学位論文要旨



No 113199
著者(漢字) 河村,成肇
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,ナリトシ
標題(和) 重水素、三重水素の凝縮系におけるミュオン触媒核融合現象に関する研究
標題(洋) Studies of Muon Catalyzed Fusion in Condensed D-T Mixture
報告番号 113199
報告番号 甲13199
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3345号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,泰規
 宇宙科学研究所 教授 市川,行和
 九州大学 助教授 上村,正康
 東京大学 教授 片山,一郎
 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 教授 兵頭,俊夫
内容要旨

 重水素・三重水素の混合系(DT系)に導入された負ミュオンは(dt)分子を作り、dt核融合を誘発する(ミュオン触媒核融合、CF)。

 

 この現象はミュオンの寿命が尽きるか、不純物や核融合反応生成物などにミュオンが捕獲されるまで繰り返される(核融合サイクル)。1940年代に理論的に予言されて以来、ミュオンが関与する様々な原子・分子反応や原子核反応が明らかにされてきた。しかし現在でもなお、核融合サイクルを構成する諸現象には不明な部分が残されている。特に大きな問題として、ミュオンがサイクルを一周する時間(サイクル率)のDT系密度依存性と核融合反応により生じた粒子(ヘリウム原子核)へのミュオンの捕獲(付着)率の理論値と実験値の不一致が挙げられる。

 本研究では高密度(液相・固相)DT系でのCF現象を核融合中性子と付着に伴うX線の観測を通して行い、高密度での密度依存性の傾向を調べ、また、中性子とX線の同時観測と相補的な解析により付着現象をとらえている。

 全ての実験は理研-RALミュオン実験施設のパルス状ミュオンビームを用いて行われている。同施設ではCF実験ポートに三重水素操作系が併設されており、三重水素の崩壊で生じた3Heを除去することができ、高純度DT系を用いた実験が可能である。また、この線の制動放射X線は付着X線近傍に裾をひき、そのバックグラウンドは付着X線の観測を一般に困難にする。本研究ではミュオンパルスに同期した観測方法により高いS/N比を実現し、同X線の観測に成功した(図1)。また、中性子検出系は電総研の標準中性子場において較正され、核融合中性子数の絶対値測定が可能となっている。

 実験は三重水素混合率(Ct)が10%から70%まで10%毎に行われ、各混合率においてサイクル率とミュオン損失率が中性子測定から求められた。図2はサイクル率(c)の密度依存性を示す。本研究のデータは1.2(液相)と1.4(固相)に見られ、それらはLAMPFやPSIで得られたデータの延長線上にほぼのることが確認された。

図1:付着X線(Ct=40%)のエネルギースペクトル。付着に伴う(2p→1s)X線のピークが8.2keV付近に見られる。図2:サイクル率のDT系密度依存性。波線:S.E.Jones et al.,Phys.Rev.Lett. 56(1986)588。点線:W.H.Breunlich et al.,Phys.Rev.Lett.58(1987)329。

 また、核融合中性子観測から得られる付着率は液相で0.502(8)%、固相で0.481(7)%となった。他方、付着X線観測から得られる付着率は、本来中性子のものと整合するべきであるが、付着現象後の()の減速過程を記述する理論に大きく依存したものとなり、X線観測から得られる付着率がそれらの理論に対する示唆を含んだものであることが分かった。しかし、これらの付着率は理論値(〜0.6%)との間になお隔たりがある。

 またもう一つの特筆すべき結論として、固相中でのヘリウム蓄積現象の確認が挙げられる。一般に液相DT系へのヘリウムの溶解度は低く、そのため前述の三重水素操作系によるヘリウム除去から十数日間は三重水素の崩壊によるヘリウムの影響が無視できることが予想された。実際に、液相ではその影響は現れず、ほとんどのヘリウムは蒸気中にぬけたと思われる。しかし、固相ではヘリウムが内部に残り、それらにミュオンが捕獲され損失率が増加したために起こった解釈される現象が観測された。固相の場合のサイクル率等は、この知見の上にたって固化直後の値を決定する事により、ヘリウムの影響を受けていない状態の値を得る事ができた。

審査要旨

 本論文は、全7章、及び、appendixから成っている。第1章は、ミュオン触媒核融合(CF)の歴史、これまでの研究経過など、本研究のCF分野全体に占める位置などが議論されている。第2章は、実験装置の概観、第3章は、特に本研究で重要となる中性子検出器の較正方法、第4章は、実際の実験条件下での中性子の輸送特性についてのシミュレーションと確認実験、第5章は、得られたデータの分析法、第6章は、得られた実験結果とその解析を、ミュオニック分子形成率、4Heへのミュオンの捕獲率、標的の体積効果、He蓄積効果にわけて議論している。第7章は終章であって、全体のまとめとなっている。

 重水素・三重水素の混合系標的に負のミュオンを入射すると、ミュオンは標的中でエネルギーを失いやがて熱化し、ミュオニック分子(dt)を形成する。dtが形成されると、dt間距離が縮むことによって、dt核融合の誘発される事が知られている。核融合の結果、4Heとnが生成され、核融合を誘発したはまた、標的中に放出されることになる。このは再びミュオニック分子形成に寄与し、核融合を引き起こすことから、これをミュオン触媒核融合(CF)と呼んでいる。CFが、エネルギー生成に寄与する実用的な意味を持ち得るかどうかは、上の触媒反応がどの程度持続するかにかかっており、この核融合サイクルがどの程度持続するかは、ミュオンの寿命、不純物や4Heへのミュオンの損失確率に大きく左右される。

 本研究は、このようなCFにまつわる原理的問題を実験的に確認するため、液相、および、固相のDT系を扱える実験装置を準備し、DとTの混合率をパラメータとして、CF現象を観測した。CFの反応頻度は、核融合生成中性子の観測と4Heに捕獲されたからの特性X線の観測の両面から追求し、信頼性の高いデータを得ている。

 本研究には、従来のCF研究から際だったいくつかの特徴がある。即ち、1)標的を液相及び固相としてCFサイクルを観測し、従来研究例のほとんどなかった、しかし、本来CF実験がなされるべきであると考えられていた密度領域で実験を行ったこと、2)Tの混合率を10%から70%と言う広い領域にわたって10%おきに変化させ、CFサイクルの最適条件を決定したこと、3)Tの崩壊生成物である3Heの除去装置を設置し、3Heの存在しない環境で実験を行い、信頼性の高いCFサイクル率や、Heへのの捕獲率(付着率と呼ばれている)を決定したこと、などを上げることができる。以上の研究が可能になったのは、大強度のパルス化ミュオンが近年手にはいるようになったことも重要な要因として上げることができる。

 本研究では、以上の本来目的とした成果に加え、いくつかの大変興味深い副産物も得られている。即ち、1)固相のDT混合物では、液相と異なり、崩壊生成物である3Heの蓄積が顕著に認められること、2)CFサイクル率は予想に反し、低温でも下がらないこと、3)得られた付着率は理論的予想と顕著なずれがあること、等である。

 本研究は、多くの研究者が関わる大型の実験的研究であるが、論文申請者は、以上の多岐に渡る実験の全般に関わり主体的に分析及び検証を行ったもので、特に、主要課題であるCFサイクル数の絶対値を決定するのに必須の、中性子検出器の設計、製作、較正では主要な役割を果たした。よって、論文提出者の寄与が十分であると判断され、博士(理学)の学位を授与できると認められる。

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