学位論文要旨



No 113160
著者(漢字) 横田,千夏
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,チカ
標題(和) 両生類胚における頭尾軸形成機構の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular analysis of antero-posterior axis formation in amphibian embryo
報告番号 113160
報告番号 甲13160
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第158号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨

 高等動物の形態形成は、複雑な誘導と分化の繰り返しによって成り立つと考えられており、形成体は初期胚発生の誘導現象の中で頭尾に沿った軸形成の中心的役割を担う領域であることが知られている。両生類形成体を用いた実験形態学的研究は古くから行われていて、そのコアとなる領域の誘導能は経時的に変化すること、即ち胴尾部から頭部へと誘導能が変化することが報告されている。また最近、分泌蛋白質であるアクチビンで処理した予定外胚葉片は、このコア領域の誘導能を模倣するモデル系として有望であることが、組織学レベルで解明された。この2つの現象を遺伝子レベルで解析することは、頭尾軸形成の分子機構を知る上で重要である。

 一方、形成体からの誘導を受ける側である予定外胚葉片も、胞胚期から原腸胚期にかけてその性質が変化することが、中胚葉分化能などを指標に報告されている。これは原腸陥入期の外胚葉は様々な遺伝子の発現が始まり「場」が変化していくためであると考えられる。頭尾軸形成の機構を理解するためには、この「場」の成立に関与する因子の解析も必要である。Midkine(MK)は神経の分化、形成に関与していると考えられている因子で、ツメガエルでは原腸胚期から神経外胚葉領域で発現が始まる。MKの、神経の形成、分化における役割を解析することは、外胚葉における「場」の成立を検討する上で有効である。

 本研究は、両生類胚における頭尾軸の形成機構を分子生物学的レベルで解析することを目的として、1)形成体、アクチビン処理片における既知遺伝子発現の比較 2)予定外胚葉片を用いたMKによる神経化シグナルの修飾 という2つの面からアプローチを試みた。

第一部1)形成体、アクチビン処理片の遺伝子発現の経時的変化

 初めにツメガエル形成体で発現が知られているいくつかの遺伝子について、イモリでのクローニングを試みた。bra、FD1、gscの3つの遺伝子は、イモリにおいても配列の一部が同定されていたため、その領域でプライマーを構築し、PCRクローニングを行った。しかし、頭部形成に関与していると考えられているchdについては、イモリでは単離されていなかった。そこで新たにPCRクローニングを行い、遺伝子の一部を同定したところ、ツメガエルchdとアミノ酸で84%の相同性を有した。そこでこの遺伝子をイモリのchd homologueであると考え、Cychdと名付けた。

 次にこの4つの遺伝子について、イモリ胚での発現領域をst11胚の切り分けにより確認した。gsc、FD1、Cychdは主に形成体で発現していたが、braはツメガエル胚とは異なり、イモリ胚ではまだこの時期の発現は見られなかった。

 また、イモリ形成体コア領域の誘導能の経時的変化を組織学的に判定するために、サンドイッチ培養法で追試をし、時間の設定を行った。胴尾部誘導能はコア領域を切り出して0〜3時間、頭部誘導能は3〜6時間で高くなり、6時間以降は誘導能が全く認められなかった。アクチビン処理片の誘導能変化については、既に当研究室で報告があったのでその時間を参考にし、胴尾部は0〜12時間、頭部は12〜24時間、とした。

 次に形成体コア領域、アクチビン処理片でのbra、Cychd、FD1、gscの発現をRT-PCR法を用いて調べた。形成体コア領域ではFD1、gscは切り出した直後から発現しており、その後の顕著な変化は見られなかった。また、braは少なくとも15時間以内での発現は確認できなかった。Cychdも切り出した直後から発現していたが、頭部誘導能が高くなる3〜6時間での発現が高くなっていた。一方、アクチビン処理片では形成体とは若干異なり、braの発現があり、そのピークは胴尾部誘導能の高くなる時間と一致した。gsc、FD1も同様に胴尾部誘導能の高くなる12時間でその発現がピークとなったが、FD1はその後も高い発現量を維持した。また、Cychdは他の3つの遺伝子よりも後にその発現がピークに達し、これは頭部誘導能の高くなる時間と対応した。このことから、イモリ胚においてもchdが頭部形成に何らかの役割を担っている可能性が考えられる。しかしながら形成体コア領域の遺伝子発現は、誘導能の変化にはこの4つ以外の新たな遺伝子が関与している可能性を示唆するものといえる。

