重水素・三重水素の混合系(DT系)に導入された負ミュオンは(dt)分子を作り、dt核融合を誘発する(ミュオン触媒核融合、CF)。 この現象はミュオンの寿命が尽きるか、不純物や核融合反応生成物などにミュオンが捕獲されるまで繰り返される(核融合サイクル)。1940年代に理論的に予言されて以来、ミュオンが関与する様々な原子・分子反応や原子核反応が明らかにされてきた。しかし現在でもなお、核融合サイクルを構成する諸現象には不明な部分が残されている。特に大きな問題として、ミュオンがサイクルを一周する時間(サイクル率)のDT系密度依存性と核融合反応により生じた粒子(ヘリウム原子核)へのミュオンの捕獲(付着)率の理論値と実験値の不一致が挙げられる。 本研究では高密度(液相・固相)DT系でのCF現象を核融合中性子と付着に伴うX線の観測を通して行い、高密度での密度依存性の傾向を調べ、また、中性子とX線の同時観測と相補的な解析により付着現象をとらえている。 全ての実験は理研-RALミュオン実験施設のパルス状ミュオンビームを用いて行われている。同施設ではCF実験ポートに三重水素操作系が併設されており、三重水素の崩壊で生じた3Heを除去することができ、高純度DT系を用いた実験が可能である。また、この線の制動放射X線は付着X線近傍に裾をひき、そのバックグラウンドは付着X線の観測を一般に困難にする。本研究ではミュオンパルスに同期した観測方法により高いS/N比を実現し、同X線の観測に成功した(図1)。また、中性子検出系は電総研の標準中性子場において較正され、核融合中性子数の絶対値測定が可能となっている。 実験は三重水素混合率(Ct)が10%から70%まで10%毎に行われ、各混合率においてサイクル率とミュオン損失率が中性子測定から求められた。図2はサイクル率(c)の密度依存性を示す。本研究のデータは1.2(液相)と1.4(固相)に見られ、それらはLAMPFやPSIで得られたデータの延長線上にほぼのることが確認された。 図1:付着X線(Ct=40%)のエネルギースペクトル。付着に伴う(2p→1s)X線のピークが8.2keV付近に見られる。図2:サイクル率のDT系密度依存性。波線:S.E.Jones et al.,Phys.Rev.Lett. 56(1986)588。点線:W.H.Breunlich et al.,Phys.Rev.Lett.58(1987)329。 また、核融合中性子観測から得られる付着率は液相で0.502(8)%、固相で0.481(7)%となった。他方、付着X線観測から得られる付着率は、本来中性子のものと整合するべきであるが、付着現象後の()の減速過程を記述する理論に大きく依存したものとなり、X線観測から得られる付着率がそれらの理論に対する示唆を含んだものであることが分かった。しかし、これらの付着率は理論値(〜0.6%)との間になお隔たりがある。 またもう一つの特筆すべき結論として、固相中でのヘリウム蓄積現象の確認が挙げられる。一般に液相DT系へのヘリウムの溶解度は低く、そのため前述の三重水素操作系によるヘリウム除去から十数日間は三重水素の崩壊によるヘリウムの影響が無視できることが予想された。実際に、液相ではその影響は現れず、ほとんどのヘリウムは蒸気中にぬけたと思われる。しかし、固相ではヘリウムが内部に残り、それらにミュオンが捕獲され損失率が増加したために起こった解釈される現象が観測された。固相の場合のサイクル率等は、この知見の上にたって固化直後の値を決定する事により、ヘリウムの影響を受けていない状態の値を得る事ができた。 |