様々な媒質中を伝搬する光に関しては、古くから多様な観点からの研究が行われてきている。特に近年、各種のレーザー光源の開発、発展と共にレーザー光を用いた散乱、伝搬の研究が活発に行われている。中でも、一見不透明な媒質中を伝搬する光の検出、およびそれに基づく媒質の断層イメージの再現が、生体への適用の可能性をめざした実用的な応用の観点から注目を集めている。このような散乱能の高い媒質中を伝搬する光に関しては、入射光強度に比して極めて弱いが、媒質による散乱をほとんど受けない弾道光子と呼ばれるものが存在することが示唆されており、それにより媒質に関する情報を得ることができる可能性が考えられている。本研究は、このような弾道光子を観測するために、入射光の一部と、媒質を透過してきた光の相互相関をとることのできる相関干渉装置を新たに開発し、これにより弾道光子の検出に成功したものである。 本論文は、前置きと本文3章から成っている。前置きではレーザー散乱、特に高散乱媒質中の光伝搬に関するこれまでの研究に関して概観した後、弾道光子に関して論じている。 第1章では、弾道光子の検出をめざして開発した相関干渉装置について、その動作原理および検出感度について議論した後、実際に開発した相関干渉装置での弾道光子の検出を述べている。この装置の大きな特徴の一つは、時間的なコヒーレンスのほとんど無いsuper luminescene diodeを光源として用いることで、弾道光子の伝搬遅延をフェムト秒のオーダーで検出できることであり、これにより、初めて媒質中を多重散乱して透過してきた光の中から弾道光子のみを選択的に取り出すことができた。更に、その応用として、散乱能の高い懸濁液中で弾道光子を検出することにより内部構造の断層イメージが再現可能であることの実証実験を行っている。 第2章では、散乱能の高い多重散乱媒質中を透過してきた弾道光子の遅延時間に、散乱媒質の粒径により、散乱体の濃度に比例した遅延を持つものと、濃度に関係なくほとんど遅延時間のないものが存在することを見出したことを述べている。その結果をMie散乱の理論を用い適当なモデルをたてることで定量的に説明した。また、散乱体の粒径が波長より小さく、散乱体の濃度が高い場合に、簡単なモデルからははずれて光の伝搬遅延が大きくなるphoton tunnelingという現象も見出し、その説明を行った。 第3章では、このような弾道光子の検出手法が、ゾル-ゲルの相転移の研究にも応用できることを示している。ゾル-ゲルの相転移を起こす媒質として、ゼラチンと寒天を取りあげ、それぞれ相転移付近で透過弾道光子の強度に変化が見られること、これらの二つの媒質の遅延時間に媒質の違いによるふるまいの違いが見られることを見出している。これまで、相転移の研究には、光散乱の手法が用いられてきているが、弾道光子検出の手法により相転移の研究に新たな視点が得られる可能性が示唆されている。 以上、本論文は相関干渉装置の開発により弾道光子を初めて検出し、その応用の可能性を示したもので、その意義は大きい。本論文中の研究はすべて論文提出者が中心となって行ったもので、各章の内容はそれぞれ論文提出者本人を筆頭著者として学術誌に公表準備中である。よって審査員全員は、論文提出者が博士(学術)の学位を授与されるにふさわしいと認定した。 |