本論文は8章からなり、第1章では、この研究の背景および動機となる大気ニュートリノに関する説明と現在までの大気ニュートリノ観測実験の結果について述べられている。大気ニュートリノ問題と呼ばれる、ミューオンニュートリノと電子ニュートリノの比の異常が、これまでの実験から示唆されており、スーパーカミオカンデ検出器での約1年間の観測データを用いて比を精度良く測定することが本論文の主な目的である。比の異常を説明する物理モデルにニュートリノ振動があるが、もしニュートリノ振動が起こっていれば大気ニュートリノの天頂角分布に非対称性が見えると考えられることから、この天頂角分布の測定も行われた。 第2章ではスーパーカミオカンデ検出器について、第3章では検出器のキャリブレーションについて述べられている。光電子増倍管のゲイン、時間情報、検出器中の純水の透過率のキャリブレーション等について説明されており、それぞれ大気ニュートリノの解析に十分な精度が得られることが示された。 第4章では、モンテカルロシミュレーションについて述べられており、大気ニュートリノフラックスの計算、ニュートリノ反応の散乱断面積、検出器内のチェレンコフ光のシミュレーションについて説明されている。大気ニュートリノフラックスについては理論家の計算を使っているが、ニュートリノ反応については論文提出者が独自にシミュレーションプログラムを開発している。このシミュレーションから得られる散乱断面積はいくつかの実験と比較されているがよくその実験値を再現している。 第5章は大気ニュートリノ事象のセレクションについての説明で、大気ニュートリノ事象を宇宙線ミューオンや電気的ノイズ等の事象から選別するためのソフトウェアとスキャンについて述べられている。 第6章では、事象の発生点、粒子の種類、運動量の再構成について述べられている。事象を再構成するアルゴリズムの説明と、それを実際の事象に適用した時の性能について詳しく述べられている。特に本論文の解析の中心であるミューオン/電子の粒子識別アルゴリズムについては、宇宙線ミューオン、ミューオン崩壊によって生成される電子、また大気ニュートリノモンテカルロ事象を使って詳しく性能を評価している。粒子識別プログラムは論文提出者が主体となって開発されたもので、チェレンコフリングのパターンとチェレンコフ光の開き角の情報から最尤法を用いて識別をする。基本的な粒子識別アルゴリズムはカミオカンデ実験と同じであるが、スーパーカミオカンデ検出器では有効体積がカミオカンデ検出器の20培以上になるため、チェレンコフ光の水中での散乱や電子シャワーなどがチェレンコフリングのパターンに与える影響をより詳しく見積もる必要がある。論文提出者はこれらの改良を行ない、99%のミューオン/電子識別能力を達成した。これは大気ニュートリ事象の/e比を検証するのに十分な性能である。 第7章は大気ニュートリノ観測の結果について述べられており、/e比は理論計算に比べ有意に小さいという結果が得られた。これは今までのカミオカンデ実験、IMB実験などの結果と一致し、大気ニュートリノの比異常が高い統計精度で確認された。また/e比の天頂角依存性については、天頂角分布が上下非対称であることが示された。これはニュートリノ振動を示唆するものである。 第8章は以上のまとめである。 本論文は東京大学宇宙線研究所他22大学・研究所の共同研究である。その中で論文提出者は検出器建設時から実験に参加し、実験装置や解析の準備に取り組んできた。特に、レーザー光を使った水の透過率の測定などのキャリブレーションを主に行ない、またデータ解析においては、/e粒子識別を用いての大気ニュートリノ比の測定はは論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |