銀河団は、宇宙最大の自己重力系であり、宇宙における構造形成を解明する上で、非常に有益な情報を我々に提供している。特に、銀河団の数密度分布は、密度ゆらぎの初期分布や成長率と密接な関わりがあり、これらを介して宇宙の幾何や物質構成などと強く結びついている。一方、近年における観測技術の進歩に伴い、銀河団についての観測は量・質両面で著しく向上しつつあり、統計的な性質を定量的に議論することが可能になってきている。そこで、本論文では、銀河団の数密度分布についての理論予言を行い、最新の観測結果と比較するとともに、将来の観測に対する示唆を与えることを試みた。そして、銀河団の数密度分布が宇宙論に対して持つ意義を明らかにし、構造形成の理論に対する制限を導くことを目指した。 銀河団の数密度分布の理論予言を行なうための方法論は、大まかに二段階に分けられる。第一の段階は、宇宙初期に存在した小さな密度ゆらぎから銀河団が形成される過程を記述することである。この目的のためには、Press & Schechter(1972,PS)による理論を主に用いた。PS理論では、密度ゆらぎの分布を指定するパワースペクトルとゆらぎの成長率を与えると、重力的に形成された構造(e.g.銀河や銀河団のハロー)の質量関数(数密度の質量分布)が任意の時刻において予言される。この質量関数は、簡単で扱いやすい解析的表式である上、より詳細な数値シミュレーションの結果とも良く合致することが確かめられている(e.g. Efstathiou et al. 1988)。ただし、PS理論では、与えられた時刻における統計は記述されるものの、個々のハローの過去の経歴などについての情報は失われてしまうという原理的問題が存在する。そこで本論文では、従来のPS理論を拡張して、ハローの形成時期とその後の進化を取り入れることを可能にした定式化(Lacey & Cole 1993; Kitayama & Suto 1996a,b)も新たに導入した。これにより、個々の銀河団の進化が数密度分布に与える影響について調べることが可能になった。 PS理論及びその拡張からは、本質的に銀河団の質量関数が予言される。一方、観測により直接決めることができるのは、X線光度あるいは温度等をパラメータとした数密度分布である。そこで、我々の方法論の第二段階では、観測と理論の比較を可能にするために、銀河団の温度やX線光度を重力質量と関連づけることを考えた。まず、銀河団ガスが近似的に静水圧平衡と等温分布にあると見なすと、ガス温度が質量と容易に結びつけられる。次に、X線光度は、まだ不定性の大きい銀河団中心付近のガス分布に強く依存するため、純粋に理論から決めることは極めて困難である。幸い観測的には、銀河団のX線光度と温度の間に良い相関(L-T関係)が成立しているので、我々の解析ではこのL-T関係を用いてX線光度を温度から計算した。さらに、静水圧平衡からのずれや、L-T関係からのばらつき、高赤方偏移へのL-T関係の進化などの不定性が、我々の理論予言に与える影響についても定量的に調べる。 上に述べた方法論に基づき、我々はまず、銀河団の数密度分布の基本的性質を明らかにするために、X線温度・光度関数について理論予言を行った。以下では、明示性のため、冷たいダークマター(CDM)が支配的な宇宙で、原始スペクトル指数がn=1の場合を考える。この結果、我々の近傍における銀河団の数密度分布の理論予言は、ゆらぎのパワースペクトルと宇宙の平均密度を介して、密度パラメータ0と8h-1Mpcで平均化したときの密度揺らぎの振輻8に最も強く依存するが、hや宇宙定数0への依存性は小さいことが示された。また、高赤方偏移への数密度分布の進化は、ゆらぎの振幅と成長率を介して、やはり0と8に最も強く依存することが示された。さらに、銀河団ガスの温度やX線光度をモデル化する際の不定性や個々の銀河団の進化の影響など、理論面での不定性についても詳しく考察した。 X線温度・光度関数は、銀河団の個数分布の定性的性質を捉えるには適しているが、理論と観測を定量的に比較する上では、いくつか注意すべき点がある。まず第一に、現在最も広く用いられているX線温度関数の観測データ(Henry & Arnaud 1991)は、20個程度の銀河団によって決定されているため、統計誤差が大きい。第二に、X線温度関数は、元々X線強度により選択されたサンプルから推定されているため、特に低温度側ではバイアスの影響を受けている可能性がある。第三に、高赤方偏移におけるX線温度・光度関数の"観測量"は、0と0の値を仮定しなければ一意に決まらない。そこで我々は、次に、これら全ての問題点を解決する手だてとして、銀河団のnumber counts(logN-logS関係)を用いて理論と観測を比較した。 