学位論文要旨



No 113185
著者(漢字) 高原,哲士
著者(英字)
著者(カナ) タカハラ,サトシ
標題(和) Skyrme Hartree-Fock法による核変形の系統的研究
標題(洋) Systematic Study of Nuclear Deformation with Skyrme Hartree-Fock Method
報告番号 113185
報告番号 甲13185
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3331号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 教授 片山,一郎
 東京大学 教授 石原,正泰
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 教授 太田,浩一
内容要旨

 近年原子核の研究は極限状況をつくり出すことによって、新たな側面を浮き彫りにしてきた。一つの方向は高スピンである。80年代後半に高スピン領域で軸比が1:2の変形を持つと理論的に予想された超変形状態が実験的に観測された。現在までに質量数80,130,150,190等の領域において数多くの核で超変形バンドが観測されている。もう一つの方向は安定線から離れた不安定核である。90年代には短寿命核ビームの技術により陽子・中性子数の比が安定領域と大きく異なる不安定核が数多く生成可能になり、中性子過剰核ではハローやスキンといった安定領域とは異なる形状や殻構造の変化などの様相を呈していることが明らかになった。不安定核は元素合成の過程(r-過程)で重要な役割を演ずるが、非常に重い中性子過剰核の情報は理論計算に頼らざるをえない。このような未知の領域の性質を予想する方法としては、有効相互作用を用いた平均場近似法が有望である。また、逆に、平均場法を不安定核に適用することで既存の有効力の妥当性を検討し、改善することができる。

 閉殻付近を除く大多数の原子核の内部状態は基底状態で変形している。原子核では個々の粒子がその他の核子の作るポテンシャル中を運動する平均場近似がよく成り立っているが、自己無撞着性が重要で、エネルギー等を正確に予測するには変形を正しく扱うことが不可欠である。本論文では微視的な方法であるSkyrme相互作用を用いたHartree-Fock法により、原子核の基底状態の変形および角運動量ゼロでの超変形および核分裂異性体を含む大変形状態の系統性を主に論じる。

殻補正法とHartree-Fock法

 原子核は液滴のようなマクロな側面と、独立粒子運動の量子力学的なマクロな側面とを併せ持ち、この両面をうまく折衷して採り入れることで、多くの性質を記述することに成功してきた。(殻補正法)これまでの核図表上における大域的な計算のうちで注目されるものは、液滴模型と殻補正を組み合わせる手法によるものである。

 しかし、液滴+殻補正法は現象論性が高いため、陽子または中性子過剰な不安定核・大きく変形した状態・高角運動量状態等への外挿の信頼性は明らかではない。別の理論的枠組に基づく計算を行ない、結果を比較することが大切である。我々はSkyrme型有効相互作用を用いたHartree-Fock+BCS法を採用する。この理論は微視的であり現象論性がより低いので、外挿への信頼性はより高いはずである。Skyrme型有効力はゼロレンジ型の核子間有効相互作用であり、これまでに基底状態および低励起状態の記述に成功してきた。ゼロレンジの性質から平均場の計算では計算量が飛躍的に小さくなり、微視的な計算を高精度に行なうことが可能である。

正方メッシュ表現

 我々の用いたHF+BCSコードの特徴は波動関数を正方メッシュ上の値の集合で表現することである。調和振動子基底で波動関数を展開し、対角化するという従来の方法では、核外での波動関数の漸近形が調和振動子型に限定されてしまうので、スキンやハローを扱うことができない。一方、メッシュ表現では、任意の漸近形を扱うことができる。また、原子核の飽和性が高運動量状態の混入を抑制するため、メッシュ表現は特に原子核に適した表現であるといえる。このコードでは極座標の動径方向のみをメッシュ表現で扱うのではなく、3次元正方メッシュ表現を採用するので、球形に限らず、様々な形状を偏見なく扱うことができる。正方メッシュでは比較的粗いメッシュでも高精度な計算が可能であるという点が示されている点にも注意する。この表現では必要な基底数(メッシュの数に比例)が大きいので、計算規模は巨大になるが、一方、角運動量を陽に扱わないので計算式が単純になり、アルゴリズムがベクトル計算機に適したものにでき、スーパーコンピュータを用いると大規模な計算も実用的な計算時間で行える。

