学位論文要旨



No 113171
著者(漢字) 秋山,英三
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,エイゾウ
標題(和) 「動的ゲーム」とゲームのダイナミクス : 結託構造のコミュニケーションの進化
標題(洋)
報告番号 113171
報告番号 甲13171
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第169号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金子,邦彦
 東京大学 教授 浅野,攝郎
 東京大学 助教授 池上,高志
 東京大学 助教授 佐々,真一
 名古屋大学 助教授 安冨,歩
内容要旨

 異なる利害を持つ複数の意思決定・主体(プレーヤー)が存在する状況のことをゲームと言う。ゲーム理論は基本的に、全てのプレーヤーに共通の「合理的な」行動規準が何であるかを追求する。ここで主要となっている目的の一つは、ナッシュ均衡解を代表とする「均衡解析」である。ゲームの均衡の解析についてはこれまで、特に、非協力ゲームについては著しい成果が挙がっており、協力ゲームについても非協力ゲームの理論を拡張する方向で研究が進んでおり、非協力ゲームにおける均衡解析を核とした一貫した動きがある。

 これらの均衡解析が非常に有効であり、基本的な方法論として必要不可欠であることは間違いない。しかし、現実の生物集団や社会現象を考えるとき、別のアプローチを用いた方が有効な場合があることも事実であり、「均衡状態」よりも「動的状態」の方が本質な場合があることも多々ある。例えば、個体間の相互作用やコミュニケーション、および社会構造が常に変動して最終的な均衡状態に落ち着かない、といったことは現実世界ではそれほど珍しいことではない。これらの現象を単に、理論的な均衡状態への遷移過程・学習進化過程であると見なしたり、我々自身の不完全な計算能力、非合理性に帰着したりすることは必ずしも妥当ではない。例えば、単純に言って、いわゆる「開いた進化」について考察する時は均衡解析以外の視点が必要であろう。逆に「ダイナミクス」自体を本質と捉えてモデルを構成することで、これまで得られなかった新たな知見が得られる可能性がある。

 本研究では、ゲームにおけるダイナミクスについて議論すべく、二つのモデルを構成して考察を行った。その一つは、ある固定されたゲームから生まれるダイナミクスについての研究であり、もう一つは、「ゲーム自身がグイナミクスを持つ場合」についての研究である。前者は、既存のゲーム理論のモデルをベースとしたモデルであり、現象の複雑化・多様化をもたらす設定としてのゲームについて中心に議論する。一方後者は、この世界のゲームの動的な側面を考慮した、より一般化したゲームのモデルである(ゲームのダイナミクスを固定すれば、既存のゲーム理論のモデルと同等になる)。まずここでは、後者の研究の背景と成果について、その概要を紹介する。その後に前者についても簡単に触れる。

「動的ゲーム」

 あるゲーム的状況においてプレーヤーが選択した行動が、好むと好まざるに関わらずゲーム環境自体を変えてしまうことがある。その時逆に、その変動したゲーム環境にプレーヤーの意思決定が影響を受けることになる。また、自分の状態、及び他者の状態によってある行動に関する効用が変化することがある。こういった、ゲーム自身が、プレーヤーの行動とプレーヤーの状態に影響を受けて変動しうるようにしたゲーム=動的ゲームを二つの写像g(力学法則)、f(意思決定)という形で単純に定式化し、静的ゲームとの比較を通じてゲームのダイナミクスが系に与える影響について議論する。本研究では、動的ゲームの一つの例として、社会的ジレンマ状況をモデル化した「木こりのジレンマゲーム」というモデルを定式化して計算機実験による解析を行った。社会的ジレンマ状況下ではゲームの人数の増加が協力の形成を困難にする、という事実が静的ゲームモデルの分析からすでに分かっている。しかし、動的ゲームモデルに関する本研究の実験と考察から、ゲームのダイナミクスに内在する安定な軌道が協調的社会の発生と維持を可能にしうることが示された。ゲームの動的な側面を考慮したこのモデルによって、その他、以下のようなことが分かった。

 1.社会的ジレンマ状況でも、完全に「系の内部」の相互作用だけから協調状態が構成され、維持される場合がある。それはゲームの力学的法則に非常に依存し、人数の大小とは別のレベルの効果である。

