学位論文要旨



No 113184
著者(漢字) 鄭,茜氷
著者(英字)
著者(カナ) ジェン,チァンピン
標題(和) 置換ポリフェニルアセチレン及び希土類金属錯体のエレクトロルミネッセンス
標題(洋) Electroluminescence of Polyphenylacetylene Derivatives and Lanthanide Complexes
報告番号 113184
報告番号 甲13184
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3330号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 末元,徹
 東京大学 教授 塚田,捷
 東京大学 助教授 長谷川,修司
 東京大学 教授 濱口,宏夫
 東京大学 助教授 黒田,寛人
内容要旨

 共役高分子は、新規の有望なディスブレイ技術である発光高分子(LEP)素子における発光層、電荷移動層として非常に注目を集めている。共役高分子の一種であるポリフェニレンビニレン(PPV)からの発光の発見により、世界中でこの共役高分子からの電界発光(EL)の研究と開発が始められた。昇華分子膜、もしくは高分子を用いた有機発光素子(LEDs)は既に商業上の応用の域に達してはいるが、その物質選択や発光機構に関する研究の余地は未だ非常に多い。我々の研究室では、共役高分子の中の特定の種類であるポリフェニルアセチレン[poly(phenylacetylene)]誘導体に焦点を絞って研究してきた。ポリフェニルアセチレン誘導体は、分子共役の程度、電子供与性もしくは電子受容性側鎖が存在するかどうかを変えることにより、高効率を保ちながら発光波長を青から赤まで変化させる事が出来る。しかしながら、これらの高分子において電荷の移動性は通常比較的低い。従って、正孔輸送性のカルバゾル(carbazole)基を付加する事により、我々はパラカルバゾリル置換ポリジフェニルアセチレン(PDPA-Cz)が有機EL素子、特に高分子EL素子における正孔輸送物質として有望な候補である事を示した。

 この論文では、PDPA-Czを基礎とするEL素子に関する系統的な研究を行なっている。第一に、高分子を用いて、PDPA-Czとトリ(8-キノリノレイト)アルミニウム(Alq3)とのヘテロ構造を持つEL素子が、約2%もの高外部量子効率を持つ事を示した(第3章)。この値は、同様の構造を持つEL素子に関する最高の結果の一つである。その議論において、二層間のバンドギャップ整合の概念を提案し、有機EL素子の効率が改良される事を確認した。また、発光層における励起子の拡散を決定するための実験を計画し、両極性拡散の性質を持つ事を示した。

Fig.1.Luminance-voltage(circles)and current-voltage(triangles)characteristics of an ITO/PDPA-Cz/Alq3/Mg/Al cell.Inset:The EL spectrum of the device.

 PDPA-Cz/PPV共重合体/Alq3型の三層構造を持つ高PL効率PPV共重合体を用いる事により、低電圧駆動の効率的なEL素子を実現した(第4章)。この素子は、バイアス電圧2.5ボルト以下で機能し始め、適度の仕事関数をもつマグネシウム合金電極を用いてもバイアス電圧7ボルトにおいて1650cd/m2に達した。この時の効率は約1%であった。EL素子の効率を上げるため、第5章において、色素をドープしたEL素子の発光機構の研究も行なった。またEL素子への色素ドープにおける複雑化を避けるために、既知の分子着色団を電荷輸送材料に導入したEL化合物を新規に合成し、EL素子として用いる事を試みた(第6章)。

Fig.2.Luminance-voltage(circles)and current-voltage(triangles)characteristics of an ITO/PDPA-Cz/PPV-Copolymer/Alq3/Mg/Al cell. Inset:The EL spectrum of the device.Fig.3.Current-voltage(I-V)and luminance-voltage(L-V)characteristics for an ITO/PDPA-Cz/C60/Al cell under forward and reverse dc bias. Inset:J-V and L-V curves for a single-layered ITO/PDPA-Cz/Al cell.

 第7章において、電荷移動(CT)連結の概念を提案し、PDPA-Cz/C60層において実験的に確認した。CT連結の概念は、EL素子の交流制御において潜在的に応用できる事が期待される。第8章では、PDPA-Cz高分子を用いて、発光電気化学セルを実現した。