第二部2)MKによる神経化シグナルの修飾

 最初にMKの機能を調べる目的で、ツメガエル8細胞期植物側割球の背側、もしくは腹側に1ngMKmRNAをinjectionし発生させ、形態を観察した。いずれも原腸陥入が阻害されたが、背側にinjectionした方が効果が著しく、幼生期には腹側にinjectionしたものは胴尾部の形成が阻害され、背側にinjectionしたものは胴尾部の形成が阻害された上に頭部構造が乱れた。これを切片にしてさらに観察したところ、頭部構造が乱れは脳が肥大化した結果であることがわかった。このことは神経形成において、MKが何らかの役割を果たしていることを示唆するものである。また、原腸陥入と胴尾部の形成阻害は中胚葉の形成が阻害されたためであると考えられる。アクチビンは中胚葉誘導能を持つ因子として知られており、初期胚に母性由来の蛋白質として存在する。その遺伝子発現は原腸胚期には始まっており、初期神経胚期には形成体部分で確認されている。しかしこの時期にはすでに中胚葉誘導は終わり、神経形成が行われていると考えられており、アクチビンが接する外胚葉に対してなぜ中胚葉を誘導しないのかは知られていない。injection実験の結果から、MKがアクチビンに対する外胚葉の応答能の変化に関与しているのではないかと考え、予定外胚葉を用いてそれを検討した。

 最初に予定外胚葉片を用い、アクチビン処理による伸長運動を観察した。10ng/mlアクチビン単独で予定外胚葉を1時間処理すると、12時間後、原腸陥入を模倣していると思われる伸長運動が観察されたが、2細胞期にMKmRNAをinjectionし、st9で予定外胚葉を切り出して10ng/mlアクチビン処理したものでは、MKの量に応じて伸長が阻害された。さらにその組織切片を作成し、形成された組織の同定を行った。10ng/mlアクチビン単独で予定外胚葉を1時間処理すると卵黄に富んだ細胞や中胚葉、さらに二次的に神経細胞も誘導される。2細胞期に1ngMKmRNAをinjectionし、st9で予定外胚葉を切り出して3日間培養するとセメント腺が高率で形成されるが、他は不整形表皮構造となった。ところが1ngMKmRNAをinjectionし、10ng/mlアクチビン処理したものでは、中胚葉組織を伴わず単独で神経が形成された。

 次にこの神経がどの様なものかさらに詳しく調べる目的で、種々の遺伝子マーカーの発現を調べた。アクチビン単独で発現するchd、cer、mix1、Xbra、ms-actinといった内・中胚葉系のマーカー遺伝子は、MKmRNAをinjectionした予定外胚葉をアクチビン処理したものでは発現が抑えられ、前方神経のマーカーであるotx2やXANF1が顕著に発現した。アクチビン単独処理でできてくる神経は、後方神経のマーカーであるXIHbox6やF-spondinの発現が見られたことから、神経の質も変化したといえる。

 さらに、アクチビンとMKのシグナルがどこで接しているのかを調べるために、アクチビンの下流の情報伝達因子であるSmad2を用いて同様に遺伝子発現を調べた。Smad2はmRNAをinjectionするだけでアクチビン様の誘導活性を持つが、神経マーカーの発現はなくなる。これはすべての細胞が均等に中胚葉化するため、二次的な神経誘導は見られなくなるためであると考えられる。Smad2とMKmRNAとco-injectionした結果、中胚葉系のマーカー遺伝子であるms-actinの発現は抑えられ、神経マーカーであるN-CAMの発現が検出された。この際otx2は発現していたがXIHbox6の発現は見られなかったことから、形成された神経はやはり前方のものであることがわかった。このことによりアクチビンとMKのシグナルは、少なくともSmad2よりも下流で交差しているものと考えられる。

 以上のことから、アクチビン存在下でも神経が単独で形成される系がin vitroで存在し、MKはその際、アクチビン誘導能を修飾し、前方神経の形成に関与する因子であるということがわかった。こうした結果から、MKの様な因子が外胚葉の「場」の成立に関与し、形成体による誘導の応答能を変化させているものと考えられる。

 本研究では頭尾軸形成機構の解析を、誘導系と反応系の2つの面からアプローチした。誘導系の研究は、形成体で発現する多くの遺伝子が単離されてきたことから現在盛んに行われているが、反応系の面からの研究は殆ど報告がない。しかし上記の結果から、反応系としての「場」の成立も重要であり、頭尾軸形成機構を分子レベルで解明するためには、今後両方の面からの研究が必要であることが示唆された。