 2.直接相手に影響と与えるというより、ゲーム環境自体を操作することによって相手に影響を与える戦略が、動的ゲームでは存在しうる。

 3.意思決定の際に他者の状態をどのように参照できるか、という進化のレベルによって、全く異なるゲームのダイナミクス、及び社会現象が見られる。

 4.プレーヤーの行動とゲームのダイナミクスとの相互作用により、プレーヤーの戦略と系の社会構造が段階的に発展をする様子が見られる。

 5.静的ゲームとして表現すると論理的に同じになるゲームが、動的プロセスを考慮することによって全く異なる現象を生み出す場合がある。

 ゲーム理論ではプレーヤーの効用関数は固定された枠組みとして通常与えられ(利得行列)、それゆえ数学的解析が成功したとも言えよう。しかし、我々が住む現実世界でのゲーム環境は、プレーヤーの行動や状態によって変動してしまうことがあり、そのダイナミクスのもつ意味は通常無視できない。確かに、ゲームの固定性の制限を外すと純数学的な解析は通常困難になる。しかし近年では、計算機シミュレーションによってこのような系の振る舞いを直接知ることが可能になった。既存の研究でも、戦略の進化のレベルで時間的変動を考慮したものは存在したが、ゲームのダイナミクスを考慮したモデルを提唱して、実際の例を調べた研究はこれまで存在しなかった。動的ゲームモデルにおける上記の結果は、ゲームのダイナミクスをモデルのレベルで導入することの重要性を示し、さらに、プレーヤーの集団と環境との相互作用の中からどのようにゲーム的状況が生まれ、どのように変遷して行くかといった、これまで取り扱うことができなかった問題を、動的ゲームモデルによって取り扱うことができる可能性を示している。

 「N人結託ゲーム(Nは3以上)」:既存のゲーム理論のモデルをベースとして「N人結託ゲーム」を構成し、そこで見られる進化的現象について議論した。複数の結託構造を持つ三人以上のゲームでは、プレーヤーの合理性・計算可能性の程度とは無関係に、プレーヤー間のコミュニケーション及びプレーヤーの行動など現象面に関して、進化の固定点が存在しない場合がある(戦略レベルの進化の固定点ではなく現象のレベル)。つまり、充分に単純な設定のゲームでも、ある種のN人ゲームでは複雑化・多様化へ向けたコミュニケーションの開いた進化が現れうる。本研究により、こういったコミュニケーションレベルの開いた進化が単純な三人結託ゲームでは現われうることが示された。ここで見られた現象は、二人以下のゲームのモデルで見られる諸現象とは本質的に異質なものである(戦略レベルの「開いた進化」は単純な二人ゲームでも見られるが、個体間に見られる現象自体は、ある一定の状態にほぼ収束してしまう)。

審査要旨

 提出された秋山英三氏の博士論文は得点(スコア)や戦略が静的に固定されていたこれまでのゲーム理論と異なった、ダイナミクスを本質とした新しい枠組のゲーム理論を提唱し、そこでの協力形態の進化をシミュレーションによって示し、社会の進化に対する新しい考え方を導出したものである。

 本論文は3パート20章160ページから成っている。まずパートIではこれまでのゲーム理論と繰り返しゲームでの進化の研究が概説されている。主要部分であるパートIIでは、動的ゲームという新しい枠組が提出され、その具体例のシミュレーション結果から動的ゲーム世界での社会構造の進化の特性やゲーム構造の変化が述べられる。パートIIIでは、3人結託ゲームの進化を通して、階級的分化おとび社会と行動の多様化と複雑化のシナリオが提示されている。

