ランダムポテンシャル中の-電子状態を考える。系のランダムネスが小さいときは、電子の状態は本質的にブロッホ状態であるが、ランダムネスを大きくしていくと、電子は系全体に広がることができなくなって局在する。こうした系の乱れによる電子状態の転移が存在し、局在・非局在転移と呼ばれる。場の理論によれば、局在・非局在転移は系のもつ基本的な対称性によって、オーソゴナル、ユニタリー、シンプレクティックの三つのユニバーサリティ・クラスに分けられる。このユニバーサリティ・クラスの分類は、電子波の干渉の違いに現われ、特に弱局在領域(ランダムネスの弱い領域)の理解において本質的であった。ところが、最近の三次元系に対する数値計算からは、ユニバーサリティ・クラスを特徴付けるはずの臨界指数がこの三つの場合でほとんど違わない。このことから逆に、局在・非局在転移に三つのユニバーサリティ・クラスがあることに懐疑的な主張もなされている。 一方二次元であっても、量子ホール系(ユニタリークラス)、およびシンプレクティック系(スピン軌道散乱が大きく、磁場のかかっていない系)では局在・非局在転移が存在することが知られている。量子ホール系は特によく調べられており、様々なモデルで局在長の臨界指数が2.3〜2.4であることが確立されている。しかし二次元シンプレクティック系については研究が少なく、の値も収束していない。以上のような流れを受けて本研究では、シンプレクティック対称性を持つ転送行列を構成要素にした2次元のネットワークを構成して、二次元シンプレクティック系の局在・非局在転移を数値的に研究した。このモデルは転送行列によって定義され、従来研究されているハミルトニアンを基にしたモデルと相補的な関係にある。また、2次元量子ホール系の局在・非局在転移を良く記述するChalker-Coddingtonネットワークモデルのシンプレクティック系版に相当するモデルと言える。このように、従来とは異なるモデルを通して、二次元で量子ホール系とシンプレクティック系で指数が異なるのか、異ならないのかを調べる意義は大きい。 図1のような、ノードとリンクよりなる二次元ネットワークを考える。最近接のノード間はリンクで双方向につながっていて、スピンの自由度も運ぶものとする。 各ノード(図2)部分にそれぞれ8×8の、シンプレクティック対称性を持つ転送行列を割り当てる: ここでAi,Biはカレント密度で、∧=diag(1,1,2,2),Kc=diag(-iy,-iy)である。1,2は動径パラメータと呼ばれる変数で、非負の実数をとる。はuと同じ形でをしたユニタリー行列で、位相を1…4,1…4としたもの。位相,,,はランダム変数で、[0,2)の一様乱数にとった。また、全体を二次元的につなげるため、図1の(B)のノードの転送行列は(A)のノードを/2回転して与えることにした。入,の与え方はいろいろ考えられるが、本研究においては次の二つの場合を取り上げた。 ケースI 位相にのみランダムネスを導入したケース。位相i,i,i,iは各々独立に[0,2)の間の一様分布し、実空間、スピン空間での結合を与える、sは/4に固定した。動径パラメータ1,2は等しくとって、この値を変化させて局在・非局在転移を調べる。 ケースII 位相だけではなく、動径パラメータ1,2にもランダムネスを導入したケース。位相はケースIと同様に[0,2)の間の一様分布にとり、動径パラメータを と書いて、Vを各ノードごとおよび1,2で独立とし、の間の一様分布に従うようにした。実際の計算はとして行なった。また、についても/4のまわりで小さく揺らがせことにし、[/4-0.1,/4+0.1]の間の一様分布にとった。 図1:シンプレクティック・ネットワーク図2:シンプレクティック・ネットワークモデルを構成するノード このケースについて横方向の全体の転送行列のリャプノフ指数を計算し、縦方向の幅(ノード数)Mによる有限サイズスケーリングにより解析した。計算は幅Mの系の局在長Mの誤差が1%以下になるように横方向の長さLをとり(実際にはL=5〜8×105とした)、MをMでスケールした無次元量A=M/Mをスケーリング変数にとった。 ケースIでのパラメータを変化させたときのスケーリング変数Aの変化の様子を各サイズごとにプロットしたものが図3である(ケースI)。横軸を、つまり-ノードのコンダクタンスにとった。異なるサイズでの曲線がglocal〜2.0のところで一点で交わり、局在・非局在転移が存在することが分かる。この計算データを1パラメータスケーリング関係式 に合わせて解析しフィットした結果、 ケースI: =2.88±0.15,∧=2.009±0.010 (=0.1584±0.0008) ケースII: =2.85±0.10,∧=2.067±0.006 (=0.1540±0.0005) が得られた。ここでは転移点直上での相関関数の減衰を表す指数で、転移を特徴付けるものであり、二次元においては転移点での∧の値∧cと=1/(∧c)で関連付けられる。 図3:スケーリング変数の変化(ケースI) このように、異なるランダムネスの与え方をしたケースI、IIでほぼ一致している。また、スケーリング関数は図4のようになり、両者でほとんど違わないことが分かる。 図4:スケーリング曲線(ケースI、II) 以上のように、本研究で構成した二次元シンプレクティック・ネットワークモデルには局在・非局在転移が存在し、局在長の臨界指数はほぼ2.9であることが示された。これはタイトバインディングハミルトニアンで解析されている値2.75±0.15と誤差の範囲で一致しており、量子ホール系の指数2.3〜2.4とは明確に異なる。つまり、少なくとも二次元においては場の理論が予想するように、局在・非局在転移は(系のランダムネスが弱いときの)系の対称性に依るユニバーサリティクラスに分類されることが結論される。 |