最近のROSAT衛星による観測から決定されたlogN-logS関係(Ebeling et al. 1997; Rosati et al. 1997)は、300以上の銀河団から成り立ち、X線強度にして4桁近くの範囲にわたっている。我々は、このlogN-logS関係を非常に良く説明する理論モデルが存在することを明らかにした。このようなモデルは、近傍におけるX線温度・光度関数の観測もよく再現している。さらに、logN-logS関係から0,8への制限(1)を導くと、h0.7の場合に となった。ただし、括弧内の誤差は観測の統計誤差のみによるもので、理論面の不定性による誤差はこれ以外に15%程度である。上式は、X線温度関数による制限とも無矛盾であるが、logN-logS関係の方が観測の精度が良いために、より厳しい制限を与えている。 上の制限をCOBEによる宇宙マイクロ波背景放射(CMB)非等方性の観測結果(Bunn & White 1997)と組み合わせると、(0,0,h,8)(0.3,0.7,0.7,1),(0.45,0,0.7,0.8)のCDMモデルが、銀河団のlogN-logS関係、X線温度関数、COBEの結果を全て同時に説明していることがわかった。特に、前者のモデルが、宇宙年齢、銀河2点相関関数なども含めた多くの重要な条件を同時に満たしている(e.g. Efstathiou,Sutherland & Maddox 1990; Suto 1993; Peacock 1997)ことは興味深い。これに対して、0=1,h0.5のCDMモデルは、COBEの結果と銀河団の個数分布のいずれかと大きく矛盾してしまう。 式(1)は、0と8の組み合わせで与えられているために、これら二つのパラメータについては縮退した制限となっている。そこで次に、将来の観測によりこの縮退を解く方法について考察した。まずその一つは、異なる波長領域のnumber countsを組み合わせることである。式(1)を導くのに用いたROSATによるlogN-logS関係は、軟X線領域(0.5-2keV)におけるものであったが、ここでは、これを硬X線領域(0.5-2keV)およびサブミリ波領域(0.85mm)へ拡張して理論予言を行なった。硬X線領域では、軟X線領域に比べ、より大きな銀河団からの寄与が大きくなる。また、サブミリ波領域では、放射機構がX線領域とは全く異なる;前者はいわゆるSunyaev-Zel’dovich効果(Sunyaev & Zel’dovich 1972,SZ)、後者は主に熱的制動放射である。SZ効果は、高エネルギー電子によるCMB光子のコンプトン散乱により引き起こされ、見かけの放射強度が赤方偏移によらないという特性があるために、遠方の銀河団からの寄与が大きくなる。この結果、軟X線領域では縮退していた0-8の組み合わせが、特にサブミリ波領域で大きく解けることが明らかになった。したがって、将来PLANCK等による観測により、0と8各々に強い制限が加えられることが期待される。また、硬X線領域における予言についても、将来のX線サーベイによる検証が期待される。 異なる波長領域でのnumber countsは、各々の領域における背景放射への銀河団の寄与とも密接な関連を持つ。そこで我々は、軟X線領域でのlogN-logS関係の観測を再現するようなモデルに対し、X線背景放射およびサブミリ波背景放射への銀河団の寄与を計算した。その結果、X線背景放射(e.g. Gendreau et al. 1995)への寄与は高々20%程度、サブミリ波背景放射(e.g. Puget et al. 1996)への寄与は5%程度に厳しく制限されることがわかった。 0と8の縮退を解くもう一つの方法として、我々は高赤方偏移へのnumber countsの進化についても考察した。上述したように、number countsは、X線温度・光度関数に比べ、特に進化を考える上で優れた統計量である。我々は、赤方偏移の測定された銀河団のサンプルとしては現在最大のX-ray brightest Abell-type clusters(Ebeling et al. 1996)と我々の理論予言との比較を行なった。その結果、0〜0.3の低密度宇宙が示唆されることがわかった。ただし、このサンプルはincompleteであるため、この結果はまだ予備的である。ROSATやASCAの今後の結果を用いれば、より定量的な比較が可能になるであろう。 以上より、銀河団の数密度分布は、宇宙を探る上で非常に有効な手段であり、将来の観測によりさらにその真価が発揮され得ることが結論される。 |