審査要旨

 横田千夏氏は「両生類胚における頭尾軸形成機構の分子生物学的解析」において優れた成果を得ています。

 横田氏は、両生類胚における頭尾軸の形成機構を分子生物学的レベルで解析することを目的として、1)形成体およびアクチビン処理片における既知遺伝子発現の比較 2)予定外胚葉片を用いたMK(ミッドカイン遺伝子)による神経化シグナルの修飾という2つの面からアプローチを試みて、つぎのような事実を明らかにした。

 その第一番目は、形成体およびアクチビン処理片の遺伝子発現の経時的変化についての結果です。bra、FD1、gscの3つの遺伝子はまずイモリにおいても配列の一部が同定されている3つの遺伝子についてその領域でプライマーを構築し、PCRクローニングを行った。つぎに頭部形成に関与していると考えられているchdについては、イモリでは単離されていなかった。そこで新たにPCRクローニングを行い、遺伝子の一部を同定したところ、ツメガエルchdとアミノ酸で84%の相同性を有した。そこでこの遺伝子をイモリのchd homologueであると考え、Cychdと名付けた。そしてこの4つの遺伝子について、イモリ胚での発現領域をst11胚の切り分けにより確認した。gsc、FD1、Cychdは主に形成体で発現していた。次に形成体コア領域、アクチビン処理片でのbra、Cychd、FD1、gscの発現をRT-PCR法を用いて調べた。形成体コア領域ではFD1、gscは切り出した直後から発現しており、その後の顕著な変化は見られなかった。また、braは少なくとも15時間以内での発現は確認できなかった。Cychdも切り出した直後から発現していたが、頭部誘導能が高くなる3〜6時間での発現が高くなっていた。一方、アクチビン処理片では形成体とは若干異なり、braの発現があり、そのピークは胴尾部誘導能の高くなる時間と一致した。この様な結果にもとづいて形成体コア領域の遺伝子発現と誘導能の変化にはこの4つをメインとしながら、他の新たな遺伝子が関与している可能性を示唆する結果を得ており、この分野で新しい知見を加えた。

 第2番目はMKによる神経化シグナルの修飾についての結果です。ツメガエル8細胞期植物側割球の背側、もしくは腹側に1ngMKmRNAをinjectionし発生させ、形態を観察した。いずれも原腸陥入が阻害されたが、背側にinjectionした方が効果が著しく、幼生期には腹側にinjectionしたものは胴尾部の形成が阻害され、背側にinjectionしたものは胴尾部の形成が阻害された上に頭部構造が乱れた。これを切片にしてさらに観察したところ、頭部構造が乱れは脳が肥大化した結果であることを明らかにした。injection実験の結果から、MKがアクチビンに対する外胚葉の応答能の変化に関与しているのではないかと考え、予定外胚葉を用いてそれを検討した。10ng/mlアクチビン単独で予定外胚葉を1時間処理すると、12時間後、原腸陥入を模倣していると思われる伸長運動が観察されたが、2細胞期にMKmRNAをinjectionし、st9で予定外胚葉を切り出して10ng/mlアクチビン処理したものでは、MKの量に応じて伸長が阻害された。これを更に解析してみると、2細胞期に1ngMKmRNAをinjectionし、st9で予定外胚葉を切り出して3日間培養するとセメント腺が高率で形成されるが、他は不整形表皮構造となった。ところが1ngMKmRNAをinjectionし、10ng/mlアクチビン処理したものでは、中胚葉組織を伴わず単独で神経が形成された。

 そこで、この神経がどの様なものかさらに詳しく調べる目的で、種々の遺伝子マーカーの発現を調べた。アクチビン単独で発現するchd、cer、mix1、Xbra、ms-actinといった内・中胚葉系のマーカー遺伝子は、MKmRNAをinjectionした予定外胚葉をアクチビン処理したものでは発現が抑えられ、前方神経のマーカーであるotx2やXANF1が顕著に発現した。

 さらに、アクチビンとMKのシグナルがどこで接しているのかを調べるために、アクチビンの下流の情報伝達因子であるSmad2を用いて同様に遺伝子発現を調べた。Smad2とMKmRNAとco-injectionした結果、中胚葉系のマーカー遺伝子であるms-actinの発現は抑えられ、神経マーカーであるN-CAMの発現が検出された。この際otx2は発現していたがXIHbox6の発現は見られなかったことから、形成された神経はやはり前方のものであることがわかった。

 このように横田氏は両生類の初期発生における頭尾軸形成機構の解析を、誘導系と反応系の2つの面からアプローチし、新しい知見を数々得ており、この分野への大きな事実を明らかにした。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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