基底状態の系統性

 まず、基底状態について、2Z114の偶々核に対して計算を行なった。陽子ドリップ線の外側から中性子過剰の実験的最前線まで計算を行ない、基底状態として1029個の解を得た。また、758個の核については変形共存の励起状態を得た。自己無撞着な方法であるので、基底状態の緒性質を同時に求めることができる。得られる物理量は結合エネルギー、四重極モーメントおよび変形度、核半径、ペアリングギャップ等である。これらの結果を実験及び各種の質量公式と比較した。まず質量に関しては実験と比較すると球形核ではoverbinding、変形核では変形の大きさによらず約3MeVのunderbindingという系統性が見られた。480個の偶々核に対して実験値との平均2乗誤差は2.2MeVで、最新の質量公式の誤差(0.5MeV)に比べるとずっと大きい。しかし、我々の結果と質量公式から得たドリップ線の位置はほぼ等しく、SIIIのマクロなアイソピン依存性はよいと言える。四重極モーメントは実験と非常によく一致する。相違は主に軽い核で計算結果が球形解になる場合である。この相違はB(E2)を球形平衡のまわりの集団的形状振動に帰すことで説明できる。変形度が模型に組込まれている他の方法と異なり、メッシュ表現によるHF法では変形パラメータを定義する必要がある。我々は変形パラメータalmを多重極モーメントから求める方法を開発した。その結果、非軸対称な成分(a22,a42,a44)は非常に小さい(<10-3)ことがわかった。

 いくつかの領域について詳しく考察し、SIIIが変形を再現できないと思われる例を挙げた。その原因として、パラメータの表面の性質がよくないことと平均場では不十分である場合がある。

 スキンとハローの系統性を論じた。陽子スキンは1%以下と非常に少ないのに対して、約4割の核に中性子スキンがある。核子数が増えるに従いスキン厚は単調かつ規則的に成長することを示した。異方性について、陽子スキンでは傾向が見出せないが、中性子スキンではオブレート変形では対称軸で厚くなり、プローレート変形では逆の傾向があることを発見した。また、スキンの厚さとハローの厚さの相関関係を調べ、スキンが薄い安定核ではハローの成長が遅く、スキンが厚い核では成長が遅いことを見出した。

巨大変形の系統性

 超変形バンドは高スピン領域では系統的に観測されているが、その下端が角運動量ゼロまで到達し、ゼロ・スピン超変形状態として観測可能であるか否かは興味深い問題である。超変形に対するアプローチとしてもこれまで殻補正法が主流である。回転を考慮するクランキング近似を用いるHartree-Fock法では計算量が大きく系統的な計算は難しい。しかし、変形が大きい場合に殻補正の方法は困難になる。原子核の形状を記述するために多重極展開をするが、大変形になるとより高次の展開が必要となり、多次元空間での最適化問題となるので、計算量が飛躍的に増大する。このような場合には殻補正法のHartree-Fock法に対する計算量の優位性は小さいと思われる。

 まず、194Hgは最近まで励起エネルギーが測定されており、スピンゼロへの外挿値と各種の方法およびパラメータの比較を行った。その結果、SkM*,SkP,SkI3が最適であった。更に、236,238Uの実験値との比較からSkM*が大変形の記述に最適であると判断した。SkM*246Puの分裂障壁を再現するようフィットされたパラメータであり、変形の性質がよいと言われるものである。Krieger et al.と同じパラメータを用いたが、対相関の強度を改善することで194Hgの励起エネルギーを再現した。対相関強度の相違は超変形状態の励起エネルギーに対する影響は比較的小さいが、障壁の高さは2倍近く異なる。これは超変形から通常変形への崩壊寿命に大きく影響する。

 28Z114の偶々核に対して、まず変形度が0.350.6の局所的なミニマムを探し、存在する核についてはポテンシャルエネルギー面の計算を行なう。超変形した形状異性体の励起エネルギーと基底状態とのポテンシャル障壁の大きさを計算することで核図表上のどの領域で観測される可能性が高いかを予想する。ゼロスピンではアクチナイド領域の分裂異性体を除いては実験データが少ないため、比較のためにNilsson-Strutinsky法でも同様な計算を行なった。

 高スピンで観測されているPt,Hg,Pb領域では軸比が1.6:1の異性体が系統的に存在するが、Sm,Gd,Dyの領域では励起エネルギーが高く、障壁も低く低スピンでは観測される可能性が小さい。アクチナイド領域では2:1の分裂異性体が幅広く存在する。殻補正法との相違としては励起エネルギーが高くて障壁も深く、殻効果が顕著に現れる。

