序 近年原子核の研究は極限状況をつくり出すことによって、新たな側面を浮き彫りにしてきた。一つの方向は高スピンである。80年代後半に高スピン領域で軸比が1:2の変形を持つと理論的に予想された超変形状態が実験的に観測された。現在までに質量数80,130,150,190等の領域において数多くの核で超変形バンドが観測されている。もう一つの方向は安定線から離れた不安定核である。90年代には短寿命核ビームの技術により陽子・中性子数の比が安定領域と大きく異なる不安定核が数多く生成可能になり、中性子過剰核ではハローやスキンといった安定領域とは異なる形状や殻構造の変化などの様相を呈していることが明らかになった。不安定核は元素合成の過程(r-過程)で重要な役割を演ずるが、非常に重い中性子過剰核の情報は理論計算に頼らざるをえない。このような未知の領域の性質を予想する方法としては、有効相互作用を用いた平均場近似法が有望である。また、逆に、平均場法を不安定核に適用することで既存の有効力の妥当性を検討し、改善することができる。 閉殻付近を除く大多数の原子核の内部状態は基底状態で変形している。原子核では個々の粒子がその他の核子の作るポテンシャル中を運動する平均場近似がよく成り立っているが、自己無撞着性が重要で、エネルギー等を正確に予測するには変形を正しく扱うことが不可欠である。本論文では微視的な方法であるSkyrme相互作用を用いたHartree-Fock法により、原子核の基底状態の変形および角運動量ゼロでの超変形および核分裂異性体を含む大変形状態の系統性を主に論じる。 殻補正法とHartree-Fock法 原子核は液滴のようなマクロな側面と、独立粒子運動の量子力学的なマクロな側面とを併せ持ち、この両面をうまく折衷して採り入れることで、多くの性質を記述することに成功してきた。(殻補正法)これまでの核図表上における大域的な計算のうちで注目されるものは、液滴模型と殻補正を組み合わせる手法によるものである。 しかし、液滴+殻補正法は現象論性が高いため、陽子または中性子過剰な不安定核・大きく変形した状態・高角運動量状態等への外挿の信頼性は明らかではない。別の理論的枠組に基づく計算を行ない、結果を比較することが大切である。我々はSkyrme型有効相互作用を用いたHartree-Fock+BCS法を採用する。この理論は微視的であり現象論性がより低いので、外挿への信頼性はより高いはずである。Skyrme型有効力はゼロレンジ型の核子間有効相互作用であり、これまでに基底状態および低励起状態の記述に成功してきた。ゼロレンジの性質から平均場の計算では計算量が飛躍的に小さくなり、微視的な計算を高精度に行なうことが可能である。 正方メッシュ表現 我々の用いたHF+BCSコードの特徴は波動関数を正方メッシュ上の値の集合で表現することである。調和振動子基底で波動関数を展開し、対角化するという従来の方法では、核外での波動関数の漸近形が調和振動子型に限定されてしまうので、スキンやハローを扱うことができない。一方、メッシュ表現では、任意の漸近形を扱うことができる。また、原子核の飽和性が高運動量状態の混入を抑制するため、メッシュ表現は特に原子核に適した表現であるといえる。このコードでは極座標の動径方向のみをメッシュ表現で扱うのではなく、3次元正方メッシュ表現を採用するので、球形に限らず、様々な形状を偏見なく扱うことができる。正方メッシュでは比較的粗いメッシュでも高精度な計算が可能であるという点が示されている点にも注意する。この表現では必要な基底数(メッシュの数に比例)が大きいので、計算規模は巨大になるが、一方、角運動量を陽に扱わないので計算式が単純になり、アルゴリズムがベクトル計算機に適したものにでき、スーパーコンピュータを用いると大規模な計算も実用的な計算時間で行える。 基底状態の系統性 まず、基底状態について、2Z114の偶々核に対して計算を行なった。陽子ドリップ線の外側から中性子過剰の実験的最前線まで計算を行ない、基底状態として1029個の解を得た。また、758個の核については変形共存の励起状態を得た。自己無撞着な方法であるので、基底状態の緒性質を同時に求めることができる。得られる物理量は結合エネルギー、四重極モーメントおよび変形度、核半径、ペアリングギャップ等である。これらの結果を実験及び各種の質量公式と比較した。まず質量に関しては実験と比較すると球形核ではoverbinding、変形核では変形の大きさによらず約3MeVのunderbindingという系統性が見られた。