 LEDの製作において希土類金属錯体を導入すると、非常に鋭い発光帯を持つEL素子ができるだけではなく、三重項励起状態過程を利用する効果的な方法でもある。EL素子中では、一般的に、一重項状態と三重項状態とは光化学的スピン選択則に制限されず単に統計的な一対三の割合で生成されているはずであるにもかかわらず、有機分子の電界発光は、一重項状態によると考えられている。なぜなら、ほとんどの有機分子において三重項励起状態の発光量子効率は低いため、三重項励起状態はEL発光に寄与しないからである。スピン統計を考慮する事により、ELにおいて非対結合により生成される励起子には、半整数スピンを持つふたつのキャリアの4通りの結合過程が存在する。その内3通りの過程においては、合成スピンは1すなわち三重項状態となり、残りの一つの過程だけがゼロスピンの一重項状態となる。したがって、もし一重項状態と三重項状態が同じ発光収率を持つのなら、三重項状態からのEL収率は一重項状態より3倍大きくなることが期待される。第9章では、77KにおけるGd錯体の三重項励起状態による電界りん光の初の観測例を報告している。これは、主として常磁性Gd3+イオンによって誘起された配位子電子準位のスピン軌道摂動が、金属-有機錯体において強い配位子-分子りん光をひき起こしたためである。Gd3+イオンの励起準位6P3/2は、配位子の最低励起三重項状態より高エネルギーなため、EuGd錯体のケイジ間のエネルギー移動を用いてEu3+の発光を強める目的でGd錯体は使用されている。また、EuGd錯体を用いた温度依存型EL素子も実現した(第10章)。第11章では、室温におけるOs錯体の三重項励起状態からの電界りん光を、第12章では、Er錯体からの赤外ELを示している。Erがドープされた物質は効率的な光源としての利用が期待されるため、光エレクトロニクスの応用への非常に高い関心をひき起こしている。その室温における非常に狭い線幅(103Å)から、光学ファイバー通信システムへ高いバンド幅容量を提供する事が出来る。

審査要旨

 この論文は本文12章および付録からなり,置換ポリフェニルアセチレンおよび希土類金属錯体におけるエレクトロルミネッセンス(EL)について実際に素子を構成し,光学的電気的特性について実験した結果およびその物理的な解釈について論じている.第1章では近年発光デバイスの材料として化合物半導体と並んで注目されている発光性高分子について,発光機構の解明や,発光効率を向上させる上での問題点を論じている.

 2章から8章では希土類を含まないEL材料について述べている.第2章で正孔輸送性のパラカルバゾニル(Cz)置換したポリジフェニルアセチレン(PDPA)をAl/MgとITO(錫インジウム酸化膜)透明電極で挟んだ単一層ELデバイスを製作し,電流-発光強度特性,膜厚依存性などをしらべ,発光効率がある厚みで最大になることを見いだした.この結果は電子またはホールの拡散距離を考慮することで定性的に理解できることを示した.第3章では上記の構造にBePP2またはAlq3(トリキノリノレイト・アルミニウム)を追加した2層構造について電流-発光強度特性をしらべ,その結果,後者の系でポリマーELとしては最高の2%の変換効率を実現することに成功した.さらにこの高い効率が得られる原因について詳しく考察した.PDPA-CzとBePP2のバンドギャップは0.6eV程度異なるが,前者とAlq3のそれはほぼ等しい.このような2つの物質でのバンドギャップの一致が高い効率の条件であると予想して,電子とホールの輸送を簡単なモデルで解析し,この結論を裏づけた.第4章ではPDPA-Cz/PPV/Alq3型3層構造を製作し,低電圧駆動のELを実現した.第5章では色素(DCM)をドープしたEL素子を作成し,母体-色素間のエネルギー移動について議論した.さらに,6章では発光分子が正孔伝導性分子に直接結合している分子を用いてEL素子を作製し,純度と薄膜の質が発光効率に大きな影響を与えていることを見いだした.第7章では電子アクセプターとしてすぐれたC60を電極として用いることで,双方向性のELすなわち交流駆動可能な素子を作ることに成功した.これはC60のLUMOとPDPA-CzのHOMOがエネルギー的に近いことによる電荷移動連結の効果であると申請者は結論している.

 9,10,11,12の各章では希土類イオンを含む系について調べている.9章ではスピンにより3重に縮退した3重項が発光に寄与すれば,1重項に比べて3倍の発光強度が期待されるため,これを利用して発光効率を増大させることを提案している.そしてITO/PVK/Gd(DBM)3(Phen)2/BePP2/MgAgという3層構造を作製し,3重項からのELを初めて見いだした.現状では効率は77Kで0.1%と低いが,3重項を利用することで効率の向上が望めるということを原理的に示した点が評価される.10章ではEuGd錯体を用いたITO/PVK(Eu,Gd)PBD/Mg(Al)構造でELを観測し,それがEuからGdへのエネルギー移動によっている事を示した.11章では,ITO/Os錯体:PVK/PBDの構造を用いて室温で3重項EL発光を観測することに成功した.12章ではEr錯体によるELを初めて観測した.

 この研究は海外も含めた数名の共同研究者とともに遂行されたプロジェクト研究である.論文内容には孫潤光氏との共同研究の結果が多く含まれているが,この論文の主要な結果である3章と7章についてはほとんど本人の独自の成果であり、筆頭者として公表した論文があること,論文全体にわたって独自の物理的解釈が行われていることにより,申請者による寄与は十分であると認めてよいと判断した.

 多面的に多くの系を調べている反面,とりあげた各トピックスの関連性や一貫性にやや不満も指摘された.しかし物理という観点からは未成熟といえるこの分野で,定性的ではあるが物理的な考察により発光メカニズムを論じた点,バンド整合の概念により2層構造で2%という高効率を実現したこと,電荷移動の概念により双方向性の素子を実現したこと,3重項ELの原理実証を行った点を評価し,博士(理学)の学位を授与できると認めた.

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