとMKのシグナルがどこで接しているのかを調べるために、アクチビンの下流の情報伝達因子であるSmad2を用いて同様に遺伝子発現を調べた。Smad2とMKmRNAとco-injectionした結果、中胚葉系のマーカー遺伝子であるms-actinの発現は抑えられ、神経マーカーであるN-CAMの発現が検出された。この際otx2は発現していたがXIHbox6の発現は見られなかったことから、形成された神経はやはり前方のものであることがわかった。 このように横田氏は両生類の初期発生における頭尾軸形成機構の解析を、誘導系と反応系の2つの面からアプローチし、新しい知見を数々得ており、この分野への大きな事実を明らかにした。 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |