一次元、及び擬一次元の反強磁性ハイゼンベルグ模型は古くから研究されているが、最近の実験技術の発達や、理論的に厳密な、もしくはかなりしっかりした理論が構成できることなどから、現在でも広く研究されている対象のひとつである。これらの模型は、以下の点において非常に興味深く、物理的に面白い。 ・低次元のため、非常に強い量子効果が期待される。 ・共形場理論により臨界現象の構造がきれいに表現され、ユニバーサリティーの議論ができる。 ・ベーテ仮設法による厳密解や、Valence-Bond-Solid模型に代表されるmatrix product ground stateを持つ模型など、厳密に解ける模型があり、それらについて様々なことを厳密に知ることができる。 この学位論文では、一次元、及び擬一次元の反強磁性ハイゼンベルグ模型(AFH)の基底状態における、いくつかの理論的な側面について考察する。考えるハミルトニアンは、最近接相互作用をもつAFH梯子模型で、 である。但し、であり、相互作用は反強磁性的(J1,>0)とする。Sn,iはSU(2)の3つの生成子で、その大きさはSである。つまり、Sn,i・Sn,i=S(S+1)。添え字のi,jとn,mはそれぞれ鎖方向と、桁方向のサイト番号を表わす。ここでNを梯子模型の足の数とし、N’は桁方向の境界条件によりN’=N-1(自由境界、この場合をopen ladderと呼ぶことにする。)またはN’=N(周期境界、但し、N≡N+1、cylindrical ladder)とする。さらに議論の展開上、次近接相互作用も導入する。 つまり、全体のハミルトニアンは=1+2である。 まず、擬一次元の時にも重要な手法となる場の理論をレビューしながら、一次元鎖の場合(N=1)について考察する(第2章)。一次元のAFH模型においてみられる興味深い現象の一つがHaldane conjectureである。それによれば、基底状態において、S=半奇整数の時は励起にギャップレスのモードがあり、スピン相関関数は冪的に減衰する。それに対して、S=整数の時は励起にギャップがあり、スピン相関関数は指数的に減衰する。S=半奇整数の臨界的な場合には、その最小の量子数S=1/2の場合に、ベーテ仮設による厳密解があり、また、ボゾン化法と共形場理論によりかなり精密な議論が為されている。S=1/2AFH鎖には様々な物理量に対数補正項が現れることが知られているが、この項の存在は重要な意味を持つことも多い。低エネルギーの極限で本質的にS=1/2AFH鎖はスケール不変のレベル1SU(2)WZW模型により表現されることが分かっているが、実際にはそれに加えて重要な項であるmarginally irrelevant operatorも存在し、この項が対数補正項を導き出す。この章では、自由境界と周期境界条件双方について、対数補正項のベーテ仮設による導出、及び、より一般的にボゾン化法を用いてレベル1SU(2)WZW模型+marginally irrelevant operatorで表わされる模型のエネルギーレベルスペクトルを詳しく解説する。この議論は、第3章でopen ladderを考察する時に重要である。さらにこの章では一次元の模型の中で上に書いたものとはまた別のクラスに入る模型である、Majumdar-Ghosh model、但し、S=1/2)を紹介する。次近接相互作用が入ったことによりフラストレーションが入る。これにより相互作用が最近接だけの時とは状況が劇的に変わり、基底状態は厳密に2重に縮退して並進対称性が破れ、励起にギャップが存在する。Affleck-Liebの定理(基本的に、Lieb-Schultz-Mattisの定理)のいうところの"対称性が破れてギャップがある"という選択肢をとるよい例である。 続いてこの論文のメインテーマである梯子模型を考える(第3章)。以下では特にS=1/2の場合に焦点を絞って考える。現在まで、梯子格子上のAFH模型、特にopen ladderの研究は広く為されてきている。J2=0でopen ladderの時はS→∞の古典極限で、Neel orderが仮定できるので、一次元の場合と同様にNLMを用いた解析が行われている。それによれば、(S=1/2の時も正しいとすれば)、N=奇数の時は、励起にギャップがなく、N=偶数の時はギャップがある。N=奇数の時はAffleck-Liebの定理のいうところの"基底状態は縮退せず、励起にギャップがない"という選択肢をとり本質的にS=1/2AFH模型と同じユニバーサリティーに属する。しかし、梯子模型の場合は桁方向の自由度があり、周期境界条件をとった場合、特にN=奇数の時には、フラストレーションができるので状況が変わる、つまり強い量子揺らぎが状況を変えることが期待される。実際にN=奇数の時は、open ladderの場合と違い、cylindrical ladderの基底状態は2重に縮退して並進対称性が破れ、励起にギャップが存在することを示すことができた。つまり、Majumdar-Ghosh modelと同じくcylindrical ladderの基底状態はフラストレーションによりダイマー化したもので、Affleck-Liebの定理の"対称性が破れてギャップがある"という選択肢をとる一つの例となるのである。 この結論を導くために以下のような議論をした。 J⊥が小さいときには、これを摂動と考えることができると期待されるが、この摂動は繰り込み群の意味でrelevantな相互作用である。つまり、繰り込み群の流れはJ⊥→∞に向っている。よって、まずは繰り込み群の固定点であると期待されるJ⊥→∞の極限での系の性質を考えることにする。この極限では、まず各リング(周期境界を持つN-site S=1/2AFH鎖)が独立の場合が出発点となる。奇数サイトのS=1/2AFH鎖の基底状態は二つのダブレットが縮退(4重に縮退)している。(この事実には厳密な証明はないが、N=3,5の手計算、N=23までの数値厳密対角化による計算、およびNが充分大きいところでの場の理論による結果から任意のNについて成り立っていると考えられる。)その二つのダブレットのlattice momentumは0ではなく,かつお互いに逆の符号を持つ。(これら4状態を│↑L〉、│↓L〉、│↑R〉、│↓R〉と書く事にする。但し、L,Rは各々のmomentumの添字。)以下に見るようにこの4重の縮退がopen ladder(2重縮退)とcylindrical ladderの重要な相違点で本質的である。この4重に縮退した状態以外はO(J⊥)だけエネルギーが高いので無視することができて、各リングに対し、4重に縮退した状態に作用する有効ハミルトニアンが構成できる。そのハミルトニアンは 但し、で、+、-はL,Rを入れ換える演算子。ここではNに依存した数で、例えばN=3の時、=4、N=5の時、=64/9である。 この有効ハミルトニアンはJ2=J1/2の時に、Majumdar-Ghosh modelの場合と同様の手法により厳密な基底状態を構成できて、基底状態はダイマー化したものとなる。この厳密に構成できた基底状態の波動関数は、site-localで最近接のサイトとしか相関を持たない(相関距離1)。このことから励起ギャップの存在が示唆される。J⊥による摂動は非常に強く(スケール次元1)、J2による摂動はmarginalであるので、一次元の場合と違って小さなJ2の導入は系の本質的な性質を変えないと考えられ、J2=0の場合も基底状態はダイマー化したもので、励起にギャップがあると予想できる。この予想をDensity Matrix Renomalization Gruop algorithmによる数値計算を用いて、以下の点を調べることにより確かめた。但し、鎖方向には自由境界条件を使った。 ・基底状態の上に励起ギャップが存在すること ・スピン相関関数が指数的に減衰すること(図1左) ・波動関数がダイマー化していること(図1右) 波動関数がダイマー化していることは、各々のボンドにあるエネルギー期待値を計るlocal-Hamiltonian operator Hr,r+1を定義して、この期待値が2重周期で、かつ減衰しないことを見ることによって調べた。open ladderの有効ハミルトニアンであるS=1/2AFH鎖では、この期待値は冪的に減衰することが分かっている。上記の3点に対して、N=3の時はこの事実をJ⊥→∞の極限、及びJ⊥が有限の場合について、Nが5以上の時にはJ⊥→∞の極限について確認することができた。 図表図1:(左)cylindrical ladderの有効ハミルトニアンのスピン相関関数(□)とz-z相関関数(+)。但し、縦軸は対数スケール。(右)cylindrical ladderの有効ハミルトニアン(+)と、open ladderの有効ハミルトニアン(S=1/2AFH鎖、◇)のlocal-Hamiltonian operatorの期待値。rは境界からの距離で、両対数スケールでプロットしてある。尚、両図とも系のサイズは74。 まとめると以下のようになる。桁方向に周期境界を持つN=3の反強磁性ハイゼンベルグ梯子模型の基底状態は、ダイマー化していてthermodynamic limitでは並進対称性が自発的に破られる。基底状態と第一励起状態にエネルギーギャップがある。また、N>3でNが奇数の場合も、少なくとも強結合極限においてはダイマー化した状態が基底状態となる。この結果は桁方向に自由境界を持つ場合(本質的にレベル1SU(2)WZW模型)と対照的である。 図表 |