 複数の意思決定主体(プレーヤー)が利害をめぐって行動する基準を追求するのがゲーム理論である。これまでのゲーム理論ではプレーヤーの効用関数は固定された枠組みとして通常与えられる。特に、均衡解析を中心にし、それをもとにしてよい戦略の進化や進化的に安定な戦略を考えるという研究方向がとられてきた。しかし、現実の生物集団や社会現象を考えるとき、「均衡状態」よりも「動的状態」の方が本質な場合が多々ある。我々が住む現実世界でのゲーム環境は、プレーヤーの行動や状態によって変動してしまい、そのダイナミクスのもつ意味は通常無視できないからである。例えば、個体間の相互作用やコミュニケーションや社会構造の変動が現実世界では重要である。既存の研究でも、戦略の進化のレベルで時間的変動を考慮したものは存在したが、ゲームのダイナミクスを考慮したモデルを提唱して、実際の例を調べた研究はこれまで存在していない。

 秋山英三氏の博士論文では、それ自身ダイナミクスを持つゲーム理論が提唱される。これにより、プレーヤーの集団と環境との相互作用の中からどのようにゲーム的状況が生まれ、どのように変遷して行くかといった、これまで取り扱うことができなかった問題を取り扱うことが可能になる。この動的ゲームモデルはプレーヤーが選択した行動が、ゲーム環境自体を変えてしまい、その変動したゲーム環境にプレーヤーの意思決定が影響を受けることを考慮したもので、自分の状態、及び他者の状態、それに基づく行動、そして行動により変化する環境からなる。環境の変動によりゲームのスコア自体がプレーヤーにより変動し、さらに、スコアによる適応度と戦略の進化の導入により社会構造の進化を追えるので、ゲームとダイナミクスを組み合わせた一般的な枠組が与えられるのである。

 この枠組の適用として社会的ジレンマ状況をモデル化した「木こりのジレンマゲーム」が導入され、その進化過程の計算機実験による解析が詳しく行なわれている。ゲームの動的な側面を考慮した、このモデルでは、社会的ジレンマ状況でも、完全に「系の内部」の相互作用だけから協調状態が維持されることが見出される。この協力状態はゲームの力学的法則に依存し、ダイナミクスに内在する安定な軌道により可能になったものである。これをふまえて、戦略的安定軌道の重要性という仮説が提唱される。この協力状態の生成は、人数が増しても可能であり、人数の増加とともに協力が困難になるという静的なゲームでの結果とは異なるものである。これは直接相手に影響を与えるというより、ゲーム環境自体を操作する戦略が動的ゲームでは可能だからであり、社会での協力の起源に新しい視点を与えるものである。また、意思決定の際に他者の状態をどのように参照できるか、のレベルが進化によってどう変わって行くかが示され、そのレベルに応じて、全く異なるゲームのダイナミクスや社会現象が見られる。このようにして、プレーヤーの戦略と系の社会構造が段階的に発展をする様子が明らかにされている。

 パートIIIでは、既存のゲーム理論の進化として、「3人結託ゲーム」を構成し、そこで見られる進化的現象について議論されている。このような複数の結託構造を持つ場合には、戦略、ダイナミクス、社会構造が相互に関連することで複雑化・多様化へ向けたコミュニケーションの開いた進化が現れることが示されている。

 以上、当博士論文の研究は、動的ゲームという新しい枠組を導入し、その進化シミュレーションから社会における協力の形態や規範の形成への新しい視点を与えたものである。この結果がどれだけモデルによらない普遍性を持つか、また現実の問題への意義づけなど今後議論されなければならない点も多い。そして、この動的ゲームという新しい枠組を一般的に敷衍していくのは今後の課題である。しかし、ここで提出された考え方は基本的で独創的なものであり、今後ゲーム理論や社会進化に対する一分野を切り開くことになると期待される。その際に、ここでのシミュレーションの結果はこの将来の分野への基礎となるであろう。

 この研究は従来のゲーム理論、非線型物理、進化モデルへの理解を基盤として高度なシミュレーション技術をふまえて実現したものである。ここで挙げられた結果の一部(パートIII)は既に論文が専門誌に掲載されており、主要部分(パートII)は間もなく投稿予定である。また、その一部は人工生命の国際会議で発表され、注目されている。このように、論文提出者の研究は、ゲーム理論、社会進化について力学系シミュレーションをふまえた新しい方向を切り開き、この分野への独創的かつ重要な寄与をなしていると考えられる。

 以上の点から本論文は博士(学術)の学位を与えるのにふさわしい内容であると審査委員会は全員一致で判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54612