天体の活動的な現象には、アクリーションディスクが密接に結び付いている。小さなスケールでは、新星爆発や矮新星のバーストなどの白色矮星と関連した活動、X線バーストといった中性子星のまわりの現象があり、大きなスケールでは、銀河中心核や活動銀河核などのまわりの活動現象を支配していると考えられている。このように天体の中でも目ざましい現象に関連しているため、アクリーションディスクの生成過程や安定性について、現在までに様々な研究がなされてきた。特に、その活動現象はディスクの不安定性と関連していると考えられるので、不安定性を解明することが重要であるが、不安定な場合、その不安定性が非線形領域に至る成長に関しては、精度の高い解析がなされてきてはいない。そこで、本研究では、さまざまな原因で起きるディスクの不安定性の成長を、非線形領域まで正確に計算して調べることを目的としている。
2)Runaway不安定(Abramowicz et al.1984;Nishida et al.1996) これはディスクを完全に破壊してしまう軸対称な不安定性である。この不安定性では、ブラックホールのまわりの自己重力ディスクを構成するガスがロッシュローブからあふれ始めると、ガスの流出が暴走的に続き、ディスクが破壊されると考えられる。この不安定性は、これまでディスクのガスがロッシュローブを満たした臨界的な平衡状態を使って解析されてきた。この不安定性がどの程度の時間尺度で成長して、どのような状態になるかを調べることはシミュレーションによらなければならない。このとき重要なのは、この不安定性がディスクに自己重力があることで起きることである。つまり、シミュレーションではディスクの自己重力を考慮して行なわなければならない。
本論文は、上に述べた動的な不安定によるディスクやトロイドの進化をシミュレーションしようとするものである。本研究では流体の数値解法として、Smoothed Particle Hydrodynamics法(SPH法)(Lucy 1977;Monaghan & Gingold 1977)を用いる。この方法は粒子法の一種で、流体を仮想的な粒子の集合として考え、その重ね合わせとして流体全体を表現し、一つ一つの仮想粒子について運動方程式を解き、その解をを使って流体の運動を調べるものである。この方法の大きな特徴は、質点とみなした仮想粒子の運動を追いかけていくので、流体の連続の式が自動的に成立することである。その際、離散的な量から連続的な量を求めるために、粒子にある大きさの広がりを持たせて対処している。
シミュレーションするモデルとしては、銀河中心核(ブラックホール+アクリーションディスク)やコンパクトな連星系(ブラックホールや中性子星)に生じたアクリーションディスクを念頭におくので、中心天体としてはブラックホールを考える。
第一に行なったのは、runaway instabilityの計算である。まず、ブラックホールのまわりに、ポリトロープ指数3のガスからなる自己重力トロイドが回転している状態を考える。ブラックホールは、一般相対論的に扱う必要があるが、簡単化のためここでは擬ニュートンポテンシャルを使う。このポテンシャルは、シュワルツシルド時空の主な性質を定量的にかなりの程度で近似するものである。そのとき、ガスが自己重力圏であるロッシュローブから少し溢れだした状態を初期条件として計算を開始する。ディスクの初期の回転則として、角速度を=k/rqと仮定し、パラメータqを変えることで、比角運動量一定、ケブラー的回転、速度一定の3通りを考えた。それぞれの回転則の場合、トロイドの重力が中心のブラックホールの数%から10%以上であると、トロイドが1-2回転する間に、トロイドのガスの大部分がブラックホールに落下して、トロイドが完全に破壊されることが示された(Masuda & Eriguchi 1997)。
最近、Daigne & Mochkovitch(1997)によって、角運動量がディスクの外側に向かって増大している自己重力のないディスクでは、runaway instabilityが起きないことが、平衡状態のモデルを使って示された。このことは、Masuda & Eriguchi(1997)と矛盾しているように見える。しかし、これら2つの扱った対象には、一つの大きな違いがある。つまり、ディスクの自己重力を取り入れるか否かである。そこで、本研究では、ブラックホールとディスクの質量、ディスクを構成するガスの状態方程式及び回転則に関して、Daigne & Mochkovitch(1997)と全く同じ状態を作りだし、それに摂動を加えることで安定性を調べた。その際、自己重力の影響を直接的に調べるために、ディスクとしては自己重力がない場合とある場合について進化の計算を行なった。動的な計算の結果としては、自己重力がない場合には、彼らの結果を再現して安定化した。しかし、自己重力がある場合には、ディスクの全質量の3%以上の質量を初期の摂動として中心ブラックホールの方へ落すと、runaway instabilityが起きることがわかった。このことは、自己重力のあるディスクの平衡状態のモデルを使った計算でも確かめることができた。従って、ディスクの自己重力がrunaway instabilityに対して、強い影響を持つことが理解できる。
第2の問題としては、ブラックホールのまわりのアクリーションディスクにおけるPapaloizou-Pringle不安定の成長のシミュレーションである。その際、ブラックホールとディスクに関しては、runaway instabilityの場合と同じように擬ニュートンポテンシャルを用い、N=3のポリトロープガスを取り扱う。ただし、ディスクの構造としては、ガスがロッシュローブを満たしていない状態を初期状態とする。また、この不安定性は強いものではないと予想されるので、最終的な状態を知るためには、長時間の進化を追う必要があり、さらに、従来の計算における結果の食い違いを解消するためには精度の高い計算が要求される。
SPH法を使って精度の高い計算を行なうためには、粒子数を多くする必要がある。したがって、計算量の点からすると、直接計算をワークステーションで計算することは困難となる。そこで、本研究では計算速度をあげるために、MD-GRAPEを用いる。MD-GRAPEはGRAPEの一種で、任意の中心力とそのポテンシャルを計算できる専用計算機である(Fukushige et al.1996)。MD-GRAPEを用いることで、密度や圧力勾配を求める部分の計算を高速化した。MD-GRAPEを用いると、ディスクの自己重力を考える必要がある場合にも、自己重力の部分も高速化できることになる。MD-GRAPEを使用することで、従来なされてきたシミュレーションに比べて、約6〜10倍の粒子数を扱うことが可能となり、精度の高い計算結果を得ることができた。
特に、SPH法で計算されたZurek & Benzの結果(Zurek & Benz 1986)と比較するために、比角運動量一定のディスクの進化を計算した。その際用いた粒子数は約18000体である。これは彼らの用いた粒子数の6倍から18倍の数である。計算結果は定性的には、彼らの結果を再現している。つまり、ディスクがブラックホールの回りを1周したあたりから、非軸対称な不安定性が発生し成長をしていくが、その成長は数周の回転の後にはほとんど止まってしまうのである。したがって、Papaloizou & Pringle不安定性がが弱いものであることは確認できたと考えられる。しかし、定量的には彼らの結果と異なっている。つまり、角運動量輸送が抑えられており、最終的な角運動量分布をj∝r-qと書くとき、Benz達がq=0.25を得たのに対し、本シミュレーションではq=0.20となった。
また、Hawleyの計算と比較すると、ディスクの内側の粒子がブラックホールへと渦状に落下して行くことはなく、非軸対称な密度の塊ができることによる角運動量の輸送が起こっていることがわかる。ただし、数値的な角運動量輸送に関しては明確な結果を得るには至っていない。