素粒子の統一模型の候補である弦理論や、低次元の物理系を記述する場の理論、そして低次元統計系を扱う手法として共形場理論は発展してきた。その代数的対称性としては非常に強力なヴィラソロ代数があることが知られている。この理論については、数多くのことが今までに研究されて来ているが、現在も発展しており、さらに新たな問題を提起し続けている。低次元系の興味深い模型として、(1+1)次元系の長距離相互作用をするCalogero-Sutherland模型がある。この模型は、低次元系でその存在が知られている、分数統計粒子を記述する理論として興味が持たれている。さらにこの模型は可積分系であることが示されており、近似することなく厳密に分数統計に従う粒子の性質を理解することが可能であり非常に注目されている。また、分数量子ホール効果やランダムマトリックスとの関係においても注目されて多くの研究がなされている。その中でも、この可積分模型である、(1+1)次元系の長距離相互作用をするCalogero-Sutherland模型と共形場理論との、非常に興味深い関係が近年明らかにされた。この成果は、Feigin-Fuchsによるヴィラソロ代数の自由ボゾン表示とJack対称多項式論を用いることにより得られている。Jack対称多項式論とは一般化された対称多項式論であり、Jack対称多項式論を含んだより一般的な多項式論として、Macdonald対称多項式論が知られている。これらの対称多項式は、ヤング図により一意的に指定されその積分表示など多くのことが現在活発に研究されている。また、Feigin-Fuchsの方法とは、ヴィラソロ代数を自由ボゾンを用いて構成する方法である。そして、自由ボゾン表示されたscreeningカレントを用いることによりFelderの積分路を選べば表現の空間の中に現れる特異状態を完全に与えられることが知られている。しかも、近年の研究成果によりこれらの特異状態は長方形のヤング図により指定されるJack対称多項式になっていることが明らかにされている。 一方で、Calogero-Sutherland模型の全ての励起状態がJack対称多項式によって表わされることが知られている。つまり近年明らかにされた関係とは、これら、共形場理論の特異状態とCalogero-Sutherland模型の励起状態に現れているJack対称多項式が、実は深い関係で結ばれている点である。特に興味深い関係として注目すべきなのが、Calogero-Sutherland模型のHamiltonianがヴィラソロ代数の生成子を用いて表わされることであり、この関係式により何故二つの理論に同じJack対称多項式が現れるのかが理解できるようになった。 また、Calogero-Sutherland模型のHamiltonianの拡張に相当するMacdonald演算子の存在も知られている。そのスペクトルはMacdonald対称多項式(Calogero-Sutherland模型の励起状態がJack対称多項式で表わされたことに対応している)で与えられることも知られている。 つまり、Macdonald対称多項式がJack対称多項式の多項式論的な意味での量子変形であることを考え合わせるとCalogero-Sutherland模型の量子変形に相当すると言える。最近このMacdonald演算子を自由ボゾンで表わす方法が開発された。その方法によれば、ヴィラソロ代数の自由ボゾン表示されたscreeningカレントの、量子変形に相当する演算子を同様に自由ボゾン表示で与えることが出来る。さらに、ヴィラソロ代数の特異状態がJack対称多項式になっていたことに対応して、Felder的な積分路を選ぶことによりMacdonald対称多項式を与えることが出来る。 そこで問題になるのが、Jack対称多項式にヴィラソロ代数が関係していたことに対応して、Macdonald対象多項式に対応した"量子変形されたヴィラソロ代数"は存在するのかどうかと言う点である。本論文ではこの問題について、Macdonald対象多項式に対して、Jack対称多項式とヴィラソロ代数の間の関係と同様な関係にある、量子変形されたヴィラソロ代数を構成することにより解答を与えた。この代数は、Feigin-Fuchs的な自由ボゾン表示が可能であり、その表現空間に現れる特異状態がまさにMacdonald対称多項式となっている。この量子変形されたヴィラソロ代数は、Macdonald対象多項式がJack対称多項式になめらかに退化する極限で、正しくヴィラソロ代数を再現している。さらに、この新しい代数の表現空間についての情報は、ヴィラソロ代数の場合と同様に、Kac行列式を計算することで理解ができ、その一般式の予想も行った。それによれば、特異状態の出現の仕方はヴィラソロ代数のそれと基本的に同じであり、量子変形されたヴィラソロ代数がなめらかにヴィラソロ代数につながっていることに対応していると言える。 また、この量子変形されたヴィラソロ代数の非自明な点は、その交換関係が生成子の二次の無限和で与えられることである。この交換関係は、ヴィラソロ代数とは非常に異なっており、ある意味で今までのヴィラソロ代数では捕らえることの出来なかった物理現象を扱う方法を示唆していると言えるだろう。 このように、低次元系の可積分模型と多項式論から推測されるヴィラソロ代数の量子変形を構成し(これは、今現在でも完全には解決できていない問題である、共形対称性を持たない物理系もしくは模型に対して有効な代数的対称性の、非常に有望な候補になっている)、そしてその基本的性質の幾つかを明らかにした。さらに、量子変形されたヴィラソロ代数のFeigin-Fuchs的な自由ボゾン表示を与えたことによりは、実用的計算技術の開発も行ったことになる。 ヴィラソロ代数は、WN代数の中の特殊な場合、つまりW2代数として理解される。このことの自然な拡張として、量子変形されたヴィラソロ代数を一般の量子変形されたWN代数に拡張することにも成功した。また、ヴィラソロ代数の(1,2)プライマリー演算子に相当する変形演算子の存在がLukyanovとPugaiらによって示されていたが、その変形演算子をより一般の変形演算子へと拡張し、変形演算子と量子変形されたヴィラソロ代数の関係を演算子積展開のレベルで示した。 このような拡張が出来たわけだが、量子変形されたヴィラソロ代数がもつ二つのパラメーターを色々な値に特殊化することにより、種々の模型や代数との関係を見い出すことが可能である。それを、付録にまとめた。 以上が本論文の要旨である。 |