結論

 SIIIはエネルギーのアイソスピン依存性はよいが、いくつかの領域で変形が再現できないことを示した。一方、SkM*は変形に関してはSIIIの弱点を補うが、エネルギーのアイソスピン依存性がよくない。このことから現時点ではアイソスピン依存性と変形の性質の2つを満足するパラメータは存在しないといえる。今後このようなパラメータを開発する必要がある。アイソスピンと変形という2つの軸の極限を調べることで、Skyrme-Hartree-Fock法の限界を探った。

審査要旨

 本論文は7章からなり、第1章の導入部に続いて、第2章ではハートリー・フォック法及びストラティンスキー法などの平均場理論の概略が述べられ、第3章ではスキルムハートリー・フォック法そのものとこれまでに提案されてきた様々なスキルム・パラメーターについての簡明なまとめがなされている。この論文では正方メッシュによってスキルムハートリー・フォツク計算を大規模、且つ、系統的に行い、様々な原子核の基底状態や励起状態における変形や質量(エネルギー)の計算を行うのを目的としている。計算方法や計算結果については第4章以降に詳しく述べられている。先ず、第4章では、この博士論文のテーマであるスキルムハートリー・フォック数値計算を実行する上で実際に採用された計算方法の詳細な説明が示されている。すなわち、メッシュサイズと計算精度の関係、ハートリー・フォック法における虚時間発展のさせ方を原子核の変形との関係に配慮しながら述べ、計算を効率良くするためにこの研究で開発された独自の工夫についても述べられている。第4章の最後では、ペアリング相互作用の取り入れ方について議論している。第5章ではそのスキルムハートリー・フォック法による数値計算の結果が詳しく述べられている。先ず、メッシュサイズに基因する誤差の評価と、その近似的な解消法が示されている。その後では基底状態の質量とペアリングギャップが議論され、後半では約1000個の原子核の変形についての系統的な研究成果が示されている。この章では、色々あるスキルム相互作用の内、SIIIと呼ばれるものが採用されている。それにペアリング力を加え、ハートリーフォック+BCS法によって計算している。

 結果に言及すると、質量に関しては、測定値を概ねよく再現し、測定値と計算値の差のrms値は2.2MeVである。さらに細かく見ると、変形の小さい原子核では質量を小さく見積り過ぎる傾向があり、変形の大きい原子核では逆になっている事が示された。

 次に、ハートリーフォック解における変形が議論されている。約1000個の原子核の基底状態について変形度の実験値と計算値との間の比較がなされ、内部固有四重極モーメントが3.5バーンを越える大きな変形に対しては非常に良い一致が確認された。一方、変形が成長しきっていない原子核では計算値がゼロなのに、実験値が有限という状況があり、このような計算方法の原理的な限界を反映している。実験値と計算値の相違については、12C原子核近傍や80Zr原子核近傍について議論し、さらに不安定核である32Mg原子核についても議論している。このような系統的な研究は初めてなされたものであるが、それを通じて、基本的にはスキルムハートリー・フォック法により原子核基底状態の変形がかなり良く説明できるが、幾つかそれがうまく行かない原子核がある事が明らかになった。その背景も議論されている。これらはこれまで行われた事のない研究であり評価される。さらに現状のスキルムハートリー・フォック法によっては説明出来ないデータを示した事で、今後の更なる発展が必要であり、それがどのような点を考慮して成されるべきかも示されており、学問上重要な指摘である。第5章の最後の部分では、ベータ安定線から大きくはずれた原子核において期待されている中性子スキンについて、その発現やサイズについて、変形と絡めた系統的な研究の成果が示され、重要な知見を与えている。

 第6章では、ゼロ・スピンでの超変形に焦点を絞っての系統的な研究の成果が述べられている。超変形は最近10年間程興味を集めている領域であり、この章では、スキルムハートリー・フォック法による初めての系統的なサーベイの結果が示された。この章の研究では、スキルム相互作用の中でSkM*型を用いている。変形度が0.35と0.6の間の局所ミニマムを探して、それらに附随するエネルギー曲面を求め、超変形バンドから通常変形状態への遷移などが述べられている。この結果、比較的軽い原子核ではゼロスピンの超変形状態は見つけにくいが、アクチナイド領域では広範な原子核でそれが見られる可能性が高いと結論している。

 第7章には全体のまとめが示されている。

 このように重要で新たな知見が多く含まれており、審査委員全員の合意により学位論文として適当であると判断する。なお、本論文は全体として、田嶋直樹、大西直毅氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク