審査要旨 | | 半導体界面には2次元的な電子系を実現できることは古くから知られており,2次元電子系に特有の性質の研究や,この電子系を利用したトランジスターの実現などを目的とした地道な研究が行われてきた.この系が脚光を浴び,研究が飛躍的に活発化したのは1980年代初頭の整数及び分数量子Hall効果の発見による.この結果,様々な研究が行なわれる一方,非常に質の良い2次元電子系が実現するようになってきた. さて,一般に2次元電子は不純物ポテンシャルによる弾性散乱によって局在するが,局在した波動関数は一つの固有状態であり,波動関数の位相は確定した状態にある.この位相の情報は非弾性散乱によって失われるが,零磁場及び,弱磁場領域においては,非弾性散乱の強さを特徴づける量である位相干渉長は数mにも及び,このような距離においても電子の干渉の実験が行なえるということが明らかにされている.しかし,実は強磁場下ではこの位相干渉長は更に長いということが知られていた.但し,その長さに対する定量的な実験は存在していなかった.論文提出者はこのような状況において,位相干渉長を定量的に決定する実験を行い,その結果を本論文として学位を申請した. 本論文は英文で書かれ6章からなる.まず,第1章に於いては,位相干渉長に関するこれまでの実験結果が紹介されている.第2章では本研究での試料がどのように作成され,どのような測定が行われたかについての紹介が行なわれている. 第3章から第5章までは本研究での実験の結果が述べられているが,先ず第3章では整数量子Hall効果のプラトー間の遷移領域における局在長と位相干渉長を求めた実験結果が述べられている.長さと幅が異なる一連の試料で遷移領域の幅の測定が行なわれ,結果の解析から,Landau準位の中心付近のエネルギーを持ち,試料内部に広がる電子状態,いわゆるバルク状態に対する測定が行なわれた.このように一連の幅と長さの異なる試料での比較を行なったことは本研究の独創的なところである.この測定から局在長に関してはFermi準位依存性が求められ,位相干渉長に対しては温度依存性,磁場依存性,ソース・ドレイン間の電位差依存性が求めらた.低温の位相干渉長はmmのオーダーにまで伸びることが明らかにされた. 次の第4章では端状態における位相干渉長の測定が行なわれた.この測定では,遷移領域にある2つの2次元電子系を量子Hall効果状態の端状態で結んだ系が調べられた.この系においては,中間に挟んだ端状態の位相干渉性が遷移領域の幅に影響を与えることが明らかにされ,これを用いて位相干渉長が測定された.この方法も本研究ではじめて用いられた独創的なものであり,これによって端状態での位相干渉長の測定への道が拓かれた.実験の結果は位相干渉長は違うLandau準位に属する端状態間の平衡化距離よりはるかに長く,25mKにおいては5.4mmにも達することが明らかにされた.この結果は端間散乱は位相の情報を保つことを明らかにしたものでもある. 実験結果の最後は第5章の端状態間の散乱の非線型性に関するもので,実験の結果は理論的に予測された階段状の端状態を支持するものであった.続く最終第5章には論文全体のまとめが記されている. このように本論文は独創的な実験法によって強磁場下の2次元電子系の位相干渉長を定量的に測定したものであり,この分野の研究に大きな貢献をしたものと審査員全員により認められた.なお,本論文第3章,第4章,第5章は小宮山進氏,白木靖寛氏,長田俊人氏,平井宏氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって,試料の作成と測定を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる. |