480個の偶々核に対して実験値との平均2乗誤差は2.2MeVで、最新の質量公式の誤差(0.5MeV)に比べるとずっと大きい。しかし、我々の結果と質量公式から得たドリップ線の位置はほぼ等しく、SIIIのマクロなアイソピン依存性はよいと言える。四重極モーメントは実験と非常によく一致する。相違は主に軽い核で計算結果が球形解になる場合である。この相違はB(E2)を球形平衡のまわりの集団的形状振動に帰すことで説明できる。変形度が模型に組込まれている他の方法と異なり、メッシュ表現によるHF法では変形パラメータを定義する必要がある。我々は変形パラメータalmを多重極モーメントから求める方法を開発した。その結果、非軸対称な成分(a22,a42,a44)は非常に小さい(<10-3)ことがわかった。 いくつかの領域について詳しく考察し、SIIIが変形を再現できないと思われる例を挙げた。その原因として、パラメータの表面の性質がよくないことと平均場では不十分である場合がある。 スキンとハローの系統性を論じた。陽子スキンは1%以下と非常に少ないのに対して、約4割の核に中性子スキンがある。核子数が増えるに従いスキン厚は単調かつ規則的に成長することを示した。異方性について、陽子スキンでは傾向が見出せないが、中性子スキンではオブレート変形では対称軸で厚くなり、プローレート変形では逆の傾向があることを発見した。また、スキンの厚さとハローの厚さの相関関係を調べ、スキンが薄い安定核ではハローの成長が遅く、スキンが厚い核では成長が遅いことを見出した。 巨大変形の系統性 超変形バンドは高スピン領域では系統的に観測されているが、その下端が角運動量ゼロまで到達し、ゼロ・スピン超変形状態として観測可能であるか否かは興味深い問題である。超変形に対するアプローチとしてもこれまで殻補正法が主流である。回転を考慮するクランキング近似を用いるHartree-Fock法では計算量が大きく系統的な計算は難しい。しかし、変形が大きい場合に殻補正の方法は困難になる。原子核の形状を記述するために多重極展開をするが、大変形になるとより高次の展開が必要となり、多次元空間での最適化問題となるので、計算量が飛躍的に増大する。このような場合には殻補正法のHartree-Fock法に対する計算量の優位性は小さいと思われる。 まず、194Hgは最近まで励起エネルギーが測定されており、スピンゼロへの外挿値と各種の方法およびパラメータの比較を行った。その結果、SkM*,SkP,SkI3が最適であった。更に、236,238Uの実験値との比較からSkM*が大変形の記述に最適であると判断した。SkM*は246Puの分裂障壁を再現するようフィットされたパラメータであり、変形の性質がよいと言われるものである。Krieger et al.と同じパラメータを用いたが、対相関の強度を改善することで194Hgの励起エネルギーを再現した。対相関強度の相違は超変形状態の励起エネルギーに対する影響は比較的小さいが、障壁の高さは2倍近く異なる。これは超変形から通常変形への崩壊寿命に大きく影響する。 28Z114の偶々核に対して、まず変形度が0.350.6の局所的なミニマムを探し、存在する核についてはポテンシャルエネルギー面の計算を行なう。超変形した形状異性体の励起エネルギーと基底状態とのポテンシャル障壁の大きさを計算することで核図表上のどの領域で観測される可能性が高いかを予想する。ゼロスピンではアクチナイド領域の分裂異性体を除いては実験データが少ないため、比較のためにNilsson-Strutinsky法でも同様な計算を行なった。 高スピンで観測されているPt,Hg,Pb領域では軸比が1.6:1の異性体が系統的に存在するが、Sm,Gd,Dyの領域では励起エネルギーが高く、障壁も低く低スピンでは観測される可能性が小さい。アクチナイド領域では2:1の分裂異性体が幅広く存在する。殻補正法との相違としては励起エネルギーが高くて障壁も深く、殻効果が顕著に現れる。 結論 SIIIはエネルギーのアイソスピン依存性はよいが、いくつかの領域で変形が再現できないことを示した。一方、SkM*は変形に関してはSIIIの弱点を補うが、エネルギーのアイソスピン依存性がよくない。このことから現時点ではアイソスピン依存性と変形の性質の2つを満足するパラメータは存在しないといえる。今後このようなパラメータを開発する必要がある。アイソスピンと変形という2つの軸の極限を調べることで、Skyrme-Hartree-Fock法の限界を探った。 |